【柴田宵曲の本】
妖異博物館 正・続  明治の話題  明治風物誌  奇談異聞辞典

「妖異博物館」 「続 妖異博物館」

柴田宵曲


『甲子夜話』 『耳嚢』 『東西遊記』 など、江戸時代の随筆・紀行等から、全国各地の怪異譚を採集、分類した奇譚集成。「舟幽霊」 「ものいう人形」 「生霊」 「地中の声」 「樹怪」 「化鳥退治」 「髑髏譚」 など、さまざまな妖怪・怪現象・奇譚を次々に取り上げ考察を加えながら、その筆はあくまで軽く、ある時は 『今昔物語』 『宇治拾遺物語』 の昔へ遡り、あるいは明治へと下って綺堂や八雲、鏡花作品の典拠を指摘したかと思うと、はては中国の志怪、アラビアン・ナイトにまで話題は及び、さながら怪異大百科の趣がある。奇譚アンソロジーとしても素晴らしい出来栄え。名著 『古句を観る』 『蕉門の人々』 の著者による、平易簡潔にして含蓄ある語り口が味わい深い、奇譚随筆の決定版 (初版は1963年、青蛙房刊)。

◆ちくま文庫 2005年8月刊 ◆装丁=神田昇和
 正篇 本体1000円 [amazon] [bk1]
 続篇 本体1000円 [amazon] [bk1]

怪異の百科全書的な書籍だが、軽妙な筆さばきで、読物としての面白さは抜群だ。――朝日新聞8月25日  ◆全文

【妖異博物館】 目次
はしがき
【T】 化物振舞/大入道/一つ目小僧/轆轤首/舟幽霊/人身御供/再度の怪/夢中の遊魂/人魂/異形の顔/深夜の訪問/ものいう人形/ものいう猫/怪火/狸の火
【U】 地上の竜/大猫/猫と鼠/化け猫/狐の嫁入り/狐と魚/狸の心中/狸囃子/狸の書/猿の刀・狸の刀/鼠妖/大鳥/白鴉/蟒と犬/河童の力/河童の薬/河童の執念/海の河童/百足と蛇/古蝦蟇/蜘蛛の網/守宮の釘/大鯰/妖花/茸の毒
【V】 果心居士/飯綱の法/命数/外法/鼠遁/山中の異女/乾鮭大明神/人の溶ける薬/煙草の効用/適薬/秋葉山三尺坊/天狗と杣/天狗の姿/天狗になった人/天狗(慢心)/天狗の誘拐/天狗の夜宴/天狗の爪/手を貸す
【W】 光明世界/生霊/小さな妖精/執念の転化/気の病/形なき妖/道連れ/大山伏/そら礫/消える灯/夜光珠/異玉/化物の寄る笛/持ち去られた鐘/行厨喪失/銭降る/猫の小判/雁の財布/夜著の声/古兜/古枕/木像読経/斬られた石/動く石/魚石/提馬風/風穴/穴/赤気
あとがき(青蛙房主人)/解説(東雅夫)

【続 妖異博物館】 目次
はしがき
【T】 月の話/大なる幻術/雷公/雨乞い/鎌鼬/空を飛ぶ話/地中の別境/地中の声
【U】 宿命/火災の前兆/家屋倒壊/卒塔婆の血/経帷子/井の底の鏡/五色筆/難病治癒/診療綺譚/髑髏譚/眼玉/首なし/ノッペラポウ/首と脚
【V】 竜宮類話/羅生門類話/妖魅の会合/雨夜の怪/死者の影/離魂病/壁の中/吐き出された美女/関屋の夢/大和の瓜/死者生者/朱雀の鬼/樹怪/くさびら
【W】 仏と魔/信仰異聞/押手聖天/金銀の精/名剣/不思議な車/樽と甕/埋もれた鐘/巌窟の宝/打出の小槌/茶碗の中/金の亀/木馬
【X】 竜に乗る/竜の変り種/虎の皮/馬にされる話/牛になった人/白猿伝/猿の妖/狐の化け損ね/獺/鶴になった人/化鳥退治/大魚/鰻/魚腹譚/胡蝶怪/蜂/銭と蛇
あとがき(青蛙房主人)/解説(西崎憲)

◆はしがき(抄) ――『妖異博物館』

 気の利いた化物は引込む時分ということがある。もし夏が怪談の季節であるならば、たださえ寒い冬の今頃、こんな書物を持ち出すのは、世間の評判を待つまでもなく、明かに時期を失している。引込むには遅過ぎ、もう一度顔を出すにはまだ早い。正に戸惑いした形である。(中略)

三田村翁は妖怪変化と幽霊中心の怪談とを時代的に区別し、文化度までは猶両者が入交っているが、文政以後は完全に幽霊の独占に帰するという説であった。幽霊中心の怪談は、演劇、読本、講談、浮世絵その他の作者の協力に成るもので、先ず幽霊の発生しそうな事件を作り、然る後本物が登場する順序に及ぶ。その前提の事件なるものは、例外なしに不愉快な葛藤である。これらの怪談は如何に夏向きであっても、所詮吾々の興味の外に在ると云わなければならない。

ここに陳列したのはすべて不愉快な怪談になる以前のもので、中には妖異とか怪異とかいう域に達せぬ話がないでもない。孤立した話は採らず、多少類似の話があって、比較対照の興味あるものを択んだから、著者は奇談類考ぐらいのつもりでいたところ、青蛙房主人によって 「妖異博物館」 という大袈裟な書名を与えられてしまった。博物館はいささか恐縮である。尤も一口に博物館と云ったところで、全部が全部宏壮な建築物とは限らず、カーライル博物館のように、個人の旧宅に遺品を飾ったに過ぎぬ例もある。読者は世上の博物館中最も小規模なものを連想するか、或は博物館の一小部分と解釈されんことを希望する。

(中略) 柳宗元の 「竜城録」 によれば、「昏夜鬼を談ずるなかれ、鬼を談ずれば則ち怪至る」 というのであるが、深夜明るい電燈の下にインクの滴々より成った本書には、そういう虞れは万々ない事と信ずる。

※「気が利いた化物は引込む時分」 云々とあるのは、本書の刊行が冬のさなか一月だったため。なお、「三田村翁」 とはもちろん江戸文化風俗研究家として有名な三田村鳶魚 (1870-1952) のこと。宵曲は鳶魚の著述・編纂活動の協力者でもあった。カーライル博物館は漱石の訪問記でも有名。


◆はしがき(抄) ――『続妖異博物館』

 笑談から駒が出た形で 「続妖異博物館」 が出版される運びになった。然も今度は怪談季節の真最中である。(中略)

尤も続篇と云ったところで、話の続きでないのは勿論、話の方角も大分変っている。前巻にも支那の話を引合に出さぬことはなかったが、今度はその色彩がよほど強く、時には支那を主にしたのではないかと思われる箇所が出て来た。日本の話にしても、前巻の主流であった江戸時代より、少し遡ったところに話題を求めた。(中略)

 支那の志怪の書と日本の妖異譚との関係は、支那料理と日本料理のようなものである。似ているようで違い、違うかと思えば似ている。昔からその間に交流のあった消息は、貧弱なこの博物館の陳列だけ見ても、或る点までは看取し得るかも知れぬ。

※或は 「支那」 という語を気にされる方がおられるかもしれない。念のため、青蛙房主人こと岡本経一氏のあとがきから、次の言葉を引いておく。「明治人にとっての支那は中国よりももっと広く深い。軽視のことばではなくて、尊敬と親愛の情を含めたことばである。そして、本書の意図するところも、何千年来の彼我のこころの交流を根底においている」

本書 『妖異博物館』 正続二巻は、江戸奇談随筆の沃野へ参入しようとする読者にとって、最良の入門書であると私は思う。近世の随筆書から怪談奇談を抽出再編した類書は少なからず存するけれども、初刊以来四十余年を閲した現在に到るまで、本書を凌駕するような書物は、ついぞ現われることがなかった。――東雅夫氏 (本書解説より)

柴田宵曲 (しばた しょうきょく)
明治30年(1897)、日本橋久松町の商家に生まれる。句誌 「ホトトギス」 編集者を経て、「子規全集」 「分類俳句全集」 の編纂・校正に尽力した。俳句・近代文学・古典に関する著作が多く、著書に 『蕉門の人々』 『古句を観る』 『漱石覚え書』 『明治の話題』 『明治風物誌』、編著に 『随筆事典/衣食住篇・奇談異聞篇』 などがある。昭和41年(1966) 死去。その名利を求めぬ生き方、飄然とした人柄について、共著 『書物』 もある親友・森銑三は、 「柴田さんを利用しなかったジャーナリズムも頼りないが、一生、ジャーナリズムに煩わされる所なく、趙然として一生を終った所にわが宵曲大人があった」 と語っている。1991年に 『柴田宵曲文集』 全8巻が小澤書店から刊行された。