エラリイ・クイーン編 『101年のお楽しみ』


エドガー・アラン・ポーが 《グレアム》 誌に 「モルグ街の殺人」 を発表した1841年から百周年にあたる1941年、エラリイ・クイーン (フレデリック・ダネイ) は短篇ミステリの歴史を概観するアンソロジー 『101年のお楽しみ――探偵小説傑作選、1841-1941年』 を編纂、刊行する。
この年、ダネイは 《エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン》 を創刊、編集者・アンソロジストとして本格的な活動を始めていた。このアンソロジーは大成功を収め、以後、ダネイは 『血のスポーツ』(42)、『犯罪の中のレディたち』(43)、『シャーロック・ホームズの災難』(44)、『完全犯罪大百科』(45)、『クイーン好み』(46)と、毎年のように特色あるアンソロジーを送り出していく。
下記の収録作品リストをご覧いただけば一目瞭然だが、この 『101年のお楽しみ』 は、戦後の翻訳ミステリ出版をリードした早川書房、東京創元社が、その初期に出版したアンソロジー・シリーズ 『名探偵登場』 全6巻 (ハヤカワ・ミステリ 1956-63)、『世界短編傑作集』 全5巻 (創元推理文庫 1960-61
※1) のセレクションに大きな影響を与えている※2。この二つのアンソロジーが、わが国のミステリ・ファンに短篇ミステリの歴史的パースペクティヴを示す教科書的役割をはたしたことをあわせ考えると、『101年のお楽しみ』 の歴史的重要性はきわめて大きいと言ってよいだろう。
なお、本書初版 (Little, Brown, 1941) では、「推理の科学」 と題して、コナン・ドイルのホームズ物4作品からの抜粋を収録していたが、後の版ではニック・カーター 「ディキンスン夫人の謎」 に差し替えられている。
実はこのとき、エージェントのミスで、ドイルの4作品のうち1作分しか再録許可を取り付けていなかった。その後、このミスに気づいたダネイは、ドイルの息子エイドリアンに連絡したが、折悪しくエイドリアンは、ダネイが編んだホームズ・パロディ&パスティーシュ集 『シャーロック・ホームズの災難』 に対して、父親の作品を汚すものとして激しい怒りを抱いており、なんとかしたいと手段を探っていたところだった。(エイドリアンの父親崇拝、作品の神聖視は度を越したものがあり、そのために多くのトラブルをおこしていた)
エイドリアンは 『101年のお楽しみ』 の著作権侵害をたてに、『災難』 を絶版にしなければ、法的措置に訴えると圧力をかけた。大きなセールスを上げていた 『101年』 を救うために、クイーンはやむなく 『災難』 を絶版にすることで事態の収拾をはかった。作品差し替えの背景には、こうした事情があったのではないかと推察される。
(但し、作品の差し替えは 『災難』 出版以前の版ですでに行われていたらしい。とすると、ダネイが問題に気づいた時点で、とりあえずドイル作品を外してニック・カーターに差し替えたが、その後 『災難』 が出たときに、エイドリアンがあらためて 『101年』 の著作権侵害の件を蒸し返した、ということなのだろうか)


※1 《世界推理小説全集》 第50・51巻 『世界短編傑作集1・2』 (江戸川乱歩編 1957) を大幅増補したもの。ちなみに各巻の 『101年のお楽しみ』 との重複度は10/12、7/12と極めて高い。
※2 他に重要なソースとして、ヴァン・ダインセイヤーズのアンソロジーがある。この三種で 『名探偵登場』 『世界短編傑作集』 の収録作はほぼカバーできる (刊行時期が少し遅れ、40年代以降の作を多く収めた 『名探偵登場』 5・6巻は別として)。


=『世界短編傑作集』 全5巻 (江戸川乱歩編、創元推理文庫 1960-61)、=『名探偵登場』 全6巻 (早川書房編集部編、ハヤカワ・ミステリ 1956-63) の収録作品。丸数字は巻数。その他の邦訳は ( ) 内に収録短篇集・アンソロジー、掲載誌を記載した。


《101 Years' Entertainment: The Great Detective Stories, 1841-1941》

序文 (1946年改訂版の序文 「短編探偵小説100年史」 : 『ミステリの美学』 成甲書房/他)
 《偉大な探偵たち》
エドガー・アラン・ポー 「盗まれた手紙」(『ポー小説全集4』 創元推理文庫/他)
アーサー・コナン・ドイル 「推理の科学」(4作品からの抜粋)(創元推理文庫/他)
アーサー・モリスン 「レントン館盗難事件」◆@◆@
M・P・シール 「S・S」◆@
バロネス・オルツィ 「ダブリン事件」◆@◆@
ジャック・フットレル 「十三号独房の問題」◆@
ロバート・バー 「放心家組合」◆@
モーリス・ルブラン 「赤い絹の肩かけ」◆A
R・オースティン・フリーマン 「文字合わせ錠」◆@
G・K・チェスタトン 「秘密の庭」(『ブラウン神父の童心』 創元推理文庫)
サミュエル・ホプキンズ・アダムズ 「The Man Who Spoke Latin」
メルヴィル・デイヴィスン・ポースト 「ズームドルフ事件」◆A
E・C・ベントリー 「好打」◆A
アーネスト・ブラマ 「ブルックベンド荘の悲劇(真夜中の悲劇)」◆A◆A
フランク・フォーレスト&ジョージ・ディルノット 「The Pink Edge」
H・C・ベイリー 「豪華な晩餐(長いメニュー)」◆B (『ディナーで殺人を/下』 創元推理文庫)
アガサ・クリスティー 「チェスの問題」(『ビッグ4』 より)(ハヤカワ文庫/他)
G・D・H&M・I・コール 「窓のふくろう(電話室にて)」◆A◆B
ドロシイ・L・セイヤーズ 「二人のピーター卿」◆B
アントニー・ウィン 「キプロスの蜂」◆B◆B
ロナルド・A・ノックス 「密室の行者」◆B
アントニー・バークリー 「偶然の審判」◆B
マージェリー・アリンガム「ボーダー・ライン事件」◆B◆C
ロード・ダンセイニ 「二壜のソース」◆B
ダシール・ハメット 「スペードという男」◆C◆C
T・S・ストリブリング 「チン・リーの復活」◆C (『ポジオリ教授の冒険』 河出書房新社)
エラリー・クイーン 「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」◆C
カーター・ディクスン 「見知らぬ部屋の犯罪」◆D
 《偉大な女探偵たち》
エドガー・ジェプスン&ロバート・ユースタス 「茶の葉」◆B
ヴィオラ・ブラザーズ・ショア 「マッケンジー事件」(『犯罪の中のレディたち/下』 創元推理文庫)
ミニヨン・G・エバハート 「スザン・デア紹介」◆C
 《偉大なユーモア探偵小説》
メアリー・ロバーツ・ラインハート 「The Treasure Hunt」
アガサ・クリスティー 「婦人失踪事件」(『おしどり探偵』 ハヤカワ文庫/他)
オクタヴァス・ロイ・コーエン 「The Mystery of the Missing Wash」
 《偉大な泥棒たち》
E・W・ホーナング 「犯罪学者クラブ」(『最後に二人で泥棒を』 論創社)
モーリス・ルブラン 「獄中のアルセーヌ・ルパン」(『怪盗紳士ルパン』 ハヤカワ文庫/他)
フレデリック・アーヴィング・アンダースン 「目隠し遊び」 (『怪盗ゴダールの冒険』 国書刊行会/他)
エドガー・ウォーレス 「盗まれた名画」(『犯罪の中のレディたち/下』 創元推理文庫)
レスリー・チャータリス 「パリのセイント」 (HMM 1968-12)
 《偉大な犯罪小説》
A・E・W・メイスン 「ある男と置時計」 (別冊宝石81号)
リチャード・エドワード・コンル 「世にも危険なゲーム」(『世界傑作推理12選&ONE』 光文社文庫)
ヴィンセント・スターレット 「11人目の陪審員」 (宝石1959-10)
アガサ・クリスティー 「夜鶯荘」◆B
アーヴィン・S・コッブ 「信・望・愛」◆C
トマス・バーク 「オッターモール氏の手」◆C
F・テニスン・ジェシー 「Treasure Trove」
ドロシイ・L・セイヤーズ 「疑惑」◆C
ヒュー・ウォルポール 「銀の仮面」◆C
パール・S・バック 「身代金」 (『犯罪文学傑作選』 創元推理文庫)
 《探偵小説に終止符を打つ探偵小説》
ベン・レイ・レドマン 「完全犯罪」◆B



ドイル「推理の科学」→後の版で差し替え
ニック・カーター 「ディキンスン夫人の謎」◆C

 資料室INDEX