知られざる巨匠たち 8

「世界探偵小説全集」第1期の月報に連載されたコラム。本邦未紹介の作家や、
過去に邦訳があっても不当に忘れ去られていた作家を紹介。その多くは第2期以降に収録された。
(この頁の原稿は、執筆者および国書刊行会の御好意により再録しています。記して感謝いたします)

クライド・B・クレイスン
いま一人の魔法騎士

塚田よしと

 S・S・ヴァン・ダインといえば、今ではさっぱり尊敬されない名前になってしまいましたが、1920年代の後半から30年代のはじめにかけて発表された最盛期の長篇には、謎とサスペンスのたくみな連動があり、作中のモダンな要素とあいまって、当時、アメリカで多くの読者をつかみ、探偵小説ムーブメントの立役者になったのはうなずけます。

 そのベストセラー現象に刺激され、スタイルをまねて登場した作家群のなかで、いちじるしい飛躍をなしとげ、出藍の誉れをになう双璧といえば、やはり、エラリー・クイーンとジョン・ディクスン・カーでしょう。 『エジプト十字架の謎』 に 『Yの悲劇』、『三つの棺』 や 『一角獣殺人事件』 ――彼らが30年代に完成させた傑作の、まるで魔法のようなプロットに接すると、探偵小説の技巧が絶頂に達したという感を強くします。

 謎と論理のエンタテインメントの魅力をとことんまでつきつめた、トリッキーでアクロバティックなアメリカン・パズラーは、とりわけ日本で、“本格” として認知され、流行に関係なく愛されてきました。クイーンやカーにくらべると粒は小さくなりますが、そうした作風を支持するファンにとって、後続作家のなかでは、トレヴィス・タラントものの短篇やオベリスト・シリーズ三部作で知られるC・D・キング、奇術師探偵グレイト・マーリニの産みの親クレイトン・ロースンあたりが、要チェックの存在でしょう。

そして、今回とりあげる、本邦未紹介のクライド・B・クレイスン (Clyde B. Clason) も、重厚かつ “魔” 的な魅力で、キングやロースンとともに、30年代アメリカ本格の終幕をかざった実力派のバイプレーヤーなのです。

1903年にデンバーにうまれたクレイスンは、シカゴでコピーライターや編集者の経験をつんだのち、作家活動に入りました。1936年の 『五番目のタンブラー』 The Fifth Tumbler から、1941年の 『みどりの震え』 The Green Shiver にいたる、温和な歴史学者テオクリトス・ルシアス・ウェストボローを主役にすえた10本の長篇は、探偵小説らしい道具だてを豊富にとりそろえ、達者なストーリー・テリングで、読者をミステリアスな空間へといざないます。

 いつのまにか殺人装置のしかけられたホテルの客室、覆面の襲撃者が弓矢をつがえる森、凶器の拳銃が煙のように消えうせる地底の坑道、古代クレタの宮殿を模した孤島の大邸宅、エトセトラ、エトセトラ。

 クレイスンはつねに、エンタテインメントの作家として、読者をワクワクさせ、驚かせ、唸らせるべく、魔法の剣で “日常性” と切りむすびました。出来ばえはつねに一定とはいえませんが、卓越したムードづくりと、目くるめくようなプロッティングが一体になった、『死の天使』 The Death Angel (1936) や 『行き止まりの坑道』 Blind Drifts (1937) といった作品は、きわめて満足のいく謎解きの迷宮です。

 クレイスンの不可能犯罪嗜好と、東洋にたいする関心、造詣が最高のかたちでむすびつき、一世一代の魔法を成功させた代表作 『チベットから来た男』 The Man from Tibet (1938) 【第2期で刊行】を例にとると――

 ある男が巡礼帰りのラマ憎からうばった密教の秘伝書を、チベット・マニアの富豪が買いとり、自宅で腹心の部下のチベット人に翻訳させることになります。しかし、秘伝書を売りこんだ男はホテルで殺害され、親友ジョニー・マック警部補の呼びだしで、ウェストボロー教授が事件に介入。やがて、秘伝書を追って、かのラマ憎がシカゴの富豪宅をおとずれたことから、緊迫した空気が高まり、ついに富豪は、内側から閉ざしたチベット美術室のなかで謎の死をとげるにいたります。異形のホトケたちのまえで、密教の秘儀をおこなわんとして、あたかも天罰がくだったかのように、突然、大動脈瘤が破裂したらしいのですが――

 ある一点にむけて、緻密に計算された完全犯罪。それが、ウェストボローの着目した小さな手掛りから崩壊し、一堂に会した容疑者のなかから、論理的にただ一人、犯人たりうる人物が指摘されるクライマックスは、うわべだけでない、“本格” のダイゴ味を満喫させます。

 時代に即し、さまざまなテーマをもりこみ可能性をひろげる、現代ミステリ。そのインパクトの強さに圧倒されながらも、筆者のごとく、子供のころうけたクイーンやカーの洗礼を忘れかね、あれこそ探偵小説、あの興奮をもう一度、と、ゆずれない願いを抱きしめる読者は、決して少なくないと思います。

 されば、巨匠の域にせまった、いま一人の魔法騎士 [マジックナイト] クライド・B・クレイスンを、時のはざまから召喚してみませんか?

 願いはきっと、かなうでしょう。

1995.8)

【books】

  • 『チベットから来た男』 クライド・B・クレイスン 世界探偵小説全集22
  • 『エジプト十字架の謎』 エラリー・クイーン 創元推理文庫/ハヤカワ文庫
  • 『Yの悲劇』 エラリー・クイーン 創元推理文庫/ハヤカワ文庫
  • 『三つの棺』 ジョン・ディクスン・カー ハヤカワ文庫
  • 『一角獣殺人事件』 カーター・ディクスン 世界探偵小説全集4

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