クライム・ブックス 5巻

国書刊行会

◆四六判・上製ジャケット装
◆装丁=中島かほる

ラトクリフ街道の殺人
P・D・ジェイムズ&T・A・クリッチリー

エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件
J・D・カー

娯楽としての殺人
H・ヘイクラフト

犯罪文学研究
小酒井不木

殺人論
小酒井不木


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ラトクリフ街道の殺人
The Maul and the Pear Tree (1971)

P・D・ジェイムズ&T・A・クリッチリー 
森広雅子訳

1991年8月刊 装画=林浩一 1850円 国書刊行会

1811年の暮れ、ロンドンはイースト・エンド、ラトクリフ街道沿いのとある洋品店。買物から帰った女中を待っていたのは、めった打ちにされた主人夫婦といたいけな幼子、徒弟の少年の酷たらしい惨殺死体だった。12日後、今度は近くの居酒屋が襲われ、三人が殺された。平和な一家を突如襲った暴力的な死。姿なき殺人鬼の跳梁に住民は恐怖のどん底に叩きこまれた。警察への非難が高まるなか、ついに挙げられた容疑者の自殺によって、事件は解決したかに見えたが……。残虐な手口で悪名高いラトクリフ街道殺人事件を、当代随一のミステリ作家が再構成、恐るべき謎の真相に迫る。話題の歴史ミステリ。

P・D・ジェイムズ(1920- )
イギリスの作家。現代本格ミステリの第一人者、豊かな文学性と重厚な作風には定評がある。代表作に、『女の顔を覆え』『ナイチンゲールの屍衣』 『女には向かない職業』 『皮膚の下の頭蓋骨』 (ハヤカワ文庫) など。

トマス・A・クリッチリー(1919- )
イギリスの警察史研究家。主著 『イングランドとウェールズの警察史』 (79) は、この分野の決定版との呼び声高い。

現代英国ミステリ界の重鎮P・D・ジェイムズは、作家専業になる以前、国務省警察局に勤めていた。そこで古い警察資料をあたっているうちに、彼女が興味を引かれたのがこの事件。160年も前の古い記録や新聞記事から、ジェイムズは当時の状況や、人々の心理状態をあざやかに甦らせていく。『ナイチンゲールの屍衣』 (71)、『女には向かない職業』 (72) といった力作を送り出していた時期の作品だけに、読み応え十分の作品に仕上がっている。共著者のT・A・クリッチリーは、警察局の上司。もしかしたら、アダム・ダルグリッシュのような男だったのだろうか?(年齢はジェイムズのほうが1歳上ではあるが)

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エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件
The Murder of Sir Edmund Godfrey (1936)

ジョン・ディクスン・力ー 岡照雄訳

1991年12月刊 2589円
品切 
創元推理文庫から文庫化 

17世紀、王政復古の英国、国王暗殺計画の噂がながれるなか、謎の失踪をとげた治安判事サー・エドマンド・ゴドフリーは、その5日後、首を絞められ、胸を剣で刺された無惨な死体となって発見された。私怨による復讐か? カトリック教徒の陰謀か? それとも偽装された自殺なのか? 謎は謎を呼び、噂が噂を呼んで、街にパニックがひろがった。密告にもとづいて数人のカトリック教徒が逮捕され、裁判の上処刑されたが、ついにゴドフリーの死は多くの疑惑に包まれたまま、永遠の謎として残った。この英国史上最大のミステリに〈不可能犯罪の巨匠〉ジョン・ディクスン・カーが挑戦。陰媒渦巻くチャールズ2世治下の英国を鮮かに活写した歴史ミステリの古典的名作。

ジョン・ディクスン・カー (1906-1977)
アメリカ生まれの探偵作家。1930年 『夜歩く』 (創元推理文庫) でデビュー。以後、本名とカーター・ディクスンの2つの名義をもちいて、密室殺人、人間消失、足跡のない殺人など、不可能興味満点の本格ミステリを次々に発表。生涯、謎とロマンを追い求めた偉大なるミステリ作家。国書刊行会では他に 『一角獣殺人事件』、『死が二人をわかつまで』九人と死で十人だ』 を刊行。
ダグラス・G・グリーンの評伝 『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』 (国書刊行会)、『夜歩く』 の原型や長篇エッセイを収録した 『グラン・ギニョール』 (翔泳社) もファン必読。

歴史上のミステリに挑戦する歴史推理の嚆矢。本書の影響下に、リリアン・デ・ラ・トーア 『消えたエリザベス』 (東京創元社、絶版)、ジョゼフィン・テイ 『時の娘』 (ハヤカワ文庫)、P・D・ジェイムズ 『ラトクリフ街道の殺人』 (国書刊行会)、高木彬光 『成吉思汗の秘密』 などの傑作が生まれている。カー作品では、本書と同じ王政復古期の英国を舞台にした(こちらは完全なフィクションの)痛快無比な 『ビロードの悪魔』 (ハヤカワ文庫) もおすすめ。

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娯楽としての殺人 探偵小説・成長とその時代
Murder for Pleasure (1941)

ハワード・ヘイクラフト 林峻一郎訳

1992年3月刊 3236円 品切

1841年、ポーの「モルグ街の殺人」によって始まった探偵小説は、不世出の名探偵シャーロック・ホームズとそのライヴァルたちの活躍によって大きな飛躍をとげ、1920〜30年代、クリスティー、クロフツ、ヴァン・タイン、クイーン、カーらが次々に傑作長篇を発表、黄金時代を迎える。ハードボイルド、倒叙ミステリ、サスペンス派など新しい波も生まれ、探偵小説の可能性をひろげていく。探偵小説の誕生と発展の歴史を、各作家のエピソードをまじえていきいきと描き出した探偵小説史の決定版。名作表、名探偵リスト、研究書誌、探偵小説もの知りクイズなどを満載、「探偵小説史の輝かしい里程標」(エラリー・クイーン)と評されたミステリ評論の古典的名著。

【目次】

1.時・1841年――所・アメリカ(発端)
2.中間期の年月(発展)
3.ガス燈下の面影(ルネッサンス)
4.イギリス・1890-1914(ロマンティック時代)
5.アメリカ・1890-1914(ロマンティック時代)
6.ヨーロッパ大陸の探偵小説
7.イギリス・1918-1930(黄金時代)
8.アメリカ・1918-1930(黄金時代)
9.イギリス・1930-(現代派)
10.アメリカ・1930-(現代派)
11.ゲームの規則
12.殺人市場
13.敵と味方(批評文芸)
14.探偵小説の本棚
15.独裁者、民主主義と探偵
16.探偵小説の未来
17.探偵小説もの知りクイズ
18.探偵人名録
付録A「盗まれた手紙」論争
付録B シャーロック・ホームズの名前、その他
付録C「路標図書館」の増補へのノート

ハワード・ヘイクラフト(1905-1991)
アメリカの出版者・評論家。ミネソタ大学出版局をへて、ニューヨークのH・W・ウィルスン社に入社、のちに社長になる。探偵小説の愛好家・研究者として有名。主著 『娯楽としての殺人』 は、探偵小説史の決定版として、ながく多大な影響を与えた。ミステリ評論・エッセイのアンソロジーThe Art of Mystery Stories (1946) (同書を抜粋・再編集したものが、『推理小説の美学』 『推理小説の詩学』、研究社出版) も有益な本。『20世紀作家事典』 (1942/補遺1955) の共編者でもある。

1941年の刊行と古い本だが、黄金時代以前の探偵小説の歴史については、いまだにこの本が、日本語で読めるものとしては、もっともよくまとまった本。本当は、古典は古典として、もっと新しい、スタンダードなミステリ史が出てこなくてはならないのだが。
【追記:本書以降をフォローするジュリアン・シモンズのミステリ史 Bloody Murder の邦訳 (新潮社) がようやく出るようだ。 2002.2】 【追追記:なかなか出ないね。2002.10】 【追追追記:やっと出た。2003.5】

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犯罪文学研究

小酒井不木

1991年9月刊 2718円 [amazon]
装画=大蘇芳年 

江戸時代にも推理と観察によって難事件に挑んだ名探偵たちがいた。西鶴 「桜陰比事」 をはじめとする、「鎌倉比事」 「藤陰比事」 などの裁判物、北条団水の詐欺騙盗譚 「昼夜用心記」、名判官の推理が冴える馬琴 「青砥藤綱模稜案」 など、探偵小説の先駆ともいえる犯罪・推理を主題とした作品を紹介、さらに秋成、了意の怪異小説、近松とシェークスピアにおける殺人比較論、黙阿弥の悪人像考察まで、古今の文献をひもとき、古典・科学・民俗学のペダントリーをおりまぜながら、日本犯罪文学の系譜を辿った名著 『犯罪文学研究』 に、「探偵小説管見」「江戸川氏と私」 他の探偵小説エッセイ、『マクベス』に登場する魔女の鍋の中身を考証した 「妖婆の鍋」、西欧近世で猛威を奮ったペストの恐怖を綴った歴史奇譚、パリ警視庁のヴィドック探偵の冒険譚などを収録。驚くべき博識と抜群の面白さで、探偵小説の鬼たちを魅了した不木随筆のエッセンスを集大成。

【目次】

犯罪文学研究
(はしがき/日本の犯罪文学/桜陰、鎌倉、藤陰の三比事/探偵小説としての三比事/三比事に書かれた探偵方法/三比事に書かれた特種の犯罪方法/三比事に書かれた犯罪心理/詐欺騙盗を取扱った文学 (昼夜用心記と世間用心記)/両用心記の比較/両用心記に書かれた詐欺方法/曲亭馬琴の 「青砥藤綱摸稜案」/青砥藤綱の裁判に対する態度/「摸稜案」の最初の物語/暗号解読/「摸稜案」に書かれた女性の犯罪心理/犯罪文学と怪異小説/江戸時代怪異小説/主題的怪異を取扱った物語/ラフカヂオ・ハーンの翻訳/古今奇談英草紙/浅井了意と上田秋成/御伽婢子と雨月物語の文章/御伽婢子と雨月物語の内容/近松巣林子とシェクスピア/「マクベス」 の研究/黙阿弥の悪人) 

犯罪者のジェーキール・ハイド性/モリアーチー教授/探偵の元祖ヴィドック/科学的研究と探偵小説/探偵小説管見/探偵小説の将来/江戸川氏と私/妖婆の鍋/怪物の出産/「ペスト」 小史/デ・フォーの 「倫敦疫病日誌」/エーンズウォースの 「旧セント・ポールス寺院」/サムエル・ピープスの日誌その他

解説:小酒井不木−横断する知性 長山靖生

小酒井不木(こざかいふぼく)
明治23年、愛知県生まれ。東京帝国大学医学部で生理学・血清学を専攻。大正6年から欧米に留学、国際的な研究業績をおさめ、大正9年帰国。東北帝国大学教授を拝命するも、結核のため、療養生活を余儀なくされる。森下雨村に請われて 「犯罪文学研究」 「殺人論」 などのエッセイや犯罪実話を 〈新青年〉 に執筆。大正14年から創作にも手を染め、「人工心臓」 「恋愛曲線」 など、科学知識をいかした特異な短篇やスリラー長篇、ドゥーゼの翻訳などで人気を博した。昭和4年没。『小酒井不木全集』 全17巻 (改造社)がある。

「二銭銅貨」 に激賞を寄せ、乱歩デビューに華を添えた小酒井不木だが、このとき彼はまだ小説家としては本格的活動を始めていない。では、なぜ不木が当時すでに探偵小説の権威として認められていたのか、といえば、もっぱら、ここにまとめられたような探偵小説・犯罪学随筆によってなのである。大正・昭和初期の探偵小説ファンは、不木の該博な知識と平易な語り口に魅了され、蒙を啓かれた。その考証癖は乱歩にも受け継がれている。

read→『人工心臓』 『殺人論』
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殺人論

小酒井不木

1991年10月刊 2718円 [amazon]
装画=杉本典已

人はなぜ 〈殺人〉 に魅せられるのか――医学博士、探偵作家にして犯罪学の権威小酒井不木が、原始人類における殺人から説きおこし、多くの実例を引きながら、その歴史的・文学的・心理的・法医学的側面を縦横に論じつくした、犯罪学研究 [クリミノロジー] の金字塔 『殺人論』。古代エジプト・ローマから本邦毒殺史まで、古今東西の毒に関する薀蓄を傾けた名エッセイ 「毒及び毒殺の研究」、有名な犯罪事件での実在の名探偵たちの活躍を描いた 「西洋探偵譚」(抄)に、西欧古代・中世の奇怪な風習、捜査・裁判法をとりあげたエッセイ 「錬金術」 「古代の裁判探偵法」 「西洋中世の拷問」 「動物裁判」 「屍体刑罰」 を併録。

【目次】

殺人論(抄)
[序論/原始人類 (野蛮人) に於ける殺人/変態なる生理的又は心理的欲望に基く殺人/純然たる殺人と迷信による殺人/伝染による殺人と無意識の殺人/殺人者の容貌及び体格 (解剖)/殺人者の生理及心理/女性殺人者の残忍性/殺人の動機 (貪欲に発する動機/愚痴に発する動機/瞋恚に発する動機/精神錯乱又は精神薄弱者の殺人/所謂高尚なる動機)/死に就ての考察(創傷による死/中毒による死/窒息による死/異常の温度による死/飢餓による死/電撃死/精神の影響による死)/殺人の方法 (創傷による死を起す方法/中毒による死を起す方法―毒殺方法/窒息による死を起す方法/間接の殺人方法/探偵小説に描かれた殺人方法)/共謀殺人/屍体の現象 (冷却と乾燥/死後強直/屍斑の形成/腐敗/木乃伊と屍蝋/死後の傷害)/屍体の隠匿/犯跡の隠蔽/探偵総論 (良心の苛責/殺人者の愚挙/未解決の殺人事件と冤罪事件/探偵方法の変遷/実在した名探偵と探偵小説にあらわれた名探偵)]

西洋探偵譚(抄)

[パークマン博士殺害事件/グーフエ殺害事件/見証による犯人探偵/名探偵ブルックスの功名/写真と探偵/探偵スウィーニーの功名]

毒及び毒殺の研究

[一 歴史的考察―1毒と迷信 2毒と犯罪/二 科学的考察―1毒とその作用 2毒殺の鑑定/三 文学的考察 ―1文学に現われたる毒 2毒と探偵小説] 

錬金術/古代の裁判探偵法/西洋中世の拷問/動物裁判/屍体刑罰

解説:万有博士の20年代 長山靖生

小酒井不木(こざかいふぼく)
明治23年、愛知県生まれ。東京帝国大学医学部で生理学・血清学を専攻。大正6年から欧米に留学、国際的な研究業績をおさめ、大正9年帰国。東北帝国大学教授を拝命するも、結核のため、療養生活を余儀なくされる。森下雨村に請われて 「犯罪文学研究」 「殺人論」 などのエッセイや犯罪実話を〈新青年〉に執筆。大正14年から創作にも手を染め、「人工心臓」 「恋愛曲線」 など、科学知識をいかした特異な短篇やスリラー長篇、ドゥーゼの翻訳などで人気を博した。昭和4年没。『小酒井不木全集』 全17巻 (改造社) がある。

大正時代、犯罪学は大いに流行し、犯罪実話や犯罪学の専門誌が出たり、ロンブローゾの著作が訳されたりと、学術的な枠を超えて一般にも大きな興味をかきたてていた。当時の文学界にもその影響を顕著に見ることができる。欧米で犯罪学の最先端を見聞きしてきた不木は、豊富な材料を駆使して、読物としても一級品の犯罪学エッセイを数多く残している。澁澤龍彦 『毒薬の手帖』 等の先駆ともいえる不木随筆の真髄をぜひ一度手にとってご覧いただきたい。数年前、歴史学のほうで評判になった 「動物裁判」 の話など、70年も前に不木が取りあげていることを知って、驚かれる方もいるだろう。

read→『人工心臓』 『犯罪文学研究』

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