どちらかといえば主流文学寄りの 〈世界幻想文学大系〉
を補完するものとして、ジャンル小説としての怪奇小説を集めたシリーズ。責任編集は
〈大系〉 と同じ紀田順一郎・荒俣宏のコンビ。長篇も含めたエンターテインメント系の怪奇小説叢書としては、東京創元社 〈世界恐怖小説全集〉 以来といってもいい企画である。第1回配本の平井呈一訳
『黒魔団』 は、その 〈世界恐怖小説全集〉
からの再刊 (初刊1959)。娯楽性満点の怪奇長篇をこの機会に復刊したいということもあったろうが、なにより怪奇小説の紹介に情熱を傾けてきた平井呈一へのリスペクトの意味もあったのではないか。再刊にあたって訳文に手を入れた平井だが、この本が出る1ヶ月前の1976年5月19日、心筋梗塞に脳内出血を併発して亡くなっている。享年73。第2回配本から始まった月報の第1回
(予告版) に、荒俣宏の追悼文が掲載されることになった。
内容見本には 「企画いらいじつに十六年! ついに実現した世界最高・最大の怪奇叢書!」 と謳われているが、どの時点から16年なのか、根拠は不明
(上記の東京創元社 〈世界恐怖小説全集〉 が1958〜59年の刊行だから、ここから数えてということか)。このパンフレットに掲げられた
「刊行の辞」 もなかなか気合の入ったもので、当時の国書刊行会の翻訳企画に共通した高揚した調子がうかがえるので、全文転載しておく。
刊行の辞
ドラキュラの故郷は遠くトランシルヴァニアである。だが、われわれが陳腐な日常に飽いて伝奇の琴線をたぐり寄せんとするとき、闇からの使者はただちに眼前に姿を現わし、崇高の支配的原理である
〈恐怖〉 を啓示する。幻想怪奇文学の淵源は、人類の発生とともにあるが、ここにわれらが集成を試みんとするものは、ゴシック・ロマンス出現後一世紀を経て、近代的なプロットの洗練をとげた正統
〈ウィアード・テイルズ〉
である。従来この種のジャンルは末流・亜流のみが紹介され、全貌を窺う由もなかったが、その渇はいまや癒されることになった。
とりあえず、英米の巨匠による第一期十巻をもってスタートするが、将来は独仏その他の国の作品を含む決定的叢書に育成する決意である。読者よ、この豪奢な屍衣をまとった十巻を導調として、おどろひしめき狂う異妖のユートピアに参入されんことを……………………。
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『妖怪博士ジョン・サイレンス』 『幽霊狩人カーナッキ』
のオカルト探偵物、娯楽性に徹した 『黒魔団』、冒険ロマンス色の強い
『古代のアラン』、〈ウィアード・テールズ〉
系の 『スカル・フェイス』、怪奇仕立てのミステリ
『狼男卿の秘密』 など、ヴァラエティに富んだ構成だったが、営業的にはあまり振るわなかった。というより、廉価版で大きな部数
(といっても多寡が知れているのだが。〈世界幻想文学大系〉
が2000〜3000部をベースに考えていたとすれば、5000〜7000部程度を想定していたはずだ)
を狙えるほど、怪奇小説の市場は成熟していなかった、ということだと思う。そのなかで
『ク・リトル・リトル神話集』 だけが版を重ねつづけ、〈真ク・リトル・リトル神話大系〉
のヒットにつなげている。これが 〈ウィアード・テールズ〉
〈定本ラヴクラフト全集〉 〈アーカム・ハウス叢書〉
など、〈幻想文学大系〉 〈ゴシック叢書〉系列の企画とは別系統のホラー叢書の出発点となった。この
〈真クリ〉 以下、一連の企画を手がけた編集者が、『ク・リトル・リトル神話集』
の付録で 「ク・リトル・リトル神話事件簿」
を作成した松井克弘 (ファンジン 〈黒魔団〉
出身)、すなわち現在作家として活躍している朝松健氏である。
本叢書の第2期として、超大作 『吸血鬼ヴァーニー』
や、ウェイクフィールド、ハーヴェイの短篇集なども計画されていたが幻に終った。参考として、あわせてそのリストも掲載しておく。
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