J・D・カーが選んだベスト・ミステリ10



1945年末、ジョン・ディクスン・カーは、出版社に請われて、10点の傑作長篇をおさめた巨大なアンソロジー 『傑作探偵小説10選』 を作る計画に手を貸すことになった。下記の10冊は、翌1946年、カーが選んだベストだが、このうち、3点の出版権を保有している出版社が難色を示したため、結局、この企画は幻に終った。しかし、カーは、この選集のために、長文の序文をすでに書き上げていた。「地上最高のゲーム」『グラン・ギニョール』 翔泳社、所収)がこれである。

この宙に浮いてしまったエッセイの前半部分を、1963年になってフレデリック・ダネイが 『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』 に掲載した。しかし、ここでは、カーがそれぞれの作品について、選んだ理由を具体的に語った後半部分がばっさりと割愛されていた。従来、このエッセイには数種の邦訳があったが、いずれもこの簡約版を底本にしたものであった。

ダネイの没後、遺された書類の中から、このエッセイの削除された部分が発見され、初めて完全なかたちで陽の目を見たのは、1991年、The Door to Doomの第2版(ペイパー版)においてである。「探偵小説とは、作者の巧妙さと読者の頭脳との間に繰り広げられる戦いである」 というカーのミステリ観が、明快に、さまざまなテクニックの実例をあげて述べられているこのエッセイの全貌については、ぜひ 『グラン・ギニョール』 におさめられた 「地上最高のゲーム」 完全版をご覧いただきたい。また、この選集企画と序文についての顛末は、ダグラス・G・グリーンの評伝 『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』 (国書刊行会) で詳しく紹介されている。

以下に 「地上最高のゲーム」 で取り上げられた10冊の探偵小説を、掲載順にあげておく。カーのコメントの抜粋は、森英俊訳を引用した。


『恐怖の谷』 (1914) アーサー・コナン・ドイル
(創元推理文庫/ハヤカワ・ミステリ文庫/新潮文庫/他)
「第一に、同書の冒頭の章には、ホームズとワトソンの間にかわされた、おそらくシリーズ全体でも最高のやりとりが含まれている。第二のさらに重要な理由は、同書における中心的な謎が、夜間の犬、あるいは (『バスカヴィル家の犬』 をも含めるとすれば) 夜間の二匹の犬と遜色のない、賞賛すべき手がかりによって論理的に解明されるからである」
*「夜間の犬」とは、夜、犬が吠えなかったことこそが手がかりである、という「白銀号事件」の有名なせりふを指す。

『黄色い部屋の謎』 (1908) ガストン・ルルー
(創元推理文庫/ハヤカワ・ミステリ文庫/集英社文庫)
「ガストン・ルルーの最大の貢献は、広義の 〈不可能状況〉 を密室物に持ち込んだところにある。すなわちそれは、起こるはずのないことが現実に起きるというものである。……ルルーの不可能殺人が後続の作家たちに及ぼしたはかりしれない影響を、過小評価することは困難である」

『薔薇荘にて』 (1910) A・E・W・メイスン
(国書刊行会)
「メイスン氏の勝利は、状況をアレンジすることによって、気ままなプロットが登場人物たちを作りあげていくのではなく、登場人物たちがプロットを作りあげていくようにした点にある。氏の場合、まず人間ありきなのだ。……これは探偵小説がこれまでのところ探求しつくしていない分野である」

『ナイルに死す』 (1937) アガサ・クリスティー
(ハヤカワ・ミステリ文庫/新潮文庫)
「ポアロは 『ナイルに死す』 のなかで最高の名探偵ぶりを見せるが、私見によれば、同書はトーカマーダが「小さな灰色のペテン」と名づけたなかでも最上のものであろう」

『神の灯』 (1940) エラリー・クイーン
(創元推理文庫 『エラリー・クイーンの新冒険』 所収)
「事件の舞台は限定されてるが、それでも作者に惑わされてしまうに違いない。そこでは、技巧がまさに芸術の域にまで達している」

『毒入りチョコレート事件』 (1929) アントニイ・バークリー
(創元推理文庫)
「同書は、見当違いもはなはだしい探偵たちが同じ一そろいの証拠をもとに、それぞれ別の人間を犯人として名指すという機知に富んだ傑作で、物語が進むにつれて、ギルバート・アンド・サリヴァンの喜歌劇のような盛りあがりを見せてくる」

『グリーン家殺人事件』 (1928) S・S・ヴァン・ダイン
(創元推理文庫)
「……とりわけ『グリーン家殺人事件』といった作品には、すさまじい衝撃が用意されている。ディテールの積み重ねに創意が加味され、平凡なものが狂気によって驚くべきものへと変貌している。……われわれは、イースト・リヴァーの上に突き出ている、古びたグリーン屋敷の隅から隅まで知りつくしている。そのなかを殺人鬼がうろつき回っていることをのぞけば、それは隣りの家であってもおかしくない」

『狂った殺人』 (1931) フィリップ・マクドナルド
(論創社)

「『狂った殺人』のテーマは現代の田園郊外住宅地に出現した 〈切り裂きジャック〉 であり、そこではゲスリンの手腕は役に立たず、警察組織だけが勝利をおさめうる。犯人が殺人鬼を装っているのではないことを、読者はあらかじめ知らされる。……恐怖に満ちた異様な雰囲気のあとに到来するクライマックスは、まさに読むものの血を凍らせる」

『腰ぬけ連盟』 (1935) レックス・スタウト
(ハヤカワ・ミステリ文庫)
「身体の不自由なポール・チャピンの登場する 『腰ぬけ連盟』 と題された力強い物語のなかで、ウルフは心理学者はだしのところを見せ、行きすぎたハードボイルド派の作家連中が心に留めておくべき教訓を引き出す」

『毒を食らわば』 (1930) ドロシイ・L・セイヤーズ
(創元推理文庫)
「『毒を食らわば』 がここに選ばれたのは、より伝統的な謎解きものとしての出来がいいからなのだ。……すべての出来事が、だれが、どのように、そしてなぜという、不変の原則に基づいている。だれが、どのように、そしてなぜという3つの疑問に答えること、目新しくかつ論理的な方法でそれらに答えることこそが、探偵小説の目的でありつづけるのだ」


【注記】

EQMMにこのエッセイの簡約版が掲載された時のクイーン (ダネイ) のコメントでは、セイヤーズの長篇としては 『ナイン・テイラーズ』 (1934) (創元推理文庫/集英社文庫) が選ばれたことになっている。しかし、完全版の本文を読むと、カーが選んだのは明らかに 『毒を食らわば』 である。ただし、EQMM掲載時にカーが記した 「17年後の後記」 では、4人の作家については、いまなら別の作品を選ぶとして、セイヤーズの 『毒を食らわば』 を改めて選びなおしている。どうやら事実関係の混乱が見られるようだが、あるいは1946年の時点では、エッセイを書き上げた後で 『ナイン・テイラーズ』 に差し替えた、といった事情があったのかもしれない。ちなみに 「17年後の後記」 で選びなおされた他の作品は下記の通り。

A・E・W・メイスン 『矢の家』 (1924) (創元推理文庫)
エラリー・クイーン 『チャイナ橙の謎』 (1934) (創元推理文庫/ハヤカワ・ミステリ文庫)
フィリップ・マクドナルド 『鑢』 (1920) (創元推理文庫)