―今日は何の日―
【7月】

7月1日
◆1892年のこの日、ジェイムズ・M・ケインがアナポリスで生まれる。代表作 『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』 (1934) は、カミュ 『異邦人』 への影響も指摘されている。
◆1904年のこの日、《ゴジラ》 の原作者として有名な香山滋が東京に生まれる。〈宝石〉 の第1回短篇懸賞に 「オラン・ペンデクの復讐」 が入選 (発表1947)、第2作 「海鰻荘奇談」(47)で第1回探偵作家クラブ新人賞を受賞。さまざまの怪奇な生物が登場する作品で、たちまち流行作家となった。
◆1952年のこの日、『視聴率の殺人』(1978) でMWA新人賞、『ホッグ連続殺人』 (79) でMWAペイパーバック賞を受賞したウィリアム・デアンドリアが、ニューヨーク州ポートチェスターで生まれる。評論家としても活躍、《Encyclopedia Mysteriosa》 (94) でMWA評論賞も獲得している。
◆1954年のこの日、フリッツ・ラング夫人で、《死滅の谷》 《ドクトル・マブゼ》 《メトロポリス》 《月世界の女》 など、ラング映画の脚本を担当した作家テア・フォン・ハルボウが死去。1933年、ナチスが政権を握ると、ユダヤ系のラングはドイツを離れたが、熱烈なナチス支持者だった彼女は国に残り、これが二人の別れとなった。1954年の6月、ハルボウは 《死滅の谷》 リヴァイヴァル上映のゲストとしてベルリンの映画館に赴き、劇場を出るさいに足を滑らせて転倒。この事故がもとで数日後の7月1日に亡くなった。


7月2日
◆1864年のこの日、ウィリアム・ル・キューがロンドンで生まれる。新聞記者、特派員、旅行作家、領事として活躍、英国情報部勤務の経験もあるという。1890年代から1910年代にかけて夥しい国際謀略・スパイ小説を執筆、緊迫する国際情勢への関心にも呼応して、大流行作家となった。
◆1931年のこの日、無差別に老若男女を襲撃、9人を殺害し、「デュッセルドルフの怪物」 「吸血鬼」 と怖れられたペーター・キュルテンがギロチンで処刑される。切り裂きジャック事件にも比せられるこの猟奇事件は、フリッツ・ラングの映画 《M》 (31) の題材になった。
◆1945年のこの日、1943年に応召、北満からフィリピンへ転戦していた探偵作家、大阪圭吉が、ルソン島で病死。
◆1958年のこの日、『悪魔と警視庁』 『ジョン・ブラウンの死体』 のE・C・R・ロラックが死去。E. C. R. Lorac の筆名は本名 Edith Caroline Rivet から頭文字 E. C. R. を採り、Caroline=Carol をひっくり返して Lorac としたもの。ロラックが女性作家であることは、生前公表されることはなかった。

7月3日
◆1908年のこの日、トーマ・ナルスジャックがロシュフォール・シュル・メールで生まれる。評論家としても優れた仕事を残したナルスジャックの出発点は、シムノンのメグレ物のパスティーシュで、のちにルブラン、ヴァン・ダイン、クイーン、クリスティー、ドイルなどの贋作も手がけ、その一部は 『贋作展覧会』 (ハヤカワ・ミステリ) に収められている。クイーン、クリスティー、フリーマン、カーらを俎上にのせた 『読ませる機械』 は示唆に富む評論。
◆1932年のこの日、イラストレイター、真鍋博が愛媛県宇摩郡別子山村に生まれる。星新一本の装画・挿絵は有名だが、クイーンの国名シリーズなど、初期創元推理文庫のデザインもミステリ・ファンにはお馴染み。
7月4日
◆1804年のこの日、『緋文字』 『トワイス・トールド・テイルズ』 のナサニエル・ホーソーンがマサチュー セッツ州セーラムで生まれる。ニューイングランド屈指の名門の出身で、先祖のジョン・ホーソーンは17世紀に起きたセーラムの魔女事件裁判の判事の一人だった。
◆1870年のこの日、ジョン・イヴリン・ソーダイクが生まれる。推定でしかないホームズの誕生日と違って、作者フリーマン自身がそう書いているので間違いない。
◆1900年のこの日、『パリの狼男』 (1933) のガイ・エンドアがニューヨークのブルックリンで生まれる。デュマやサドの伝記作者、映画脚本家として知られるが、エーヴェルス 『アルラウネ』 の英訳も出掛けている。
◆1971年のこの日、怪奇小説、地方小説、ホームズ・パスティーシュなど多くの小説を執筆し、怪奇小説専門出版社アーカム・ハウスを創設したオーガスト・ダーレスが死去。
◆2008年のこの日、『歌の翼に』 『アジアの岸辺』 のトマス・M・ディッシュが、ニューヨークの自宅アパートメントで自殺。享年68。
◆同年同日、オランダ出身のミステリ作家ヤンウィレム・ヴァン・デ・ウェテリンクが死去。享年77。オランダのロッテルダムに生まれたヴァン・デ・ウェテリンクは、南アフリカ、日本、イギリス、南アメリカ、オーストラリアなどを転々としたあとアメリカに移住、『アムステルダムの異邦人』 (75) を発表する。この第一作に登場したアムステルダム警察のフライプストラ警部補&デ・ヒール巡査部長はシリーズ化され、10冊以上の長篇が書かれた。『オカルト趣味の娼婦』 『大道商人の死』 などの邦訳がある。禅の研究家でもあり (京都の禅寺で修行したらしい)、日本を舞台にしたサイトウ警視の短篇シリーズもある。
7月5日
◆1893年のこの日、アントニイ・バークリー・コックスがハートフォードシャー州ワトフォードで生まれる。父親は医師、母親は地方の名家の出身だった。地方医師は 『ウィッチフォード毒殺事件』 『ジャンピング・ジェニイ』、アイルズ名義の 『殺意』 『被告の女性に関しては』 などで重要な役を演じ、また探偵ロジャー・シェリンガムの父親も医師という設定である。母親シビルは女性として最も早い時期にオックスフォードで学んだ一人 (ハリエット・ヴェインの先輩か) で、小説を発表したこともあるという。
7月6日
◆1893年のこの日、ギ・ド・モーパッサンが死去。『脂肪の塊』 『女の一生』 などの作品で注目され、流行作家となったモーパッサンは、過酷な執筆活動の傍ら遊蕩生活に耽り、その結果、神経疾患を発病、不眠症、眼病、偏頭痛、眩暈などの症状に陥る。苦痛を紛らすため阿片に手を伸ばすが、これも病気を悪化させ、リアリズムの作家は次第に狂気と非現実の世界へ向かい、「オルラ」 「手」 「誰ぞ知る」 などの怪奇幻想短篇を数多く執筆するに至る。亡くなる年の1月には精神病院に収容され、この日、激しい発作の中、息を引き取っている。
◆1899年のこの日、〈もし私が知っていたら〉 派の重要作家ミニオン・エバハートが、ネブラスカ州ユニヴァーシティ・プレイスで生まれる。
◆1929年のこの日、都筑道夫が東京市小石川区関口水道町に生まれる。『推理作家の出来るまで』 (フリースタイル) は、創作・評論・翻訳・編集にマルチな才能を発揮した作家の自伝的エッセー。
◆1962年のこの日、ウィリアム・フォークナーが死去。探偵小説集 『駒さばき』 もあるが、『サンクチュアリ』 『八月の光』 などの過激な性と暴力描写が犯罪小説ジャンルにあたえた影響ははかりしれない。ジェイムズ・ハドリー・チェイス 『ミス・ブランディッシの蘭』 はその最も有名な例。
◆2005年のこの日、エド・マクベイン (エヴァン・ハンター/カート・キャノン) がコネティカット州ウェストンの自宅で喉頭癌のため死去。享年78。
7月7日
◆1930年のこの日、サー・アーサー・コナン・ドイルが死去。その訃報は世界中をかけめぐり、日本の新聞も、「探偵小説の鼻祖コナン・ドイル死去す」(報知新聞)、「コナン・ドイル氏逝く――大衆に親しまれた探偵小説家 七十二歳の老齢で」(東京日日新聞) 等、写真入りで大きく報じ、江戸川乱歩、甲賀三郎らの談話を掲載した。7月15日夜、乱歩はラジオの 「趣味講座」 でドイルについて30分の講演をおこなっている。ちなみに、のちに大部なドイルの評伝を書き上げたジョン・ディクスン・カーは、この年の2月に 『夜歩く』 でデビューしている。
◆1972年のこの日、『パラドクシア・エピデミカ』 のロザリー・L・コリーが、コネチカット州オールド・ライムの自宅近くの川で、カヌーの転覆事故のため溺死。
7月8日
◆1859年のこの日、19世紀最大のセールスを記録した探偵小説 『二輪馬車の秘密』(1886) の作者ファーガス・ヒュームが生まれる。近年、横溝正史の戦前訳が 『横溝正史翻訳コレクション』 (扶桑社文庫) に再録された。新潮文庫版の訳者は江藤淳。
◆1911年のこの日、黒人探偵ヴァージル・ティッブスの作者ジョン・ボールがニューヨーク州シェネクタディで生まれる。代表作 『夜の熱気の中で』 (65) は67年に映画化され (邦題 《夜の大捜査線》)、アカデミー賞5部門を獲得した。
7月9日
◆1764年のこの日、ゴシック・ロマンスの女王、アン・ラドクリフ (旧姓アン・ウォード) がロンドンで生まれる。『ユドルフォの秘密』 (1794)、『イタリアの惨劇』 (1797) などの作品は、サスペンス小説の源流としても重要な位置を占める。夫ウィリアム・ラドクリフは 〈イングリッシュ・クロニクル〉 の編集に携わったジャーナリスト。忙しい夫の帰りを待つ時間を埋めるため書き始めた作品がベストセラーとなり、流行作家となったあとも、彼女は家庭にこもりつづけ、一切社交界へは顔を出さなかったという。
◆1775年のこの日、〈恐怖派〉 ゴシックの雄、マシュー・グレゴリー・ルイスがロンドンで生まれる。背徳と恐怖に満ちた 『修道僧(マンク)』 (1796) は、ラドクリフ夫人の抑制のきいたサスペンスとは一線を画した暗黒小説の系譜を生み出した。
◆1911年のこの日、〈ゴーメンガースト〉 三部作のマーヴィン・ピークが中国江西省で生まれる。父親は宣教師だった。
◆1945年のこの日、ディーン・R・クーンツがペンシルヴェニア州エヴァレットで生まれる。
◆1981年のこの日、『死を呼ぶペルシュロン』 『悪魔に食われろ青尾蠅』 のジョン・フランクリン・バーディンが死去。
7月10日
◆1875年のこの日、『トレント最後の事件』 (1913) のE・C・ベントリーがロンドンで生まれる。彼の発明になる四行の人物諷刺詩は、そのミドルネームを採ってクレリヒューと呼ばれている。
◆1965年のこの日、ピューリツァー賞作家で、『カリブ諸島の手がかり』 『ポジオリ教授の冒険』 『ポジオリ教授の事件簿』 の作者T・S・ストリブリングが死去。
7月11日
◆1983年のこの日、ロス・マクドナルドが死去。晩年、アルツハイマー症を発病し,長い闘病生活を送っていた。『ブルー・ハンマー』 (1976) が最後の長篇となった。ちなみに同年刊行のマーガレット・ミラー (ロス・マクドナルド夫人) 『明日訪ねて来るがいい』 には、不治の病に冒された夫を介護する女性が登場する。
7月12日
◆1933年のこの日、犯罪小説の巨匠ドナルド・E・ウェストレイク、別名リチャード・スターク、タッカー・コウがブルックリンで生まれる。
◆1914年のこの日、日本橋区東中通り (京橋辺の由)、美術店松井画博堂で怪談会が催される。参加者は泉鏡花、岡本綺堂、谷崎潤一郎、吉井勇、長谷川時雨、市川左團次、市川猿之助、松本幸四郎、喜多村緑郎、黒田清輝ほか、60余名。午後7時開会、文壇の名物男、坂本紅蓮洞を皮切りにそれぞれ怪談話を披露したが、夜も更け、居残る人も少なくなってきた頃、飛び入りの参加者が、横死を遂げた幕末の志士、田中河内介の最期を話したい、と言い出した。話せばよくないことがあるというので、今まで誰にも話したことはなかったが、この話を知っているのは今では自分ひとりになってしまったので、という男の話はしかし、肝心のところになると、いつのまにか元に戻ってしまい、一向にすすまない。そうこうするうちに男は突然その場に倒れ伏し、その夜のうちに (翌日とも、数日後とも) 息を引き取ってしまう。結局、男は田中河内介の最期を語ることはなかった。この怪談会の最中に勃発した怪談については、出席者の長田幹彦、鈴木鼓村、喜多村緑郎が書き残しており、戦後、徳川夢声、池田彌三郎 (父親が怪談会に参加していた) が紹介して、有名になった。その場に立ち会った人間が何人もいたにもかかわらず、男の年齢や素姓、死亡時、話の細部など、さまざまな異説があるのも興味深い。

7月13日
◆1527年のこの日、エリザベス1世に仕えた魔術師・錬金術師・占星術師ジョン・ディーがロンドンに生まれる。

7月14日
◆1789年のこの日、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃、フランス革命が勃発する。当時の収監者にサド侯爵がいたが、彼が長い獄中生活で書きためた原稿の多くは、革命の混乱の中で散逸してしまった。そのなかには 『ソドム百二十日』 の一部も含まれる。
◆1915年のこの日、ソーンダイク博士物の日本初紹介 「呉田博士」 やルパン物 『古城の秘密』 (『813』 の訳) で知られる翻訳家、三津木春影が死去。
◆1985年のこの日、『迷宮としての世界』 『文学におけるマニエリスム』 のグスタフ・ルネ・ホッケが死去。
7月15日
◆1904年のこの日、『狩場の悲劇』 や 「安全マッチ」 で探偵小説への関心も示したロシアの文豪アントン・チェーホフが死去。『狩場の悲劇』 (1884) を読むと、1880年代のロシアではすでに、翻訳、国産あわせて探偵小説が多数出版されていたことがわかる。作中の新聞社編集長はこう語っている。「問題は、われわれの方の気の毒な読者が、とうの昔にガボリオや、シクリャレフスキイ[ロシアの探偵作家]などに飽きあきしちまっているという点なんです。探偵の奸計とか、訊問にあたる予審判事たちの並はずれた洞察力などに、読者はうんざりしちまってるんです」
◆1913年のこの日、『孤独なスキーヤー』 『キャンベル渓谷の激闘』 『メリー・ディア号の遭難』 などの冒険小説作家ハモンド・イネスが、サセックス州ホーシャムで生まれる。
7月16日
◆1900年のこの日、1945年にガリマール書店から発刊されたセリ・ノワール叢書の編集にあたったマルセル・デュアメルがパリで生まれる。初期のラインナップはピーター・チェイニイ、ハドリー・チェイス、ホレス・マッコイ、レイモンド・チャンドラー、ジェイムズ・ケインなど、英米作品の翻訳で (翻訳者にはボリス・ヴィアンもいた)、フランス作家が初めてこの叢書に登場したのは創刊3年目の1948年だった。
◆1907年のこの日、ビリー・ワイルダーのフィルム・ノワールの古典 《深夜の告白》 で魅力的な悪女(ファム・ファタール)を演じたバーバラ・スタンウィックが、ブルックリンで生まれる。《私は殺される》 では偶然、殺人計画を知ってしまった病弱な人妻を演じてアカデミー賞にノミネートされ、《教授と美女》 《レディ・イヴ》 などのスクリューボール・コメディではコメディエンヌとしての才能を発揮と、幅広い役柄を演じる女優として評価を集めた。
◆1913年のこの日、氷川瓏が東京で生まれる。「乳母車」 「白い外套の女」 「睡蓮夫人」 などの幻想的な短篇を発表、乱歩作品の少年向けリライトなども手がけた。代表作は 『氷川瓏集』 (ちくま文庫) で読める。ミステリ評論家・アンソロジストの渡辺剣次は実弟、ファンタジー作家ひかわ玲子は姪にあたる。
◆1954年のこの日、株式会社東京創元社が創立。
◆1960年のこの日、日本人スパイ、ミスター・モト・シリーズの作者J・P・マーカンドが死去。
7月17日
◆1889年のこの日、アール・スタンリー・ガードナーがマサチューセッツ州モールデンで生まれる。17歳の頃から法律事務所でアルバイトを始め、22歳で弁護士資格を取得、法曹界で働きながら収入を補うためパルプマガジンに小説を書きだす。やがて 『ビロードの爪』 (33) に始まる弁護士ペリー・メイスン・シリーズが人気爆発、ベストセラー作家の仲間入りをする。ミステリ作家ドロシイ・B・ヒューズによる 評伝 『E・S・ガードナー伝―ペリイ・メイスン自身の事件』 (早川書房) がある。
◆1912年のこの日、近年、代表作 『捕虜収容所の死』 『スモールボーン氏は不在』 が紹介されてあらためて注目を集めたマイクル・ギルバートが、リンカンシャー州ビリングヘイで生まれる。本業は事務弁護士で、レイモンド・チャンドラーの顧問弁護士をつとめ、遺言状の作成にあたったことはよく知られている。7月17日は英米の二大弁護士出身作家が生まれた日ということになる。
◆1980年のこの日、SF挿絵界の先駆者・武部本一郎が死去。享年66。
◆2006年のこの日、『裁くのは俺だ』(1947) 以下の私立探偵マイク・ハマー・シリーズで大ヒットを記録したミッキー・スピレインが、サウスカロライナ州の自宅で死去。享年88。1996年に発表した最後のハマー物 《Black Alley》 が遺作となった。晩年は癌のため長く病床にあったらしい。
7月18日
◆1811年のこの日、『虚栄の市』 『バリー・リンドン』 のウィリアム・メイクピース・サッカレーが、インドのカルカッタで生まれる。
◆1925年のこの日、アドルフ・ヒトラー 『我が闘争』 上巻が刊行される。
◆1969年のこの日、『毒薬の小壜』 『疑われざる者』 などのサスペンスの名手シャーロット・アームストロングが死去。
7月19日
◆1817年のこの日、ジェイン・オースティンが死去。1818年に死後出版された 『ノーサンガー・アベイ』 (但し、原型が書かれたのは1798‐99年。1803年に出版社に10ポンドで売れたが、結局出版されることなく、原稿を取り戻している) は、ラドクリフ夫人らのゴシック小説が当時の女性読者にどのように読まれていたかを、パロディのかたちで教えてくれる。
◆1901年のこの日、『U路線の定期乗客』 『ブロの二重の死』 のクロード・アヴリーヌがパリで生まれる。アナトール・フランスに師事した文学者で、「今際の際の言葉」 を集めた 『人間最後の言葉』 もある。

7月20日
◆1938年のこの日、英国の女優ダイアナ・リグがヨークシャー州ドンカスターで生まれる。1960年代のTVシリーズ 《アヴェンジャーズ(邦題 「おしゃれ(秘)探偵」)》 で、空手の名人で美貌の女エージェント、エマ・ピールを演じて人気を博した。 映画 《女王陛下の007》 ではジェイムズ・ボンドと結婚する (が、すぐにスペクターに殺されてしまう) 美女トレーシー役を演じ、クリスティー原作 《地中海殺人事件》、ジャック・ロンドン原作 《世界殺人公社》 にも出演している。ヴィンセント・プライスのあとを継いで、アメリカPBSのTVシリーズ 《ミステリー!》 のホスト役も務めた。また、英国BBC製作のTVシリーズ 《ブラッドリー夫人の推理》 (1998-2000) では、グラディス・ミッチェルの名探偵ミセス・ブラッドリーを演じている。
◆1969年のこの日、20時17分、アメリカの有人宇宙船アポロ11号が月面に着陸。人類が初めて月に降り立った (降り立たなかった、というトンデモ説も)。アームストロング船長が着陸船を出て、月面に 「偉大な一歩」 を記したのは翌21日2時56分(日本時間11時56分)。
◆2003年のこの日、『バターより銃』 『雨の国の王者』など、アムステルダム警察のファン・デル・ファルク警部を主人公としたシリーズで高い評価を得たイギリス作家ニコラス・フリーリングがフランスで死去。享年76。
7月21日
◆1865年のこの日、安楽椅子探偵の草分け 『プリンス・ザレスキー』 (1895) の作者M・P・シールが英領西インド諸島のモントセラット島で生まれる。父親はアイルランド出身の商人で、モントセラット近海の小さな岩島レドンダ島の領有を宣言、息子をレドンダ国王とした。シールは終末SF 『紫の雲』 や黄禍小説の元祖 『黄色の危機』、怪奇小説 「ゼリュシャ」 「音のする家」 など、多彩な作品を残したが、その晦渋な文体は翻訳者泣かせで、『プリンス・ザレスキーの事件簿』 の訳者中村能三は、「シール氏の文章には手応えどころか、ついには嘔吐と憎悪と、時としては敵意すら覚えることがあった」 と異例のあとがきを記している。ちなみに中村は同訳書刊行の2ヶ月後に亡くなっている。
◆1929年のこの日、最初のフー・マンチュー映画 《The Insidious Dr. Fu Manchu》 が公開。世界征服を企む中国人天才科学者フー・マンチューを演じたワーナー・オーランドは、のちに中国系ハワイ人のチャーリー・チャン警部役でも大ヒットを飛ばした。
◆1947年のこの日、小説家・新聞記者の菊池幽芳が死去。幼き日の乱歩を魅了した 『秘中の秘』 (1902-03) の他、コリンズやハガードの翻案を手がけた。しかし、その本領は家庭小説にあった。『秘中の秘』 は現在 『菊池幽芳探偵小説選』(論創社)で読める。
◆1967年のこの日、『バスカヴィル家の犬』(1939) 他のシャーロック・ホームズ役で有名な俳優バジル・ラスボーンが死去。
◆1975年のこの日、戦前には珍しい堅牢なプロットを誇る本格長篇 『船富家の惨劇』 『瀬戸内海の惨劇』 を残した蒼井雄が死去。
7月22日
◆1965年のこの日、倒叙ミステリの傑作 《迷宮課》 シリーズで知られるロイ・ヴィカーズが死去。同シリーズが有名になったのは、エラリイ・クイーンが 《EQMM》 に再録し、短篇集 『迷宮課事件簿』 (47) にまとめられた1940年代以降だが、そのキャリアは古く、1910年代から作家活動を展開し、1924年には女怪盗の活躍を描く 『フィデリティ・ダヴの大仕事』、1935年には迷宮課物の第1作 「ゴムのラッパ」 を発表している。
◆2005年のこの日、漫画家・江戸風俗研究家・エッセイストの杉浦日向子が死去。享年46。江戸怪談随筆の漫画による見事な再話集である 『百物語』 をはじめ、北斎父娘とその周辺を描いた 『百日紅』 などにも怪異幻想譚が含まれている。
7月23日
◆1888年のこの日、『長いお別れ』 『さらば愛しき女よ』 他のフィリップ・マーロウ物で、いまも絶大な人気を誇るレイモンド・チャンドラーがシカゴで生まれる。デビューが遅かったため (第一長篇 『大いなる眠り』 が1939年)、意外に思えるかもしれないが、ヴァン・ダイン (1887生) とほぼ同年輩、ハメットよりもクイーンよりもカーよりも年上である。
◆1910年のこの日、スコットランド・ヤードのデュー警部が、大西洋横断船モントローズ号船上で、夫人毒殺の容疑で手配中のクリッペン医師を逮捕。
7月24日
◆1878年のこの日、『ぺガーナの神々』 のロード・ダンセイニがロンドンで生まれる (ミステリ・ファンには短篇 「二壜の調味料」 の作者といったほうが通りがよいか)。創作神話、幻想小説、ヒロイック・ファンタジー、ユーモア小説、探偵小説、冒険小説、戯曲など、多彩な文筆活動を展開した偉才。荒俣宏がその最初期に、ダンセイニをもじった団精二という筆名を用いていたのはよく知られている。近年、河出文庫でダンセイニのファンタジー短篇集が続々邦訳され、ミステリ短篇集 『二壜の調味料』 (ハヤカワ・ミステリ) も出た。
◆1886年のこの日、谷崎潤一郎が東京で生まれる。プロバビリティの犯罪を扱った 「途上」 をはじめ、探偵・犯罪・怪奇幻想分野の作品も多い。ちなみに1930年に谷崎宅へ原稿依頼に行った帰途、西宮市内で踏切事故に遭い、〈新青年〉 編集者だった渡辺温が亡くなっている。同乗していた長谷川修二 (翻訳者) は無事だった。温の死を悼んだ谷崎が 〈新青年〉 に連載したのが、戦国時代に材をとった伝奇ロマン 『武州公秘話』 である。
◆1905年のこの日、探偵小説史 『娯楽としての殺人』 (1941) を著し、ミステリ界に多大な影響をあたえた批評家ハワード・ヘイクラフトがミネソタ州マデリアで生まれる。本業はおもに図書館向けのレファレンスを出版していたH・W・ウィルスン社の編集者で、1940年に副社長、1953年には社長に就任している。S・J・クーニッツと共編の 『20世紀著述家事典』 (1942) はその代表的な仕事で、この本のために集めた探偵作家の経歴・書誌情報が、『娯楽としての殺人』 にも活用されている。
◆1916年のこの日、トラヴィス・マッギー・シリーズのジョン・D・マクドナルドが、ペンシルヴェニア州シャロンで生まれる。
◆1927年のこの日、芥川龍之介が田端の自宅で服毒自殺。大正時代の文壇には探偵小説的作品の流行がみられ、「開化の殺人」 「藪の中」 などを発表した芥川や、谷崎潤一郎、佐藤春夫はその筆頭だが、他に木下杢太郎、宇野浩二、長谷川如是閑、久米正雄、正宗白鳥なども、探偵・犯罪小説の範疇に入る作を手がけている。
7月25日
◆1841年のこの日、ニューヨークで美人と評判の煙草屋の売り子メアリー・セシリア・ロジャーズが失踪を遂げる。3日後、彼女の絞殺死体がハドスン川に浮かび、大騒ぎとなるが、結局、事件は迷宮入りする。エドガー・アラン・ポーがパリに舞台を移してこの事件を再構成し、論理的推理によって真相解明を試みたのが 「マリー・ロジェの謎」(1843)。さらに、このポーの推理をあらためて検証してみせたのが、ジョン・ウォルシュ 『名探偵ポオ氏―― 「マリー・ロジェの秘密」 をめぐって』 (草思社) である。
◆1896年のこの日、歴史推理の名作 『時の娘』 や、18世紀のエリザベス・キャニング失踪事件を下敷きにした 『フランチャイズ事件』 で知られるジョゼフィン・テイが、スコットランドのインヴァネスで生まれる。

7月26日
◆1825年(文政8年)のこの日(旧暦)、四世鶴屋南北 『東海道四谷怪談』 が江戸・中村座で初演される。これにちなんで7月26日は 「幽霊の日」 とされている。(が、旧暦の文政8年7月26日は新暦では9月8日にあたる)
◆1894年のこの日、『すばらしき新世界』 『恋愛対位法』 のオルダス・ハックスリーがイングランド南部のゴダルミングで生まれる。女性の不可解さを描いた短篇 「ジョコンダの微笑」 はアンソロジー・ピース。
◆1897年のこの日、ポール・ギャリコがニューヨークで生まれる。『ポセイドン・アドベンチャー』 『ジェニイ』 『スノーグース』 『幽霊が多すぎる』 『マチルダ』『 七つの人形の恋物語』 『ハイラム氏の大冒険』 ――とまさに万能作家。
◆1906年のこの日、ヴォードヴィルや映画で活躍したコメディエンヌ、グレイシー・アレンがサンフランシスコで生まれる。『グレイシー・アレン殺人事件』 (1938) は、晩年、創作力が落ち、人気も下降していたヴァン・ダインが映画会社の企画に乗って執筆した作品。翌39年にパラマウントで映画化され、グレイシー・アレンが本人役で出演している。
◆1928年のこの日、スタンリー・キューブリックがニューヨークで生まれる。ジム・トンプスンが脚本に参加した初期作 《現金に身体を張れ》 (56) は新感覚の犯罪映画の傑作。しかし、試写を見た主演スターリング・ヘイドンのエージェントはこう言ったという。「この映画はぐちゃぐちゃだ。時間が行ったり来たりするのはなぜだ。君たちには失望した」。この斬新な構成が後年タランティーノらに多大な影響をあたえることになるのは、いまでは知られすぎたエピソード。その後も、《博士の異常な愛情》 《2001年宇宙の旅》 《時計じかけのオレンジ》 《シャイニング》 と、犯罪・SF・ホラー映画史に残る名作を幾つも撮っている。
◆2004年のこの日、作家・劇作家・ミュージシャンの中島らもが、脳挫傷による外傷性脳内血腫のため、神戸市内の病院で死去。享年52。16日未明に階段から転落、治療を続けていた。圧倒的な迫力でジャパニーズ・モダンホラーの夜明けを告げた大作 『ガダラの豚』 (93)、「幽霊の書いた小説」 をネタにしたコンゲーム小説 『永遠も半ばを過ぎて』 (94) など、インテリジェンス溢れるエンターテインメントの作者だった。
7月27日
◆1929年のこの日、冒険小説の名作 『鷲は舞い降りた』 のジャック・ヒギンズが、イングランド北部のニューカッスルで生まれる。
◆1983年のこの日、『ソルトマーシュの殺人』 『月が昇るとき』 のグラディス・ミッチェルが死去。
7月28日
◆1902年のこの日、著名な詩人で、『大時計』 『孤独な娘』 の作者ケネス・フィアリングが、イリノイ州オーク・パークで生まれる。未訳の 『心の短剣』 (41) はレイモンド・チャンドラーのお気に入りでもあった。代表作 『大時計』 (46) では、愛人を殺してしまった出版社の編集長が目撃者をさがすために部下のひとりにひそかに調査を命じる。ところがその男こそ、当の目撃者だったことからサスペンスが生じてくる。この作品は2度映画化されていて、最初の映画化 《大時計》 (48) はレイ・ミランドとチャールズ・ロートン、リメイクの 《追いつめられて》 (87) はケヴィン・コスナーとジーン・ハックマンが主演。
◆1965年のこの日、江戸川乱歩が死去。巨星墜つの報が探偵小説界を駆けめぐる。
◆2001年のこの日、山田風太郎が死去。探偵小説、忍法帖、明治物、室町物など、その膨大な作品群は戦後日本文学に聳え立つ大山脈である。司馬遼太郎が 「公」 の視点から歴史をとらえた国民的作家なら、山田風太郎はあくまで 「私」 の視線で 「公」 の恐ろしさ、いかがわしさを語り続けた作家ではなかったか。
7月29日
◆1892年のこの日、最も有名なファイロ・ヴァンス役者で、ダシール・ハメット原作の 《影なき男》 シリーズのニック・チャールズ役で人気を博した俳優ウィリアム・パウエルがピッツバーグで生まれる。
◆1909年のこの日、チェスター・ハイムズがミシシッピ州ジェファスン・シティで生まれる。強盗罪で7年間の収監中、ハメットを読みふけったハイムズは、出所後、小説を書き始める。こうして誕生した黒人刑事墓掘りエドと棺桶ジョーンズのシリーズは、暴力とスラングに満ちたアメリカ産犯罪小説にままあるように、本国よりもむしろフランスで高く評価された。
◆1974年のこの日、エーリヒ・ケストナーが死去。『エーミールと探偵たち』 は少年探偵物の名作だが、『消え失せた密画』 『雪の中の三人男』 『一杯の珈琲から』 といった佳品も忘れがたい。
7月30日
◆1947年のこの日、幸田露伴が死去。その追悼講演で谷崎潤一郎は、「露伴が世に知られるには百年を要する」 と言ったという。
◆1965年のこの日、その谷崎潤一郎が湯河原で死去。
7月31日
◆1904年のこの日、マイクル・シェイン・シリーズで有名なハードボイルド作家ブレット・ハリデイがシカゴで生まれる。MWAの創立メンバーでもある。ハリデイは三度結婚しているが、その最初の夫人が 『家蠅とカナリア』 『歌うダイアモンド』 のヘレン・マクロイ。共同で出版社を設立したり、アンソロジーを編んだりと、ミステリ界のおしどり夫婦として知られていたが、15年の結婚生活ののち離婚した。
◆1977年のこの日、ブルックリンの海岸近くに停められた車の中で、ロバート・ヴィオランテとステイシー・モスコウィッツの死体が発見される。1年以上にわたって無差別殺人を繰り返し、ニューヨーク市を恐慌状態に陥れた連続殺人鬼 〈サムの息子〉 の最後の犠牲者である。次の水曜日、この殺人者を追い続けてきたダウ警部補は、物静かな郵便局員デイヴィッド・バーコウィッツを逮捕する。このときのバーコウィッツのせりふが振るっている。「警部、とうとう僕をつかまえたね」
◆1986年のこの日、『特別料理』 『第八の地獄』 のスタンリイ・エリンが死去。
◆2007年のこの日、『クリスマスのフロスト』 (84) 以下のフロスト警部シリーズで人気を博したR・D・ウィングフィールドが、英国エセックス州の自宅で死去。享年79。

HOME
今日は何の日INDEX