知られざる巨匠たち 5

「世界探偵小説全集」 第1期の月報に連載されたコラム。本邦未紹介の作家や、
過去に邦訳があっても不当に忘れ去られていた作家を紹介。その多くは第2期以降に収録された。
(この頁の原稿は、執筆者および国書刊行会の御好意により再録しています。記して感謝いたします)

ルパート・ペニー
1ペニーでパズルを

久坂 恭

 実作は1冊も紹介されてないながらも、名前だけは本格ファンのあいだで知られている作家というのが、何人かはいるものである。このペニーなどは、さだめしその代表格だろう。鮎川哲也氏の座談会などで目にされた読者もおられることと思われるし、SRマンスリーの 〈密室特集〉 に翻訳掲載された、ロバート・エイディー (Robert Adey) 氏の “Locked Room Murders” (1991) 前書きでの記述が、頭に焼きついているという声もきく。

 筆者がこのペニーなる魅力的なペンネームの作家を発見したのも、この “Locked Room Murders” の第一版 (1979) 前書きによってで、たまたま植草甚一氏旧蔵の 『おしゃべりな警官』 The Talkative Policeman (1936) を神保町の古本屋で見つけ一読したことが、その後のペニー熱に火をつけた。以降、全著作 (8冊) を揃えるまでに、15年もの歳月が流れた。これまでに、そのうちの7冊を読破したが (最後の1冊は、老後の楽しみにおいてある)、ついぞ期待を裏切られたことがない。

 ペニーは本名Ernest Basil Charles Thornett、生没年は不詳だが、ジャケットの写真から推測するに、30代で作品を発表していたものと思われる。経歴については、エイディー氏の手もとにもなんら資料がなく、次から次へと佳作を発表していた創作活動のピーク (1941年) に突然筆を断ってしまった原因も不明だが、おそらくなんらかの形で戦争に巻き込まれたのだろう。

 ペニーの全作品を出版したのは、おなじみコリンズ社のタライム・クラブ叢書で、「1ペニーでパズルを」 (In for a penny―in for a puzzle)」 なる魅力的なキャッチフレーズで、この新人を大々的に売り出した (同社のキャッチフレーズといえば、ほかには 「クリスマスにクリスティーを」 がある程度で、いかに強力なプロモーションをしていたかがうかがえる)。その甲斐があったのか、実際処女作 『おしゃべりな警官』 はかなり売れたらしく、10ヶ月間に2度増刷している。だが、本家のクイーンに遠慮したのか、なぜかアメリカには一度も紹介されず (カナダやインド、ヨーロッパのコリンズ社からはペイパーバック版が出版されている)、実力はメジャー級であるにもかかわらず、ついぞメジャー作家の仲間入りはできずじまいだった。

 ペニーの作品の大きな特徴は三つある。その第一は、エラリー・クイーンばりのフェアプレイやロジック、それに巻末近くに設けられた 〈読者への挑戦状〉 である。『おしゃべりな警官』 の冒頭には、作者のフェアプレイを理想とする本格ミステリ論が展開されており、もちろんクイーンの名前も引き合いに出されている。

 代表作のひとつ 『甘美な毒』 Sweet Poison (1940) 【『甘い毒』として〈全集2期〉で刊行】 は、このフェアプレイ志向の極めつけで、全252頁のなかで、〈読者への挑戦状〉 が挿入されるのは239頁目だし、さらに245頁目まで、犯人も動機も明らかにされない。

 事件の冒頭ビール主任警部は、全寮制のパブリック・スクールヘ、盗難事件の非公式調査にやって来る。校長の妹宛に送られてきたチョコレートの小包と、青酸カリ120グラムが紛失したというのだ。ハーパート校長の甥エドウィンは、事故に見せかけてそれまで二度にわたって命を狙われており、今回の騒動もそれになんらかの関係があるものと思われた。しかし、ビールの捜査により学内のあちこちで無害のチョコレートの包みが見つかり、青酸カリも中身の減っていない瓶ごと発見され、事件はただのイタズラとして決着したかに思えた。ところがその1ヶ月後、エドウィンが寮の更衣室のロッカーの前で、チョコレート菓子を口にして、なかに含まれた青酸カリによって毒死しているのが発見される。ふたたぴビールが招聘され、事件は思いがけない展開を見せる。

 パブリック・スクールなるいかにも英国的な空間に舞台を設定し、前半の青酸カリ紛失事件と後半の生徒の毒死とを有機的に結びつけた手際は、お見事というしかない。

 ペニーの第二の特徴は、密室志向である。作者は 『警官の証拠』 Policeman's Evidence (1938) と、そのものズバリの 『密室殺人』 Sealed-Room Murder (1941) で、二度このテーマを取りあげているが、両者に使われているトリックはきわめて対照的である。後者には、クイーンの著名作品を意識していたふしがある。

 第三は、全編にそこはかとなく漂うユーモアで、ビールと友人のジャーナリスト(語り手をつとめる場合もある)アントニー・パードンとが交わす会話には、ある種掛け合い的な面白さもある。

 クイーンぱりのロジックやフェアプレイをペニーがいかに英国的に昇華させたか、両者を読み比べてみるのも、なかなか楽しいものである。

(1995.4)

books】

  • 『甘い毒』 ルーパート・ペニー 世界探偵小説全集19
  • ロバート・エイディーの “Locked Room Murders” 序文は、「密室ミステリ概論」 として、二階堂黎人編『密室大百科・上/魔を呼ぶ密室』 (原書房) に収録。

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