世界探偵小説全集 第2期

国書刊行会

◆四六判変型・上製ジャケット装
◆月報付き
◆装丁=坂川栄治+藤田知子
    (坂川事務所)

11.死が二人をわかつまで 
  ジョン・ディクスン・カー

12.地下室の殺人 
  アントニイ・バークリー

13.推定相続人 
  ヘンリー・ウエイド 

14.編集室の床に落ちた顔 
  キャメロン・マケイブ

15.カリブ諸島の手がかり 
  T・S・ストリブリング

16.ハムレット復讐せよ
  マイクル・イネス 

17.ランプリイ家の殺人
  ナイオ・マーシュ 

18.ジョン・ブラウンの死体 
  E・C・R・ロラック

19.甘い毒 
  ルーパート・ペニー 

20.薪小屋の秘密 
  アントニイ・ギルバート 

21.空のオベリスト 
  C・デイリー・キング 

22.チベットから来た男 
  クライド・B・クレイスン

23.おしゃべり雀の殺人 
  ダーウィン・L・ティーレット 

24.赤い右手 
  ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ

25.悪魔を呼び起こせ 
  デレック・スミス

第1期第3期第4期

※本体価格(税別)表示

《十五の微笑み》事件

北村


 近頃、羨ましかったことは何か――と問われたら、答は決まっている。『世界探偵小説全集』第一期内容見本に、山口雅也氏が言葉を寄せていたことである。読んだ、思った。《何だ、これは。恋文じゃあないか、のろけじゃないか!》。

 本格推理に対する愛なら、こちらもひけを取りはしない。彼女が、小粋な装いで、その魅力的な表情の内の、選び抜かれたいくつかを見せている。近寄り、囁きたくなろうというものだ。だから、これは羨望というよりは嫉妬。《行かないでほしい、こちらのいうことも聞いてくれ》。そして、神はいらっしゃった。パーティには続きがあったのだ。振り向いた彼女は、いっそう魅惑的な微笑を見せているではないか。

 こうこなくっちゃあ!

 邦訳はあっても入手困難だったものや、初めて完全な姿を現す、あの『カリブ諸島の手がかり』。さらに、いうまでもないが多くは待望の本邦初訳だ。《密室ファン必読》といわれても、《どうやって読めばいいんだ》と怒り狂うしかなかった『悪魔を呼び起こせ』等々。第二期の訳題に、おなじみの《事件》の二文字がないのは、この刊行自体が大きな事件だから重複を避けたのか、と思ってしまう。

 いうべき言葉は結局ひとつ。《ああ、君はやっぱり素晴らしい》。並ぶ作家名、書名を見ただけで、もう、とろけてしまいそうだ。

11.死が二人をわかつまで
 Till Death Do Us Part (1944)

ジョン・ディクスン・カー
仁賀克雄訳 解説=橘かおる

1996年9月刊 2136円 【amazon】 在庫僅少
◆ハヤカワ・ミステリ文庫

「君の婚約者は過去三人の男を毒殺した妖婦だ」劇作家ディック・マーカムにとても信じがたい話を告げた著名な病理学者は、翌朝、青酸を注射され、密室の中で絶命していた。現場の状況は、彼が話した過去の事件とまったく同じだった。可憐なレスリーは果たして本当に恐るべき毒殺魔なのか。平和な村に渦巻く中傷と黒い噂。複雑怪奇な事件に挑む、ご存じフェル博士の名推理。魅力的な謎とプロットが融合したカー中期の傑作。

ジョン・ディクスン・カー (1906-1977)
アメリカ生まれの探偵作家。1930年 『夜歩く』 (創元推理文庫)でデビュー。以後、本名とカーター・ディクスンの2つの名義をもちいて、密室殺人、人間消失、足跡のない殺人など、不可能興味満点の本格ミステリを次々に発表。生涯、謎とロマンを追い求めた偉大なるミステリ作家。代表作に 『三つの棺』 『火刑法廷』 『ユダの窓』 (以上、ハヤカワ・ミステリ文庫)、『魔女の隠れ家』 『緑のカプセルの謎』 (以上、創元推理文庫)、『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』(国書刊行会)など。本全集では他に『一角獣殺人事件』、『九人と死で十人だ』を収録。
ダグラス・G・グリーンの評伝『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』(国書刊行会)、『夜歩く』の原型や長篇エッセイを収録した『グラン・ギニョール』(翔泳社)もファン必読。

旧訳 『毒殺魔』(創元推理文庫)は、カーの絶版本のなかでも入手困難で知られた一冊。この作品もそうだが、1940年代のカー作品は、トリックのコンビネーションで不可能犯罪を成立させる、無理のない構成が特徴的だ。なぜ密室を作ったのかという必然性にも、十分な注意が払われている。30年代の代表作のアクの強さがどうも、という向きには、本書や 『九人と死で十人だ』、『貴婦人として死す』(ハヤカワ文庫)、『緑のカプセルの謎』 『爬虫類館の殺人』 (以上、創元推理文庫)あたりをお勧めしたい。

〈グーテンベルク21〉による『死が二人をわかつまで』解説の無断使用について

read→ 『死が二人をわかつまで』/「名探偵紳士録」

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12.地下室の殺人
 Murder in the Basement (1932) 

アントニイ・バークリー
佐藤弓生訳 解説=真田啓介

1998年7月刊 2300円 【amazon】 品切

新居に越してきた新婚早々のデイン夫妻が地下室の床から掘り出したのは、若い女性の死体だった。死体は腐敗が進み、衣服も身につけていなかった。被害者の身元も分からず、捜査の糸口さえつかめぬ事件に、スコットランド・ヤードは全力をあげて調査を開始した。モーズビー首席警部による〈被害者探し〉の前段から、名探偵シェリンガム登場の後半に至って、物語は鮮やかな展開をみせる。探偵小説の可能性を追求しつづけるバークリーが、様々な技巧を駆使してプロットの実験を試みた作品。

アントニイ・バークリー (1893-1971)
イギリスの探偵作家。ユーモア作家として 「パンチ」 誌などで活躍した後、“?”名義で 『レイトン・コートの謎』(国書刊行会近刊)を発表。以後、バークリー名義で 『ウィッチフォード毒殺事件』 『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』 『絹靴下殺人事件』(以上、晶文社近刊)、 『毒入りチョコレート事件』 『ピカデリーの殺人』 『試行錯誤』 (以上、創元推理文庫)、『第二の銃声ジャンピング・ジェニイ』 (本全集) 他の独創性あふれる探偵小説、フランシス・アイルズ名義で 『殺意』 (創元推理文庫)、『被告の女性に関しては』 (晶文社) 等の事件関係者の心理に重きをおいた作品を発表。黄金時代ミステリの頂点を極めるとともに、以後のミステリの流れにも大きな影響を与えた。


床下から女の腐乱死体、というショッキングな発端。モーズビー首席警部がわずかなデータから被害者の身許をしぼりこんでいく前半も読み応えがあるが、後半は、ロジャー・シェリンガムが執筆した小説草稿に事件解決の鍵がひそんでいる、という別の趣向となる。常套を脱しようとするバークリーの意欲がうかがえる。題名上、本書と対になる(事件そのものは何の関係もないが) 『最上階の殺人』 (新樹社) でも、モーズビーとシェリンガムの推理比べが展開される。

→ロジャー・シェリンガム紹介
→バークリー作品リスト
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13.推定相続人
 Heir Presumptive (1935)

ヘンリー・ウエイド
岡照雄訳 解説=加瀬義雄

1999年3月刊 2400円 【amazon】

気ままな生活を送る遊び人ユースタスは、借金を重ねて零落の危機にあった。折りもおり、親戚の水死事故の報を耳にした彼は、莫大な富を有する一族の長老、バラディス卿の財産相続権を狙って、間に立ちふさがる上位相続人の殺害を決意する。思いがけず標的の従兄から鹿狩りに招待され、計画は順調に進むかに見えたが……。二転三転する展開と意外な結末、英国ミステリきっての実力派ウエイドの傑作。

ヘンリー・ウエイド (1887-1969)
イギリスの作家、准男爵。サリー州の名家に生まれ、行政・司法の重職を歴任。20冊の長篇ミステリは、黄金時代探偵小説の風格に満ち、リアルな警察捜査の描写と倒叙形式の導入、高度な社会性によって高く評価されている。他の邦訳に『死への落下』(現代教養文庫)、『リトモア少年誘拐事件』(創元推理文庫)があり、本全集3期では、シリーズ探偵のプール警部登場の『警察官よ汝を守れ』(34巻)、4期では 『塩沢地の霧』 を収録。


翻訳が遅れて2期に繰越しになってしまった作品。いわゆる倒叙形式のミステリだが、物語はさまざまなツイストに満ち、読者を飽きさせない。借金まみれで、愛人にも愛想をつかされそうになり、遺産目当てに親戚殺しを思いつく駄目男でありながら、どこか憎めない語り手の個性とあいまって、好評を博した。鹿猟の最中に主人公が殺人をたくらむ、スコットランド北端の自然描写も素晴らしい。

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14.編集室の床に落ちた顔
The Face on the Cutting-Room Floor (1937)

キャメロン・マケイブ
熊井ひろ美訳 解説=小林晋

1999年4月刊 2625円 (本体2500円) 【amazon】

映画会社の編集主任キャメロン・マケイブは、編集中の新作フィルムからある新人女優の出番をすべてカットするようにとの理不尽な指示を受ける。その翌朝、編集室の床に血を流して横たわる問題の女優の死体が発見された。夢やぶれた女優の自殺なのか、それとも殺人か。撮影所の複雑な男女関係もからんで捜査は難航する。続いて起きた第二の事件のあと、容疑者が逮捕され、事件は幕を閉じたかに見えたが……。「どんな探偵小説においても無限の終り方が可能である」という作者がエピローグに仕掛けた“二度と繰り返し得ないトリック”とは?「あらゆる探偵小説を葬り去る探偵小説」と評された、黄金期本格ミステリ最大の問題作。

キャメロン・マケイブ (1915-1995)
ドイツ、ベルリンに生まれる。青年期に精神分析学者ヴィルヘルム・ライヒと出会い、労働者向け診療所で働くが、ナチスの政権獲得とともに、社会主義者としてブラックリストに載り、イギリスに亡命する。映画会社で働きながら、英語で執筆した本書『編集室の床に落ちた顔』を発表。その恐るべき前衛性で批評家の注目を浴びる。その後、カナダやフランスへと活動の場を移し、晩年は性科学者としてオーストリアで研究生活に没頭した。

ジュリアン・シモンズがミステリ史 『ブラッディ・マーダー』 で称賛し、宮脇孝雄 『書斎の旅人』(早川書房) でも 「特異な探偵小説」 として紹介された、本全集中、最大の問題作。古典的探偵小説黄金時代の1930年代に既に、ジャンルそのものに揺さぶりをかけるような過激な実験が行なわれていたことを銘記しておくべきだろう。古いものが常に古いとは限らない。

read→知られざる巨匠たち

「週刊文春」傑作ミステリー・ベスト1999 19位

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15.カリブ諸島の手がかり
  Clues of the Caribbees (1929) 

T・S・ストリブリング
倉阪鬼一郎訳 解説=真田啓介

1997年5月刊 本体2400円 【amazon】
河出文庫版(2008)

南米の元独裁者が亡命先のキュラソー島で食事中に、ホテルの支配人が毒殺された。休暇で西インド諸島に滞在中のアメリカの心理学者ポジオリ教授が解き明かす意外な真相──「亡命者たち」。つづいて、動乱のハイチに招かれたポジオリが、人の心を読むというヴードゥー教司祭との対決に密林の奥へと送り込まれる「カパイシアンの長官」。マルティニーク島で、犯人の残した歌の手がかりから、大胆不敵な金庫破りを追う「アントゥンの指紋」。名探偵の名声大いに上がったポジオリが、バルバドスで巻き込まれた難事件「クリケット」。そして巻末を飾る「ベナレスへの道」でポジオリは、トリニダード島のヒンドゥー寺院で一夜を明かし、恐るべき超論理による犯罪に遭遇する。多彩な人種と文化の交錯するカリブ海を舞台に展開する怪事件の数々。〈クイーンの定員〉にも選ばれた歴史的名短篇集、初の完訳。

T・S・ストリブリング (1881-1965)
アメリカの作家、ジャーナリスト。アメリカ南部や黒人問題をテーマにした小説で認められ、『ストアー』(32)でピューリツァー賞を受賞。30年以上にわたって書き継がれたポジオリ教授のミステリ・シリーズは、特異なテーマと透徹した文明批評によって、ミステリ史上に独自の輝きを放っている。本書でポジオリは一旦退場するが、その後の冒険は 『ポジオリ教授の冒険』(河出書房新社)、 『ポジオリ教授の事件簿』(翔泳社)で読める。併読して名探偵の運命に思いを致すべし。
「ストリブリングの作品は、ミステリが辿ったかもしれないもう一つの歴史を示唆している」──山口雅也氏評

ミステリ短篇集の古典中の古典。「ベナレスへの道」 はまさに衝撃的。「最後の最後でミステリの底が抜ける」 と有栖川有栖氏が評しているが、まさに至言である。へまばかりしているのに、名探偵としてどんどん有名になってしまうポジオリ教授のとっぽいキャラクターに独特の味わいがある。

『このミステリーがすごい'98』 第6位。
『週刊文春』1997傑作ミステリーベスト 第11位


read→ポジオリ教授シリーズ

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16.ハムレット復讐せよ
 Hamlet, Revenge! (1937)

マイクル・イネス
滝口達也訳 解説=谷口年史

1997年6月刊 2500円 【amazon】

英国有数の貴族ホートン公爵の大邸宅で、名士を集めて行なわれた「ハムレット」の上演中、突如響きわたった一発の銃声。垂れ幕の陰で倒れていたのは、ボローニアス役の大法官だった。事件直前、繰り返されていた謎めいた予告状と、国家機密を狙うスパイの黒い影、そしていずれも一癖ありげなゲストたち。首相直々の要請により現場に急行したスコットランド・ヤードのアプルビイ警部だが、その目の前で第二の犠牲者が……。英国ミステリ黄金期を代表する名作

マイクル・イネス (1906-1994)
イギリスの作家、英文学教授。シェイクスピア研究など学究生活の傍ら、『学長の死』(東京創元社、絶版)、『ハムレット復讐せよ』、『ある詩人への挽歌』(現代教養文庫)など、アプルビイ警部シリーズを中心に、40冊以上のミステリを発表。日本ではクリスピン同様、ハイブラウな文学派として敬遠される傾向があったが、これは江戸川乱歩の評言と、本書の旧訳があまりにも読みにくい、ポケミス史上最悪といってもいい代物であったことが大きい。実際には、ご覧の通り、一種大人のお伽話的味わいを持った楽しい読物なのだが。「探偵小説を過度に洗練されたジョークに変えた」 と評される、よりファルス的傾向の強い作品として、『ストップ・プレス』 『アララテのアプルビイ』 もどうぞご賞味あれ。


→マイクル・イネス作品リスト
read→知られざる巨匠たち

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17.ランプリイ家の殺人
 Surfeit of Lampreys (1940)

ナイオ・マーシュ
浅羽莢子訳 解説=浅羽莢子

 1996年10月刊 2427円 【amazon】 品切

心はいつも朗らかながら経済観念まるでなしのランプリイ家は、何度目かの深刻な財政危機に瀕していた。頼みは裕福な親戚の侯爵ゲイブリエルだけ。ところがこの侯爵、一家とは正反対の吝嗇で狷介な人物、その奥方は黒魔術に夢中のこれまた一癖ある女性。援助を求めた一家の楽観的希望もむなしく、交渉は決裂、侯爵はフラットを後にした。しかし、その数分後、エレベーターの中で、目を金串でえぐられ無惨な死体となった侯爵が発見される。わずかな空白の時間に犯行が可能だったのは誰か。果たしてこの愛すべき一家の中に、冷酷非情な殺人者がいるのだろうか?  変わり者揃いの一家を魅力的に描き、劇的なクライマックスに冴えをみせる、キーティング『海外ミステリ名作100選』(早川書房)にも選ばれたナイオ・マーシュの代表作

ナイオ・マーシュ (1895-1982)
ニュージーランド生まれの作家、劇作家。名門出身のロデリック・アレン警視を主人公にした32冊のミステリ・シリーズで、英国ではクリスティー、セイヤーズにつぐ 〈ミステリの女王〉 として人気を集めた。邦訳に 『死の序曲』 『ヴァルカン劇場の夜』(ハヤカワ・ミステリ)、『殺人鬼登場』(六興出版部、絶版)などがある。第4期では戦後代表作 『道化の死』 を収録している。

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18.ジョン・ブラウンの死体
 John Brown's Body (1938)

E・C・R・ロラック
桐藤ゆき子訳 解説=森英俊

1997年2月刊 2300円 [amazon] 在庫僅少

ある冬の夜、コーンウォル地方の人気のない崖地で野宿していた浮浪者ジョン・ブラウンは、大きな袋を運ぶ怪しい男に出会った。そして翌朝、120マイル離れた街道で、重傷を負い、意識を失ったブラウンが発見された。瀕死の浮浪者が遺した奇妙な話に興味を持ったマクドナルド警部が、休暇を利用して調査に乗り出すや、事件はたちまち複雑な様相を見せ始める。浮浪者の目撃した謎の男、有名作家の盗作疑惑、やがて発見される身元不明の死体……一見無関係に見えるこれらの事件はどう結びつくのか。イングランド西部地方の荒涼たる自然を背景に展開される極上の英国風ミステリ。

E・C・R・ロラック (1894-1958)
イギリスの探偵作家。キャロル・カーナック名義とあわせて70冊以上の長篇がある。巧みなプロットとストーリーテリング、魅力的な情景描写に定評がある。邦訳に 『悪魔と警視庁』 『ウィーンの殺人』 『死のチェックメイト』。

イギリスのミステリを読んでいると、スコットランド・ヤードの刑事はじつによく地方へ捜査に出かけていく。そこで描かれる地方色や風景描写が、イギリス・ミステリ特有の魅力にもなっているのだが、この作品でも、休暇中のマクドナルド警部は車の故障のため、徒歩旅行をしながら事件の調査をはじめる。文字通り、足の探偵だが、これがなかなかよいのだ。

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19.甘い毒
 Sweet Poison (1940)

ルーパート・ペニー
好野理恵訳 解説=小林晋

1997年1月刊 2300円 【amazon】

全寮制のアンスティ・コート校では最近、嫌われ者の校長の甥を狙った事件が頻発していた。さらに青酸とチョコレートの紛失事件が発生、事態を重く見た校長はスコットランド・ヤードに内々に調査を依頼した。副総監の指示によりビール主任警部が現地に赴き、紛失した毒物も発見されて、事件はひとまず決着したかに見えたが、1ヶ月後、ついに毒入りチョコレート事件が……。作者はすべての手がかりを提示し、完全なフェアプレイによって読者に挑戦する。わずか8冊の長篇を遺して姿を消した謎の本格派ペニーの本邦初紹介。

ルーパート・ペニー
イギリスの探偵作家。生年、経歴等、一切が謎に包まれたまま、『お喋りな警官』 『警官の証拠』 『密室殺人』 など、8冊の優れた本格ミステリを残して忽然と消息を絶った。緻密な論理性とフェアプレイを重視し、〈読者への挑戦状〉を掲げたその作品は、英国パズラー派の最高峰と目されている。

ペニーは一部のファンの間では、知る人ぞ知る幻の作家だった。〈読者への挑戦〉を掲げるパズラー派は、イギリスではむしろ珍しい。

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20.薪小屋の秘密
 Something Nasty in the Woodshed (1942)

アントニイ・ギルバート
高田朔訳 解説=小林晋

1997年10月刊 2400円 【amazon】

新聞広告で知り合った男と結婚した孤独な中年女性アガサは、やがて夫の行動に疑惑を抱き始めた。若くハンサムな夫エドマンドには隠されていたもうひとつの顔があった。幽霊が出るという人里離れた家で暮らすアガサの胸に、次第に忍び寄る不安の黒い影。優しいエドマンドは果たして恐るべき青髭なのか。そしてある日、ついに彼女は秘密の扉を開けた……。サスペンスフルな序盤から本格味あふれる後半へ、巧みなストーリーテリングで読者を翻弄するアントニイ・ギルバートの代表作。

アントニイ・ギルバート (1899-1973)
イギリスの探偵作家。本格推理とサスペンスを融合させた、個性的な弁護士探偵クルックのシリーズで、コリンズ社クライム・クラブ叢書のクリスティーと並ぶ人気作家となる。男性名だが、実は女性である。クリスティアナ・ブランドの回想によると、「意地悪な冴えない女」で、ジョン・ディクスン・カーにぞっこんだったらしいが、作品の方は素晴らしい物だったことは、点数の辛いブランドも認めるところ。邦訳は他に 『黒い死』(ハヤカワ・ミステリ、絶版)など僅かしかないが、もっと紹介されてしかるべき作家である。本格らしい本格ばかりがクラシック・ミステリの魅力ではない。


夫の正体に疑惑を感じはじめた妻、というサスペンス小説ではおなじみの構図だが、油断してはいけない。プロットには、思わずあっと言ってしまうような驚きが仕掛けられている。北村薫 『盤上の敵』 を本格として読むなら、この作品も本格として評価すべきだ。したたかな弁護士クルック氏のキャラクターもユニーク。

read→タイトルについて
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21.空のオベリスト
 Obelists Fly High (1935)

C・デイリー・キング
富塚由美訳 解説=浜田知明

1997年12月刊 2400円 【amazon】 在庫僅少

「4月13日正午、お前は死ぬ」国務長官の緊急手術に向かう著名な外科医カッター博士に送りつけられた不気味な犯行予告。ニューヨーク市警の敏腕刑事ロード警部は、あらゆる事態を想定して警護にあたったが、ニューヨークを飛び立って数時間後、その目の前に博士は倒れた――。上空数千フィート、空の密室ともいうべき飛行機内で一体何が起きたのか。エピローグを巻頭に配した構成、手がかり索引など、様々な技巧を駆使し、フェアプレイを掲げて読者に挑戦する、パズラー黄金期の旗手キングの幻の名作。

C・デイリー・キング (1895-1963)
アメリカの作家。心理学の研究を続けながら、パズル志向の本格ミステリを発表。ヴァン・ダイン、クイーン、ロースンらと共に、アメリカン・パズラー黄金期の中核に位置する。『海のオベリスト』 (原書房)、『鉄路のオベリスト』(光文社、絶版)、『空のオベリスト』の3部作の他、短篇集『タラント氏の事件簿』(新樹社)などがある。

アメリカ・パズラー派の最右翼、C・デイリー・キングの代表作。〈オベリスト〉3部作では一番成功した作品だろう。構成にも工夫を凝らしているが、特筆すべきは 「手がかり索引」 それ自体に、単なる伏線の確認ではない、物語上の必然性がこめられている点だろう。節の見出しに、飛行機の高度が使われているのも楽しい。

read→天翔ける名探偵
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22.チベットから来た男
 The Man from Tibet (1938)

クライド・B・クレイスン
門倉洸太郎訳 解説=塚田よしと

1997年8月刊 2400円【amazon】 品切

収集家として知られるシカゴの大富豪メリウェザーは、ある日訪れた東洋帰りの男から、チベットの秘伝書を買い取った。その聖典には、神秘の力を得る奥義が記されているという。しかし、男はその夜ホテルで何者かに絞め殺され、犯人と目される髭の男は煙のように消え失せてしまう。おりしもシカゴには、失われた秘伝書を探し求めて世界を半周してきたラマ僧が到着していた。やがてメリウェザーの周辺にも、秘伝書の消失、謎の卍の出現と不可思議な事件が続発、そして雷雨の夜、密室状態の美術室でついに悲劇が起った……。カー、クイーン、ヴァン・ダインにつづくアメリカ本格派の驍将クレイスンの本邦初紹介。

クライド・B・クレイスン (1903-1987)
アメリカの探偵作家。歴史学者ウェストボロー教授を探偵役とした本格ミステリ・シリーズを、米国ミステリ界の最大手ダブルデイ社クライムクラブ叢書から刊行。不可能犯罪や大胆なトリックを好んで取り上げ、東洋美術などのペダントリーに満ちたその作品は、30年代アメリカ本格の最良の成果として近年再評価著しい。本邦初紹介の本書は、アメリカ本格派の埋もれた傑作として評価された。実直な教授探偵ウェストボローも愛すべきキャラクター。
 
アメリカの知られざる本格派をもう一人。クレイスンのペダントリーは、ヴァン・ダインに比べれば、はるかに地についている。鎖国状態のチベットから秘伝書が持ち出されるエピソードや、考古学者が語る中央アジア探検の回想などは、冒険小説さながらの面白さ。しかし、アメリカの百万長者という奴は、どうしてこう何でも集めたがるんだろうな。

read→知られざる巨匠たち
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23.おしゃべり雀の殺人
 The Talking Sparrow Murders (1934)

ダーウィン・L・ティーレット
工藤政司訳 解説=森英俊

1999年8月刊 2400円 【amazon】

「雀がしゃべった……」謎の言葉を残し、目の前で老人は息絶えた。それが恐るべき連続殺人の始まりだった。ヒトラーが政権を掌握、ナチスのユダヤ人襲撃が頻発するドイツの古都ハイデルベルクで、アメリカ人技術者が巻き込まれた謎の殺人事件。毎日決まった時刻に松の木に敬礼する男、主人公をつけねらう不気味なナチ指導者……次々に降りかかる難問を解決して、果たして無事アメリカ行きの船に乗ることが出来るのか。迫り来る戦争の影のなか発表され、ドロシー・セイヤーズやジュリアン・シモンズが特異な傑作として絶賛した異色ミステリ。

ダーウィン・L・ティーレット (1904-1964)
アメリカの作家。大学卒業後、ドイツに留学。ナチス台頭期の雰囲気を実体験する。帰国後、飛行機内の人間消失を取り上げた『空中の殺人』(31)で作家デビュー。亡命貴族フォン・カッツ男爵を主人公としたユーモア本格ミステリ・シリーズで人気を博した。本書が本邦初紹介となる。

この全集の中でも、変り種の部類に入るだろう。1934年という発表年に意味がある。ユダヤ人が襲撃される場面などは、作者が実際に見聞きしてきた事実にもとづくだけに、迫真性がある。不条理な状況下における不条理な事件。ドロシイ・セイヤーズは、「読者は、なにごとも驚くにはあたらないし、なにが起きてもおかしくない、めまぐるしい幻影のような世界に足を踏み入れてしまったという感じを、はっきりとおぼえることだろう」(森英俊訳)と評している。

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24.赤い右手
 The Red Right Hand (1945)

ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
夏来健次訳 解説=小林晋

1997年4月刊 2200円 【amazon】

結婚式を挙げに行く途中のカップルが拾ったヒッチハイカーは、赤い眼に裂けた耳、犬のように尖った歯をしていた……。やがてコネティカット州山中の脇道で繰り広げられる恐怖の連続殺人劇。狂気の殺人鬼の魔手にかかり、次々に血祭りに上げられていく人々──悪夢のような夜に果たして終わりは来るのか? 熱に憑かれたような文体で不可能を可能にした、探偵小説におけるコペルニクス的転回ともいうべきカルト的名作、ついに登場。

ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ (1896-1984)
アメリカの作家、編集者。主にパルプ・マガジンを舞台に様々なジャンルの作品を執筆。

作品全体を覆い尽くす異様な熱気と、大胆不敵な(掟破りの)トリック、乱歩の通俗長篇をも思わせる畳みかけるような展開は、読者の熱い支持を得た。論理的飛躍やトリックの現実性という点では、確かに批判はある。しかし、こういう野蛮な面白さを、現代の洗練されたミステリは失ってはいないだろうか。

『このミステリーがすごい!'98』第2位
『週刊文春』傑作ミステリーベスト1997 第5位

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25.悪魔を呼び起こせ
 Whistle Up the Devil! (1953)

デレック・スミス
森英俊訳 解説=森英俊

1999年11月刊 2300円 【amazon】

ブリスリー村の旧家クウィリン家には、家督相続人のみが代々受け継ぐ秘密の儀式があった。当主ロジャーはフィアンセとの結婚を前に、19世紀以来途絶えていた儀式の復活を思い立ち、周囲の心配をよそに、幽霊が出るという伝説の部屋〈通路の間〉に閉じこもった。そしてその夜、恐ろしい悲鳴を耳にして駆けつけた一同の前に、背中を短剣で刺されたロジャーの姿があった。厳重な監視の下、内部から旋錠された密室内で、如何にして凶行は演じられたのか。それとも言い伝え通り出現した悪霊の仕業なのか。そしてその翌日、第二の密室殺人事件が……。不可能犯罪ミステリ研究の第一人者が、その知識を結集して書き上げた密室ミステリの逸品。

デレック・スミス( ? -2003)
イギリスの作家、ミステリ研究家。英国有数のコレクターとしても知られ、特に不可能犯罪物に深い造詣をもつ (2003年没)。その該博な知識と研究の成果を盛り込んだ本書は、不可能犯罪研究の聖典、ロバート・エイディーの『密室殺人その他の不可能犯罪』で、「あらゆる密室コレクションの必須アイテム」と絶賛された密室ミステリの最高峰。

ミステリ・ファンが高じて創作に転じた最高の作例。この考え抜かれたトリックには、うるさ型の密室マニアも唸らされるだろう。2つの密室が登場するが、いずれも不自然なトリックを用いることなく、見事に解決されている。作中で行なわれる名探偵の密室談義も好ましい。

「週刊文春」傑作ミステリー・ベスト1999 第22位

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