【内容見本でみる国書刊行会 第4回】


《ゴシック叢書》(1978-1985)。編集=小池滋・志村正雄・富山太佳夫。

 表紙を入れて24頁の小冊子。杉浦康平デザインの 《世界幻想文学大系》 内容見本に比べると、スミ一色刷、いかにも編集部作成の質素なつくりだが、編者三人がそれぞれの立場から編集意図を披露した一文に、半村良 (伝奇作家)、川端香男里 (ロシア文学)、窪田般彌 (仏文学)、大橋健三郎 (米文学)、清水徹 (仏文学)、須永朝彦 (歌人)、鼓直 (ラテンアメリカ文学) と並ぶエッセーは読み応え十分。
 編者の小池滋氏は巻頭のエッセーで、ゴシック小説はながく英文学における 「食器戸棚の中の骸骨」 (ひと目にさらしたくない秘密、内輪の恥) として扱われてきたが、「いまここに企てようとしているのは、この食器戸棚を開け、中の骸骨を白日の下に引きずり出し、埃をはらって、その本来の姿を示そうとすることである」 と述べている。この叢書は世界的なゴシック再評価、研究熱の高まりに呼応するものでもあった。小冊子末尾の 「《ゴシック叢書》 の特色」 では、「……ゴシック的傾向の作品を網羅し系統的に紹介する、わが国初の、という以上に世界最初の本格的ゴシック小説シリーズ」 と高らかに謳っている。

 この叢書、途中で配本間隔があいてしまったこともあり、『V.』 など一部のタイトルを除いて、営業的には好成績とはいかなかったが、国書刊行会の数ある海外文学シリーズのなかでも歴史的名企画のひとつだと思う。その重要性は三つ。
(1) 『オトラントの城』 『ヴァセック』 『フランケンシュタイン』 『ケイレブ・ウィリアムズ』 『悪の誘惑』 など、《世界幻想文学大系》 の 『マンク』 『放浪者メルモス』 『ウィーランド』 とあわせて、英米ゴシック小説に関心を持つ読者が真っ先に手に取るべき作品をほぼ網羅していること。(重要作で落ちているのはラドクリフ 『ユドルフォの秘密』 くらい)。レ・ファニュ、コリンズ、ブルワー=リットンなど、ゴシックの水脈を受け継ぐヴィクトリア時代の作品、さらに詩や演劇にまで目配りのきいた編集。
(2) よく言われる 「アメリカ文学のゴシック性」 を C・B・ブラウン (アメリカ文学の父) からメルヴィル、ホーソーンを経て、ピンチョン、バース、バーセルミ、ホークスらの現代作家まで、実作を並べることで具体的に示したこと。「ゴシック」 を18世紀後半〜19世紀前期に限定されたものではなく、現代にも脈々と受け継がれる文学的 「常数」 とすることで、よりスケールの大きなものとした。
(3) 研究篇 『城と眩暈 ゴシックを読む』 の刊行。いまだに日本語で読めるゴシック小説に関するもっとも充実した研究・評論書のひとつ (もう一冊、紀田順一郎編 『出口なき迷宮』 (牧神社) を入門篇としてあげておきたい)。英米にとどまらず、ドイツ、フランス、ロシア、イタリア、ラテンアメリカ、日本 (江戸時代) の 「ゴシック的なもの」 をそれぞれの専門家が紹介、さらに美術、建築におけるゴシック、推理小説、SFとの関連まで論じた書き下ろし18篇を収録。ゴシック小説とピクチャレスク=崇高美学を論じて圧倒的な高山宏 「目の中の劇場」 は本書が初出。

 1982年から後半の 「第二期」 を刊行 (ラインナップは上記小冊子で発表済)。この際に装丁が変更されたのはテコ入れの意味もあったと思うが、個人的には第一期の加納光於デザインの方に思い入れがある。
下は第二期刊行開始にあたって制作されたパンフレット。



                                               

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