―今日は何の日―
【10月】

10月1日
◆1910年のこの日、深夜1時頃、アナーキストのマクナラマ兄弟がロサンジェルス・タイムズのビルに仕掛けたダイナマイトが爆発。建物は大破し、夜勤の記者ら21名の死者、負傷者100名以上の大惨事になった。このころウィラード・ハンティントン・ライト (後のS・S・ヴァン・ダイン) は同紙で文芸批評欄を担当していたが、もし爆発が4時間早かったら、あるいはライトがその日残業していたら、この事件に遭遇していたはずだった。のちに彼はこの日のことを、遅くまで仕事していたが突然激しい頭痛に襲われて退社することにした、彼がビルを出た10分後に爆発が起きた、と脚色して回想している。
◆1920年のこの日、独特の風貌 (Dog-face=犬顔なんて云われてたらしい) の個性派俳優ウォルター・マッソーがニューヨークで生まれる。犯罪映画に多数出演しているマッソーだが、彼がマルティン・ベック警部を演じた 《The Laughing Policeman》 (1973) は舞台が原作 (『笑う警官』) のストックホルムからサンフランシスコに移され、しかも邦題が 《マシンガン・パニック》 という不遇な映画。


10月2日
◆1872年のこの日、フィリアス・フォッグ氏がロンドンを出発、「八十日間世界一周」 の旅が始まる。
◆1904年のこの日、『密使』 『第三の男』 のグレアム・グリーンが、ハートフォードシャー州バーカンプステッドで生まれる。
◆1921年のこの日、ロバート・ブルース・モンゴメリーがバッキンガムシャー州チェシャム・ボイズで生まれる。幼い頃からピアノとオルガンを習い、14歳で作曲を始めた彼は、やがて作曲家・オルガニストとして一家をなし、映画音楽の分野でも活躍するようになる。その一方、エドマンド・クリスピンの筆名で、ジャーヴァス・フェン教授の活躍する 『消えた玩具屋』 『お楽しみの埋葬』 など9冊の長篇探偵小説と40余の短篇を発表した。
◆1955年のこの日、アメリカCBSテレビで 《ヒッチコック劇場》 の放映が始まる。
◆2002年のこの日、アメリカのロシア・東欧研究者レイモンド・T・マクナリーが死去。享年71。ルーマニア人のラドゥ・フロレスクとの共著 『ドラキュラ伝説』 (1972、角川選書) は、吸血鬼ドラキュラのモデルとされる15世紀ワラキアの君主 〈串刺し公〉 ヴラドの史実を紹介し、話題を呼んだ。群雄割拠の戦乱時代に、再三トルコ軍を撃退し、厳正厳格な統治で国内を掌握した 「名君」 が、いかに 「吸血鬼」 のイメージを押し付けられていったか、という検証はきわめてスリリング。いつの時代も 「怪物」 は作られるものなのだ。
10月3日
◆1925年のこの日、『アーロン・バアの生涯』 他で知られる戦後アメリカ文学の旗手ゴア・ヴィダルが、ニューヨーク州ウェストポイントで生まれる。ミステリ・ファンでゴア・ヴィダルの愛読者は多くはないだろうが、かつて中村眞一郎が 「あまり面白いので黙っていられなくなった」 と云ったエドガー・ボックス名義のミステリ 『死はお熱いのがお好き』 なら、あるいはご記憶の方もいるのでは。
◆1941年のこの日、ハードボイルド映画の不滅の古典、ジョン・ヒューストン監督 《マルタの鷹》 が封切られる。サム・スペード役にハンフリー・ボガート、他にシドニー・グリーンストリート、ピーター・ローレが出演。原作はもちろんダシール・ハメット。
◆2004年のこの日、アメリカの女優ジャネット・リーが、カリフォルニア州ビヴァリーヒルズの自宅で死去。享年77。ヒッチコック 《サイコ》 の被害者役が有名だが、オースン・ウェルズの 《黒い罠》 では主人公の新妻で犯罪者一味に誘拐される役、フランケンハイマー 《影なき狙撃者》 ではシナトラ演じる元陸軍大尉の恋人役、他にW・P・マッギヴァーン原作の 《悪徳警官》、R・マクドナルド原作の 《動く標的》 など、多くのミステリ映画に出演している。《刑事コロンボ/忘れられたスター》 ではカムバック計画に同意しない夫を殺害する往年の大女優を熱演、しみじみとした哀感漂うラストはシリーズ屈指。また、脱出王フーディーニの伝記映画 《魔術の恋》 ではフーディーニの妻を演じた。
10月4日
◆1720年のこの日、《牢獄》 《ローマの景観》で有名な版画家・建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージが北イタリアのモリアーノ・ヴェーネトで生まれる。
◆1835年のこの日、19世紀英国でベストセラーとなった犯罪小説 『オードリー奥方の秘密』 (1862) の作者メアリ・エリザベス・ブラッドンがロンドンで生まれる。
◆1887年のこの日、『神州纐纈城』 『蔦葛木曽棧』 の伝奇作家、国枝史郎が長野県茅野市で生まれる。
◆1895年のこの日、アメリカ中西部のどこかの路上にいたヴォードヴィル一座で、バスター・キートンが生まれる。無声映画時代のハリウッドでチャップリン、ロイドと人気を競った喜劇俳優のキートンだが、彼が監督主演した 《忍術キートン》、別題 《キートンの探偵学入門》 (24) は、上映中に眠り込んでしまった映写技師キートンが映画の中に入り込み、名探偵シャーロック・ジュニアとなって大活躍するメタ映画。超人的なスタントも見もの。
◆1931年のこの日、チェスター・グールドのコミック・ヒーロー、ディック・トレイシーが新聞に初登場する。彼が有名にしたせりふに 「犯罪は引き合わない」 がある。
◆1957年のこの日、ソビエト連邦が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。このニュースは冷戦下のアメリカ国民に甚大な恐怖をもたらした。当時10歳のスティーヴン・キングは、その日、映画館で 《空飛ぶ円盤地球を襲撃す》 を観ていたが、途中で上映が中断され、支配人が出てきてこのニュースを告げると、場内は死のような静寂が支配したという。「ロシア人に頭上を支配される」 ことへの恐怖は、50年代アメリカのSFホラー映画に色濃く反映されている。(1951年の 《遊星よりの物体X》 がすでに 「頭上を警戒せよ」 と国民に呼びかけている)
◆1962年のこの日、ジェイムズ・ボンド映画第一作 《007は殺しの番号 (ドクター・ノオ)》 が公開される。日本公開時にプロモーションを担当したのが、当時、日本ユナイト映画の宣伝部長だった水野晴郎なのは有名な話。
10月5日
◆1893年のこの日、『緑色の犯罪』 の甲賀三郎 (本名・春田能為) が滋賀県蒲生郡日野町で生まれる。
◆1911年のこの日、『スウィム・トゥー・バーズにて』 『第三の警官』 のフラン・オブライエン (本名ブライアン・オノーラン) が北アイルランドのティロウン州で生まれる。
◆1915年のこの日、ダイム・ノヴェルのヒーロー、ニック・カーターを引き継いで人気を博したパルプマガジン 《ディテクティヴ・ストーリー》 が創刊される。この雑誌を宣伝するためにストリート&スミス社が提供したラジオ番組 〈ディテクティヴ・ストーリー・アワー〉 で案内役をつとめた怪人キャラ 〈ザ・シャドウ〉 がこれまた人気爆発、ついには自分の雑誌とラジオ・ドラマを持つようにになった。東洋の秘術を用いて悪を懲らす怪人ヒーローを最初にラジオで演じたのはオーソン・ウェルズ。パルプマガジンとラジオの黄金時代の話。
◆1924年のこの日、『夜のみだらな鳥』のホセ・ドノソがチリのサンティアゴで生まれる。1960-70年代ラテンアメリカ文学ブームの立役者のひとり。
◆1949年のこの日、英国の作家ピーター・アクロイドがロンドンで生まれる。『チャタトン偽書』 『オスカー・ワイルドの遺言』 など文学史に取材した小説や、ディケンズ、エリオット、シェイクスピアらの伝記のほか、『魔の聖堂』 『切り裂き魔ゴーレム』 『原初の光』 など幻想文学・ミステリの方面からも注目すべき作品を発表している。
10月6日
◆1916年のこの日、スタンリイ・エリンがブルックリンで生まれる。彼を有名にしたのは何といっても 「特別料理」 をはじめとする、スパイスのきいた短篇小説だが、汚職事件をめぐる人間模様をじっくり書き込んだ長篇 『第八の地獄』 も読み応えがある。ちなみに 「特別料理」 というタイトルはEQMM掲載時にクイーン (フレデリック・ダネイ) がつけたもので、元々の題は 「ロビンソン料理店の調理場」 だった。
◆1920年のこの日、黒岩涙香が死去。〈万朝報〉 経営者であった涙香は、自ら筆をとり、同紙に翻案小説を次々に掲載、部数を伸ばした。また、所謂 「三面記事」 の開拓者で、著名人の妾調査を行ない、実名と共に公表したりもしている。『弊風一斑 蓄妾の実例』 (現代教養文庫) はそれをまとめたもの。
◆1957年のこの日、『魔都』 『顎十郎捕物帳』 の久生十蘭が死去。
10月7日
◆1849年のこの日、エドガー・アラン・ポーが死去。4日前、ボルチモアの路上で昏睡状態で倒れているところを発見され、病院に収容されていたが、意識を取り戻すことなく亡くなった。
◆1907年のこの日、『ザルツブルク・コネクション』 の女流スパイ作家ヘレン・マッキネスが、スコットランドのグラスゴーで生まれる。
◆1954年のこの日、フランク・シナトラが大統領暗殺を企てる男を演じた 《三人の狙撃者》 が封切られる。
◆1971年のこの日、ウィリアム・フリードキン監督の傑作 《フレンチ・コネクション》 が公開される。ジーン・ハックマン演じるニューヨークの刑事ドイル、通称 “ポパイ” が麻薬組織を執拗に追いつめるアクション快作。組織に捕まったポパイがヤク漬けにされてしまう続篇 《フレンチ・コネクション2》 も面白い。
◆2019年のこの日、イラストレイター、装丁家、エッセイスト、映画監督の和田誠が肺炎のため死去。享年83。
10月8日
◆1850年のこの日、M・マクドネル・ボドキンがアイルランドのダブリンで生まれる。青年探偵ポール・ベックの作者として有名だが、後にボドキンは女探偵ドーラ・マールを創造し、二人を結婚させている。二人の間に生まれた子供もやがて探偵役をつとめるようになる。ミステリ史上でも珍しい探偵一家の誕生である。
◆1890年のこの日、『人工心臓』 の小酒井不木 (本名・光次) が愛知県蟹江町で生まれる。『犯罪文学研究』 『殺人論』 など、犯罪学や探偵小説をめぐるエッセーは、乱歩をはじめ、初期の探偵作家たちに大きな影響をあたえた。
10月9日
◆1900年のこの日、クリスチアナ・ブランド 『緑は危険』 の映画化 《青の恐怖》 (1946) でコックリル警部を演じた俳優アラステア・シムが、スコットランドのエジンバラで生まれる。少年探偵団物 《乱闘街》 (47) ではギャング団に作品を利用される大衆小説家役、《夜の来訪者》 (54) では、女工の自殺事件の聞き込み捜査にあたる老警部 (実は……) を演じている。
◆1910年のこの日、双葉十三郎が東京・高輪で生まれる。戦前から活躍した映画評論家で、その厖大な映画評は 『ぼくの採点表』 (トパーズプレス)にまとめられているが、《新青年》 以来の探偵小説ファンでもあり、戦前に 《ブラック・マスク》 誌を愛読、早くからハメットやチャンドラーらハードボイルド派に注目していた。小鷹信光 『私のハードボイルド』 によると、戦後、「ハードボイルド」 という言葉を初めて日本に伝えたのは、1946年、映画雑誌 《スタア》 で、チャンドラー 『大いなる眠り』 を詳細に紹介した双葉十三郎の記事だという。これがきっかけで江戸川乱歩に出会い、探偵作家の集まり 「土曜会」 にも参加 (植草甚一を乱歩に紹介したのもこの人)。 《別冊宝石》 に 『大いなる眠り』 を訳出している (現・創元推理文庫)。『ぼくの特急二十世紀』 (文春新書) は映画、演劇、レヴュー、ミュージカル、探偵小説などの娯楽文化との関わりを軸にした語りおろし自伝。
◆1939年のこの日、『スティーム・ピッグ』 『英国人の血』 など、アパルトヘイト時代の南アフリカ共和国を舞台にした警察小説シリーズで話題を集めたジェイムズ・マクルーアが、ヨハネスブルグで生まれる。
◆2003年のこの日、アマンダ・クロス、本名キャロライン・G・ハイルブランがマンハッタンの自宅で自殺。享年77。大学で英文学を研究するかたわら、作者と同じフェミニストの大学教授ケイト・ファンスラーを探偵役とした 『精神分析殺人事件』 『ジェイムズ・ジョイスの殺人』 などの長篇ミステリを発表した。クロスは生前、70歳以後の生は選択の自由にゆだねられるべき、と書いていたという。
◆2009年のこの日、1940年代のハリウッドを舞台にした 『ロビン・フッドに鉛の玉を』(77) 以下の私立探偵トビー・ピーターズ・シリーズで知られるスチュアート・M・カミンスキーがミズーリ州セントルイスで死去。
10月10日
◆1894年のこの日、エキゾティックな秘境小説や猟奇小説、怪奇小説の佳品 「蒲団」 などで知られ、『ナリン殿下の回想』 で直木賞も受賞した橘外男が金沢市で生まれる。晩年執筆した自叙伝 『私は前科者である』 によれば、青年時代、芸者を身請けするために公金を横領して札幌監獄に収監され、仮出獄後東京へ出て、前科を隠して就職するが、刑事や入獄中の仲間が尋ねて来るようになり免職、ルンペン同様の暮らしに身を落とし、そこから這い上がって貿易商を始めたりと、波瀾万丈の前半生を送ったらしい。もっとも橘外男の話は、眉に唾をつけてかからねばならないところが多分にあるのだが。
10月11日
◆1925年のこの日、エルモア・レナードがルイジアナ州ニューオリンズで生まれる。1950年代からウェスタンや犯罪小説を書いていたが、不遇の時代がながく、『ラブラバ』 『グリッツ』 などでようやくブレイクを果たしたのは、80年代のことだった。
10月12日
◆1904年のこの日、世界征服を企む悪の勢力と戦う超人的ヒーロー、ドク・サヴェージを創造し、大衆的人気を誇ったパルプ作家ケネス・ロブスンことレスター・デントが、ミズーリ州ラプラタで生まれる。
◆1939年のこの日、『さらば甘きくちづけ』 のジェイムズ・クラムリーが、テキサス州スリー・リヴァーズで生まれる。
10月13日
◆1867年のこの日、オーストラリアの大衆作家ガイ・ブースビーが、アデレイドで生まれる。チベットの秘境で不死の霊薬を追い求める冒険小説 『魔法医師ニコラ』 (1896) は、南陽外史訳 『魔法医者』 (1899) で明治期の読者にはお馴染みの作品だった (但し、語り手を日本人に変え、女海賊が登場するブースビーの他の作品 『白妖姫』 を挿入するなど、かなりの自由訳。この辺の事情は横田順彌 『日本SFこてん古典』 に詳しい)。戦後、西条八十 (小山書店、1955)、香山滋 (偕成社、1956。児童書、これは翻訳というよりもリライトか) も翻訳を手がけているが、1997年になって菊地秀行訳 (小学館) が登場した。
◆2004年のこの日、翻訳家・作家の矢野徹が、大腸癌のため死去。享年81。ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』 『宇宙の戦士』、ハーバート 『デューン 砂の惑星』、R・マシスン 『地獄の家』、ステープルドン 『オッド・ジョン』、スタージョン 『人間以上』、マクリーン 『八点鐘が鳴るとき』 他、数多くの訳書がある。アマチュア時代の昭和28年に、世界SF大会に招待されて渡米。その前に江戸川乱歩邸を訪問したときの話は 『続・幻影城』 所収のエッセー 「科学小説の鬼」 に記録されている。
10月14日
◆1912年のこの日、革新党から大統領選に出馬したシオドア・ローズヴェルトがミルウォーキーで遊説中、酒場の主ジョン・シュランクに撃たれる。ローズヴェルトは演説の草稿を上着のポケットに入れていたが、銃弾はそのおかげで威力を減殺され、彼は一命を取りとめた。(こういうことって、ほんとにあるんだね)
◆1928年のこの日、1960年代にTVシリーズで義賊 〈セイント〉 ことサイモン・テンプラーを演じ、70年代にはショーン・コネリーの後をついでジェイムズ・ボンド役者として活躍したロジャー・ムーアがロンドンで生まれる。
10月15日
◆1880年のこの日、「アメリカのシャーロック・ホームズ」 と称された科学者探偵クレイグ・ケネディのシリーズで大人気を博したアーサー・リーヴが、ニューヨーク州パチョーグで生まれる。
◆1882年のこの日、《銭形平次捕物控》 の野村胡堂 (本名・長一) が岩手県大巻村 (現・紫波町) で生まれる。
◆1887年のこの日、ウィラード・ハンティントン・ライト、のちのS・S・ヴァン・ダインが、ヴァージニア州シャーロッツヴィルで生まれる (従来、本人の発言にもとづいて1888年生まれとされてきたが、ジョン・ラフリーの評伝 『別名S・S・ヴァン・ダイン』 (1992)によって、彼の 「自叙伝」 には生年をはじめ多くの粉飾・捏造があることが明らかにされた)。
◆1917年のこの日、ドイツのスパイ容疑で逮捕されたマタ・ハリことマルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレがパリで処刑される。「マタ・ハリ」 とは、肌もあらわな衣裳で妖艶な東洋風のダンスを踊り、一世を風靡した彼女の芸名で、インドネシア語で 「暁の瞳」 という意味。映画 (1931) では、伝説の美人女優グレタ・ガルボが演じている。
◆1923年のこの日、『まっぷたつの子爵』 『見えない都市』 『冬の夜ひとりの旅人が』 のイタリア作家イタロ・カルヴィーノがキューバのハバナ近郊で生まれる。父親は農学者、母親は植物学者だった。
◆1926年のこの日、エド・マクベイン、またの名をエヴァン・ハンターがニューヨークで生まれる。
10月16日
◆1854年のこの日、『ドリアン・グレイの画像』 のオスカー・ワイルドが、ダブリンの旧家に生まれる。母親のジェーンは詩人で、女の子が欲しかった彼女の意向で、幼いころのオスカーは女子の恰好をさせられていた。
◆1927年のこの日、中国北京郊外の周口店で北京原人の左下顎の大臼歯の化石が発見される。その後も発掘はつづき、1929年12月には完全な頭蓋骨が出土し、世界を震撼させた。しかし、日中戦争の混乱の中、頭蓋骨は紛失し、いまに至るまで所在は不明のままとなっている。1942年に従軍記者として中国に派遣された渡辺啓助は、北京で赤痢に倒れ、陸軍病院に入院を余儀なくされる。当時、北京原人の骨が保管されていたロックフェラー病院に入院する話もあったが、結局、見学のチャンスを逃してしまう。頭蓋骨が紛失したのはその年の12月。渡辺は帰国後、この事件を扱った 「北京人類」 (1944) を発表。また渡辺の教師時代の教え子で東亜新報の記者だった中薗英助も当時、北京にいて、最晩年にノンフィクション『北京原人追跡』(2002) を著している。伴野朗の乱歩賞受賞作 『五十万年の死角』 (1976) もこの事件を題材にした歴史サスペンス。
◆1944年のこの日、ブレット・ハリデイの創造した私立探偵マイク・シェーンが、西海岸のラジオ・ドラマで放送界デビューを飾る。
10月17日
◆1893年のこの日、孤島を支配するロシア貴族のザロフ伯爵が、島に漂着した人間を狩りの獲物にして追い立てるサスペンス小説の古典短篇 《The Most Dangerous Game (邦題 「世にも危険なゲーム」)》 の作者リチャード・コンネルが、ニューヨーク州パキプシで生まれる。最も危険な獲物 (ゲーム) ――ギャヴィン・ライアルの名作と間違えそうだが、映画化の邦題は 《猟奇島》。これも恐怖映画の古典。
◆1939年のこの日、俳優、岸田森が東京に生まれる。本格ホラー映画 《血を吸う眼》 (71)、《血を吸う薔薇》 (74) でハマー・ホラーばりの吸血鬼、TVシリーズ 《怪奇大作戦》 ではSRIのクールな科学者、牧史郎を演じた。《傷だらけの天使》 の辰巳、《必殺》 シリーズの敵役 (鳥居耀蔵ほか)、《修羅雪姫・怨み恋歌》 の秘密警察長官、《蘇る金狼》 の殺し屋など、印象的な役をいくつも残し、43歳で早世。なお叔父は劇作家の岸田國士、その娘で女優の岸田今日子はいとこにあたる。悠木千帆(現・希木樹林)と結婚していた時期もある。
10月18日
◆1851年のこの日、ハーマン・メルヴィル『白鯨(Moby-Dick)』の英国版初版がリチャード・ベントリー社から出版される。英版のタイトルは『鯨(The Whale)』で、本国アメリカ版(11月14日刊)より1ヶ月先行して刊行された。
◆1926年のこの日、俳優クラウス・キンスキーがダンツィヒ(現ポーランドのグダニスク)に生まれる。犯罪映画やマカロニ・ウェスタンの悪役 (たとえばセルジオ・レオーネの名作 《夕陽のガンマン》 でも凶悪な顔で凄みをきかせているが、リー・ヴァン・クリーフにあっさり撃ち殺されてしまう) を経て、ヴェルナー・ヘルツォークに 《アギーレ 神の怒り》 (73) の主役に抜擢され、一躍脚光を浴びる。ムルナウ作品のリメイク 《ノスフェラトゥ》 (79) では怪異な容貌の吸血鬼伯爵、《フィッツカラルド》 (82) ではアマゾン奥地にオペラハウスを建てることに憑かれた男と、エクセントリックなキャラクターを演じつづけた怪優。実生活でもかなりの奇人だったらしい。監督やスタッフと衝突を繰り返したトラブルメイカーでもあった。(自伝も滅茶苦茶面白そうなんですけど)。
◆1941年のこの日、ドイツの有力紙の特派員で同国大使館の顧問でもあったリヒャルト・ゾルゲが、ソビエト共産党のために情報収集を行なっていたとして、スパイ容疑で逮捕される。協力者の尾崎秀実も3日前に逮捕されていた。二人は1944年11月に巣鴨拘置所で処刑されている。
◆1943年のこの日、CBSでペリー・メイスンの最初のラジオ・ドラマを放送。
10月19日
◆1909年のこの日、イタリアの犯罪心理学者チェザーレ・ロンブローゾが死去。凶悪犯罪者は生まれつきの素質、とくに隔世遺伝によって犯罪者となるよう運命づけられおり、犯罪者特有の身体的特徴を持っている、という彼の唱えた 「生来的犯罪者説」 は、多方面に強力な影響を与えた。その事情については、ピエール・ダルモン 『医者と殺人者――ロンブローゾと生来性犯罪者伝説』 (新評論) が詳しい。世紀末から20世紀初頭の文学の至るところ (たとえばゾラの 〈ルーゴン・マッカール叢書〉) にその影響を見出すことができるが、とりわけ探偵小説・犯罪小説には顕著であった (たとえばドイルのホームズ譚にも)。日本にもその波は及び、ニヒリスト辻潤が訳した 『天才論』 (大正3) が話題を呼び、版を重ねた。犯罪学に造詣の深かった小酒井不木も、ロンブローゾの学説には深い関心を抱いていたらしい。小栗虫太郎 『黒死館殺人事件』 や夢野久作 『ドグラ・マグラ』 にも、その影響ははっきりと刻印されている。
◆1931年のこの日、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレが英国ドーセットシャーで生まれる。冷戦下の非情な諜報戦を描き、1963年に刊行されるや絶賛を浴びた 『寒い国から帰ってきたスパイ』 の二転三転するプロットは、本格ミステリ・ファンも満足させるはず。
◆1942年のこの日、『赤毛のストレーガ』 のアンドリュー・ヴァクスがニューヨークで生まれる。
10月20日
◆1882年のこの日、俳優ベラ・ルゴシがハンガリーのルゴスで生まれる。本名ベラ・フェレンク・デッツォ・ブラスコ。ブダペストの舞台に立っていた彼は、1921年にアメリカに渡るが、強烈な訛りが災いして、ろくな役にありつけなかった。ところが、東欧出身という出自と個性的な風貌を買われて、1927年、ブロードウェイの舞台 《ドラキュラ》 の主役に抜擢されると、これが一大センセーションをまきおこし、1931年公開の映画 《魔人ドラキュラ》 によってその人気は決定的なものになった。その後も 《モルグ街の殺人》 《恐怖城》 《チャンドウ》 《黒猫》 《古城の妖鬼》 《フランケンシュタイン復活》 など、多くの恐怖映画に出演。しかし、その絶頂期は短く、麻薬中毒に陥ったこともあり、次第に仕事を干されるようになる。しかし、多くのアメリカ人にとって、ドラキュラといえばいまもベラ・ルゴシのイメージである。
◆1905年のこの日、エラリー・クイーンの片割れ、フレデリック・ダネイがブルックリンで生まれる。もともとの名前はダニエル・ネイサン。ユダヤ移民の子である。従兄弟のマンフォード・レポフスキー、後のマンフレッド・リーも同じ年、ブルックリンで生まれている。
◆1906年のこの日、『不連続殺人事件』 の坂口安吾が新潟市で生まれる。
◆1912年のこの日、警視庁がフランスの犯罪映画 《ジゴマ》 の上映を禁止。作中の盗賊団の手口を真似て犯行に及んだ者が出たためという。主人公ジゴマは変装の名手で、盗賊団を率いて強盗・殺人を繰り返す神出鬼没の怪人である。1911年 (明治44)に公開されるや、日本でも大ヒット、多くの模倣国産映画を生み、『日本ジゴマ』 『女ジゴマ』 『ジゴマ芸者』 などのキワモノ本を輩出した。
10月21日
◆1894年のこの日、平井太郎、のちの江戸川乱歩が三重県名張町で生まれる。
◆1926年のこの日、ミステリ作家ブルース・グレイムの息子で、父が創造した昼は作家、夜は泥棒という怪盗紳士 〈黒シャツ〉 のシリーズを書き継いだロデリック・ジェフリーズがロンドンで生まれる。父親のグレイム (本名グラハム・モンタギュ・ジェフリーズ) は、20年代から80年代まで長い作家歴をもつ流行作家で、さまざまなユニークな試みをミステリに持ち込んだが、なかでも興味深いのは、1933年の 《Epilogue》 で、主人公の探偵がディケンズの未完長篇 『エドウィン・ドルードの謎』 の作品世界にタイム・スリップしてしまい、事件を解決することになる。
◆2002年のこの日、笹沢左保が東京狛江市の病院で肝細胞癌のため死去。享年71。
◆2009年のこの日、『モルダウの黒い流れ』 『チベットの薔薇』 のライオネル・デイヴィッドスンがロンドンの自宅で死去。享年87。
10月22日
◆1866年のこの日、150冊以上の作品を発表、19世紀末から1920年代にかけて国際陰謀冒険小説で絶大な人気を誇った流行作家、プレイボーイとしても有名だったE・フィリップス・オッペンハイムがロンドンで生まれる。戦前には 『日東のプリンス』 『ムッソリニ敗るゝ日』 『歴史顛覆者』 などの邦訳がある。
10月23日
◆1872年のこの日、『ミイラ物語』 「死女の恋」 のテオフィル・ゴーティエが死去。
◆1906年のこの日、『処刑6日前』 『モルグの女』 などのハードボイルド作家で、脚本家として 《ガラスの鍵》 《大時計》 《夜は千の眼を持つ》 などのミステリ映画も手がけたジョナサン・ラティマーがシカゴで生まれる。
◆1942年のこの日、ジェフリー・ハドスン名義の医学ミステリ 『緊急の場合は』(68) でMWA賞を受賞、映画化もされたSF 『アンドロメダ病原体』 や、19世紀イギリスの実在事件に取材した 『大列車強盗』 (75)、『ジュラシック・パーク』 (90) など、多彩な分野でベストセラーを連発している作家マイクル・クライトンがシカゴで生まれる。
10月24日
◆1929年のこの日、ニューヨーク株式市場が大暴落。所謂 「暗黒の木曜日」。世界恐慌の始まりである。この年の2月、当時人気絶頂のS・S・ヴァン・ダインは第4作 『僧正殺人事件』 を発表、8月にはエラリイ・クイーンが 『ローマ帽子の謎』 でデビューを果たし、ジョン・ディクスン・カーはすでにハーパー社と第一作 『夜歩く』 の契約を結び、来春の出版を待っているところだった。
◆1931年のこの日、シカゴ暗黒街の帝王アル・カポネに有罪判決が下される。
◆1962年のこの日、ジョン・フランケンハイマー監督の 《影なき狙撃者》 が封切られる。朝鮮戦争で中共軍の捕虜となった大尉が催眠術で洗脳され、暗殺者としてアメリカに帰ってくる。大尉はトランプのダイヤのクイーンを見ると自動的に催眠状態に入り、要人暗殺を実行するよう刷り込まれていたのだが……。翌年11月、ケネディ暗殺事件が起きると、以後上映が自粛されたが、1988年の再公開で、スタイリッシュな演出による強烈なサスペンスが再評価された。洗脳者の公開実験をおこなう場面の素晴らしいカメラワークは必見。近年、リメイクも製作された。
◆2021年のこの日、奇術研究家、松田道弘が死去。享年85。ミステリに関する文章も多く、とくに『とりっくものがたり』所収の「新カー問答」は、本邦におけるカー評価のあり方を一変させた重要エッセー。
10月25日
◆1911年のこの日、花森安治が神戸市で生まれる。〈暮しの手帖〉 編集長としての顔ばかりが取り上げられがちだが、優秀なデザイナーでもあり、東京創元社 〈世界推理小説全集〉 〈クライム・クラブ〉 はこの人の装丁。鮎川哲也の犯人当て小説 「薔薇荘殺人事件」 に寄せた見事な解答は、熱心な探偵小説読者でもあったことを教えてくれる。
◆1957年のこの日、『ぺガーナの神々』 のロード・ダンセイニが死去。
◆1977年のこの日、『一千一秒物語』 の稲垣足穂が死去。ロード・ダンセイニと同じ日に、というのは奇縁。バブルクンドの都やダンセニー大尉が登場する 「黄漠奇聞」 を思い出す人は多いだろう。
◆1993年のこの日、怪奇俳優ヴィンセント・プライスが死去。ティム・バートンの 《シザーハンズ》 (90) が最後の映画出演となったが、人造人間の創造に取り組む心優しき老マッド・サイエンティストを演じている。
10月26日
◆1886年のこの日、シャーロッキアンとして有名なヴィンセント・スターレットが、カナダのトロントで生まれる。『シャーロック・ホームズの私生活』 はこのジャンルの古典だが、その第12章に挿入された 「類まれなるハムレット」 はホームズ・パスティーシュの傑作と評されている。
◆1934年のこの日、『男爵と魚』のペーター・マーギンターがウィーンで生まれる。トルコとイギリスで大使館付文化担当官として働き、外務省部局長を経てロンドンのオーストリア文化事業センター長に就任。『男爵と魚』(66)で小家デビュー。デ・ラ・メアなどの翻訳も手掛けた。
◆2008年のこの日、ナヴァホのインディアン保留地を舞台としたミステリで知られるトニイ・ヒラーマンが、ニューメキシコ州アルバカーキの病院で肺不全のため死去。享年83。ナヴァホ族出身のリープホーン警部補が登場する第一作 『祟り』 (1970) の原稿を最初に送った文芸エージェントからは 「インディアンに関する記述をすべて削りなさい」 という助言つきで突き返されたというが、この作品はMWA最優秀第一長篇賞の候補となり、第三作 『死者の舞踏場』(73)でMWA最優秀長篇賞を獲得する。1991年にはMWAグランドマスター賞を受賞、長年の功績を表彰された。

10月27日
◆1975年のこの日、美食家の巨漢探偵ネロ・ウルフの創造者レックス・スタウトが死去。
◆1977年のこの日、ジェイムズ・M・ケインが死去。『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』 の作者は、「ハードボイルド作家」 と呼ばれることを好まなかったらしい。
10月28日
◆1903年のこの日、イヴリン・ウォーがロンドンで生まれる。『囁きの霊園』 『黒いいたずら』 はブラック・ユーモア小説の傑作。のちに 『一握の塵』 に組み込まれた短篇 「ディケンズを愛した男」 はしばしば恐怖小説アンソロジーにも採られている怖いお話。「ラヴデイ氏の短い休暇」 はこれも怖いサイコさんの話。
◆1945年のこの日、『死のようにロマンティック』 他のサイモン・ブレットが、サリー州ウースター・パークで生まれる。
◆1953年のこの日、アガサ・クリスティーの戯曲 《検察側の証人》 が、ロンドンのウィンター・ガーデン劇場で初日を迎える。
◆1971年のこの日、A・H・Z・カーが死去。『妖術師の島』 でMWA最優秀第一長篇賞を受賞した矢先のことだった。もっともカーは1950年代に 〈EQMM〉 短篇コンテストの入選常連だった作家で、すでに長いキャリアを有していた。その代表作は 『誰でもない男の裁判』 (晶文社) で読める
10月29日
◆1902年のこの日、モダニズム詩人、北園克衛が三重県度会郡四郷村(現・伊勢市朝熊町)で生まれる。デザイナー、イラストレイターとしても活躍。《エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン》(のちに《ミステリマガジン》) では1956年の創刊時から78年に亡くなる直前までカットを手掛け、ハヤカワ・ミステリ文庫ではエラリイ・クイーン作品等の装幀を担当した。
◆1906年のこの日、『火星人ゴー・ホーム』 『発狂した宇宙』 『まっ白な嘘』 『シカゴ・ブルース』 他、ミステリ・SF・怪奇幻想の分野で多彩な才能を発揮したフレドリック・ブラウンが、オハイオ州シンシナティで生まれる。
◆1935年のこの日、『殺人鬼』 の浜尾四郎が死去。
◆1964年のこの日、宝石泥棒ジャック・マーフィ一味がニューヨークの自然史博物館に侵入し、世界最大のサファイア 〈インドの星〉 を盗み出す。逮捕後の自供によると、マーフィは泥棒映画の傑作 《トプカピ》 (原作アンブラー) を何度も繰り返し観て犯行計画を練り上げたという。
◆2006年のこの日、BBCの人気TVシリーズ 《クォーターマス》 の脚本家ナイジェル・ニールがロンドン市内の病院で死去。享年84。
10月30日
◆1821年のこの日(ユリウス暦/グレゴリオ暦では11月11日)、フィヨードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーがモスクワで生まれる。『罪と罰』 『カラマーゾフの兄弟』 などの作品が、乱歩や木々高太郎ら、戦前の探偵作家に与えた影響は顕著だが、ドストエフスキー自身も犯罪小説の愛好者で、シュー 『パリの秘密』 などに大きな影響を受けていることがよく知られている。
◆1824年のこの日、『放浪者メルモス』 の作者チャールズ・ロバート・マチューリンが死去。ウォルター・スコットやバイロンに認められたものの、44年の生涯は貧困と不遇の中にあったという。
◆1938年のこの日の午後8時から、CBSがラジオ・ドラマ 《宇宙戦争》 を放送。劇中、「臨時ニュース」 として流された火星人襲来の発表を、本物のニュースと勘違いした人々が全米で大パニックをひきおこす。演出・出演はオーソン・ウェルズとマーキュリー放送劇団。
◆1954年のこの日、丸の内東京会館で、日本探偵作家クラブ・捕物作家クラブ・東京作家クラブ共催による江戸川乱歩還暦祝賀会が開かれる。大下宇陀児の司会で、木々高太郎、野村胡堂らが祝辞を述べ、赤いナイロン・ジャンパー、松野一夫による肖像画などの祝いの品が贈られた。このとき乱歩は、日本探偵作家クラブに100万円の寄付をし、これを基金として探偵小説奨励の賞を設定することを発表。これが江戸川乱歩賞となった。
◆1977年のこの日、野尻抱影が死去。星の本で有名だが、もともとは英文学者。『宝島』 などの訳業のほか、18世紀英国泥棒・追剥ぎ列伝 『大泥棒紳士館』 や、英文学史上のゴシップや挿話を満載した 『英文学裏町話』 といった楽しい読物も著している。弟は 『鞍馬天狗』 『天皇の世紀』 『パリ燃ゆ』 の大佛次郎。
10月31日
◆1920年のこの日、騎手から作家に転身、『興奮』 『本命』 などの競馬シリーズで世界的人気を獲得したディック・フランシスが、サウスウェールズ、テンビーで生まれる。
◆1926年のこの日、『パーフェクト殺人』 『マハーラージャ殺し』 のH・R・F・キーティングがサセックスで生まれる。
◆1969年のこの日、木々高太郎こと林髞慶大教授が死去。大脳生理学者として林髞は、パヴロフの業績を日本に紹介、「頭がよくなる」 という小麦ビタミンB1 (その学説にもとづき 〈頭脳パン〉 が作られたのは有名な話) や、オットセイエキスの研究でも知られている。また、学会出席のため訪欧中に、シムノンやマイクル・イネスとも面会を果たしている。


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