名探偵紳士録
アントニイ・バウチャーが編纂したアメリカ探偵作家クラブのアンソロジー
『24匹の猟犬』 Four and Twenty Bloodhounds (1950) では、収録作品に登場する名探偵の履歴書を、それぞれの作者が執筆している。エラリイ・クイーン、ジョン・ディクスン・カー、Q・パトリック、スチュアート・パーマー、クレイトン・ロースン、オーガスト・ダーレス、フレドリック・ブラウン、ブレット・ハリデイ、ジョゼフ・カミングズ、ロバート・アーサーといった面々が自分の主人公を紹介しているが、そのなかから、波瀾万丈の前半生が短いプロフィールからも窺える奇術師探偵グレイト・マーリーニと、こちらはそれとは対照的に、いかにも学究探偵的なフェル博士の略歴を紹介しよう。最後のひとつは、バウチャーの原稿依頼に対して
〈作家/探偵〉 エラリイが出した、さすがというか、なんともクイーン的な手紙である。 |
マーリーニ、ザ・グレイト
奇術師。イリノイ州を通過中のバーナム&ベイリー・サーカスの車中で生まれる。ヴィクターおよびエドナ
(ブラドナ) ・マーリニの息子。オハイオ、ハイデルベルク、ブルックリン、パリ、ベイルートの各所で教育を受ける。メアリー・コードナと1919年1月2日に結婚。【子供】
マイクル、1922年。ロバータ、1925年。カーニヴァル及びサーカスの奇術師、1921-28年。イヴニング・ショー、1929-38年。ワールド・ツアー、1935-36年。奇術専門ディーラー、1939年- 【劇場企画】
出演 「ブロードウェイの奇術」 「ミュージカル・マジック」
「あり得ざるあなたの友」。プロデュース 「さあ、おわかりかな」。映画
「奇蹟売ります」。短篇映画 「不可能事なし」。現在、TVショー
「ザ・グレイト・マーリーニ」 に出演中。奇術の発案者。美女の四つ切りが特に有名。【著作】
『奇術中毒』 『欺きの心理学』 『専門家のための手先の早業』
『暗黒街の奇術師たち』。現在、『ハガード・マジック・マンスリー』
誌に 「マーリーニのマジック」 を連載中。クレイトン・ロースンの筆名で、ロス・ハートと合作した作品に、『帽子から飛び出した死』
『天井の足跡』 『首のない女』 『棺のない死体』がある。【受勲歴】
聖白象章、セリガパタムのマハラジャの御前公演によって。【クラブ】
アメリカ奇術師協会、サーカス・ファンズ・クラブ、ラムズ・クラブ、探検家クラブ、アメリカ探偵作家クラブ。【名誉会員】
ニューヨーク殺人課、英国奇術師協会、アバディーン奇術師協会、カルカッタ手品師クラブ、奇術師協会
【ソシエテ・デ・プレスティディジタトゥール】、魔術師協会 【マジシャー・フェライン】、奇術師会 【グリルジョニスト】、魔術協会 【ソシエダド・デ・マギア】、バンシー・クラブ、下コンゴ・バンツー族の名誉呪術医。【趣味】
ミセス・マーリーニ、チェス、卓球、火渡り、歴史的奇術の器具・ポスター・ビラの収集、奇術・心霊術・魔術に関する書籍の収集。【自宅】
ニューヨーク、ワシントン・スクエア13
1/2。【オフィス】
タイムズ・スクエア、マジック・ショップ。電話、MEphisto
7-1313
(執筆 クレイトン・ロースン)
アメリカの興行王フィニアス・T・バーナムが創設したサーカス団の移動中に生まれた、という出生からして、ショービジネス界で産湯をつかったマーリーニらしい。ちなみにクレイグ・ライスにも馬車の中で生まれたという伝説があるが、これはどうやら本人の創作のようだ。マーリーニという名前が脱出王フーディーニにちなんで付けられたことはよく知られているだろう。世界各国の奇術師団体に名を連ねているかと思うと、コンゴの呪術医なんていう肩書きが混じっているのも笑わせてくれる。いったいどんな術を披露したのだろうか。オフィスの電話番号が
MEphisto (メフィスト) など、細かい点にも遊びがある。
フェル、ギデオン
隠退した元教師、著述家、歴史家。リンカンシャー、ガース、スタヴェニー館、1884年生まれ。サー・ディグビーおよびレディ・フェルの次男。【学歴】
イートン校、ベリオール・コレッジ、ハーヴァード
(米)。文学士、文学修士 (オクスフォード)、哲学博士
(ハーヴァード)、法学博士 (エディンバラ)。王立歴史協会特別会員。レジヨンドヌール勲章
(仏)。【著作】 『十七世紀の伝奇小説 【ロマンス】』 (スミス社、1922年)、『古代からのイングランドにおける飲酒の風習』
(クリッペン&ウエインライト社、1946年)。【クラブ】
ギャリック、サヴェッジ、ディテクション・クラブ。【趣味】
犯罪に関する読書および探偵。【現住所】
ロンドン、NW3、ハムステッド、ラウンド・ポンド・プレイス13。
(執筆 ジョン・ディクスン・カー)
フェル博士の経歴はいろいろなところで紹介されているので、ファンならよくご存知のことと思う。『飲酒の風習』
の版元は、実在の有名殺人者2人から名前を取っている
(ということは、スミス社も 〈浴槽の花嫁〉
事件のジョージ・ジョゼフ・スミスからなのだろう)。カー評伝の著者ダグラス・G・グリーンが創った出版社がクリッペン&ランドリュー。ランドリューもフランスの有名殺人者である。ちなみにこの
『飲酒の風習』 は、フェル博士初登場の 『魔女の隠れ家』
事件 (1933) ですでに執筆中とあるから、刊行までそれからさらに13年も要した労作である。所属するクラブにディテクション・クラブが挙げられているのも微笑ましい。フェル博士もセイヤーズと犯罪学の議論を戦わせたり、ジョン・ロードとビールを飲み交わしたりしたのだろうか。
アントニイ・バウチャー様
ニューヨーク14
西14丁目408
アメリカ探偵作家クラブ気付
親愛なるトニー
伝記的スケッチを、という君の訴えは僕の同情をかきたてたが、同時に無力にもさせた。目下、僕はのたうちまわりながら、テーセウスの才が必要ではないかとさえ思われる事件を追いかけ回しているところだ。僕の出版者は、僕の後ろをのたうちながら、我々の次の本の契約でもって僕の意識の尻をつついては、その本が僕が考えているよりもずっと遅れていることを思い出させてくれる。それにいつだってEQMM──その血まみれのハートに祝福あれ──というものがある。
しかしながら、編集稼業の罠にはまった者には誰であれ、我が魂は向けられているがゆえに、次のようにこたえよう。
僕は生まれ、僕は生きてきた。そしてできうるかぎり頑張って行くつもりである。
これで、伝記に必要な事実はすべてではないかと僕には思われるし、そのうえきわめて経済的でもある。
エラリイ
1950年というと、このとき彼が追いかけ回していたテーセウスの才が必要な
「事件」 とは 『ダブル・ダブル』 (50) か
『悪の起源』 (51) か。1929年に20代で登場したエラリイはこのとき40男になっていたはずだが、名探偵は年を取らない、の言葉どおり、やはりエラリイは永遠の青年である。もっとも、29年の時点ですでにイタリアで悠悠自適の生活を送っていることになっているので、彼の経歴を詮索しだすと、たちまちさまざまな齟齬が生じてくるのだが、シャーロッキアーナ的辻褄あわせはエラリマニアにまかせておこう。
名探偵の架空のプロフィールという発想はやはり魅力的らしく、他にもいくつか同趣向の企画がある。たとえばMeet the Detective (1935) には、ブルドッグ・ドラモンド (サパー)、アノー
(メイスン)、フー・マンチュー (ローマー)、セイント
(チャータリス)、フレンチ警部 (クロフツ)、フォーチュン氏
(ベイリー)、トレント (ベントリー)、ソーンダイク博士
(フリーマン) など15人が収録され、オットー・ペンズラーが編集したThe Great Detectives (1978) では、ロデリック・アレン (マーシュ)、ジョン・アプルビイ
(イネス)、リュー・アーチャー (ロス・マクドナルド)、コックリル警部
(ブランド)、87分署 (エド・マクベイン)、フレッド・フェロウズ
(ウォー)、マイクル・シェイン (ハリデイ)、ヴァージル・ティッブズ
(ボール) など26人が紹介されている。これはいずれも小説のアンソロジーではなく、作者による名探偵紹介のエッセイを集めたもので、上記の簡潔な身上書形式とは違い、それぞれ数頁にわたる本格的なものである。
参考文献
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Anthony Boucher (ed.); Four and Twenty Bloodhounds(1950)
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Meet the Detective (1935)
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Otto Penzler (ed.); The Great Detectives (1978)
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