【柴田宵曲の本】
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「奇談異聞辞典」

柴田宵曲編


江戸時代の随筆は奇談怪談の宝庫である。『随筆辞典』 の一巻として編纂された本書は、『甲子夜話』 『耳嚢』 をはじめ107種もの近世随筆集から、奇談異聞の記事を抜粋、見出しをつけ、五十音順に配列した江戸奇談随筆の一大アンソロジーである。博覧強記の柴田宵曲が夥しい文献から選り抜いた奇談異聞の数々は、まず読物として面白く、同時に、河童・天狗・竜・狐狸・蟒・轆轤首・舟幽霊・異人・隠し里・妖石・神隠しなど、本邦怪異妖怪譚のデータベースとしても活用できる貴重な資料集でもある。『妖異博物館 正・続』 は本書編纂の仕事をベースに著された。また、岡本綺堂、幸田露伴から杉浦日向子まで、江戸奇談随筆に取材した作品の原典を探す楽しみもあるだろう。『随筆辞典 奇談異聞編』 (東京堂、1961) を改題。

◆ちくま学芸文庫 2008年9月刊
◆本文2段組 718頁+索引
◆装丁=間村俊一

◆本体2200円 [amazon] [bk1]

本書は随筆による奇談異聞集で、話材の範囲が限られているのみならず、辞典の名にそぐわないという人があるかも知れぬ。併しこの種の奇談異聞は、随筆中の最も有力なる談柄である。その談柄の豊富なもの、狐狸の如き、天狗の如き、河童の如き、亡霊幽魂の如きは、類聚排列することによって、いさゝか研究の領域に近づくことが出来るであろう。「随筆辞典」 の奇談異聞編である本書が、奇談異聞集の随筆編として見られる結果になっても、編者に於いて格別の異議はないのである。
                                          ―編者 「はしがき」 より―
【内容見本】

秋葉の魔火 あきはのまび 静岡県秋葉山付近におこる話〔耳嚢巻二〕駿遠州へ至りし者の語りけるは、天狗の遊びとて、遠州の山上には、夜に入り候へば、時々火燃えて遊行なす事あり。雨など降りける時は、川へ下りて、水上を遊行なす。これを土地の者は、天狗の川狩に出たるとて、殊の外慎みて、戸などをたてける事なる由。如何なる事なるや、御用にて彼地へ至りし者、その外予〈根岸鎮衛〉が召仕ひし遠州の産など、語りしも同じ事なり。

毛降る けふる〔甲子夜話巻五十二〕八月十四日には風雨烈しく、処々に出水したり。後に聞けば毛を降らせしと云ふ。その状三四寸なるも有り、また短かきも有りしと人々語れり。予〈松浦静山〉怪かと問ひたれば、林氏云ふ、陰気の形を為したる者にて、獣毛には非ざるべしと。また後に『怪異辨談』(西川如見著)を披閲すれば、中華日本の南方に当りて無量の大国あり。その鳥空中を往来す。不知豈妖ならんやと。然れば鳥毛の降れるなり。(前書を按ずるに、伝へ聞く、西南の蛮夷に大国甚だ多し。その国大鳥の羽毛畜獣の毛に似たる者多く有之、未だ日本中華に於て無之処の也。その鳥数干百群れ飛んで遠く山海を往来するに、如何なる故にや、その翼下の毳毛を落すことあり。その毛風気に乗じて遠く降れるを雨毛と云へり)

柴田宵曲 (しばた しょうきょく)
明治30年(1897)、東京市日本橋区久松町の商家に生まれる。句誌 「ホトトギス」 編集者を経て、「子規全集」 「分類俳句全集」 の編纂・校正に尽力した。俳句・近代文学・古典に関する著作が多く、著書に 『蕉門の人々』 『古句を観る』 『妖異博物館 正・続』 『明治の話題』 『明治風物誌』、編著に 『随筆事典/衣食住篇・奇談異聞篇』 などがある。昭和41年(1966) 死去。その名利を求めぬ生き方、飄然とした人柄について、共著 『書物』 もある親友・森銑三は、 「柴田さんを利用しなかったジャーナリズムも頼りないが、一生、ジャーナリズムに煩わされる所なく、趙然として一生を終った所にわが宵曲大人があった」 と語っている。1991年に 『柴田宵曲文集』 全8巻が小澤書店から刊行された。