【別名S・S・ヴァン・ダイン ファイロ・ヴァンスを創造した男
Alias S. S. Van Dine: The Man Who Created Philo Vance (1992)

ジョン・ラフリー
清野泉訳

1926年、新人作家S・S・ヴァン・ダインが発表した 『ベンスン殺人事件』 は、クリスティーらの登場で一足先に黄金時代を迎えた英国の後塵を拝していた探偵小説後進国アメリカに、初めて登場した本格的長篇探偵小説としてセンセーションを巻き起こした。つづく 『カナリヤ殺人事件』 『グリーン家殺人事件』 『僧正殺人事件』 はベストセラーとなり、次々にハリウッドで映画化されて、作者ヴァン・ダインと博学で貴族趣味の名探偵ファイロ・ヴァンスは、一躍時代の寵児となった。その成功はエラリイ・クイーンはじめ多くの追随者を生み、アメリカの探偵小説界は一挙に百花繚乱の様相を呈していく。
しかし、1920年代には絶大な人気を誇ったファイロ・ヴァンス・シリーズも、30年代後半には評価を落とし、39年に作者が病死すると、その名前は急速に忘れられていった。
ヴァン・ダインの正体が評論家ウィラード・ハンティントン・ライトであることは、早くから知られていたが、本書は、ライトがロサンゼルスの新聞の文芸・美術評担当者から出発し、批評界の大物H・L・メンケンの知遇を得て、ニューヨークの文芸誌 『スマート・セット』 の編集長に抜擢され、ドライサーら新しいリアリズム作家の擁護者、ヨーロッパの芸術運動に通じた美術評論家、ニーチェ哲学の紹介者として注目を集めたこと、やがて浪費癖のために借金苦に陥り、麻薬に手を染めて健康を害し、ジャーナリズムや美術評論の仕事も行きづまって、1920年代初めには重大な危機を迎えていたことを明らかにする。
この苦境時代にライトは探偵小説の執筆を思いつき、三冊分の梗概を用意して、スクリブナーズ社の名編集者マックス・パーキンズに持ちこんだ。のちにライトは 「S・S・ヴァン・ダイン」 誕生の内幕を自らエッセーで明かしているが、しかし、そこには多くのロマンティックな粉飾と捏造された逸話が混じっていた。
伝記作者ラフリーは、作家が作り上げた 「ヴァン・ダイン神話」 の虚実を冷静に検証し、高踏批評と新時代の文学を志しながら挫折し、入念な準備で挑んだ探偵小説創作で大衆読者の心をつかみ、社会的成功をおさめたアメリカ知識人の栄光と悲劇を、豊富な資料によって描き出していく。アメリカ探偵小説草創期に強烈な輝きを放ち、消えていった巨星ヴァン・ダインの実像を初めて明らかにし、内外のミステリ・ファンに衝撃をあたえた傑作伝記。
MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞受賞作(評論評伝部門)。


(写真左から)
1907年、結婚した頃のW・H・ライト。
1928年、映画 『カナリヤ殺人事件』 の撮影現場で、ヴァンス役のウィリアム・パウエル(右)と。
1932年、愛犬を抱えてご満悦のヴァン・ダイン。


◆国書刊行会 2011年9月刊 本体3800円 [amazon]
◆装丁=藤田知子
◆四六判・上製 456頁・口絵8頁


日本経済新聞書評(千街晶之氏)
毎日新聞書評(若島正氏)

自分の小説よりずっと興味深い人生を送ることが、ウィラード・ハンティントン・ライトの宿命だった。ファイロ・ヴァンスのめざましい偉業でさえ、冒険と試練に満ちたウィラード自身の人生の豊富な経験には及ばない。結局彼の人生は大きな失敗の物語であり、アイデンティティとその喪失に関する物語だった。ウィラード・ハンティントン・ライト――全盛期にはアメリカの成功の象徴だった男は、苦しみと怒りに満ちた人物としてこの世を去った。 (本文より)

【目次】
謝辞/序/〈スマート・セット〉とともに/セアの逆襲/生い立ち/メンケン一派/シンクロミズムの誕生/近代美術のための戦い/文学者として/批評家とスパイ/後退/影の中で/S・S・ヴァン・ダイン/新しい生活/過去との訣別/ケンネル、ドラゴン、カジノ/晩年/整然とした最期/文献注/[解説] ヴァン・ダインと日米探偵小説/W・H・ライト著作リスト (付・邦訳・映画リスト)/参考文献/索引

ジョン・ラフリー(1953- )
アメリカの美術・文芸評論家。『ジョン・スローン――絵画と反逆者』 (1996) はピュリッツァー賞候補となった。他にゲイの文化や歴史に関する著作等がある。