探偵クラブ 15巻

国書刊行会

◆四六判・上製ジャケット装
◆装丁=高麗隆彦
◆装画=山田章博

とむらい機関車
大阪圭吉

勇士カリガッチ博士
三橋一夫

股から覗く
葛山二郎

聖悪魔
渡辺啓助

瀬戸内海の惨劇
蒼井雄

虚像淫楽
山田風太郎

天狗
大坪砂男

薫大将と匂の宮
岡田鯱彦

火星の魔術師
蘭郁二郎

怪奇製造人
城昌幸

烙印
大下宇陀児

緑色の犯罪
甲賀三郎

奇蹟のボレロ
角田喜久雄

探偵小説のプロフィル
井上良夫

人工心臓
小酒井不木 

※本体価格(税別)表示

◇タイトルについて(探偵クラブ篇)
◇実現しなかった企画
◇舞台裏

奇々怪々の殺人事件、甘美な犯罪幻想、
甦る探偵小説黄金期の名作群!
!
昭和初期、「新青年」「ぷろふいる」等を中心に
全盛期を迎えた日本探偵小説。
その到達点と多彩な才能をここに結集。
現在入手困難な名作を多数収録、
〈幻の探偵作家〉とされてきた名匠たちの全貌を明らかにし、
探偵小説黄金時代の熱気とロマンを喚び戻す、
ファン待望の〈探偵クラブ〉コレクション!!

とむらい機関車 大阪圭吉

1992年5月刊 2330円 品切

「デパートの絞刑吏」 で 〈新青年〉 に登場した大阪圭吉は、不可能興味あふれる発端、緻密な論理性でドイルの流れをつぐ本格派と評された。日曜日毎に繰りかえされる奇怪な轢死事件の意外な真相 「とむらい機関車」、沈没した捕鯨船の乗組員がある夜帰ってきた……壮大なスケールの海洋ミステリ 「動かぬ鯨群」、雪降るクリスマスの夜、平和な一家を襲った惨劇 「寒の夜晴れ」、炭鉱内に出没する姿なき殺人鬼の謎 「坑鬼」他、戦前最高の本格作家として再評価著しい大阪圭吉の傑作群を収録。

【収録作品】 デパ-トの絞刑吏/死の快走船/気狂い機関車/とむらい機関車/灯台鬼/闖入者/三狂人/白妖/あやつり裁判/銀座幽霊/動かぬ鯨群/寒の夜晴れ/坑鬼/幽霊妻/解説(鮎川哲也)
大阪圭吉(おおさかけいきち)
明治45年、愛知県生まれ。昭和7年、「デパートの絞刑吏」 で〈新青年〉に登場。以後、〈新青年〉〈ぷろふいる〉を中心に謎解き興味にあふれた本格短篇を次々に発表。昭和11年、作品集『死の快走船』をぷろふいる社より刊行。同年7月より、〈新青年〉が有望作家に課した連続短篇に挑戦。「三狂人」 以下の6篇は、戦前を代表する本格ミステリの傑作として高い評価を得ている。昭和13年頃からユーモア小説、時局スパイ小説などに転じた。昭和18年応召、20年、戦地ルソン島にて病死。

本書の刊行によって、欧米型の洗練された本格短篇の書き手として、大阪圭吉の再評価が決定的なものとなった、といってもいいだろう。「大阪君の作風は、三要素中の論理にのみ力点が置かれ、怪奇と意外とは甚だ影が薄くなっているように思われる」 という乱歩の評言が、長いあいだ一人歩きをしてきたが、実際に読んでみれば、彼のミステリがけっして無味乾燥な論理パズルではないことは、納得されるはずだ。乱歩の評にしても、最初期の作品を対象にした言であり、その後の連続短篇では、ストーリーテリングの面でも格段の進歩をみせている。

※2001年、さらに短篇・エッセイを増補した大阪圭吉傑作集全2巻 『とむらい機関車』 『銀座幽霊』 (創元推理文庫)が刊行された。

※テキスト公開→『塑像』 (本書未収録作品)/『死の快走船』 あとがき/甲賀三郎「大阪圭吉のユニクさ」/「脱線機関車」(大阪圭吉訪問記)
※大阪圭吉についてのHPに【大阪圭吉ファン頁】 【圭吉の部屋】がある。


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勇士カリガッチ博士 三橋一夫

1992年6月刊 2233円[[amazon]

戦後 〈新青年〉 に《まぼろし部落》 シリーズで登場した三橋一夫は、その不思議な優しさにつつまれたファンタジーで、たちまち人気作家となった。南仏の車中で出会った口のない男が語る奇妙な話 「腹話術師」、人形造りの一家とネズミの博士の交流を描いた 「勇士カリガッチ博士」、エチオピアの密林に棲息する珍獣にとりつかれた男の哀れな末路 「怪獣YUME」 他、日常の中にひそむ奇想を、心温まるユーモアでつつんだ三橋一夫の不思議小説集。

【収録作品】 腹話術師/白鷺魔女/空袋男/親友トクロポント氏/島底/久遠寺の木像/鏡のなかの人生/招く不思議な木/夢/秋風/ばおばぶの森の彼方/勇士カリガッチ博士/怪獣YUME/鬼の末裔/角姫/解説:不思議作家の不思議人生(東雅夫)
三橋一夫(みつはしかずお)
明治41年、兵庫県生まれ。昭和23年、「腹話術師」で〈新青年〉に登場。翌年6月号から〈まぼろし部落〉の総題のもと、連載を開始。その不思議な味わいに満ちた作品は、横溝正史、山本周五郎らの絶賛を浴び、戦後〈新青年〉を代表する作家となる。これらの幻想短篇は、のちに室町書房から3冊の作品集にまとめられ、その後、春陽文庫から『ふしぎなふしぎな物語』4分冊として刊行された(いずれも絶版)。その後ユーモア小説に転身、昭和40年代以降は健康法関係の著述に専心した。平成7年没。【追記】 『三橋一夫ふしぎ小説集成』 全3巻 (出版芸術社)が2005年に出た。

東洋武術の達人でもあった三橋氏には、流行作家時代、氏から原稿を取るには試合をして勝たねばならない、という伝説があったともいう。まあこれは冗談のたぐいだろうが、解説の東さんと藤沢のお宅に伺ったときには、すでにご病気で、床についておられたにもかかわらず、布団の上に起きなおり、長時間にわたって、いろいろと興味深い昔話をしてくださった。敗戦直後は相当に苦労されたらしい。三橋作品には貧しい家族の話がよく出てくるが、これは実体験からきたもののようだ。林房雄に世話になった話や、『力道山物語』の大ヒットの話なども面白かった。

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股から覗く 葛山二郎

1992年7月刊 2233円 [amazon]

法廷ミステリの名作 「赤いペンキを買った女」 で江戸川乱歩らの絶賛を浴びた葛山二郎は、本格准理、怪奇ミステリ、ユーモア物など、さまざまな顔をもつ短篇の名手でもあった。股の下から世界を眺めることに無上の悦びをおぼえる男が目撃した殺人事件の二転三転する謎 「股から覗く」、人々が一夜にして白髪の老人と化す怪事件を追う中篇 「蝕春鬼」 に、ユーモラスな名(迷?)探偵、花堂弁護士の活躍する 「霧の夜道」 「染められた男」 「古銭鑑賞家の死」、怪奇な雰囲気の中に奇妙な味わいをもつ 「闇に聴く瞳」 「偽の記憶」 他を収録した、錯覚の魔術師、葛山二郎の初の傑作集。

【収録作品】 股から覗く/偽の記憶/赧顔の商人/杭を打つ音/赤いペンキを買った女/霧の夜道/影に聴く瞳/染められた男/古銭鑑賞家の死/蝕春鬼/慈善家名簿/解説:日常からの発想とどんでん返しの妙(山前譲)
葛山二郎(くずやまじろう)
明治35年、大阪府生まれ、満州に育つ。大正12年「噂と真相」が〈新趣味〉懸賞に入選。神戸の病理研究所で助手として働きながら高等工業学校に通学。昭和2年「股から覗く」で〈新青年〉に登場。以後昭和10年まで15篇の中短篇を同誌に発表。昭和4年の「赤いペンキを買った女」は、裁判記録形式で構成された完成度の高い本格物として絶賛された。満州で兄の事業を手伝うため、一時筆を折ったが、終戦により帰国し、「花堂氏の再起」他、数篇を発表した。平成6年没。

実現しなかったが、戦前、春秋社で作品集を出す話もあったという。従来、「赤いペンキを買った女」ばかりがくりかえしアンソロジーに採られてきたが、けっしてそれだけの作家ではない。独特の粘り気のあるリズムをもった文体の魅力は、むしろ他の作品のほうに発揮されているように思う。葛山氏には、鮎川哲也、山前譲氏と共に神奈川のお宅に伺って、引き上げ時の苦労話などをうかがうことができた。技術者であった氏は、そのために引き止められて、一般の人よりも帰国が遅れたのだという。

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聖悪魔 渡辺啓助

1992年8月刊 2233円 [amazon]

美しい売春婦の偽眼に憑かれた男の物語 「偽眼のマドンナ」 で登場した渡辺啓助は、残酷な殺人と悪徳の美学を詩情豊かに描き、〈薔薇と悪魔の詩人〉 と称された。謹厳な仮面の下で密かに背徳の 〈悪魔日記〉 を綴る牧師の告白 「聖悪魔」、一枚の絵皿に秘められた凄愴な情熱の物語 「タンタラスの呪い皿」、悪魔派探偵作家が遺した小説が恐るべき殺人を召喚する 「地獄横丁」他、「血のロビンソン」 「悪魔の指」 「決闘記」 などの名篇に、外国を舞台に美しいロマンの華を咲かせた 「吸血鬼考」 「灰色狼」 など、戦後の傑作群と探偵詩を収録。

【収録作品】 偽眼(いれめ)のマドンナ/地獄横丁/悪魔の指/血のロビンソン/聖悪魔/血蝙蝠/タンタラスの呪い皿/決闘記/聖女の時計(詩)/殺し屋ジャック(詩)/吸血鬼考/幽霊町(ゴ-スト・タウン)で逢いましょう/灰色狼/吸血鬼(ヴァムピロ)一泊/解説:薔薇と悪魔の詩人(奥木幹男
渡辺啓助(わたなべけいすけ)
明治34年、秋田県生まれ。九州帝大文学部卒業後、教師となる。昭和4年、〈新青年〉 編集部にいた実弟、渡辺温の依頼で、俳優、岡田時彦の代作者として 「偽眼のマドンナ」 を同誌に発表。以後、人間の内奥にひそむ暗黒をえがいた怪奇・犯罪小説を次々に発表。戦前の作品集に 『地獄横丁』 『聖悪魔』 がある。その後、作風の幅を広げ、昭和17年、「オルドスの鷹」 で直木賞候補。戦後は 〈宝石〉 誌等を中心に活躍。『悪魔の唇』 『鮮血洋燈』 などの長篇や、多くの短篇を発表している。2001年には、100歳を記念して作品集
『ネメクモア』 (東京創元社)が刊行された。他に、現在入手可能な著書に、作品集 『クムラン洞窟』 (出版芸術社)、回想記をふくむ 『鴉白書』 (東京創元社)がある。2002年1月19日死去。

その後
『渡辺啓助集 地獄横丁』 (ちくま文庫) などが出た。

酸鼻な犯罪を描きながら決してグロテスクに堕さない格調が渡辺作品にはある。「偽眼のマドンナ」 「聖悪魔」 あたりの〈新青年〉掲載作がアンソロジーの定番だが、「灰色狼」 など戦後の短篇にもそのロマンティシズムは一貫している。ボローニャの古いホテルで、若い女性と一晩部屋を共にすることになった老教授の微妙な心理の動きをとらえた「吸血鬼(ヴァンピロ)一泊」のみずみずしいエロティシズムには驚きを禁じえない。作者66歳の年に書かれた作品である。

渡辺啓助の作品リスト・年譜などについては、本書解説の奥木幹男氏の【渡辺啓助の世界】が詳しい。

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瀬戸内海の惨劇 蒼井雄

1992年9月刊 1942円 [amazon]

紺碧の空の下、美しい瀬戸内の島々を遊覧中の探偵、南波喜市郎は、墓石のような島の上空に舞う夥しい鳶の群れに、ふと不吉なものを感じて双眼鏡を向けた。と、そこに浮かび上がったのは、骨まで啄まれた女の白骨死体、恐るべき白昼の無惨絵であった。島には鬼の墓の怪奇な伝説が伝えられていた。早速、瀬戸内一帯に大捜査網が敷かれたが、しかし、まるで警察を嘲笑うかのように、次々に行李詰めの死体が出現、謎はいよいよ深まっていく……。雄大な構想、スリリングな展開、綿密に考え抜かれたトリックで、戦前随一の本格長篇作家、蒼井雄の代表作 『瀬戸内海の惨劇』。南紀の海岸に漂いついたむくろ舟の謎を追う短篇 「黒潮殺人事件」を併録。

【収録作品】 瀬戸内海の惨劇/黒潮殺人事件/解説:戦前本格派の孤峰(紀田順一郎)
蒼井雄(あおいゆう)
明治42年、京都府生まれ。宇治川電力(後に関西電力)に技師として勤務しながら、「狂燥曲殺人事件」を〈ぷろふいる〉に発表。昭和11年、春秋社の書き下ろし長篇募集に応募、一席入選した『船富家の惨劇』を同社より刊行。つづいて『瀬戸内海の惨劇』を翌12年にかけて〈ぷろふいる〉に連載。この2作は、戦前には稀有な緊密な構成をもった本格長篇として高く評価されている。他に数篇の中短篇があるが、昭和24年以降、作品発表が途絶えた。昭和50年没。

『船富家の惨劇』と中篇「霧しぶく山」は
『名作集2』(創元推理文庫)で読める。

『瀬戸内海の惨劇』 は実はこれが初めての単行本。それまでにも、〈幻影城〉 など、雑誌再録の機会はあったのだが、連載完結時から55年後の単行本化は珍しい記録だろう。本書にはクロフツの影響が顕著だが、もう一つの代表作 『船富家の惨劇』 には、加えてフィルポッツ 『赤毛のレドメイン』 の影響が濃厚である。井上良夫 『探偵小説のプロフィル』 には、両作品の評が収められている。

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虚像淫楽 山田風太郎

1993年3月刊 2233円 品切

異常な状況下における人間心理を鋭利に摘出した 「眼中の悪魔」 「虚像淫楽」 で探偵作家クラブ賞を受賞した山田風太郎は、次々に奇想と独自性にあふれる作品を発表、戦後探偵小説界に新たな地平を切り拓いた。御陵盗掘を企てた野盗たちが地の底で見たものは……戦国奇譚 「みささぎ盗賊」、美貌の盗賊と釈迦の出会いを描く 「蓮華盗賊」、戦後の精神的空白をえぐった恐ろしくも鮮烈な愛の物語 「黒衣の聖母」、シャーロック・ホームズの語られざる事件 「黄色い下宿人」、〈妖異金瓶梅〉 シリーズから 「赤い靴」 「変化牡丹」 他を収録した初期傑作集。

【収録作品】 みささぎ盗賊/眼中の悪魔/虚像淫楽/蓮華盗賊/黒衣の聖母/死者の呼び声/黄色い下宿人/赤い靴/変化牡丹/解説:忍法の如く (松山巌)
山田風太郎(やまだふうたろう)
大正11年、兵庫県生まれ。昭和22年、「達磨峠の事件」 で〈宝石〉懸賞小説に入選。24年、「眼中の悪魔」 「虚像淫楽」 で探偵作家クラブ賞受賞。ミステリ長篇に 『十三角関係』 『誰にも出来る殺人』 などがある。34年の 『甲賀忍法帖』 にはじまる忍法帖シリーズは、空前の大ブームを巻き起こした。その後も、『警視草紙』 『幻燈辻馬車』 などの明治物、室町物など、つねに新たな領域を切り拓きつづけている。平成13年 (2001) 没。

いまでは信じがたいことだが、本書が出たころ、新刊で読める山田風太郎は、そう多くなかった。とくにミステリ関係の作品は皆無と言ってもよかった。その後の爆発的な復刊ラッシュによって、ほぼ全作品が手に取れるようになった。作品リストは【山田風太郎作品リスト【山田風太郎書誌】が参考になる。

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天狗 大坪砂男

1993年4月刊 2233円 [amazon]

喬子の生命は奪われなければならない――些細なことから驕慢な女性に対する奇想天外な復讐計画を企てる男の偏執狂的論理を、特異な文体で描いた名作 「天狗」 で、〈宝石〉 誌に登場した大坪砂男は、斬新なスタイル、完璧な技巧によって、独自の作品世界を追求しつづけた。伊豆山中に人工楽園を夢見る転載園芸家の異常な植物幻想 「零人」、無頼の男たちの苛烈な世界をえがいて探偵作家クラブ賞を受賞した 「私刑」、没落旧家によどむ人間関係のもつれが密室殺人となって噴出する 「立春大吉」、猿飛佐助の驚くべき正体をあばく戦国奇譚 「密偵の顔」 他、稀代のスタイリストの粒よりの名品、全12篇を収録。

【収録作品】 天狗/三月十三日午前二時/黒子/立春大吉/涅槃雪/私刑(リンチ)/暁に祈る/密偵の顔/零人/花売娘/髯の美について/男井戸女井戸/解説:サンドマンは生きている (解説=都筑道夫)
大坪砂男(おおつぼすなお)
明治37年、東京生まれ。警視庁刑事部鑑識課勤務、画商などを経験。佐藤春夫に師事し、その推奨で、昭和23年、「天狗」を〈宝石〉に発表。斬新なスタイルと論理展開は、戦後探偵小説界に鮮烈な衝撃を与えた。昭和24年、「私刑」で探偵作家クラブ賞受賞。短篇集に『私刑』『閑雅な殺人』他がある。昭和40年没。没後、『大坪砂男全集』全2巻(薔薇十字社)が編まれた。

大坪砂男の小説は 「椅子を逆さに立たせようとしている」 とは倉阪鬼一郎氏の評言 (『夢の断片、悪夢の破片』、同文書院)。「天狗」のような彼の代表作は、その独自のスタイルによる、ほとんどアクロバティックな技巧によってかろうじて成立している、虚構の世界だ。ひとつバランスを崩せば、椅子はたちまち倒れる。その危うさゆえに、大坪砂男は、作家として幸福な道を歩むことはできなかった。しかし、彼は基本的に 「失敗した芸術家」 だったと厳しい見方をする倉阪氏は言う。「しかしながら、初手から椅子に座っている凡百の小説では得られない魅力がある」 と。

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薫大将と匂の宮 岡田鯱彦

1993年6月刊 2330円 [amazon]

平安の世、宮中の人気を二分する二人の貴公子の恋の鞘当てが招いた美しい姫君たちの死。薫大将の嫌疑をはらすために、紫式部は清少納言の挑戦を受けて、真相解明に立ち上がった。「源氏物語」 の世界に本格的なミステリとサスペンスを盛り込み、絢爛たる王朝絵巻をくりひろげる歴史本格長篇 『薫大将と匂の宮』。二人の学生の間に生じた憎悪は、ついに生死を賭けた争いに発展した。凄愴な死闘のかげに秘められた完全犯罪計画を描いて、清新な感動をよぶ中篇 「噴火口上の殺人」。可憐な少女の 〈お告げ〉 が殺人を召喚する 「妖鬼の咒言」。ロマンの香り高い作風で、本格推理の分野に新風を吹き込んだ岡田鯱彦の代表作を収録。

【収録作品】 薫大将と匂の宮/妖鬼の呪言/噴火口上の殺人/解説:源氏物語とロマンと(仁賀克雄)
岡田鯱彦(おかだしゃちひこ)
明治40年、東京生まれ。昭和24年、東京学芸大学教授に就任、後に聖徳学園大学教授を務めた。24年、「妖鬼の咒言」 が 〈宝石〉 の新人募集で佳作、つづいて 「噴火口上の殺人」 が 〈ロック〉 誌の懸賞一等入選となった。『薫大将と匂の宮』 (昭和25) は、国文学者である著者が、その専門をいかして、「源氏物語」の世界を舞台に本格的なミステリをもちこみ話題を呼んだ。他に 『紅い頚巻』 『幽溟荘の殺人』 『樹海の殺人』 などがある。平成5年没。

その後、〈新釈雨月物語〉シリーズなど歴史物を集めた
『薫大将と匂の宮』 (扶桑社文庫)、現代物を集めた 『岡田鯱彦名作選』 (河出文庫) が出た。

シオドア・マシスンの 『名探偵群像』 やリリアン・デ・ラ・トーレの 『名探偵サム・ジョンスン』 のように、歴史上の人物に名探偵を演じさせた例はいくつかあるが、『薫大将と匂の宮』 は、世界最古の小説ともいう 「源氏物語」 の世界を再現、しかも作者紫式部に名探偵の役をふり、ライヴァル清少納言と競わせるというのだから、世界的にも珍しい作品だろう。「源氏物語」 は氏の専門分野でもあるだけに、古典とミステリ的要素が無理なく溶けあい、華麗な王朝ロマンの世界をつくりあげている。明らかにされる真相も、この世界ならではのもの。併録の 「噴火口上の殺人」 は、青春ミステリとしても読みごたえのある作品。
 
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火星の魔術師 蘭郁二郎

1993年7月刊 2330円 [amazon]

曲馬団の空中ぶらんこ乗りの少年が、一座の花形の美少女に抱く憧れと、倒錯した恋愛、彼の奇怪な予知能力がもたらす数奇な運命を描いた中篇 「夢鬼」 をはじめ、死体撮影に憑かれた写真マニアの恐るべき犯罪 「魔像」、染色体操作による生物改造の悪夢 「火星の魔術師」、めくるめくような小宇宙幻想と原子核実験の恐怖を予見した未発表SF 「宇宙爆撃」他、幻想科学小説の分野に大きな足跡を残した、早すぎた天才蘭郁二郎の、初期犯罪小説から、後期のSFミステリ、科学幻想小説まで、代表作を網羅した待望久しい傑作集。付・作品リスト。

【収録作品】 夢鬼/歪んだ夢/魔像/虻の囁き/白金神経の少女/睡魔/地図にない島/火星の魔術師/宇宙爆撃/解説:夢境の魔術師 (會津信吾)
蘭郁二郎(らんいくじろう)
大正2年、東京生まれ。昭和6年、「江戸川乱歩全集」 の付録 〈新趣味〉 の掌篇探偵小説募集に 「息を止める男」 が佳作入選。昭和8年、肺尖カタルに倒れ、鎌倉で療養生活を送る。昭和10年、〈探偵文学〉 創刊に参加、耽美的幻想に満ちた犯罪小説を発表。11年、作品集 『夢鬼』 刊行。12年から〈シュピオ〉主事として活躍。13年には科学小説に転じ、一躍人気作家となる。代表作に 『地底大陸』 他がある。昭和19年、飛行機事故により、台湾で死去。

その後、『蘭郁二郎集 魔像』(ちくま文庫)が出た。

蘭郁二郎は通常、海野十三と並んで日本SFの先駆者、ジュブナイル作家として語られることが多いが、最初期には、初期乱歩作品のマゾヒスティックな妄想の継承者ともいうべき、数篇の犯罪小説を書いている。なかでも 「夢鬼」 は、究極のマゾヒズム小説。ここに収めた科学小説も、後年の少年向けのSF長篇とはちがって、どこか悪夢のような幻想的雰囲気をまとっている。「宇宙爆撃」 は今回、未発表の原稿から直接活字化した貴重作。この時代にあって、原子エネルギーが地球を破壊する可能性を予見していたのは凄い。

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怪奇製造人 城昌幸

1993年8月刊 2330円 [amazon]

人類未踏の空中歩行の実験に取り組む男。退屈病患者がある夜出会った猟奇商人の奇怪な提案。死者を甦らせる復活の霊液。果て知れぬ曠野を埋めつくす赤ん坊の群れ。宵闇迫るころナイルのほとりに現れる美しき吸血鬼の誘惑……。高踏派詩人城左門として知られ、乱歩をして 「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」 と賞賛せしめた城昌幸が、都会の神秘とロマンティックな幻想を格調高く綴った珠玉のショートミステリイ集。「シャプオオル氏事件の顛末」 「神ぞ知食す」 「光彩ある絶望」 「ママゴト」他、全28篇に、城左門名義の散文詩2篇を収録。

【収録作品】 脱走人に絡る話/怪奇製造人/その暴風雨/シャンプオオル氏事件の顛末/都会の神秘/神ぞ知食す/殺人淫楽/夜の街/ヂャマイカ氏の実験/吸血鬼/光彩ある絶望/死人の手紙/人花/不思議/復活の霊液/面白い話/猟奇商人/幻想唐艸/まぼろし/スタイリスト/道化役/その夜/その家/絶壁/猟銃/波の音/ママゴト/古い長持/異教の夜/大いなる者の戯れ/解説:月光詩人の彷徨(長山靖生)
城昌幸(じょうまさゆき)
明治37年、東京生まれ。大正13年、同人誌〈東方芸術〉を発刊、城左門名義で詩作に従事。のち、日夏耿之介監修の「奢霸都」同人となる。大正14年、〈探偵文芸〉に「秘密結社脱走人に絡る話」、〈新青年〉に「その暴風雨」を発表。人生の怪奇と神秘を格調高く描いて独自の境地を拓いた。戦後は、ますます洗練の度を加えた幻想短篇を発表する傍ら、探偵小説専門誌〈宝石〉の発刊に参画し、編集主幹として活躍、のちに宝石社社長を務めた。時代物に「若さま侍捕物手帖」のシリーズがある。昭和51年没。
 
星新一も愛読したショートショート・ミステリの先駆者。この場合の 「ミステリ」 は 「謎」 よりも 「神秘」 のほうに比重がかかっている。散文詩のような掌篇にひそむ、思いの外深い戦慄については、すでに多くの人が語っている。天まで届こうかという絶壁を、数億もの芥子粒のような人間がよじ登ろうとしては落ちていくのを、絶壁の上から 「ノートルダム寺院屋上の怪物」 によく似た生き物が、ただ見守っている、というわずか5頁の 「絶壁」 などは、ほとんどシュルレアリスムの域にまで達している。

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烙印 大下宇陀児

1994年3月刊 2427円 [amazon]

追いつめられた青年が仕組んだ巧妙な殺人計画とその顛末を描く 「烙印」、書簡体の本格短篇 「偽悪病患者」等の傑作で、江戸川乱歩、甲賀三郎と並ぶ人気を博した大下宇陀児は、犯罪の動機や事件に巻き込まれた人物の心理を深く掘り下げ、独自のロマンティック・リアリズムを確立した。奇抜な毒殺方法をとりあげた倒叙物の佳作 「爪」、家庭内の悲劇を淡々と描いて感動を呼ぶ 「灰人」、子供の視点で犯罪の進行をとらえた 「毒」、掘出物の骨董をめぐるユーモラスな 「金色の獏」、グランギニョル風の都市幻想譚 「魔法街」 に、戦後の傑作 「不思議な母」 「蛍」 の全9篇。付・著書目録。

【収録作品】 烙印/爪/毒/灰人/偽悪病患者/金色の獏/魔法街/不思議な母/蛍/解説:犯罪小説の優れた先駆者(権田萬治
大下宇陀児(おおしたうだる)
明治29年、長野県生まれ。九州帝大工学部卒業後、農商務省臨時窒素研究所に勤務。大正14年、「金口の巻煙草」で〈新青年〉に登場、たちまち人気作家となる。『宙に浮く首』 『蛭川博士』 などの長篇を大衆誌に発表する一方、「烙印」 「凧」 「悪女」 他、人間心理に鋭い洞察を加えた短篇や、長篇 『鉄の舌』 で独自のリアリズム探偵小説を確立した。戦後はさらにその傾向に深みを加え、戦後風俗への真摯な取り組みは、探偵作家クラブ賞を受賞した『石の下の記録』、『虚像』などの作品に結実した。昭和41年没。

実は 〈探偵クラブ〉 で取りあげるまで、大下宇陀児の作品はほとんど読んだことがなかった。戦前の通俗長篇などは評判もあまりよくなかった。しかし、実際にセレクトのために、短篇を集中的に読んでみて、心理描写にひじょうに優れた、ある種の新しさを持った作家であることに、あらためて驚かされた。とくに家庭の悲劇を描いたものに傑作が多い。「魔法街」 は打って変って、怪奇な犯罪幻想を思い切りくりひろげたグロテスク・ファンタジー。ドイツ表現主義の映画を観ているような面白さがある。

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緑色の犯罪 甲賀三郎

1994年4月刊 2427円 [amazon]

戦前本格派の巨匠として知られる甲賀三郎は、独創的なトリック・メイカーであると同時に、ユニークなキャラクターを自在に駆使したエンターテインメントの名手でもあった。本格堆理の傑作 「誰が裁いたか」 「羅馬の酒器」 をはじめ、トリッキイな犯罪計画に、探偵と怪盗の知恵比べをからめた 「ニッケルの文鎮」、難事件を解決しては犯罪者の上前をはねる悪徳弁護士、手塚龍太の探偵譚 「ニウルンベルクの名画」 「緑色の犯罪」 「妖光殺人事件」、殺人者の異常心理を鋭く抉った 「悪戯」、あわて者の掏摸、気早の惣太の粗忽ぶりをユーモラスに描く 「惣太の経験」、甲賀自身をはじめ、横溝正史、水谷準ら、探偵作家が変名で登場する 「原稿料の袋」など、その多彩な才能を結集した全11篇。付・著書目録。

【収録作品】 ニッケルの文鎮/悪戯/惣太の経験/原稿料の袋/ニウルンベルクの名画/緑色の犯罪/妖光殺人事件/発声フィルム/誰が裁いたか/羅馬の酒器/開いていた窓/解説:誰よりも「本格」たらんと希った作家 (浜田知明)
甲賀三郎(こうがさぶろう)
明治26年、滋賀県生まれ。東京帝大工学部卒業後、農商務省臨時窒素研究所勤務(同僚に大下宇陀児がいた)。大正12年、〈新趣味〉の懸賞募集に「真珠塔の秘密」で一等入選。「琥珀のパイプ」「体温計殺人事件」など、理化学トリックを駆使した作品で注目を集め、本格派の旗手としての地位を築く一方、『姿なき怪盗』他のスリラーや、怪奇・ユーモア物、実話に基づく犯罪小説『支倉事件』など、多彩な作品を発表、幅広い人気を博した。〈ぷろふいる〉に連載された「探偵小説講話」など、理論面でも大きな影響を与えた。昭和20年没。
 
理化学的トリックを得意とし、戦前本格論者の中心的存在であった甲賀三郎だが、意外にその作風は幅広い。現在の目で見ると、たとえば 「体温計殺人事件」 のような理化学的トリックの 〈本格〉 作品より、もっと軽い調子のものに、面白いものが多いように思う。一筋縄ではいかない悪徳弁護士、手塚龍太のキャラクターなども強烈である。また、彼としては異色作にあたるが、実話小説 『支倉事件』 の異様な迫力は一読の価値あり。

※テキスト公開→「大阪圭吉のユニクさ」
甲賀三郎についてのHPに 【甲賀三郎の世界】 がある。

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奇蹟のボレロ 角田喜久雄

1994年6月刊 2718円 [amazon]

新開に掲載された楽団新太陽の死亡広告。キャバレー・エンゼルの 「奇蹟のボレロ」 公演前夜、不吉な予告どおりに事件は起った。匕首で胸を刺された死体の頚には絞殺の痕、現場は一種の密室状態にあり、建物内に残されていた楽団員は、すべて椅子に厳重に縛りつけられていた。大胆不敵な不可能犯罪を冷徹に遂行していく殺人者と、警視庁きっての名探偵、加賀美捜査一課長の火花を散らす戦いが始まった……。奇術趣味にアリバイ破りを取り入れ、緻密な構成美を誇る本格長篇 『奇蹟のボレロ』 に、「緑亭の首吊男」 「怪奇を抱く壁」 「Yの悲劇」他、敗戦直後の混乱した世相を背景に、重厚な推理を展開、強烈な個性で本格新時代の到来を告げた加賀美シリーズ全短篇を収録。

【収録作品】 緑亭の首吊男/怪奇を抱く壁/霊魂の足/Yの悲劇/髭を描く鬼/黄髪の女/五人の子供/奇蹟のボレロ/解説:谷間の名探偵、加賀美敬介 (新保博久)
角田喜久雄(つのだきくお)
明治39年、神奈川県生まれ。大正11年、〈新趣味〉に「毛皮の外套を着た男」を発表。学生時代から〈新青年〉他で活躍。昭和10年、時代小説『妖棋伝』で一躍人気作家となる。終戦直後、『高木家の惨劇』『奇蹟のボレロ』他、一連の加賀美捜査一課長物で探偵小説に復帰、本格長篇時代の幕をひらく。『虹男』『黄昏の悪魔』等のスリラーにも意欲を示し、その後も時代小説のかたわら、「悪魔のような女」「笛吹けば人が死ぬ」等の傑作短篇を発表。『角田喜久雄全集』全13巻がある。平成6年没。

代表長篇『高木家の惨劇』は、
『大下宇陀児・角田喜久雄集』(創元推理文庫)で読める。他にミステリ関係では、作品集『底無沼』(出版芸術社)『下水道』(春陽文庫)が入手可能。

戦後、いちはやく欧米型の本格長篇として刊行され、新時代の到来を告げたのが、横溝正史の 『本陣殺人事件』 と 『蝶々殺人事件』、そして角田喜久雄の 『高木家の惨劇』 だった。メグレを思わせる加賀美捜査一課長の重厚なキャラクターも強烈な魅力を放っている。また、とくに短篇には、戦後の庶民生活があざやかに描出されている。

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探偵小説のプロフィル 井上良夫

1994年7月刊 2913円 [amazon]

クイーン、フィリップ・マクドナルド、ロジャー・スカーレットなど、当時最新の海外ミステリを片端から紹介して好評を博した 「英米探偵小説のプロフィル」、欧米探偵小説史を企て、コリンズの長篇やホームズ譚を詳細に論じた 「作家論と名著解説」、『アクロイド殺し』 『樽』 『Yの悲劇』 『陰獣』 などの名作に取り組んだ本格評論 「傑作探偵小説吟味」 「世界名作研究」、作品分析を通して巨匠の全体像に迫る 「アガサ・クリスチイの研究」 他、〈ぷろふいる〉〈新青年〉 等で、海外作品の紹介と本格的批評を展開、その早すぎる死を悼んだ乱歩が評論集 『幻影城』 を捧げた、戦前最高のミステリ評論家、井上良夫の不滅の業績を集大成。

【目次】 英米探偵小説のプロフィル/作家論と名著解説/傑作探偵小説吟味/世界名作研究/アガサ・クリスチイの研究/探偵小説の面白味(ジャンル論・海外展望)/名作を読む(序文・書評・その他)/解説:江戸川乱歩の本格探偵小説への情熱をかき立てた評論家・井上良夫(山前譲)
井上良夫(いのうえよしお)
明治41年、福岡県生まれ。バス会社勤務、小学校教員を経て、名古屋女子商業学校英語講師となる。昭和8年より〈ぷろふいる〉に「英米探偵小説のプロフィル」「傑作探偵小説吟味」など、海外作品の紹介・評論を次々に発表、本格的探偵小説評論家として注目を集める。また、『Yの悲劇』 『赤毛のレドメイン一家』 他を自ら翻訳、名作の体系的紹介に務めた。戦時中、江戸川乱歩と交わした往復書簡は、戦後の乱歩の評論活動に大きな影響を与えた。昭和20年没。本書は没後半世紀をへて初めて実現した井上良夫評論集である。

1930年代、本格長篇時代を迎えた欧米探偵小説の最良の部分を日本に紹介しようとした井上の情熱と、優れた作品に遭遇したときの興奮は、いまも我々の胸を打つ。「傑作探偵小説吟味」 などにみられる、的確で明快な作品分析は、探偵小説批評のひとつの見本ともいうべきもの。ちなみに、戦前、名古屋では 「〈ぷろふいる〉の会」 と名づけられた探偵小説ファンの集まりがあったが、井上はその中心人物の一人であった。同じ愛知県内の新城市に住む大阪圭吉も、この会には頻繁に顔を見せていたという。戦前探偵小説界にあって、大阪圭吉だけがなぜ英米風の優れた本格短篇を書きえたか、という問題に、井上の影響は見逃せないように思える。

【テキスト公開】→ 「仮面のドラマ」 「ドロシイ・セイアーズのスケッチ」 「外道の批評」
「名探偵を葬れ!」 「日本探偵小説界の為めに!」

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人工心臓 小酒井不木

1994年9月刊 2548円 (本体2427円) [amazon]

血清学の世界的権威にして犯罪学の泰斗、小酒井不木の探偵小鋭には、科学者の冷徹な視線と黒いユーモアが混在している。恋の敗者から勝者への恐るべき贈り物、SFミステリの古典的名作 「恋愛曲線」、数十年ぶりの猛暑が帝都を襲った夏、コレラ流行下の殺人計画を描いて皮肉な味わいの 「死の接吻」、ナンセンスな笑いにあふれた 「新案探偵法」 「二重人格者」、怪奇色豊かな 「犬神」 「メヂューサの首」 他、「人工心臓」 「闘争」 などの傑作短篇に、乱歩のデビューを言祝いだ記念碑的エッセイ 「『二銭銅貨』を読む」 をはじめ、国枝史郎、岡本綺堂、ポオ、ルヴェルらの魅力を語ったエッセイ、西洋犯罪実話、全集未収録作品を収録。本邦探偵小説草創期の巨人の偉大な足跡を示す傑作集。

【収録作品】 犬神/恋愛曲線/人工心臓/外務大臣の死/安死術/死の接吻/メヂュ-サの首/新案探偵法/稀有の犯罪/二重人格者/闘争/「二銭銅貨」を読む/「心理試験」序/国枝史郎氏の人物と作品/歴史的探偵小説の興味/ポオとルヴェル/ヂュパンとカリング/「マリ-・ロオジェ事件」の研究/恐ろしき贈物/誤った鑑定/怪談綺談/変な恋/体格検査/被尾行者/解説:真紅の原稿用紙(長山靖生)
小酒井不木(こざかいふぼく)
明治23年、愛知県生まれ。東京帝国大学医学部で生理学・血清学を専攻。大正6年から欧米に留学、国際的な研究業績をおさめ、大正9年帰国。東北帝国大学教授を拝命するも、結核のため、療養生活を余儀なくされる。森下雨村に請われて「犯罪文学研究」「殺人論」などのエッセイや犯罪実話を〈新青年〉に執筆。大正14年から創作にも手を染め、「人工心臓」「恋愛曲線」など、科学知識をいかした特異な短篇やスリラー長篇、ドゥーゼの翻訳などで人気を博した。昭和4年没。『小酒井不木全集』全17巻(改造社)がある。

『黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集』(創元推理文庫)には、短篇「血の文字」「痴人の復讐」「恋愛曲線」「愚人の毒」「闘争」を収録。『小酒井不木集/恋愛曲線』(ちくま文庫)でも代表的な短篇が読める。『小酒井不木探偵小説全集』全8巻(本の友社)は、上記改造社版全集を復刻・編集したもの。『恋愛曲線』(春陽堂書店)も戦前の作品集の復刻版。長篇に『大雷雨夜の殺人』(春陽文庫)がある。〈叢書新青年〉の『小酒井不木』(博文館新社)には、短篇や年譜・不木研究が収録されている。戦前の探偵小説読者を魅了した犯罪学エッセイを集めた『犯罪文学研究』 『殺人論』(国書刊行会)も好読物。【追記】 江戸川乱歩との往復書簡集 『子不語の夢』 (皓星社)も出た。。

乱歩が 「二銭銅貨」 で登場したとき、〈新青年〉 編集長の森下雨村は、まず小酒井不木に原稿を読んでもらい、感想を求めた。その結果、不木の激賞文とともに、乱歩は華々しいデビューを飾ることになる。つまりそのくらい不木は 「偉い人」 だったのだ。「博士」 がずっと価値があった時代の話である。今の十把一からげの大学教授とは訳が違う。不木は専門の生理学だけでなく、歴史や文学、犯罪学など、あらゆるものに興味を示し、幅広い知識を身につけた 〈万能知の人〉 であった。短い生涯に驚くほど多彩な業績を残している。

小酒井不木のHPに【奈落の井戸】がある。書誌情報のほか、作品や日記の翻刻もある充実したサイト。


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