国書刊行会 ◆四六判・上製ジャケット装 とむらい機関車 |
奇々怪々の殺人事件、甘美な犯罪幻想、 |
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とむらい機関車 大阪圭吉 1992年5月刊 2330円 品切 「デパートの絞刑吏」 で 〈新青年〉 に登場した大阪圭吉は、不可能興味あふれる発端、緻密な論理性でドイルの流れをつぐ本格派と評された。日曜日毎に繰りかえされる奇怪な轢死事件の意外な真相 「とむらい機関車」、沈没した捕鯨船の乗組員がある夜帰ってきた……壮大なスケールの海洋ミステリ 「動かぬ鯨群」、雪降るクリスマスの夜、平和な一家を襲った惨劇 「寒の夜晴れ」、炭鉱内に出没する姿なき殺人鬼の謎 「坑鬼」他、戦前最高の本格作家として再評価著しい大阪圭吉の傑作群を収録。
本書の刊行によって、欧米型の洗練された本格短篇の書き手として、大阪圭吉の再評価が決定的なものとなった、といってもいいだろう。「大阪君の作風は、三要素中の論理にのみ力点が置かれ、怪奇と意外とは甚だ影が薄くなっているように思われる」 という乱歩の評言が、長いあいだ一人歩きをしてきたが、実際に読んでみれば、彼のミステリがけっして無味乾燥な論理パズルではないことは、納得されるはずだ。乱歩の評にしても、最初期の作品を対象にした言であり、その後の連続短篇では、ストーリーテリングの面でも格段の進歩をみせている。 ※2001年、さらに短篇・エッセイを増補した大阪圭吉傑作集全2巻 『とむらい機関車』 『銀座幽霊』 (創元推理文庫)が刊行された。 ※テキスト公開→『塑像』 (本書未収録作品)/『死の快走船』 あとがき/甲賀三郎「大阪圭吉のユニクさ」/「脱線機関車」(大阪圭吉訪問記) ※大阪圭吉についてのHPに【大阪圭吉ファン頁】 【圭吉の部屋】がある。 TOP 勇士カリガッチ博士 三橋一夫 1992年6月刊 2233円[[amazon] 戦後 〈新青年〉 に《まぼろし部落》 シリーズで登場した三橋一夫は、その不思議な優しさにつつまれたファンタジーで、たちまち人気作家となった。南仏の車中で出会った口のない男が語る奇妙な話 「腹話術師」、人形造りの一家とネズミの博士の交流を描いた 「勇士カリガッチ博士」、エチオピアの密林に棲息する珍獣にとりつかれた男の哀れな末路 「怪獣YUME」 他、日常の中にひそむ奇想を、心温まるユーモアでつつんだ三橋一夫の不思議小説集。
東洋武術の達人でもあった三橋氏には、流行作家時代、氏から原稿を取るには試合をして勝たねばならない、という伝説があったともいう。まあこれは冗談のたぐいだろうが、解説の東さんと藤沢のお宅に伺ったときには、すでにご病気で、床についておられたにもかかわらず、布団の上に起きなおり、長時間にわたって、いろいろと興味深い昔話をしてくださった。敗戦直後は相当に苦労されたらしい。三橋作品には貧しい家族の話がよく出てくるが、これは実体験からきたもののようだ。林房雄に世話になった話や、『力道山物語』の大ヒットの話なども面白かった。 TOP 股から覗く 葛山二郎 1992年7月刊 2233円 [amazon] 法廷ミステリの名作 「赤いペンキを買った女」 で江戸川乱歩らの絶賛を浴びた葛山二郎は、本格准理、怪奇ミステリ、ユーモア物など、さまざまな顔をもつ短篇の名手でもあった。股の下から世界を眺めることに無上の悦びをおぼえる男が目撃した殺人事件の二転三転する謎 「股から覗く」、人々が一夜にして白髪の老人と化す怪事件を追う中篇 「蝕春鬼」 に、ユーモラスな名(迷?)探偵、花堂弁護士の活躍する 「霧の夜道」 「染められた男」 「古銭鑑賞家の死」、怪奇な雰囲気の中に奇妙な味わいをもつ 「闇に聴く瞳」 「偽の記憶」 他を収録した、錯覚の魔術師、葛山二郎の初の傑作集。
実現しなかったが、戦前、春秋社で作品集を出す話もあったという。従来、「赤いペンキを買った女」ばかりがくりかえしアンソロジーに採られてきたが、けっしてそれだけの作家ではない。独特の粘り気のあるリズムをもった文体の魅力は、むしろ他の作品のほうに発揮されているように思う。葛山氏には、鮎川哲也、山前譲氏と共に神奈川のお宅に伺って、引き上げ時の苦労話などをうかがうことができた。技術者であった氏は、そのために引き止められて、一般の人よりも帰国が遅れたのだという。 TOP 聖悪魔 渡辺啓助 1992年8月刊 2233円 [amazon] 美しい売春婦の偽眼に憑かれた男の物語 「偽眼のマドンナ」 で登場した渡辺啓助は、残酷な殺人と悪徳の美学を詩情豊かに描き、〈薔薇と悪魔の詩人〉 と称された。謹厳な仮面の下で密かに背徳の 〈悪魔日記〉 を綴る牧師の告白 「聖悪魔」、一枚の絵皿に秘められた凄愴な情熱の物語 「タンタラスの呪い皿」、悪魔派探偵作家が遺した小説が恐るべき殺人を召喚する 「地獄横丁」他、「血のロビンソン」 「悪魔の指」 「決闘記」 などの名篇に、外国を舞台に美しいロマンの華を咲かせた 「吸血鬼考」 「灰色狼」 など、戦後の傑作群と探偵詩を収録。
酸鼻な犯罪を描きながら決してグロテスクに堕さない格調が渡辺作品にはある。「偽眼のマドンナ」 「聖悪魔」 あたりの〈新青年〉掲載作がアンソロジーの定番だが、「灰色狼」 など戦後の短篇にもそのロマンティシズムは一貫している。ボローニャの古いホテルで、若い女性と一晩部屋を共にすることになった老教授の微妙な心理の動きをとらえた「吸血鬼(ヴァンピロ)一泊」のみずみずしいエロティシズムには驚きを禁じえない。作者66歳の年に書かれた作品である。 渡辺啓助の作品リスト・年譜などについては、本書解説の奥木幹男氏の【渡辺啓助の世界】が詳しい。 TOP 瀬戸内海の惨劇 蒼井雄 1992年9月刊 1942円 [amazon] 紺碧の空の下、美しい瀬戸内の島々を遊覧中の探偵、南波喜市郎は、墓石のような島の上空に舞う夥しい鳶の群れに、ふと不吉なものを感じて双眼鏡を向けた。と、そこに浮かび上がったのは、骨まで啄まれた女の白骨死体、恐るべき白昼の無惨絵であった。島には鬼の墓の怪奇な伝説が伝えられていた。早速、瀬戸内一帯に大捜査網が敷かれたが、しかし、まるで警察を嘲笑うかのように、次々に行李詰めの死体が出現、謎はいよいよ深まっていく……。雄大な構想、スリリングな展開、綿密に考え抜かれたトリックで、戦前随一の本格長篇作家、蒼井雄の代表作 『瀬戸内海の惨劇』。南紀の海岸に漂いついたむくろ舟の謎を追う短篇 「黒潮殺人事件」を併録。
『瀬戸内海の惨劇』 は実はこれが初めての単行本。それまでにも、〈幻影城〉 など、雑誌再録の機会はあったのだが、連載完結時から55年後の単行本化は珍しい記録だろう。本書にはクロフツの影響が顕著だが、もう一つの代表作 『船富家の惨劇』 には、加えてフィルポッツ 『赤毛のレドメイン』 の影響が濃厚である。井上良夫 『探偵小説のプロフィル』 には、両作品の評が収められている。 TOP 虚像淫楽 山田風太郎 1993年3月刊 2233円 品切 異常な状況下における人間心理を鋭利に摘出した 「眼中の悪魔」 「虚像淫楽」 で探偵作家クラブ賞を受賞した山田風太郎は、次々に奇想と独自性にあふれる作品を発表、戦後探偵小説界に新たな地平を切り拓いた。御陵盗掘を企てた野盗たちが地の底で見たものは……戦国奇譚 「みささぎ盗賊」、美貌の盗賊と釈迦の出会いを描く 「蓮華盗賊」、戦後の精神的空白をえぐった恐ろしくも鮮烈な愛の物語 「黒衣の聖母」、シャーロック・ホームズの語られざる事件 「黄色い下宿人」、〈妖異金瓶梅〉 シリーズから 「赤い靴」 「変化牡丹」 他を収録した初期傑作集。
いまでは信じがたいことだが、本書が出たころ、新刊で読める山田風太郎は、そう多くなかった。とくにミステリ関係の作品は皆無と言ってもよかった。その後の爆発的な復刊ラッシュによって、ほぼ全作品が手に取れるようになった。作品リストは【山田風太郎作品リスト】【山田風太郎書誌】が参考になる。 TOP 天狗 大坪砂男 1993年4月刊 2233円 [amazon] 喬子の生命は奪われなければならない――些細なことから驕慢な女性に対する奇想天外な復讐計画を企てる男の偏執狂的論理を、特異な文体で描いた名作 「天狗」 で、〈宝石〉 誌に登場した大坪砂男は、斬新なスタイル、完璧な技巧によって、独自の作品世界を追求しつづけた。伊豆山中に人工楽園を夢見る転載園芸家の異常な植物幻想 「零人」、無頼の男たちの苛烈な世界をえがいて探偵作家クラブ賞を受賞した 「私刑」、没落旧家によどむ人間関係のもつれが密室殺人となって噴出する 「立春大吉」、猿飛佐助の驚くべき正体をあばく戦国奇譚 「密偵の顔」 他、稀代のスタイリストの粒よりの名品、全12篇を収録。
大坪砂男の小説は 「椅子を逆さに立たせようとしている」 とは倉阪鬼一郎氏の評言 (『夢の断片、悪夢の破片』、同文書院)。「天狗」のような彼の代表作は、その独自のスタイルによる、ほとんどアクロバティックな技巧によってかろうじて成立している、虚構の世界だ。ひとつバランスを崩せば、椅子はたちまち倒れる。その危うさゆえに、大坪砂男は、作家として幸福な道を歩むことはできなかった。しかし、彼は基本的に 「失敗した芸術家」 だったと厳しい見方をする倉阪氏は言う。「しかしながら、初手から椅子に座っている凡百の小説では得られない魅力がある」 と。 TOP 薫大将と匂の宮 岡田鯱彦 1993年6月刊 2330円 [amazon] 平安の世、宮中の人気を二分する二人の貴公子の恋の鞘当てが招いた美しい姫君たちの死。薫大将の嫌疑をはらすために、紫式部は清少納言の挑戦を受けて、真相解明に立ち上がった。「源氏物語」 の世界に本格的なミステリとサスペンスを盛り込み、絢爛たる王朝絵巻をくりひろげる歴史本格長篇 『薫大将と匂の宮』。二人の学生の間に生じた憎悪は、ついに生死を賭けた争いに発展した。凄愴な死闘のかげに秘められた完全犯罪計画を描いて、清新な感動をよぶ中篇 「噴火口上の殺人」。可憐な少女の 〈お告げ〉 が殺人を召喚する 「妖鬼の咒言」。ロマンの香り高い作風で、本格推理の分野に新風を吹き込んだ岡田鯱彦の代表作を収録。
シオドア・マシスンの 『名探偵群像』 やリリアン・デ・ラ・トーレの 『名探偵サム・ジョンスン』 のように、歴史上の人物に名探偵を演じさせた例はいくつかあるが、『薫大将と匂の宮』 は、世界最古の小説ともいう 「源氏物語」 の世界を再現、しかも作者紫式部に名探偵の役をふり、ライヴァル清少納言と競わせるというのだから、世界的にも珍しい作品だろう。「源氏物語」 は氏の専門分野でもあるだけに、古典とミステリ的要素が無理なく溶けあい、華麗な王朝ロマンの世界をつくりあげている。明らかにされる真相も、この世界ならではのもの。併録の 「噴火口上の殺人」 は、青春ミステリとしても読みごたえのある作品。 TOP 火星の魔術師 蘭郁二郎 1993年7月刊 2330円 [amazon] 曲馬団の空中ぶらんこ乗りの少年が、一座の花形の美少女に抱く憧れと、倒錯した恋愛、彼の奇怪な予知能力がもたらす数奇な運命を描いた中篇 「夢鬼」 をはじめ、死体撮影に憑かれた写真マニアの恐るべき犯罪 「魔像」、染色体操作による生物改造の悪夢 「火星の魔術師」、めくるめくような小宇宙幻想と原子核実験の恐怖を予見した未発表SF 「宇宙爆撃」他、幻想科学小説の分野に大きな足跡を残した、早すぎた天才蘭郁二郎の、初期犯罪小説から、後期のSFミステリ、科学幻想小説まで、代表作を網羅した待望久しい傑作集。付・作品リスト。
蘭郁二郎は通常、海野十三と並んで日本SFの先駆者、ジュブナイル作家として語られることが多いが、最初期には、初期乱歩作品のマゾヒスティックな妄想の継承者ともいうべき、数篇の犯罪小説を書いている。なかでも 「夢鬼」 は、究極のマゾヒズム小説。ここに収めた科学小説も、後年の少年向けのSF長篇とはちがって、どこか悪夢のような幻想的雰囲気をまとっている。「宇宙爆撃」 は今回、未発表の原稿から直接活字化した貴重作。この時代にあって、原子エネルギーが地球を破壊する可能性を予見していたのは凄い。 TOP 怪奇製造人 城昌幸 1993年8月刊 2330円 [amazon] 人類未踏の空中歩行の実験に取り組む男。退屈病患者がある夜出会った猟奇商人の奇怪な提案。死者を甦らせる復活の霊液。果て知れぬ曠野を埋めつくす赤ん坊の群れ。宵闇迫るころナイルのほとりに現れる美しき吸血鬼の誘惑……。高踏派詩人城左門として知られ、乱歩をして 「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」 と賞賛せしめた城昌幸が、都会の神秘とロマンティックな幻想を格調高く綴った珠玉のショートミステリイ集。「シャプオオル氏事件の顛末」 「神ぞ知食す」 「光彩ある絶望」 「ママゴト」他、全28篇に、城左門名義の散文詩2篇を収録。
星新一も愛読したショートショート・ミステリの先駆者。この場合の 「ミステリ」 は 「謎」 よりも 「神秘」 のほうに比重がかかっている。散文詩のような掌篇にひそむ、思いの外深い戦慄については、すでに多くの人が語っている。天まで届こうかという絶壁を、数億もの芥子粒のような人間がよじ登ろうとしては落ちていくのを、絶壁の上から 「ノートルダム寺院屋上の怪物」 によく似た生き物が、ただ見守っている、というわずか5頁の 「絶壁」 などは、ほとんどシュルレアリスムの域にまで達している。 TOP 烙印 大下宇陀児 1994年3月刊 2427円 [amazon] 追いつめられた青年が仕組んだ巧妙な殺人計画とその顛末を描く 「烙印」、書簡体の本格短篇 「偽悪病患者」等の傑作で、江戸川乱歩、甲賀三郎と並ぶ人気を博した大下宇陀児は、犯罪の動機や事件に巻き込まれた人物の心理を深く掘り下げ、独自のロマンティック・リアリズムを確立した。奇抜な毒殺方法をとりあげた倒叙物の佳作 「爪」、家庭内の悲劇を淡々と描いて感動を呼ぶ 「灰人」、子供の視点で犯罪の進行をとらえた 「毒」、掘出物の骨董をめぐるユーモラスな 「金色の獏」、グランギニョル風の都市幻想譚 「魔法街」 に、戦後の傑作 「不思議な母」 「蛍」 の全9篇。付・著書目録。
実は 〈探偵クラブ〉 で取りあげるまで、大下宇陀児の作品はほとんど読んだことがなかった。戦前の通俗長篇などは評判もあまりよくなかった。しかし、実際にセレクトのために、短篇を集中的に読んでみて、心理描写にひじょうに優れた、ある種の新しさを持った作家であることに、あらためて驚かされた。とくに家庭の悲劇を描いたものに傑作が多い。「魔法街」 は打って変って、怪奇な犯罪幻想を思い切りくりひろげたグロテスク・ファンタジー。ドイツ表現主義の映画を観ているような面白さがある。 TOP 緑色の犯罪 甲賀三郎 1994年4月刊 2427円 [amazon] 戦前本格派の巨匠として知られる甲賀三郎は、独創的なトリック・メイカーであると同時に、ユニークなキャラクターを自在に駆使したエンターテインメントの名手でもあった。本格堆理の傑作 「誰が裁いたか」 「羅馬の酒器」 をはじめ、トリッキイな犯罪計画に、探偵と怪盗の知恵比べをからめた 「ニッケルの文鎮」、難事件を解決しては犯罪者の上前をはねる悪徳弁護士、手塚龍太の探偵譚 「ニウルンベルクの名画」 「緑色の犯罪」 「妖光殺人事件」、殺人者の異常心理を鋭く抉った 「悪戯」、あわて者の掏摸、気早の惣太の粗忽ぶりをユーモラスに描く 「惣太の経験」、甲賀自身をはじめ、横溝正史、水谷準ら、探偵作家が変名で登場する 「原稿料の袋」など、その多彩な才能を結集した全11篇。付・著書目録。
理化学的トリックを得意とし、戦前本格論者の中心的存在であった甲賀三郎だが、意外にその作風は幅広い。現在の目で見ると、たとえば 「体温計殺人事件」 のような理化学的トリックの 〈本格〉 作品より、もっと軽い調子のものに、面白いものが多いように思う。一筋縄ではいかない悪徳弁護士、手塚龍太のキャラクターなども強烈である。また、彼としては異色作にあたるが、実話小説 『支倉事件』 の異様な迫力は一読の価値あり。 ※テキスト公開→「大阪圭吉のユニクさ」 甲賀三郎についてのHPに 【甲賀三郎の世界】 がある。 TOP 奇蹟のボレロ 角田喜久雄 1994年6月刊 2718円 [amazon] 新開に掲載された楽団新太陽の死亡広告。キャバレー・エンゼルの 「奇蹟のボレロ」 公演前夜、不吉な予告どおりに事件は起った。匕首で胸を刺された死体の頚には絞殺の痕、現場は一種の密室状態にあり、建物内に残されていた楽団員は、すべて椅子に厳重に縛りつけられていた。大胆不敵な不可能犯罪を冷徹に遂行していく殺人者と、警視庁きっての名探偵、加賀美捜査一課長の火花を散らす戦いが始まった……。奇術趣味にアリバイ破りを取り入れ、緻密な構成美を誇る本格長篇 『奇蹟のボレロ』 に、「緑亭の首吊男」 「怪奇を抱く壁」 「Yの悲劇」他、敗戦直後の混乱した世相を背景に、重厚な推理を展開、強烈な個性で本格新時代の到来を告げた加賀美シリーズ全短篇を収録。
戦後、いちはやく欧米型の本格長篇として刊行され、新時代の到来を告げたのが、横溝正史の 『本陣殺人事件』 と 『蝶々殺人事件』、そして角田喜久雄の 『高木家の惨劇』 だった。メグレを思わせる加賀美捜査一課長の重厚なキャラクターも強烈な魅力を放っている。また、とくに短篇には、戦後の庶民生活があざやかに描出されている。 TOP 探偵小説のプロフィル 井上良夫 1994年7月刊 2913円 [amazon] クイーン、フィリップ・マクドナルド、ロジャー・スカーレットなど、当時最新の海外ミステリを片端から紹介して好評を博した 「英米探偵小説のプロフィル」、欧米探偵小説史を企て、コリンズの長篇やホームズ譚を詳細に論じた 「作家論と名著解説」、『アクロイド殺し』 『樽』 『Yの悲劇』 『陰獣』 などの名作に取り組んだ本格評論 「傑作探偵小説吟味」 「世界名作研究」、作品分析を通して巨匠の全体像に迫る 「アガサ・クリスチイの研究」 他、〈ぷろふいる〉〈新青年〉 等で、海外作品の紹介と本格的批評を展開、その早すぎる死を悼んだ乱歩が評論集 『幻影城』 を捧げた、戦前最高のミステリ評論家、井上良夫の不滅の業績を集大成。
1930年代、本格長篇時代を迎えた欧米探偵小説の最良の部分を日本に紹介しようとした井上の情熱と、優れた作品に遭遇したときの興奮は、いまも我々の胸を打つ。「傑作探偵小説吟味」 などにみられる、的確で明快な作品分析は、探偵小説批評のひとつの見本ともいうべきもの。ちなみに、戦前、名古屋では 「〈ぷろふいる〉の会」 と名づけられた探偵小説ファンの集まりがあったが、井上はその中心人物の一人であった。同じ愛知県内の新城市に住む大阪圭吉も、この会には頻繁に顔を見せていたという。戦前探偵小説界にあって、大阪圭吉だけがなぜ英米風の優れた本格短篇を書きえたか、という問題に、井上の影響は見逃せないように思える。 【テキスト公開】→ 「仮面のドラマ」 「ドロシイ・セイアーズのスケッチ」 「外道の批評」 「名探偵を葬れ!」 「日本探偵小説界の為めに!」 TOP 人工心臓 小酒井不木 1994年9月刊 2548円 (本体2427円) [amazon] 血清学の世界的権威にして犯罪学の泰斗、小酒井不木の探偵小鋭には、科学者の冷徹な視線と黒いユーモアが混在している。恋の敗者から勝者への恐るべき贈り物、SFミステリの古典的名作 「恋愛曲線」、数十年ぶりの猛暑が帝都を襲った夏、コレラ流行下の殺人計画を描いて皮肉な味わいの 「死の接吻」、ナンセンスな笑いにあふれた 「新案探偵法」 「二重人格者」、怪奇色豊かな 「犬神」 「メヂューサの首」 他、「人工心臓」 「闘争」 などの傑作短篇に、乱歩のデビューを言祝いだ記念碑的エッセイ 「『二銭銅貨』を読む」 をはじめ、国枝史郎、岡本綺堂、ポオ、ルヴェルらの魅力を語ったエッセイ、西洋犯罪実話、全集未収録作品を収録。本邦探偵小説草創期の巨人の偉大な足跡を示す傑作集。
乱歩が 「二銭銅貨」 で登場したとき、〈新青年〉 編集長の森下雨村は、まず小酒井不木に原稿を読んでもらい、感想を求めた。その結果、不木の激賞文とともに、乱歩は華々しいデビューを飾ることになる。つまりそのくらい不木は 「偉い人」 だったのだ。「博士」 がずっと価値があった時代の話である。今の十把一からげの大学教授とは訳が違う。不木は専門の生理学だけでなく、歴史や文学、犯罪学など、あらゆるものに興味を示し、幅広い知識を身につけた 〈万能知の人〉 であった。短い生涯に驚くほど多彩な業績を残している。 小酒井不木のHPに【奈落の井戸】がある。書誌情報のほか、作品や日記の翻刻もある充実したサイト。 TOP |