「犯罪の天才」 が語る奇想天外な冒険譚
【犯罪王カームジン あるいは世界一の大ぼら吹き

ジェラルド・カーシュ
駒月雅子訳

自称 「犯罪の天才」 のカームジンは、広い胸に太鼓腹の堂々たる体格で、いがぐり頭に大きな赤ら顔、ぼさぼさの白い眉とどんよりした黄色い眼、鼻の下にはニーチェ風の口髭という印象的な風貌の人物。その身体をつつむ虫食いだらけのコートは、シベリアの氷の中からマンモスと一緒に発見された絶滅種 「モンゴル・シラクス」 の毛皮だという (といっても、事典という事典を片っ端から調べたって、そんな生き物はどこにも載ってはいないのだ)。

いくつもの完全犯罪を成し遂げ、莫大な現金や宝石をその掌中に収めてきたと豪語するカームジンだが、現在の境遇はどうみても素寒貧そのもの、いつも煙草やお茶代を人にせびっている。おんぼろアパートで彼と知り合った 「私」 は、カームジンの披露する冒険譚を、なかばほら話と決めつけながらも、毎回、その奇想天外な物語に引き込まれてしまう。

「カームジンの銀行泥棒」 でカームジンは、白昼堂々、ロンドン中心街の銀行から現金2万ポンドを奪い取り、「カームジンの宝石泥棒」 では落語さながらの手口で宝石奪取に成功したかと思うと、「カームジンとあの世を信じない男」 では幽霊までも商売のタネにするしたたかさをみせ、「カームジンと重ね着した名画」 では幾重にも仕組んだ絵画贋作で貪欲な美術品コレクターたちを翻弄する。さらに偽札製造機を餌に詐欺師から大金をまきあげたり、ロンドン塔から王家の宝冠を盗み出したり、幽霊の手を借りて百万長者を透明人間にしたり、街中の人々の醜聞録をつくって一儲けしたりと、カームジンの冒険譚はまことに多彩である。

語りが騙りに通じるカーシュのストーリーテリングの才が、もっとも典型的かつ軽妙にあらわれ、英国首相チャーチルやレックス・スタウト、ヘンリー・ミラーも愛読者だったというカームジン冒険譚全17篇に、日本版ボーナストラックとして、ナンセンスな味わいがカームジン物にも通じる、酔いどれ新聞記者のタイプライターが叩き出した大予言の物語 「埋もれた予言」、謀反人に科されたおそろしく奇妙で残酷な拷問を描くE・A・ポー風の綺譚 「イノシシの幸運日」 の2篇を併録。また、カーシュ研究家ポール・ダンカンのエッセー 「複数の顔をもつ男」 は、カームジンのモデルや、カーシュの貴重な証言を伝える。

Karmesin: World’s Greatest Criminal or Most Outrageous Liar (Crippen & Landru, 2003)

角川書店 2008年9月刊 本体2200円 [amazon] 品切
◆装画=藤枝リュウジ 装丁=鈴木久美(角川書店装丁室)

【収録作品】 カームジンの銀行泥棒/カームジンとガスメーター/カーミジンの偽札づくり/カームジンとめかし屋/カームジン脅迫者になる/カームジンの宝石泥棒/カームジンとあの世を信じない男/カームジンの殺人計画/カームジンと透明人間/カームジンと豪華なローブ/カームジン手数料を稼ぐ/カームジン彫像になる/カームジンと王冠/カームジンの出版業/カームジン対カーファックス/カームジンと重ね着した名画/カームジンと 『ハムレット』 の台本/埋もれた予言/イノシシの幸運日◇複数の顔を持つ男(ポール・ダンカン)

ジェラルド・カーシュ (1911-1968)
イギリスの小説家。用心棒、パン屋、レスラー、新聞記者などの職を転々としながら文筆生活に入り、ミステリ、SF、怪奇小説、戦争小説など、幅広いジャンルにまたがる夥しい作品を発表した。長篇 『夜と街』 は二度映画化され (ジュールス・ダッシンの 《街の野獣》 はフィルム・ノワールの古典として名高い)、奔放な想像力と独創的なアイディア、特異なスタイルをもったその短篇には、エラリイ・クイーンやハーラン・エリスンといった目利きたちが熱烈な賛辞を寄せている。日本オリジナル傑作集 『壜の中の手記』 『廃墟の歌声』 (晶文社) は近年の異色作家リヴァイヴァルの先駆けともなった。『壜の中の手記』 (角川文庫版/収録作に若干の変更あり) もある。
 ◆カーシュ著作リスト