―今日は何の日―
【11月】

11月1日
◆1755年のこの日、リスボンを巨大地震が襲い、津波と火災で街は壊滅、2万5千人以上の死者を出す大惨事となった。この災厄はヨーロッパ世界に衝撃を与え、社会的、思想的影響も絶大なものがあった。ヴォルテールは4年後に発表した 『カンディード』 の主人公を地震直後のリスボンに上陸させている。
◆1863年のこの日、シャーロック・ホームズの最初期のライヴァルであるマーティン・ヒューイットの生みの親アーサー・モリスンがロンドンで生まれる。ヒューイットはホームズと同様 《ストランド》 誌上で活躍したが、天才型の同業者とは違って堅実で地道な捜査を重視する探偵で、ある意味で時代に先駆けた存在でもあった。その活躍は 『マーティン・ヒューイットの事件簿』 (創元推理文庫) で。
◆1886年のこの日、萩原朔太郎が前橋市で生まれる。第一詩集 『月に吠える』 に収められた 「殺人事件」 という詩には、そのロマンティックな探偵趣味が窺える。乱歩とも親交があったが、探偵小説を 「未知に対する冒険」 と位置づけ、あくまでロマンティシズムを求める萩原は、「二銭銅貨」 や 「心理試験」 よりも 「赤い部屋」 「人間椅子」 に強く惹かれたらしい。また幻想的な散文詩 「猫町」 は、アルジャナン・ブラックウッドの怪奇中篇 「いにしえの魔術」 に想を得たもの。ところで 「猫町」 冒頭に出てくる 「何所かの美しい町」 が下北沢だって知ってました?
◆1892年のこの日、黒岩涙香が 《万朝報》 を創刊。


11月2日
◆1882年のこの日、異色の幻想ミステリ 『最後の審判の巨匠』 のレオ・ペルッツが、プラハのユダヤ系の家に生まれる。18歳のとき一家でウィーンに移住。保険会社に勤めながら執筆をつづけ、『第三の魔弾』 『ボリバル侯爵』 『スウェーデンの騎士』 他の幻想歴史小説や、SF的趣向を盛り込んだ 『聖ペテロの雪』、冒険小説 『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』 などを発表。その作品は各国語に翻訳されて大戦間ヨーロッパの人気作家となり、ベンヤミン、グレアム・グリーン、ボルヘス、イアン・フレミングなど、幅広い愛読者を獲得した。ドイツにナチス政権が誕生、オーストリアを併合するとテル・アビブへ亡命。戦後の代表作に 『夜毎に石の橋の下で』 がある。
◆1979年のこの日、フランス警察がパリの路上で犯罪王ジャック・メスリーヌを車ごと蜂の巣にする。メスリーヌはサンテ刑務所を脱獄後、銀行やカジノ襲撃を繰り返し、「公敵ナンバーワン」 と呼ばれていたが、国民の間では現代の怪盗として人気が高かった。翌1980年には、『生きては捕まらない』 という自伝が翻訳されている。
11月3日
◆1871年のこの日、ドイツの怪奇小説作家H・H・エーヴェルスがデュッセルドルフで生まれる。ベストセラーとなった人造人間小説 『アルラウネ』 をはじめ、『魔法使いの弟子』 『吸血鬼』 『蜘蛛・ミイラの花嫁』 などの邦訳がある。〈分身〉 テーマのドイツ映画 《プラーグの大学生》 の原作者としても有名。森鴎外は 『諸国物語』 でエーヴェルスの短篇 「己の葬」 を翻訳している。やがてナチスに傾倒し、「H・Hはハイル・ヒトラーのイニシャル」 などと揶揄された。短篇 「蜘蛛」 (1908) は怪奇アンソロジー定番の名作だが、中心となるアイデアは、エルクマン=シャトリアン 「見えない眼」 (1870年代)、江戸川乱歩 「目羅博士」 (1931) と共通している。その影響関係については許光俊 『邪悪な文学誌』 (青弓社) が詳しい。他に牧逸馬の “怪奇実話” 「ロウモン街の自殺ホテル」 (1931) もあるが、これはおそらく 「蜘蛛」 にもとづく “創作” だろう。
◆1890年のこの日、複雑に入り組んだプロットで知られるスティーヴィン・キーラーがシカゴで生まれる。キーラー自身、自作を 〈網の目状 webwork〉 小説と呼んでいた。
◆1937年のこの日、日活無国籍アクション映画のヒーロー小林旭が東京世田谷で生まれる。
◆1954年のこの日、本多猪四郎監督の 《ゴジラ》 が封切られる。
11月4日
◆1862年のこの日、『赤毛のレドメイン家』 『闇からの声』、ハリントン・ヘクスト名義で 『誰が駒鳥を殺したか』 『テンプラー家の惨劇』 などの探偵小説、夥しい地方小説を執筆、また若き日のクリスティーの隣人として彼女を励ましたイーデン・フィルポッツが、インドのマウント・アブーで生まれる。
◆1873年のこの日、泉鏡花が金沢市に生まれる。幻想的な作品で知られる鏡花だが、初期には探偵小説と銘打たれた 『活人形』(1893) もある。これは黒岩涙香の翻案探偵小説に押され気味になった春陽堂が、尾崎紅葉に持ちかけて硯友社一派を総動員した企画 〈探偵文庫〉 の一冊。
◆1949年のこの日、フィルム・ノアールの巨匠ニコラス・レイの第1作 《夜の人々》 が封切られる。《俺たちに明日はない》 は本作のリメイク。
◆2008年のこの日、『アンドロメダ病原体』 『大列車強盗』 『ジュラシック・パーク』 などのエンターテインメント作品でヒットを連発、映画監督・脚本家としても活躍したマイクル・クライトンが、癌のためロサンゼルスの病院で死去。享年66。初期にはジョン・ラング、ジェフリー・ハドスン名義でミステリ、犯罪小説も発表。病院を舞台にした医学ミステリ 『緊急の場合は』 (ハドスン名義。1968) でMWA最優秀長篇賞を受賞している
11月5日
◆1605年のこの日、英国王ジェイムズ1世を国会議事堂ごと爆破するカトリック教徒による暗殺計画が発覚、爆薬を仕掛けるために掘った地下坑道の入口で、実行犯ガイ・フォークスが逮捕される。首謀者トマス・パーシーをはじめとする一味もやがて捕まり、過酷な取調べの後、絞首・内臓引き抜き・四つ裂きの刑に処される。世に言う「火薬陰謀事件」である。ガイ・フォークスの人形を街じゅう引き回して火炙りにする 〈ガイ・フォークス・デイ〉の行事はここから始まった。ちなみに英国議会では、いまも開院式の前には議事堂内の地下室、通路、集会室などを捜索する決まりがあるという。(ただし、地下坑道については、政府の捏造ではないかという説もあるらしい)
◆1718年のこの日、トリストラム・シャンディが英国ヨークシャ―の地主屋敷に生まれる。父親ウォルターは跡取り息子を完璧な人間に育てるべく準備を進めていたが、出産のさいに産科医は誤って鉗子で赤ん坊の鼻を潰してしまい、父が息子のために用意したトリスメジスタスという「完璧な名前」は、名前を覚えきれなかった女中の手違いでトリストラムにされてしまう。その自伝『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』は、母親の受胎からトリストラム誕生に至るまでに全9巻のうち3巻が費やされる奇著。
◆1900年のこの日、『鑢』 『Xに対する逮捕状』 のフィリップ・マクドナルドがロンドンで生まれる (1899年説もあり)。祖父ジョージは 『リリス』 『ファンタステス』 などファンタジーの名作を残した詩人・小説家。父親ロナルドもやはり小説家だった。
◆1925年のこの日、英国情報部の 〈エース〉 ことシドニー・ライリーがソヴィエトで処刑される。
◆1968年のこの日、『壜の中の手記』 『廃墟の歌声』 のジェラルド・カーシュが死去。
◆2005年のこの日、『魔術師』 『フランス軍中尉の女』 のジョン・ファウルズが、ドーセットシャーの自宅で死去。享年79。蝶の収集家の青年が女子学生を誘拐、監禁する 『コレクター』(63)はベストセラーとなり、テレンス・スタンプ主演で映画化され、その後のサイコ・スリラーにも大きな影響を与えた。また、『マゴット』 は18世紀イングランド西部で起きた旅人失踪事件が思いもよらぬ展開を見せる異色作。
11月6日
◆1833年のこの日、『漁師とドラウグ』のヨナス・リーがノルウェー南部ブスケルー県で生まれる。19世紀ノルウェー文学の巨匠のひとりであるリーの作品はリアリズムを基調とするが、北方のフォークロアにもとづく短篇では海の怪物や魔女などの超自然的存在が登場する。
◆1848年(嘉永元年)のこの日(旧暦)、曲亭馬琴が死去。晩年は視力を失い、息子・宗伯の妻、お路に口述筆記をして、大作 『南総里見八犬伝』 (1842完結) を完成させた。
18**年(1885年から1893年まで諸説あり)のこの日の日没時、トランシルヴァニアのドラキュラ城前で、ドラキュラ伯爵がジョナサン・ハーカー、クインシー・モリスによって滅ぼされる。一年後(数年後?)のこの日、ミナ・ハーカーは男の子を生み、ハーカー夫妻は同日ドラキュラ配下との戦闘で亡くなったクインシーの生まれ変わりと喜んだが、この日は同時にドラキュラの命日でもある。ミナが一度はドラキュラの血を身体に受けたことを考えると、この子供は(象徴的な意味で)ドラキュラの子ということもできるのだが……。
◆1892年のこの日、大正から昭和にかけてルパン物の翻訳を手がけ、ルパンならこの人とまで言われた保篠龍緒が長野県で生まれる。本名、星野辰男。文部省の役人をへて朝日新聞社に入社、映画界にも関係していた。
◆1896年のこの日、『十二人の評決』 のレイモンド・ポストゲイトがケンブリッジで生まれる。3歳上の姉マーガレットはG・D・H・コール夫人。
◆1941年のこの日、怪盗ルパンの生みの親モーリス・ルブランが死去。
◆1951年のこの日、ウィリアム・ワイラーの 《探偵物語》 が封切られる。カーク・ダグラス演じる鬼刑事を中心に、ニューヨークの一分署の刑事部屋の人間模様、犯罪捜査を描いたこの映画は、もとはブロードウェイの舞台のヒット作だった。
◆2001年のこの日、巧緻なミステリ的趣向に満ちた舞台・映画 《探偵/スルース》の作者アントニイ・シェーファーがロンドンで死去。享年75。兄弟のピーターとの合作、ピーター・アントニイ名義で発表された 『衣裳戸棚の女』 は密室物の佳作。脚本家としては 《ナイル殺人事件》 などが有名だが、古代宗教が支配する孤島を舞台にしたカルト的恐怖映画 《ウィッカーマン》 もヘンテコで面白い。
11月7日
◆1914年のこの日、SF界の奇才R・A・ラファティがアイオワ州で生まれる。
◆192*年のこの日、午後11時半頃、ニューヨーク市東53丁目の東端、イースト・リヴァーに臨むグリーン屋敷で、長女ジュリアと末娘(養女)アダが何者かに銃で撃たれる事件が発生。「グリーン家の惨劇」の幕が開く。
◆1945年のこの日、午後三時、日比谷の「酒と喫茶 リベラル」で、紅茶のコップの中に蜘蛛が入っていたと騒ぎ立てる青年の奇妙な行動に、加賀美敬介捜査一課長は目をとめる。その頃、鷺の宮の高木家では殺人事件が突発していた。
◆1985年のこの日、P・D・ジェイムズやクレイグ・ライスの名翻訳者で、『弁護側の証人』 『血の季節』 など、洗練された技巧的作品でファンを魅了した小泉喜美子が死去。酒場の階段からの転落事故というのが痛ましい。
11月8日
◆1847年のこの日、『吸血鬼ドラキュラ』 の作者ブラム・ストーカーがダブリンに生まれる。
◆1892年のこの日、プロレタリア系の評論家、平林初之輔が京都府竹野郡深田村に生まれる。探偵小説評論でも活躍し、探偵小説の行き詰まりを予言したエッセー「探偵小説壇の諸傾向」は乱歩に深い衝撃を与え、〈健全派〉〈不健全派〉の区分は論議を呼んだ。ヴァン・ダイン グリイン家の惨劇』などの翻訳の他、創作にも手を染めている。探偵小説の創作・評論の仕事が『平林初之輔探偵小説傑作選T・U』(論創社)にまとめられている。
◆1943年のこの日、ジョン・L・ブリーンがアラバマ州モンゴメリーで生まれる。パロディ/パスティーシュ集『巨匠を笑え』が有名だが、J・D・カーの後をうけてEQMMの書評欄 〈陪審席〉も担当した。
11月9日
◆1778年の今日、《幻想の牢獄》 《ローマの景観》で有名な版画家・建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージがヴェネツィアで死去。巨大な迷宮めいた牢獄建築を描いた《牢獄》連作は、ゴシック作家、ロマン派からボルヘスまで、多くの幻想作家の霊感源となった。
◆1832年のこの日、『ルルージュ事件』『ルコック探偵』のエミール・ガボリオがフランス中西部のソージョンで生まれる。ガボリオの探偵小説については、小倉孝誠『推理小説の源流――ガボリオからルブランへ』(淡交社)が詳しい。
◆1955年のこの日、W・R・バーネットの『ハイ・シェラ』の2度目の映画化 《I Died a Thousand Times》 が公開される。最初の映画化《ハイ・シェラ》(1941)でハンフリー・ボガートが演じた〈狂犬アール〉役をここではジャック・パランスが演じている。
◆2007年のこの日、天城一が肺炎で死去。享年88。本名 中村正弘・大阪教育大学名誉教授 (数学)。1947年、《宝石》掲載の「不思議の国の犯罪」でデビュー。「高天原の犯罪」「明日のための犯罪」など、独自の探偵小説理論を実践した短篇は、ながく雑誌掲載のままだったが、晩年『天城一の密室犯罪学教程』以下3冊の作品集にまとめられた。

11月10日
◆1893年のこの日、日本人スパイ、ミスター・モト・シリーズ 『天皇の密偵』 他のジョン・P・マーカンドが米国デラウェア州ウィルミントンで生まれる。1930年代にはハリウッドで映画化されて人気を博したが、モトを演じたのは東洋人俳優ではなく、《M》 の怪優ピーター・ローレ。


11月11日
◆1821年のこの日(グレゴリオ暦/当時ロシアで使われていたユリウス暦では10月30日)、フィヨードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーがモスクワで生まれる。『罪と罰』 『カラマーゾフの兄弟』 などの作品が、乱歩や木々高太郎ら、戦前の探偵作家に与えた影響は顕著だが、ドストエフスキー自身も犯罪小説の愛好者で、シュー 『パリの秘密』 などに大きな影響を受けていることがよく知られている。
◆1846年のこの日、アメリカ探偵小説界草創期の人気作家で、女性ミステリ作家の草分けでもあるアンナ・キャサリン・グリーンがブルックリンで生まれる。第一作 『リーヴェンワース事件』 (1878) は大ヒットを記録し、アメリカにおける探偵小説流行の口火を切った。
◆1922年のこの日、『猫のゆりかご』 『スローターハウス5』 のカート・ヴォネガット・ジュニアが、インディアナ州インディアナポリスで生まれる。
◆1977年のこの日、デニス・ホイートリが死去。怪奇黒魔術小説 『黒魔団』 『娘を悪魔に』 (映画化 《悪魔の性キャサリン》) などの邦訳で知られているが、大衆小説ならなんでもござれの多作家だった。『恐怖の一世紀』 などのアンソロジストとしても活躍。事件ファイル形式の 『マイアミ沖殺人事件』 は、『ヨットの殺人』 として戦前訳がある。また、『ハマースミスのうじ虫』 の作者ウィリアム・モールとの意外な関係が、川出正樹氏 (創元推理文庫、同訳書解説) によって明らかにされた。

11月12日
◆1947年のこの日、『隅の老人』『紅はこべ』の作者バロネス・オルツィ、ことエンムーシコ・マグダリーナ・ロウザリーア・マリア・ジョーセファ・バルバラ・オルツィ・バーストウが82歳で死去。〈バロネス〉 はふつう 「男爵夫人」 と訳されるが、厳密にいえば、彼女の場合、「男爵」 の 「夫人」 ではなく、自身が男爵位をもつ婦人である。「女男爵」 という訳語もあるが、字面がちょっと変だ。ハンガリーの男爵家に生まれた彼女は動乱期に一家で外国へ移住、英国人と結婚してロンドンに定着した。「オルツィ」 はハンガリー式の読みで、英語読みなら 「オークシィ」。河出文庫版 『紅はこべ』 ではこちらの表記を採っている。
◆2007年のこの日、『死の接吻』 『ローズマリーの赤ちゃん』 のアイラ・レヴィンが、ニューヨーク、マンハッタンの自宅で心臓発作のため死去。享年78。


11月13日
◆1850年のこの日、『宝島』 『ジーキル博士とハイド氏』 『新アラビア夜話』 の文豪ロバート・ルイス・スティーヴンスンが、スコットランドのエジンバラで生まれる。義理の息子ロイド・オズボーンとの合作『箱ちがい』は、死体が消えたり現れたりする傑作ブラック・コメディ。もうひとつの合作『難破船』の邦訳も出た。
◆1873年のこの日、「手招く美女」のオリヴァー・オニオンズが英国ヨークシャー州ブラッドフォードで生まれる。
◆1904年のこの日、『ローラ殺人事件』(43)のヴェラ・キャスパリがシカゴで生まれる。オットー・プレミンジャーによる映画化 (44) はミステリ映画の古典。近年 『愛と疑惑の間』 (小学館文庫) も翻訳が出た。
◆1976年のこの日、角川春樹製作、市川崑監督、石坂浩二主演の横溝正史/金田一耕助映画第一弾 《犬神家の一族》 が全国公開 (10月16日に日比谷映画で先行上映)。角川文庫では 「読んでから観るか、観てから読むか」 のキャッチコピーで横溝正史フェアを展開、空前の横溝ブームを引き起こす。映画も大ヒット、同じ市川・石坂コンビで 《獄門島》(77)、《悪魔の手毬唄》(77)、《女王蜂》(78)、《病院坂の首縊りの家》 (79) が製作された。
◆1997年のこの日、甲賀三郎に師事し、《ぷろふいる》 の編集にも携わった九鬼紫郎 (澹) が死去。そういえば 〈探偵クラブ〉 で甲賀三郎 『緑色の犯罪』 を出したとき、九鬼氏からお手紙を頂戴したことがある。
11月14日
◆1851年のこの日、ハーマン・メルヴィル『白鯨(Moby-Dick; or The Whale)』のアメリカ版初版がハーパー&ブラザーズ社から出版される。英国版(The Whale)は1ヶ月先行(10月18日)して刊行されていた。アメリカ文学史の最重要作とされる本作も、発表当時はほとんど黙殺され、再評価が始まるのは1920年代から。
◆1877年のこの日、『怪盗ゴダールの冒険』 のフレデリック・アーヴィング・アンダースンが、イリノイ州イースト・オーロラで生まれる。
◆1959年のこの日、ペリー・スミスとリチャード・ヒコックが強盗目的でカンサスの裕福な農家に押し入り、ショットガンで一家を射殺する。二人はラスヴェガスで逮捕され、死刑判決を受け、処刑された。この事件に取材して書かれたのが、トルーマン・カポーティのベストセラー 『冷血』 (66) である。
◆1916年のこの日の未明、サキことH・H・マンローは一兵卒としてフランス戦線にいた。誰かが煙草に火をつけ、サキが「火を消せ」と叫んだその瞬間、一発の敵弾が彼の身体を貫いた。
◆2011年のこの日、『危険な童話』『針の誘い』の土屋隆夫が心不全のため死去。享年94。
11月15日
◆1877年のこの日、オカルト探偵物 『幽霊狩人カーナッキ』 のウィリアム・ホープ・ホジスンが英国エセックス州ブラックモア・エンドで生まれる。『異次元を覗く家』 『ナイトランド』 など、異様なヴィジョンに満ちた怪奇長篇はいまもそのインパクトを失ってはいない。元船員だったホジスンは、海を舞台にした怪奇短篇でも多くの傑作を残していて、無人島に漂着した人間がキノコと化してしまう 「夜の声」 は東宝恐怖映画 《マタンゴ》 の原作(サイケデリックな色彩の映画に対して、原作はもっと淡々とした味わいなのだが)。
◆1872年 (明治5) のこの日 (旧暦10月15日)、《半七捕物帳》 の岡本綺堂 (本名・敬二) が高輪泉岳寺畔に生まれる (このときはまだ太陰暦。同年12月に太陽暦に改められた)。父親は旧幕臣で、宇都宮、白河で官軍と戦って負傷し、横浜に潜伏。維新後、高輪に居を定めていた。
◆1896年のこの日、大下宇陀児が長野県上伊那郡中箕輪村に生まれる。
◆1930年のこの日、J・G・バラードが上海で生まれる。太平洋戦争が勃発、戦火が上海に及ぶと、日本軍の強制収容所に入れられる。その少年時代の体験は自伝的小説 『太陽の帝国』 に詳しい。自伝 『人生の奇跡』 も出た。
◆2010年のこの日、青蛙房創業者、岡本経一が急性心筋梗塞のため死去。享年101。岡本綺堂の書生から養子となり、1955年、出版社・青蛙房を設立。綺堂作品のほか江戸・明治の風俗、落語、歌舞伎をはじめとする芸能関係の書籍を数多く出版した。編著 『綺堂年代記』 や、自社本に書き下ろした軽妙洒脱なあとがきを集めた 『私のあとがき帖』 がある。満100歳記念出版として 『「半七捕物帳」 解説』 も刊行されている。

11月16日
◆1914年のこの日、《冒険世界》 《武侠世界》 の主筆をつとめ、『海底軍艦』 他の冒険小説で明治期の少年読者の熱き血をたぎらせた押川春浪が急性肺炎により死去。享年38。スポーツ振興にも力をそそぎ、「野球害毒論」 をとなえた新渡戸稲造 (曰く、「野球と云う遊戯は悪く云えば巾着切りの遊戯。対手を常にペテンにかけよう、計略に陥れよう、塁を盗もうなどと眼を鋭くしてやる遊びである」) と激しい論争を展開したことでも知られる。しかし、バンカラなイメージとは裏腹に、実際は病気がちであった。その天衣無縫な生涯は、横田順彌・會津信吾共著の評伝 『快男児 押川春浪』 (徳間文庫) で。野球害毒論争の顛末は横田順彌 『熱血児 押川春浪―野球害毒論と新渡戸稲造』 (三一書房)、春浪を中心とした社交団体、天狗倶楽部については同じく横田順彌の 『快絶壮遊 天狗倶楽部』(教育出版)が詳しい。
◆1935年のこの日、フランクリン・R・ローズヴェルトの原案にもとづいて、ルーパート・ヒューズ、S・H・アダムズ、アントニー・アボット、リタ・ウェイマン、S・S・ヴァン・ダイン、ジョン・アースキンが執筆した連作 『大統領のミステリ』 が 《リバティ》 誌で連載開始される (連作発案者のアボットは同誌の編集者だった)。その整形外科変貌術のアイデアは、「隠れ蓑願望」 に関心をもつ乱歩を強くひきつけた。
11月17日
◆1876年のこの日、〈森のシャーロック・ホームズ〉 ノーヴェンバー・ジョーの作者ヘスキス・プリチャードが、インドのウタ・パラデシュ州ジャンシーで生まれる。カナダの大森林の樵探偵という設定は、数あるホームズのライヴァルたちのなかでもひときわ異彩を放っているが、プリチャード自身、ライフル射撃の名手で大物撃ちのハンターとして知られ、早撃ちの腕前もチャンピオン級だったという。また、E&H・ヘロン名義で母親と合作したフラクスマン・ロウ・シリーズは、オカルト探偵物の隠れた逸品で、原著には各事件の背景となる幽霊屋敷の写真が掲載されているという凝った趣向が施されている。近年、Ash Tree Pressから復刊された。やはり母親との合作、スペインのロマンティックな山賊ヒーロー 〈ドンQ〉 シリーズは、ダグラス・フェアバンクス主演で映画化されて人気を博した。
◆1900年のこの日、『サンタクロース殺人事件』 のピエール・ヴェリが、シャラントン県ペロンで生まれる。
◆1943年のこの日、アガサ・クリスティーの戯曲 《十人の小さなインディアン(そして誰もいなくなった)》 がロンドンのセント・ジェイムズ劇場で初日を迎える。小説版とは異なる結末は、ルネ・クレールによる映画化 (1945) でも踏襲された。
◆1968年のこの日、《ゴーメンガースト》 三部作のマーヴィン・ピークが死去。
11月18日
◆1982年のこの日、『悪徳警官』 『明日に賭ける』 のウィリアム・P・マッギヴァーンが死去。
◆2002年のこの日、俳優ジェイムズ・コバーンがビバリーヒルズの自宅で心臓発作のため死去。享年74。ミステリ関係の出演作に 《電撃フリントGO!GO作戦》 《現金作戦》 《シャレード》 《シーラ号の謎》 など。《大脱走》 《荒野の七人》 《ビリー・ザ・キッド/21才の生涯》 《戦争のはらわた》 での個性的な役も印象的。“Speak Lark” のCMの怪演もあった。空手はブルース・リーに習ったらしい。
11月19日
◆1862年のこの日、黒岩涙香 (本名・周六) が高知県安芸郡川北村で生まれる (旧暦9月28日。なお、11月20日=旧暦9月29日とする資料もあり)。《都新聞》 などいくつもの新聞の主筆をつとめたあと 《万朝報》 を創刊、社会悪を追及した親しみやすい記事によって、たちまち同紙を東京最大の発行部数に押し上げた天才ジャーナリストであり、ユゴー 『噫無情』 やボアゴベ 『鉄仮面』、デュマ 『巌窟王』 をはじめとする翻案小説で読者を熱狂させた偉大な作家でもあった。探偵小説の翻案に、ガボリオ 『人耶鬼耶 (ルルージュ事件)』 『大盗賊 (書類百十三)』 『有罪無罪 (首の綱)』 『他人の銭』、ボアゴベ 『執念 (囚人大佐)』 『死美人 (晩年のルコック)』 『片手美人』 『劇場の犯罪』 『塔上の犯罪』、A・K・グリーン 『真ッ暗 (リーヴェンワース事件)』、マリー・コレリ 『白髪鬼 (ヴェンデッタ)』、C・N・ウィリアムスン 『幽霊塔 (灰色の女)』 など。SFの分野でも破滅テーマのニューコム 『暗黒星』、グリフィス 『破天荒』、H・G・ウェルズ 『文明奇談 八十万年後の社会 (タイム・マシン)』 などの紹介がある。エドモンド・ドウニイ 『怪の物』 (『ゴシック名訳集成西洋伝奇物語』 学研M文庫、所収) は乱歩・正史作品にも影響をあたえた怪奇ミステリ。創作でも、被害者の手に残された髪の毛から犯人を推理する 「無惨」 (1989) で、先駆的な仕事を残している。涙香本を耽読した江戸川乱歩は 『白髪鬼』 『幽霊塔』 をリライトしているが、やはり涙香ファンの横溝正史と組んでA・K・グリーン作品の翻案に挑戦した 『覆面の佳人』 の 「補訳者の言葉」 では、「私達が、今此処に試みようとしてゐるのはつまりその涙香式なのである」 と宣言している (もっともこの仕事は実際には横溝単独のものらしい)。
11月20日
◆1820年のこの日、アメリカの捕鯨船エセックス号が、南太平洋で巨大な抹香鯨の攻撃により沈没する。3艘のボートで脱出した20人の乗組員は飢えと渇きに苦しめられながら約3ヶ月にわたって漂流、船員たちは次々に死亡し、食料も尽き、生存者はカニバリズムという究極の選択を迫られた。この事件はエドガー・アラン・ポー『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』(1937)、ハーマン・メルヴィル『白鯨』(1851)に多大な影響を与えている。
◆1900年のこの日、ディック・トレイシーの作者、漫画家チェスター・グールドがオクラホマ州パウニーで生まれる。
◆1926年のこの日、英国のスパイ・冒険小説家で、イアン・フレミングの後継者として007シリーズを書き継いだジョン・ガードナーが、ノーサンバランドで生まれる。
11月21日
◆1694年のこの日、フランスの啓蒙思想家ヴォルテール (本名フランソワ・マリー・アルエ) がパリで生まれる。『ザディグ』 (1747) は論理的推理によって謎を解く探偵小説の濫觴としてしばしば挙げられる作品だが、探偵役のザディグが、その知性ゆえに次々に災難に見舞われることは指摘しておきたい。社会の悪意に翻弄される主人公をあっけらかんと描き、松岡正剛が 「今日の日本の現代小説よりはずっと冒険的な実験性がある」 という 『カンディード』 も面白い。
◆1935年のこの日、スコットランドの詩人・小説家、「エトリックの羊飼い」ことジェイムズ・ホッグが死去。『義とされた罪人の手記と告白(悪の誘惑)』(1824)は18世紀から19世紀初めにかけて流行したゴシック小説最後の傑作ともいわれる。「エトリックの羊飼い」の異名は比喩ではなく、実際に羊飼いとして働いていた。ちなみにカナダのノーベル賞作家アリス・マンローはジェイムズ・ホッグの子孫。
◆1863年のこの日、アーサー・キラ=クーチ (“Q” の筆名でも知られる) がコーンウォル州ボドミンで生まれる。オックスフォード、ケンブリッジで古典や詩学を講じた文学教授であり、プロパーの怪奇作家ではないが、「一対の手」 などのゴースト・ストーリーの佳篇を残している。『チャリング・クロス街84番地』 で、ヘレーン・ハンフ女史のお気に入りの著者として、いきなりキラ=クーチの名前に出くわして吃驚したことがあるが、彼の編著 『オックスフォード名詩選』 はこのジャンルの古典的名著。余談ながら、この英国の古書店員との往復書簡の筆者 (編者) ハンフは、1950年代初頭のTVドラマ 《エラリイ・クイーンの冒険》 の脚本家のひとりでもあった。もっとも彼女にとっては不本意な仕事だったようだが (ちなみにこれはエラリイ・クイーンの最初のTVドラマ化で、山口雅也 『ミステリー映画を観よう』 によると、このときのエラリイ役は口髭を生やしていたらしい)。
11月22日
◆1916年のこの日、ジャック・ロンドンが死去。ロンドンには自伝的作品がいくつかあり、なかでも『マーティン・イーデン』(1909)は元船員の若者が独学で作家を目指し苦闘する姿を描いて圧倒的だが、もちろんロンドンの人生そのままというわけではない。未完の長篇 『殺人株式会社』 は殺人を事業として行なう会社の冷徹なメカニズムを描く。ロバート・L・フィッシュが書き継いで1963年に出版された。邦訳は 『全集・現代世界文学の発見2/危機にたつ人間』 (学藝書林、絶版) に収録。悪夢の全体主義社会を描いた 『鉄の踵』、マッドサイエンティストが奇妙な決闘を繰り広げる 「影と光」、革命教団が資金調達のため無差別殺人を計画する 「死の同心円」、超越的なファンタジー 『星を駆ける者』 など、SF・ミステリ・怪奇幻想の分野でこの作家が残した足跡は思いのほか大きい。ハードボイルドやヒロイック・ファンタジーにも少なからぬ影響を与えている。
◆1917年のこの日、MWA賞を受賞した 『法王の身代金』 のジョン・クリアリーがオーストラリアのシドニーで生まれる。
◆1948年のこの日、『薔薇荘にて』 『矢の家』 『四枚の羽根』 のA・E・W・メイスンが死去。
◆1963年のこの日、『すばらしい新世界』 『対位法』 のオルダス・ハクスリーが死去。
◆同年同日、アメリカ大統領J・F・ケネディがテキサス州ダラスで暗殺される。
◆1983年のこの日、《小鼠》 シリーズのレナード・ウィバーリーが死去。レナード・ホールトン名義ではブレッター神父を探偵役とした本格長篇を11作残していて、なかでも 《Deliver Us from the Devils》 (1963) は狼男伝説に取り組んだ異色作。
11月23日
◆1887年のこの日、《フランケンシュタン》 の怪物役者ボリス・カーロフ、本名ウィリアム・ヘンリー・プラットが英国ダリッジで生まれる。この役の成功でモンスター役者のイメージが固定してしまったが、素顔は堅実な英国紳士で、ブラック・コメディの傑作 《毒薬と老嬢》 の舞台版では 「ボリス・カーロフにそっくりな男」 を自ら演じて喝采を博したという。最晩年に、ロジャー・コーマンのポー映画 《忍者と悪女》 で、ヴィンセント・プライスとピーター・ローレを向こうにまわして魔術合戦を繰り広げた大魔法使い役も忘れがたい。そのコーマン門下のボグダノヴィッチは、監督第一作 《殺人者はライフルを持っている!》 で、カーロフを引退間際の老怪奇スターというほとんど本人そのままの役で起用、オマージュを捧げた。作中でカーロフがちょっとした 「怖い話」 を披露するところがあるが、流石の話術で、見事に引き込まれてしまう。
◆1910年のこの日、英国史上最も有名な殺人者のひとり、クリッペン医師がペントンヴィル刑務所で処刑される。悪妻から逃れて愛人と一緒になるために殺人を犯したこの気弱な男に、アントニイ・バークリーはどうやら同情的な意見だったらしい。

11月24日
◆1713年のこの日、『トリストラム・シャンディ』の作者ローレンス・スターンがアイルランドのクロンメルに生まれる。生地は英国陸軍将校だった父親の任地で、少年時代は父に従って各地を転々とする。ケンブリッジ大学卒業後、教区牧師となるが、1760年、46歳の時に自費出版した『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』第1巻・第2巻が大評判をとり一躍有名人に。
◆1908年のこの日、アメリカのユダヤ人社会を背景にした 『金曜日ラビは寝坊した』 他の 〈ラビ〉 シリーズや、純粋推理のお手本と賞賛された短篇集 『九マイルは遠すぎる』 で注目されたハリー・ケメルマンがボストンで生まれる。
◆1916年のこの日、SF・ファンタジー・ホラーのコレクターで、SFファンダムの最長老フォレスト・J・アッカーマンが生まれる。彼が編集した1958年創刊の雑誌 《フェイマス・モンスターズ・オブ・フィルムランド》 は、多くの少年ホラー・ファンを熱狂させ、ホラー映画の紹介やモンスターメイキャップ、特撮などの情報を満載したこの雑誌の愛読者だった当時14歳のスティーヴン・キングは掌篇 「殺し屋」 を投稿し (没になった)、スティーヴン・スピルバーグはトイレットペーパーを妹に巻きつけミイラに仕立て上げて8ミリ映画を製作 (母親に叱られた)、後に 《ハウリング》 や 《グレムリン》 を撮るジョー・ダンテは創刊号を9部も買うはめになった (有害図書として教師やキャンプの指導員に取り上げられてしまうため)。


11月25日
◆1899年のこの日、『リトル・シーザー』『ハイ・シェラ』『アスファルト・ジャングル』など、犯罪者の世界を描いた作品でアメリカ・ミステリ界に多大な影響を与え、脚本家として映画界でも活躍したW・R・バーネットが、オハイオ州スプリングフィールドで生まれる。
◆1952年のこの日、アガサ・クリスティーの戯曲《ねずみとり》がロンドンでの初日を迎える(プレミア公演はノッティンガム、10月6日)。以後COVID-19の流行で中断される2020年3月16日まで連続公演の記録を作った。
◆1970年のこの日、三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊・東部方面総監部で割腹自殺。SF『美しい星』を書き、空飛ぶ円盤研究会の会員でもあった三島だが、探偵小説は毛嫌いし、『Yの悲劇』を槍玉にあげたことでも知られている。

11月26日
◆1876年のこの日、評論家・英文学者で、博文館で雑誌《太陽》を編集した長谷川天渓が新潟県に生まれる。文学史的には自然主義文学の推進役として知られる人物だが、森下雨村を指導し、その庇護者として《新青年》発刊にも大きな役割を果たしたという(しかし、やがて雨村は編集部を自分の人脈でかためていく)。「探偵小説の主人公」 「探偵小説の将来」のエッセイがあり、《新趣味》 懸賞応募の選者として甲賀三郎 「真珠塔の秘密」 を世に送り出した。また、1899年 (明治32) に 《少年世界》 に連載した 『鏡世界』 はルイス・キャロルの最初の邦訳といわれている。
◆1905年のこの日、劇作家イムリン・ウィリアムズがウェールズで生まれる。彼の最も有名な芝居 《Night Must Fall》 は、帽子の箱に生首を入れて持ちあるく青年の話。犯罪実話でも数冊の記念碑的作品を残している。
◆1922年のこの日、英国の考古学者ハワード・カーターが、エジプトのルクソール西岸、〈王家の谷〉の未盗掘の墓で、ツタンカーメン王の墓室に到達、黄金の棺を発見する。このニュースは世界中を駆け巡り、欧米ではエジプト・ブームが沸き起こった。発掘作業は1932年まで続き、1930年代にはヴァン・ダイン『甲虫殺人事件』(30)、クイーン『エジプト十字架の謎』(32)、クリスティー 『ナイルに死す』(37)などのエジプト・ミステリが書かれ、ユニヴァーサルの怪奇映画 《ミイラ再生》 (32) も大ヒットを記録した。王墓発掘後、出資者カーナヴォン卿をはじめ関係者が次々に不慮の死を遂げ、〈ファラオの呪い〉 が取り沙汰されたが、カーター自身は1939年に亡くなるまで長寿を全うしている。カーナヴォン卿らの原因不明の高熱死については、墓室内の黴に含まれていた病原菌を原因とする説が近年出されている。


11月27日
◆1937年のこの日、岡山県岡――村で前日発生した一柳家殺人事件の捜査のため、金田一耕助青年が伯備線清――駅に降り立つ。
◆1940年のこの日、ブルース・リー (李小龍) がサンフランシスコで生まれる。香港で子役として活躍した後、58年に渡米、1966年に始まったTVシリーズ 《グリーン・ホーネット》 で主人公の助手、日系人カトー役で人気を博す(ちなみにこのときリーが着けていた目のまわりだけ隠す黒いマスクは 「カトー・マスク」 と呼ばれるようになった。《キル・ビル》 で 〈クレイジー88〉 の面々が着けていたのをご覧になった方も多いはず)。レイモンド・チャンドラー原作の映画 《かわいい女》 (1969) ではフィリップ・マーロウ (ジェイムズ・ガーナー) に事件から手を引くよう脅す用心棒役。カンフーの技で事務所を滅茶苦茶にしたかと思うと、次の登場場面ではマーロウを襲撃、飛び蹴りを放ったはいいが、体をかわされ、そのままビルの窓から飛び出してしまう。脚本家のシリファントとガーナーは、当時リーにカンフーを習っていたらしい。
◆1965年のこの日、《大怪獣ガメラ》 が公開される (併映は 《新・鞍馬天狗 五條坂の決闘》)。東宝のゴジラに対抗 、というより追随して大映が送り出した怪獣ガメラ・シリーズの第一作。その後、《大怪獣決闘ガメラ対バルゴン》 (66)、《大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス》 (67) とつづく対決もので、東宝とは一味違う怪獣映画をめざすが、第4作 《ガメラ対宇宙怪獣バイラス》 (68) 以後は急激にお子様向けの度合いを深めていく (もっとも第1作からすでに 「ガメラは子供の味方」 的な設定が盛り込まれていたのだが)。大映の特撮映画が最高の達成をみたのは 《大魔神》 三部作だろう。
◆1976年のこの日、「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」 城昌幸が死去。 佐藤春夫の高弟、象徴派詩人・城左門にして、「若さま侍捕物帖」 の作者であり、宝石社社長でもあった。
◆2003年のこの日、都筑道夫がハワイ、ホノルル市内の病院で動脈硬化症により死去。享年74。自伝 『推理作家が出来るまで』 (フリースタイル) は戦後推理小説出版史の貴重な証言でもある。
◆2014年のこの日、英国ミステリ界の巨匠P・D・ジェイムズがオックスフォードの自宅で死去。94歳。『女の顔を覆え』(62)でデビュー、91歳で 『高慢と偏見、そして殺人』(2011) を発表するなど、長く健筆をふるった。
11月28日
◆1757年のこの日、ウィリアム・ブレイクがロンドンのソーホーで生まれる。このロマン派詩人・画家の作品は、多くの作家にインスピレーションを与えてきた。「虎よ!虎よ!/ぬばたまの夜の森に燦爛と燃え/そもいかなる不死の手のまたは目の作りしや/汝がゆゆしき均整を」 という書き出しの詩 「虎」 にインスパイアされたアルフレッド・ベスターの問答無用の大傑作SF 『虎よ、虎よ!』 は有名だが、A・H・Z・カーにも詩人探偵が登場する 「虎よ!虎よ!」 という名短篇がある (『誰でもない男の裁判』 所収)。また、クリスティー 『終わりなき夜に生まれつく』 のタイトルは、ブレイクの詩 「罪なき者の予言」 の一節。トマス・ハリスのベストセラー 『レッド・ドラゴン』 に登場する、ブレイクの絵 《大いなる赤き竜》 に魅せられた猟奇殺人者をご記憶の方は多いだろう。「天国と地獄の結婚」 中の言葉 「知覚の扉」 がオルダス・ハクスリーを経てドアーズへと流れ込んだりと、時代やジャンルを超えて影響を与えつづける偉大な幻視者。
◆1962年のこの日深夜、江戸川乱歩の危篤を告げる怪電話が、大下宇陀児、木々高太郎、渡辺啓助、高木彬光、山田風太郎、都筑道夫、多岐川恭らの家にかかってくる。「乱歩危篤」 の急報に多くの作家が乱歩邸に駆けつけたが、乱歩には何事もなかった。電話のかけ方からみて、推理小説界内部に詳しい人間の仕業と考えられ、犯人探しも試みられたが、結局判明しなかった。

11月29日
◆1898年のこの日、『ナルニア物語』 のC・S・ルイスが、アイルランドのベルファストで生まれる。
◆1986年のこの日、ケイリー・グラントが講演先の劇場で脳卒中のため急死。《断崖》 《汚名》 《泥棒成金》 《北北西に進路を取れ》 に主演、ヒッチコック映画には欠かせない俳優だった。名作ブラック・コメディ 《毒薬と老嬢》、サスペンス物の佳作 《シャレード》 もある。《赤ちゃん教育》 《ヒズ・ガール・フライデー》 《僕は戦争花嫁》 《フィラデルフィア物語》 など、スクリューボール・コメディの代表的主演男優でもあった。

11月30日
◆1835年のこの日、マーク・トウェインがミズーリ州フロリダで生まれる。『トム・ソーヤー』 『ハックルベリー・フィン』 の文豪には、ホームズのパロディなど、いくつかのミステリ的作品があるが、『ノータリン・ウィルスンの活躍』 (1894) は指紋を推理の手掛かりに採用した最初期の例として有名。
◆1900年のこの日、『まじめが肝心』『サロメ』『ドリアン・グレイの肖像』のオスカー・ワイルドが死去。
◆1906年のこの日、〈不可能犯罪の巨匠〉 ジョン・ディクスン・カーがペンシルヴェニア州ユニオンタウンで生まれる。
◆1907年のこの日、5000冊以上の作品を取り上げたミステリ・ガイドの大冊《Catalogue of Crime》 (1971/改訂版1985) の著者 (ウェンデル・ハーティグ・テイラーとの共著) ジャック・バーザンがパリで生まれる。専門は歴史学者で、その分野の邦訳書もある。
◆1916年のこの日、『悪魔に食われろ青尾蠅』 のジョン・フランクリン・バーディンが、オハイオ州シンシナティで生まれる。第一作 『死を呼ぶペルシュロン』、第二作 『殺意のシナリオ』 (小学館) とあわせて、異常心理小説の先駆的傑作としてお奨めしたい。

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