―今日は何の日―
【8月】


8月1日
◆1862年のこの日、近代英国怪奇小説の巨匠、M・R・ジェイムズがケント州の牧師の家に生まれる。生涯独身で、古文書学・聖書学者として、ケンブリッジ大学で学究生活を送ったジェイムズは、クリスマスなどに友人や学生たちを集めて自作の怪談を朗読していた。そこから生まれた『好古家の怪談集』(1904) は、20世紀初頭の怪奇小説黄金時代の幕開けを告げる名短篇集となった。
◆1923年のこの日、アラン・ジェフリー・イエイツ――カーター・ブラウンの筆名で何百冊ものミステリを書きまくった男――がロンドンで生まれる。
◆1926年のこの日、『ビッグ・ボウの殺人』 のイズレイル・ザングウィルが死去。
◆1966年のこの日、学生チャールズ・ホイットマンがテキサス大学構内の塔の天辺にのぼり、午前11時48分、下にいた人々をライフルで狙撃し始める。1時間半後、塔に突入した3人の警官がようやく彼を射殺したとき、被害者は死者21人、負傷者28人に上っていた。ボグダノヴィッチのデビュー作 《殺人者はライフルを持っている!》 (68) はこの事件に想を得ている。
◆1971年のこの日、無声映画の弁士から放送界へ転身、一時代を築いた話術の達人、徳川夢声が死去。NHKの推理クイズ番組 《私だけが知っている》 (1957-63) では探偵局長をつとめ、探偵小説の創作に 「オベタイ・ブルブル事件」 などがある。ラジオの朗読で、若き日の都筑道夫を慄然せしめたという岡本綺堂 「笛塚」 の音源など、どこかに残っていないだろうか。


8月2日
◆1854年のこの日、「上段寝台」 「泣き叫ぶどくろ」 「血は命の水だから」 などの怪奇短篇の名作で知られるアメリカ作家F・マリオン・クロフォードが、イタリアのトスカーナ地方で生まれる。ヨーロッパで教育を受け、東洋の神秘主義にも通じていたクロフォードは、『プラハの妖術師』(1891)などのロマンティックな長篇小説で広く人気を博した。アラビアン・ナイト風の幻想譚 『妖霊ハーリド』 の邦訳もある。
◆1905年のこの日、ハメット原作の 《影なき男》 シリーズでウィリアム・パウエルと息のあった夫婦探偵を演じた女優マーナ・ロイが、モンタナ州へレナで生まれる。最初期には、〈魔性の女〉 や邪悪な東洋人の役どころが多く、《成吉斯汗の仮面》 (32) では、ボリス・カーロフ演じるフー・マンチュー博士の娘役を演じている。
◆1964年のこの日、『赤い館』 の怪奇小説家H・R・ウエイクフィールドが死去。
◆2004年のこの日、画家・版画家の畑農照雄(はたのてるお)が、胃癌のため死去。享年69。《異色作家短篇集・新版》 《ブラック・ユーモア選集》 『思考機械』 『隅の老人』 『魔術師が多すぎる』 『法廷外裁判』 など、と数多くの海外ミステリ・幻想小説・SFのカバー装画を手がけている。《ミステリマガジン》 の連載 「ユーモアスケッチ傑作選」 「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」 の挿絵も印象深い。《SFマガジン》 には 「金鍔次兵衛 切支丹拾遺」 という絵物語も発表している。
8月3日
◆1857年のこの日、ウージェヌ・シューが死去。犯罪者たちがうごめくパリの暗黒社会を描き、大当たりをとった 『パリの秘密』 (1841-42) は、新聞小説 (フィユトン) というジャンルを確立した。ドストエフスキーがシューの影響を強く受けていることは有名だが、その社会主義的な要素は、マルクスやエンゲルスをも惹きつけた。
◆1920年のこの日、『ナイチンゲールの屍衣』 『女には向かない職業』 などのP・D・ジェイムズがオックスフォードで生まれる。
◆1924年のこの日、ジョゼフ・コンラッドが死去。『密偵』 『西欧の眼の下に』 はスパイ小説の先駆的作品 (もちろんコンラッドの狙いは別のところにあったのだが)。〈謎の文学〉 として 『闇の奥』 も見逃せない。

8月4日
◆1888年のこの日、R・L・スティーヴンスンの 『ジーキル博士とハイド氏』 の最初の舞台化がロンドンで初日を迎える。
◆1892年のこの日、マサチューセッツ州フォール・リヴァー二番街92番地のボーデン家で、老実業家アンドリュー・ボーデンと後妻アビーの斧で滅多打ちにされた惨殺死体が発見される。1週間後、警察は死体発見者の32歳になる次女リジーを状況証拠に基づき逮捕したが、裁判では証拠不十分で無罪となった。しかし、国民の多くはリジーを犯人と疑わず、「リジー・ボーデン手斧を取って/母親を四十回滅多打ち/リジーはそれを見届けて、今度は/父親を四十一回滅多打ち」 というひろく人口に膾炙した俗謡が生まれ、大衆の想像力の中で 「両親殺しの血まみれのヒロイン」 としてのリジー像が確立されていく。ベロック・ローンズ 『リジー・ボーデン事件』 が近頃紹介されたが、事実にもとづく新しい解釈を提出した作品、というわけではないようだ。仁賀克雄 『リジー・ボーデン事件の真相』 (河出書房新社) も出た。
◆1992年のこの日、松本清張が死去。
◆1993年のこの日、『薫大将と匂の宮』 の岡田鯱彦が死去。「源氏物語」 の世界で紫式部と清少納言が推理を競う同作品は、国文学教授の作者ならではもの。


8月5日
◆1850年のこの日、ギ・ド・モーパッサンがノルマンディーで生まれる。『女の一生』 『脂肪の塊』 など、自然主義の作家として知られているが、短篇には怪奇・恐怖・残酷・狂気を主題にしたものが意外に多い。なかでも透明怪談 「オルラ」 は怪奇アンソロジーの定番。『モーパッサン怪奇傑作集』(福武文庫)が便利だったが現在は絶版。『モーパッサン短編集3』(新潮文庫)が 「恐怖」 「オルラ」 「たれぞ知る」 「手」 「水の上」 「山の宿」 「狼」 の怪奇短篇を収めている。
◆1987年のこの日、澁澤龍彦が死去。没後、河出書房新社より 『澁澤龍彦全集』 全22巻別巻2が刊行された。


8月6日
◆1930年のこの日の午後9時15分、ニューヨーク州最高裁判所判事ジョゼフ・クレイターは西45丁目のレストランで友人たちと別れ、タクシーに乗り込んだきり姿を消してしまう。謎の失踪事件は大々的に報道され、何年にもわたって、多くの目撃情報が寄せられたが、結局クレイターは二度と人々の前に姿をあらわさなかった。


8月7日
◆1885年のこの日、ジョナ・マンセルとリチャード・チャンドスの活躍する冒険小説の作者ドーンフォード・イエイツがケント州で生まれる。1920年代の英国では、ジョン・バカン、“サッパー” と並び称される流行作家で、とくに中流以上の階級に歓迎された。しかしその貴族趣味、階級的・人種的偏見、帝国主義的な姿勢がのちに批判を浴び、人気も衰えていった。日本での知名度は格段に低い。


8月8日
◆1887年 (諸説あり) のこの日未明、ドラキュラ伯爵が英国に上陸。
◆1891年のこの日、ニューヨークのストリート&スミス社からダイム・ノヴェル・シリーズ 《ニック・カーター・ライブラリー》 の出版が始まる。若きヒーロー、ニック・カーターは射撃の名手で、格闘技にも通じ、30人の男をたったひとりで叩きのめし、変装の達人で、数ヶ国語を自由に操るという。しかも酒も煙草もやらず、汚い言葉ははかず、嘘はつかない、女性には騎士のように尽くすというのだから、まさに完全無欠のスーパーヒーローである。ニック・カーター物語は何人もの作者によって書き継がれ、のちにコミックへ、TVや映画へと活躍の場を広げていった。
◆1908年のこの日、植草甚一が東京、日本橋で生まれる。映画評論から出発、海外ミステリに原書で親しんでいた植草は、戦後、早川書房、東京創元社、両社の翻訳ミステリ企画に関わり、海外作品紹介に大きな役割を果たした。
◆1915年のこの日、天藤真が東京で生まれる。
◆1962年のこの日、『遠野物語』 の柳田國男が死去。
◆1965年のこの日、『くじ』 『山荘奇談』 のシャーリー・ジャクスンが死去。
◆2004年のこの日、アメリカの女優フェイ・レイが、ニューヨークの自宅で死去。享年96。《キング・コング》 (1933)で映画監督カール・デナムに騙されるようにして南太平洋の髑髏島に連れて行かれ、巨大猿コングと運命的な出会いをはたす美女アン・ダロウ役を演じた元祖〈悲鳴の女王〉。


8月9日
◆1910年のこの日、唐代の中国を舞台にしたディー (狄) 判事シリーズで知られるロバート・ファン・ヒューリックがオランダのジュトフェンで生まれる。東洋学の専門家で外交官だった彼は、東京のオランダ大使館で参事官をつとめ、64年には大使として再来日している。趣味で書き始めた探偵小説第1作Dee Goong An (1949) は東京で自費出版された。第2作 『迷路の殺人』 (51) は、乱歩の尽力もあって、英語版オリジナルより5年も前に邦訳版が刊行されている。というぐあいに、まことにわが国とは縁の深い作家であった。なお、専門分野の研究書 『古代中国の性生活』 (せりか書房) の邦訳もある。ハヤカワ・ミステリでディー判事シリーズが完訳された。
◆1915年のこの日、『ドラキュラ』 に迫る人気を博したという長篇怪奇スリラー 『黄金虫』 (1897) の作者リチャード・マーシュが死去。孫はやはり怪奇作家のロバート・エイクマン。


8月10日
◆1890年のこの日、『ベラミ裁判』 のフランシス・ノイズ・ハートが、メリーランド州シルヴァー・スプリングズで生まれる。
◆1904年のこの日、『デリケイト・エイプ』 『孤独な場所で』 など、スパイ小説、サスペンス小説で人気を博し、『E・S・ガードナー伝』 の邦訳もあるドロシイ・B・ヒューズがミズーリ州カンザス・シティで生まれる。
◆1948年のこの日、ゴシック小説、隠秘学研究の泰斗モンタギュー・サマーズ師が死去。『ゴシック探求』(38)、『ゴシック書誌』(40) は、それまで低俗な読物として等閑視されていたゴシック小説を初めて学究的に取り上げ、ゴシック・リヴァイヴァルの火付け役となった。 ちくま学芸文庫で復刊された 『吸血妖魅考』 (日夏耿之介訳) など、吸血鬼、人狼、魔女、悪魔学に関する著書も多く、聖職の身でありながら異端・魔術の研究に手を染めた師の遺稿は、死後、教会関係者によって焼き捨てられたという。自伝 《The Galanty Show》 が出版されたのは、死後30年以上たった1980年のこと。その墓碑には 「Tell me strange things (我に不思議な事どもを語れ)」 と刻まれているという。
◆1950年のこの日、荒廃した屋敷に住むサイレント時代の大女優役でグロリア・スワンソンが鬼気迫る演技をみせる、ビリー・ワイルダー監督の 《サンセット大通り》 が公開される。


8月11日
◆1900年のこの日、『怪談牡丹燈籠』 他、数々の怪談噺の傑作をつくり、明治の言文一致運動にも大きな影響を与えた初代・三遊亭圓朝が死去。毎年、8月には菩提寺、全生庵で落語協会による圓朝まつりが催され、また、圓朝が収集した幽霊画コレクションが公開されている。
◆1937年のこの日、イーディス・ウォートンが死去。19世紀ニューヨークの上流社会を描いた風俗小説 『エイジ・オブ・イノセンス』 (映画にもなった) などで知られる女性作家だが、怪奇小説ファンにはもっぱら幽霊小説の佳篇 「あとになって」 で記憶されている。近年、怪奇小説集 『幽霊』 (作品社) も出た。
◆1966年のこの日、大下宇陀児が死去。戦後の長篇 『石の下の記録』 『虚像』 などが代表作とされているが、いま読んで面白いのはむしろ短篇のほうだろう。『烙印』 に収められた作品の意外な新しさをぜひ味わってほしい。ちなみに宇陀児 (うだる )という変わった名前は、筆名を考えたのがたいへんに暑い日だったので 「うだる」 とした、という説もあるが、愛妻、歌子の名前をもじったもの、というのが本当のところらしい。


8月12日
◆1876年のこの日、メアリー・R・ラインハートがピッツバーグで生まれる。医師夫人として3人の子どもを育てながら、生活費の足しになれば、と書き始めた 『螺旋階段』 (1908) がベストセラーとなり、一躍人気作家の仲間入りをした。事実の発覚を絶えず先送りすることによってサスペンスを生む手法は、のちに 〈もし私が知ってさえいたら〉 派と揶揄されることにもなるが、一時代を築いたミステリの女王であることは間違いない。
◆1964年のこの日、007シリーズの作者イアン・フレミングが死去。
◆2005年のこの日、映画監督の石井輝男が死去。享年81。新東宝時代には、宇津井健のコスチュームが伝説的な特撮ヒーロー物の先駆 《スーパージャイアンツ》 や 《〜地帯》 シリーズの犯罪映画、その後、東映に移ってもギャング映画、任侠物、空手アクション物と娯楽作品を撮りまくり、《網走番外地》 シリーズの大ヒットの後、後にカルト的評価を得る 《江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間》 《ポルノ時代劇 亡八武士道》 や阿部定本人が出演する 《明治大正昭和 猟奇女犯罪史》 を監督、90年代には 《無頼平野》 《ねじ式》 で健在ぶりを示した。《盲獣VS一寸法師》(2001) が遺作となった。

8月13日
◆1899年のこの日、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックがロンドンで生まれる。ヒッチコック映画の原作となった作品には、コンラッド 『密偵』 (サボタージュ)、バカン 『39階段』 (三十九夜)、モーム 『アシェンデン』 (間諜最後の日)、ローンズ 『下宿人』、ホワイト 『バルカン超特急』、テイ 『ロウソクのために1シリングを』 (第3逃亡者)、デュ・モーリア 『レベッカ』 「鳥」、アイルズ 『犯行以前』 (断崖)、ハイスミス 『見知らぬ乗客』、フランシス・ヒーディング 『白い恐怖』、アイリッシュ 「裏窓」、ドッジ 『泥棒成金』、ストーリー 『ハリーの災難』、ボアロー&ナルスジャック 『死者の中から』 (めまい)、ブロック 『サイコ』、グレアム 『マーニー』、バーン 『フレンジー』 などがある。
◆1946年のこの日、H・G・ウェルズが死去。
◆1979年のこの日、福永武彦が死去。加田伶太郎名義の本格短篇、エッセー集 『深夜の散歩』 (中村眞一郎・丸谷才一と共著) で、ミステリ・ファンにも親しまれている。


8月14日
◆1937年のこの日、ブルドッグ・ドラモンド・シリーズで有名な “サッパー” が死去。本名ハーマン・シリル・マクニール。筆名 “サッパー” は英国陸軍 「工兵隊員」 を意味する。
◆1961年のこの日、クラーク・アシュトン・スミスが死去。H・P・ラヴクラフトの盟友として、怪奇短篇を数多く残したが、特異な作風の詩人・彫刻家でもあった。『魔術師の帝国』 『呪われし地 (ロキ)』 『イルーニュの巨人』 『魔界王国』 『ゾティーク幻妖怪異譚』 『ヒュペルボレオス極北神怪譚』 『アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚』 の邦訳短篇集がある。


8月15日
◆1785年のこの日、トマス・ド・クインシーがマンチェスターで生まれる。『藝術の一分野として見た殺人』 は、ロマン派文人の意外な殺人事件マニアぶりを窺わせる楽しい長篇エッセー。『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 をはじめ、多くのミステリで引用されている。また、これも有名なエッセー 『英国阿片服用者の告白』 には、ピラネージの 《牢獄》 連作にインスパイアされた迷宮幻想や、マレー人 (インド人だったか?) が次々に訪ねてくる悪夢など、麻薬常用者の幻覚が綴られている (ドイル 「唇のねじれた男」 には、この本を読んで阿片の魅力に取り憑かれた男が出てくる)。阿片中毒で殺人マニア、かなりぶっ飛んだ御仁である。
◆1906年のこの日、奇術師探偵グレイト・マーリーニが活躍する 『帽子から飛び出した死体』 『棺のない死体』 『首のない女』 『天井の足跡』 の作者で、EQMMの編集に長く携わったクレイトン・ロースンがオハイオ州イリアリアで生まれる。
◆1928年のこの日、最初のオール・トーキーのミステリ映画 《The Terror》 が公開される。原作はエドガー・ウォレス。まだまだ技術的な問題が多く、俳優のせりふはほとんど聞き取れなかったという。


8月16日
◆1884年のこの日、ヒューゴー・ガーンズバックがルクセンブルクで生まれる。SF専門誌 《アメージング・ストーリーズ》 を創刊、「サイエンス・フィクション」 を初めて商業ベースにのせた 「アメリカSFの父」。その栄誉を称えて 「ヒューゴー賞」 に名前が残されているが、代表作 『ラルフ124C41+』 (初出1911) を読んでいる人はSFファンでもあまり多くはないだろう。「直木賞」 の直木三十五のようなものか。
◆1956年のこの日、ドラキュラ役者として有名なベラ・ルゴシが死去。晩年はほとんどろくな仕事もなく、四度の結婚も失敗に終わり、薬物に溺れた悲惨な状態だったが、葬儀のさいには、ドラキュラのケープをまとって棺におさめられた。かつて一世を風靡した怪奇俳優の最後のパフォーマンスであった。なお、ティム・バートンの映画 《エド・ウッド》 で晩年のルゴシを演じたマーティン・ランドーは、アカデミー助演男優賞を受賞している。


8月17日
◆1980年のこの日、オーストラリアのエアーズ・ロックでキャンプしていたチェンバレン家の幼い娘アザリアが、ディンゴ (野生化した犬) にさらわれ、貪り食われてしまう。母親リンディは娘を殺害したとして告発され、その裁判は国中の注目を集めた。のちにこの事件にもとづいた映画 《A Cry in the Dark》 (88) がメリル・ストリープ主演でつくられている。


8月18日
◆1850年のこの日、オノレ・ド・バルザックが死去。事業に失敗して多額の借金を背負い、返済のために 〈人間喜劇〉 と総称される夥しい数の小説を書きまくった男。校正のたびに途方もない量の加筆・修正を繰り返す、編集者・印刷屋泣かせの作家でもあった。『浮かれ女盛衰記』 など、犯罪小説的視点から取り上げるべき作品も多い。この 『浮かれ女』 をはじめ多くの作品に登場する怪人物ヴォートランは、泥棒からパリ警察長官に転身した実在人物ヴィドックをモデルにしている。『セラフィタ』 など、幻想・神秘的作品も。
◆1889年のこの日、『残酷物語』 『未来のイヴ』 のヴィリエ・ド・リラダンが死去。生涯、極貧生活を送ったヴィリエだが、「生活? そんなものは下僕にまかせておけばいい」 という名台詞を残している。『未来のイヴ』 が押井守 《イノセンス》 はじめ現代のアニメーションに影響を与えているのも面白い。
◆1925年のこの日、『地球の長い午後』 のブライアン・W・オールディスが英国東部のノーフォークで生まれる。


8月19日
◆1902年のこの日、ユーモア作家オグデン・ナッシュがニューヨーク州ライで生まれる。探偵小説ファンでもあったナッシュだが、いちばん有名なのは、S・S・ヴァン・ダインの名探偵の鼻もちならないスノッブぶりに対して放った 「ファイロ・ヴァンス/お尻に一蹴り必要ざんす」 という文句。
◆1981年のこの日、典型的な 〈Jiggle (お色気)〉 探偵物 《チャーリーズ・エンジェル》 が最終回を迎える。1970年代のTVシリーズ最大のヒット作の1つで、このドラマで人気爆発したのが、最初の1年だけ出演したファラ・フォーセット=メジャース。
◆2017年のこの日の未明、ブライアン・W・オールディスがオックスフォードの自宅で死去。前日、92歳の誕生日を迎えたばかりだった。


8月20日
◆1890年のこの日、H・P・ラヴクラフトがロードアイランド州プロヴィデンスで生まれる。国書刊行会版と創元推理文庫版、いまでは2種類も 「全集」 が出ているが、それ以前は創元推理文庫の 「傑作集」 2冊があっただけで、創土社 『暗黒の秘儀』 はとうに絶版、その創土社から荒俣宏訳 「全集」 全5巻が発刊するも、長い間隔をおいて2冊出たところで中絶と、HPL作品に対する飢餓感がずいぶんとあった。これもいまはむかしの話。
◆1975年のこの日、ロバート・ミッチャムがフィリップ・マーロウを演じた 《さらば愛しき女よ》 が公開される。自分的には、ミッチャムのイメージは 《狩人の夜》 や 《恐怖の岬》 の 「怖いひと」 なのだが。


8月21日
◆1911年のこの日、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画 《モナ・リザ》 がルーヴル美術館から盗まれる。当初、パリ警察が疑いをかけたのは、パブロ・ピカソと詩人ギョーム・アポリネールだったという。2年後フィレンツェで逮捕された犯人は、イタリア人の塗装屋で、動機は絵をイタリアに取り戻すため、という愛国的なもの。盗まれた 《モナ・リザ》 は、彼のトランクの中に古靴や帽子、塗装道具と一緒に詰め込まれていた。
◆同年同日、アメリカの作家、批評家、編集者、翻訳者のアントニー・バウチャー、またの名をH・H・ホームズが、カリフォルニア州オークランドで生まれる (H・H・ホームズの筆名は19世紀の実在の殺人者から採ったもの)。『ゴルゴダの七』 『密室の魔術師』 など、作家としては 〈不可能犯罪派〉 に属するが、それより重要な業績は、1951年から 《ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー》 で担当した探偵小説時評だろう。
◆1912年のこの日、ホームズ・パロディの最高傑作シュロック・ホームズ・シリーズや 『懐かしい殺人』 他の〈 殺人同盟〉 シリーズのロバート・L・フィッシュ、別名ロバート・L・パイクがオハイオ州クリーヴランドで生まれる。短篇の名手でもあり、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)では、ロバート・L・フィッシュ記念賞 (最優秀第一短篇賞) を設けて、その業績を顕彰している。
◆1921年のこの日、『されば愛しきコールガールよ』 に始まるインテリジェンス溢れる爆笑ナンセンス・ハードボイルド、チャンス・パーデュー・シリーズ (田中融二の訳がまた絶品) のロス・H・スペンサーが、オハイオ州ヤングズタウンで生まれる。


8月22日
◆1867年のこの日 (慶応3年7月23日)、幸田露伴が江戸神田で生まれる。「あやしやな」 (1889=明治22) は理化学トリックを用いた日本探偵小説の先駆的作品。娘の幸田文によると、その後も 《新青年》 を愛読するなど、露伴の探偵小説好きは終生変わらなかったらしい。 『黒死館殺人事件』 を評価していたというのは、いかにも衒学趣味の露伴らしい。
◆1920年のこの日、SF・ファンタジー界の巨人レイ・ブラッドベリが、イリノイ州ウォーキーガンで生まれる。少年時代の親友が、のちに 《シンドバット七回目の航海》 などの特撮映画で有名になるストップモーション・アニメーションの巨匠レイ・ハリーハウゼン。二人は映画館に入りびたり、怪奇映画やSF映画に夢中になり、将来の夢を語り合ったという。のちに 「私たち二人の人生はコングによって、大きく薔薇色に変わった」 と回想しているように、なかでも 《キング・コング》 は二人に強烈な印象をあたえた。金属的な叫びで空気を切り裂く古生代の恐竜たちに魅せられたブラッドベリは、やがていくつもの恐竜小説の名作を書き、いっぽう、ハリーハウゼンはこの映画の特撮を手がけたウィリス・オブライエンに師事、《猿人ジョー・ヤング》 を手伝う。そしてブラッドベリの短篇 「霧笛」 を原案とした 《原子怪獣現わる》 (53) で、ハリーハウゼンは北極から甦った恐竜リドサウルスに生命を吹き込むことになる。
◆1927年のこの日、ハリウッド最初の本格的ギャング映画、ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督の 《暗黒街》 が封切られる。脚本ベン・ヘクト、主演ジョージ・バンクロフト。素晴らしい構図に満ちた完成度の高いサイレント映画。


8月23日
◆1904年のこの日、原抱一庵が死去。森田思軒に師事し翻訳家として活躍した原には、W・コリンズ 『月珠』 (明治22)、『白衣婦人』 (明治24)(いずれも未完)などの仕事がある。ドイル 『新陰陽博士』 (明治33) は 「緋色の研究」 の訳。しかし、ある事件によって翻訳家としての面目を失う。マーク・トウェイン 「該撤惨殺事件」 の翻訳に対して山縣五十雄が仕掛けた論争である。当時の英語の大家、山縣は原の誤訳・脱落を逐一指摘し、徹底的に叩いた。自信を失った原は酒に溺れ、奇行が目立つようになり、やがて巣鴨の精神病院で孤独な死を迎える。享年39。
◆1927年のこの日、サッコとヴァンゼッティが処刑される。〈自由の国〉 アメリカの暗黒面を教えてくれる事件。
◆1976年のこの日、柴田宵曲が死去。享年69。膵臓癌のため前年より入退院を繰り返していた。前日、〈日本古書通信〉 のコラムをまとめた 『紙人形』 『煉瓦塔』 の見本が出来、日本古書通信社の八木福次郎が病院に持参したが、このときすでにほとんど意識がなかったという。墓は広尾の祥雲寺にある。法名、清温院泰山宵曲居士。
◆2004年のこの日、《血を吸う人形》 (70)、《血を吸う眼》 (71)、《血を吸う薔薇》 (74) の三部作で、日本映画に西洋的な吸血鬼、ゴシック要素を持ち込み、ジャパニーズ・ホラーに新しい地平を切り拓いた映画監督山本迪夫が、肝臓癌で死去。享年71。
8月24日
◆79年のこの日、ナポリ近郊のヴェスヴィオ火山が突如大噴火を起こし、ふもとの町ポンペイを火山灰で埋め尽くす。18世紀半ばに発掘され、古代ローマへの関心を一気にかきたてたこの町を舞台にしたブルワー=リットンの歴史小説 『ポンペイ最後の日』 (1834) は大ヒットし、後に何度も映画化されたが、探偵小説ファンが思い出すのは、ジョン・ディクスン・カー 『緑のカプセルの謎』 (1939) 冒頭の観光団のシーンかもしれない。カー夫妻は前年9月に地中海地方を旅していて、ポンペイの廃墟を見学に訪れている。このとき夫人のクラリスは、女性であるとの理由で、猥褻な壁画で有名な建物には入れてもらえなかったという。
◆1899年のこの日、ホルヘ・ルイス・ボルヘスがアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれる。彼の探偵小説好きは有名で、盟友ビオイー=カサーレスと共に探偵小説アンソロジーを編んだり、叢書の編集を手がけたり、書評を書いたりしている。初期クイーンのファンで、バークリーやケネディなど英国の皮肉屋たちを好み、セイヤーズは評価していなかったらしい。ビオイ=カサーレスと合作の探偵小説 『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』 もあるが、探偵小説ファンはまずは 「八岐の園」 「死とコンパス」 などを収めた『伝奇集』 をひもとくべきだろう。ウンベルト・エーコ 『薔薇の名前』 に登場する盲目の文書館長ブルゴスのホルヘが、アルゼンチンの国立図書館長だったボルヘスをモデルにしているのもよく知られている。
◆1934年のこの日、経済的逼迫や恋愛問題の悩みから不眠症となり、自殺願望にとりつかれた35歳のボルヘスは、拳銃とエラリイ・クイーン 『エジプト十字架の謎』 を持ってホテルに宿泊。自殺を決意していたが、結局はたせず、拳銃をテーブルに置いて、『エジプト十字架の謎』 を朝まで読んでいたという。(『エル・アレフ』 平凡社ライブラリー、木村榮一氏の解説による)
◆1957年のこの日、『陸橋殺人事件』 『サイロの死体』 のロナルド・A・ノックスが死去。
8月25日
◆1930年のこの日、最も有名なジェイムズ・ボンド役者で、《薔薇の名前》 (86) では探偵役の修道士バスカヴィルのウィリアムを演じ、《アンタッチャブル》 (87) では主人公を助ける警官マローン役でオスカー助演男優賞を受賞したジョーン・コネリーがエジンバラで生まれる。
◆1958年のこの日、『法の悲劇』 『英国風の殺人』 『自殺じゃない!』 のシリル・ヘアーが死去。
◆2006年のこの日、アメリカの脚本家ジョゼフ・ステファノが死去。享年84。ポップ・ミュージックの作曲家として出発し、50年代後半に映画脚本家に転身、ヒッチコックの名作 《サイコ》 (60) の脚本を手がける。その後、友人レスリー・スティーヴンスの誘いでABCのSFドラマ・シリーズ 《アウター・リミッツ》 (1963放送開始) の共同製作・脚本家として迎えられ、この本格的SFアンソロジー・シリーズを大成功に導いた。
8月26日
◆1875年のこの日、『39階段』 (1915) をはじめとする古き良き時代の冒険スパイ小説、リチャード・ハネイ物で人気作家となったジョン・バカンが、スコットランドのブロートングリーンで生まれる。バカンは出版社の共同経営者として、E・C・ベントリー 『トレント最後の事件』 (1913) の出版にも一役買っている。
◆1884年のこの日、チャーリー・チャン・シリーズで一世を風靡したアール・デア・ビガーズが、オハイオ州ウォレンで生まれる。中国系のチャーリー・チャン警部は、ホノルル警察に勤め、穏和で控えめな態度が好感をあたえる名探偵で、なにかと中国の諺や 「論語」 を引用するのがご愛嬌。映画化も大ヒットし、ワーナー・オーランド主演で何作も製作された。大戦間アメリカではヴァン・ダインと並ぶ人気作家だった。
◆1902年のこの日、「可哀相な姉」 の渡辺温が北海道谷好村 (現・北斗市) で生まれる。1歳年上の兄は渡辺啓助。
◆1911年のこの日、『壜の中の手記』 『廃墟の歌声』 のジェラルド・カーシュがロンドン近郊、ミドルセックス州テディントン・オン・テムズで生まれる。2歳のときカーシュは重病にかかり、心臓が停止してしまうが、医師が死亡を宣告し、家族が泣き崩れた瞬間に息を吹き返した、というまことしやかな伝説が残っている。

8月27日
◆1899年のこの日、セシル・スコット・フォレスターがエジプトのカイロで生まれる。海軍提督フォーンブロワー・ シリーズで有名な英国作家だが、アイルズ 『殺意』 への影響も云々される 『終わりなき負債』 (1926) は、金に窮した銀行員が親戚を殺害して裏庭に埋める、という陰惨な雰囲気のクライム・ノヴェル。
◆1908年のこの日、「腹話術師」 「招く不思議な木」 「ばおばぶの森の彼方に」 などの不思議小説で戦後 《新青年》 の人気作家となった三橋一夫が、神戸市で生まれる。その代表的短篇は 『勇士カリガッチ博士』 で。
◆1929年のこの日、『死の接吻』 (1953) で衝撃的デビューを果たし、長い沈黙の後、『ローズマリーの赤ちゃん』 (67) で再びその輝かしい才能を証明した(しかし、さらに長い沈黙を破って発表した 『ローズマリーの息子』 (97) は残念な出来だった) アイラ・レヴィンがニューヨークで生まれる。
◆1947年のこの日、ヘンリー・ハザウェイ監督の名作スリラー 《死の接吻》 が封切られる。仲間に裏切られた前科者ニックの復讐をえがいたこの映画で、リチャード・ウィドマークは酷薄な殺し屋を演じ、これが彼の出世作となった。ちなみに邦題は同じだが、アイラ・レヴィンの 『死の接吻』 は 《A Kiss Before Dying》 で、こちらは 《Death of Kiss》、かなりちがう。
8月28日
◆1814年のこの日、ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュが、アイルランドのダブリンで生まれる。「吸血鬼カーミラ」 「緑茶」 など、怪奇小説の名作で知られる作家だが、ヴィクトリアン・スリラーの大家であり、長篇は犯罪小説と呼んだほうが適切な作品が多い。とくに個性的な 「悪」 の創造が強烈な 『アンクル・サイラス』、故瀬戸川猛資も推奨した錯綜したプロットが魅力的な 『ワイルダーの手』 は、いま読んでも十分面白い作品。もうひとつの長篇代表作で、怪談 「白い手の怪」 の挿話を含む 『墓地に建つ館』 も翻訳されている。ブロンテ姉妹、ジョイスらへの影響も指摘されている。
◆1916年のこの日、SF作家ジャック・ヴァンスがサンフランシスコで生まれる。『終末期の赤い地球』 『大いなる惑星』 〈魔王子〉シリーズなど、どれも面白いので、もうすこし翻訳が進むといいと思う。
◆1946年のこの日、ロバート・シオドマク監督の 《殺人者》 が封切られる。原作はもちろんヘミングウェイの古典的作品。ミステリ・ファンでよもやこの短篇を知らない人はいないはず。もっとも、簡潔きわまる原作を、映画ではかなり自由に発展させている。
◆1957年のこの日の夜、クレイグ・ライスが自宅の階段の下で倒れているところを発見される。病院に運ばれたが意識を取り戻すことなく死去。その死はさまざまな憶測を呼び、自殺説まで流れたが、ライスはアルコール中毒による健康上の問題を抱えていて、そこから生じた事故だった可能性が高い。死の2週間後、最後の長篇 『マローン御難』 が出版され、遺された未完の長篇原稿は、翌年、エド・マクベインが補筆して 『エイプリル・ロビン殺人事件』 として刊行されることになる。ライスの波乱に満ちた生涯については、ジェフリー・マークスの評伝 《Who That Lady?》 で。
8月29日
◆1967年のこの日、妻殺しの罪で死刑判決を受けたチャード・キンブル医師が護送中に脱走、全米を逃げまわりながら、冤罪を証明しようとするABCの人気TVドラマ 『逃亡者』 が最終回を迎える。彼を追うジェラード捜査官の執念がとにかく半端じゃないので、こいつが真犯人なんじゃないかと疑った人も多いという。のちに映画化され、日本でもTVドラマになった。
◆2004年のこの日、種村季弘が胃癌のため静岡県内の病院で死去。享年71。『ナンセンス詩人の肖像』 『吸血鬼幻想』 『贋作者列伝』 『壺中天奇聞』 『謎のカスパール・ハウザー』 などの著書、『迷宮としての世界』 『文学におけるマニエリスム』 『アベラシオン』 をはじめとする訳書、さらに 『ドラキュラ ドラキュラ』 『現代ドイツ幻想小説』 『ドイツ怪談集』 などのアンソロジーと、膨大な仕事を残している。
8月30日
◆1797年のこの日、『フランケンシュタイン』 の作者メアリー・シェリーがロンドンで生まれる。父親は急進的自由主義者で迫真のスリラー 『ケイレブ・ウィリアムズ』 の作者でもあるウィリアム・ゴドウィン、母親は女権論者の先駆メアリー・ウルストンクラフトという凄い一家。妻子ある詩人シェリーと駆け落ちして、スイスに逃れたメアリーは、そこでバイロン、その侍医ポリドリらと共に一夏をすごす。このときの怪談の宴から生まれたのが、ポリドリの 「吸血鬼」 と 『フランケンシュタイン』 である。この作品も、誰もが知っていながら意外に読まれていない古典のひとつだが、映画でしかフランケンシュタインの怪物を知らない人は、是非一度原作を読んでみてほしい。この名前のない怪物は、口が利けないどころかミルトンの 『失楽園』 や 『プルターク英雄伝』 を読んで、人間性について思索し、自らの運命を呪う、驚くべき知性の持ち主なのだ。
◆1943年のこの日、『イシュタルの船』 『ムーン・プール』 などのファンタジー作家エイブラム・メリットが死去。未完のまま遺された作品 《The Fox Woman》 《Black Wheel》 は 《ウィアード・テイルズ》 等で活躍したイラストレイター・作家のハネス・ボクが補筆、完成させた。《The Fox Woman》 には半村良が書き継いだヴァージョン 『フォックス・ウーマン』 (講談社) もあるが、これもまた未完結。
8月31日
◆12年のこの日、のちに第三代ローマ皇帝となり暴虐の限りをつくし、ついに暗殺されるカリグラことガイウス・ユリウス・カエサル・ゲルマニクスが生まれる。ジョン・ディクスン・カーの初期作 『毒のたわむれ』 で、右腕の欠けたカリグラ像が重要な役割を果たしているのを、カー・ファンならご記憶だろう。
◆1888年のこの日、切り裂きジャックが最初の殺人を犯す。犠牲者はロンドンの貧民街ホワイトチャペルの売春婦メアリー・アン・ニコルズ。死体は、喉を2箇所、下腹部から胸にかけて2箇所を、鋭利な刃物で切り裂かれていた。
◆1893年のこの日、西田政治が神戸市で生まれる。早世した弟の親友だった横溝正史と親交を深め、のちに翻訳家・批評家として活躍。関西探偵文壇の中心的存在となった。秋野菊作の筆名で 《ぷろふいる》 などに時評を連載、歯に衣着せぬ鋭い筆致で評判を呼んだ。ポケミスで翻訳を担当したJ・D・カー 『火刑法廷』 のエピローグを、よくわからないから削ってしまいたい、と言い出して、当時早川書房の編集者だった都筑道夫をあわてさせた逸話がある。
◆1946年のこの日、ハワード・ホークス監督の 《三つ数えろ》 が封切られる。原作はレイモンド・チャンドラー 『大いなる眠り』。《マルタの鷹》 でサム・スペードを演じたハンフリー・ボガートが、今回はフィリップ・マーロウ役をつとめている。ちょっと原作とはイメージが違うかもしれないが、ホークスのスピード感あふれる演出と、ボガートのタフガイぶりは、私立探偵映画のスタイルを確立したと云ってもいいだろう。大富豪の娘役のローレン・バコールが、ここでも強烈な魅力をふりまいている(1944年の 《脱出》 で出会ったボガートとバコールは、この映画撮影終了後に結婚しているが、ホークスも彼女にはご執心だったらしい)。なお、脚本にはウィリアム・フォークナーが参加している。

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