アインツベルン城からイリヤ救出までは原作準拠で省略。

『イリヤを連れて家へ戻り、そのままぶっ倒れて寝てしまって、
起きたときには、夕方だった。
頭痛はない。
身体も何ともない。
土蔵へ行って、瞑想してみる。
体内を巡る魔力を確かめる。
左腕が、身体を侵食しつつある。それは分かる。
だが、まだいける。
まだ、戦える。
中庭に出て、暮れなずむお山を眺めた。
柳洞寺の上には低く雲がたれ込め、異様な妖気を放っていた。
「行くのね?」
振り返ると、縁側にイリヤが立っていた。
それは質問ではなかった。
無言で、頷く。
「勝ち目がないことは解ってるんでしょ?もう桜を止められないって知ってるんでしょ?それでも、行くの?」
「ああ。それでも、だ」
俺は、衛宮士郎だから。行かねばならない。
「そうだろ?ライダー」
声をかけると、ライダーは忽然と姿を現した。
「・・・・・・」
騎兵は、無言で俺を見据える。
「俺は柳洞寺へ行く。おまえは、どうするんだ」
「・・・・・・私は、あくまで桜を守ります。あなたが桜を殺すと言うなら、私はあなたを殺します」
風が殺気を孕む。
俺は、それを受け流した。
高揚しているわけでも、勇敢なのでもない。
ただ、ひどく無感動になっていた。自分の身の危険にさえ。
遠坂が死んでしまったのだから。俺が死なずにすむわけがない。
いや、俺は10年前のあの日に、一度死んだのだ。
それからの人生は前払いのご褒美のようなものだった。いま、その借りを返しに行くだけだ。
「ライダー。あれは、おまえの知っている桜か。おまえの好きだった桜か?」
「・・・・・・」
眼帯で目は見えないが、ライダーが動揺しているのは解った。
「・・・・・・どうすると言うのです」
「俺は、桜を救いに行くんだ。俺たちの知っている桜を取り戻しにな」
「しかし・・・・・・セイバーと、戦うことになるのですよ。勝算があるとでも?」
「まあな。ライダーが手を貸してくれればだ」
「私が彼女と戦えば、宝具の撃ち合いになる。残念だがそれでは、勝てませんよ」
「一瞬でいい。あいつの懐に入るスキが欲しい。そうすれば勝機はある」
「しかし、どうやって?」
「耳を貸してくれ」
「・・・・・・なるほど。行けそうですね。いいでしょう。桜を救い出すまで、あなたに力を貸しましょう」
「頼む。日が落ちたら、出発だ」

柳洞寺の山門へ通じる石段を登りながら、ライダーに聞いた。
「大聖杯は、この地下だと聞いた。入り口に心当たりはないか?」
ライダーは、右手の林の中を指した。
「この方向に、強い魔力の流れを感じます。あれをたどっていけば、あるいは」
「わかった。行ってみよう」
山道から一歩はずれると、鬱蒼と茂った森だ。急な斜面を進む。小さな頃からお山を遊び場にしてきたが、こんなところまで来るのは初めてだ。やがて、谷を流れる清水の流れに突き当たった。湧き水でもあるのか?
はっとなった。闇をすかして見上げると、巨大な岩の下から水が流れ出している。
「ライダー、あれはどうだ?」
「待ってください。・・・・・・士郎、振り返らないように」
眼帯を外す気配。直視しなくとも、背中がゾクゾクする。
「・・・・・・ありますね。あの影に、通路が。地下へ通じているようです。あの岩はカモフラージュでしょう」
ライダーの言うとおり、岩の後ろに隠れて人一人通れる通路があった。
洞窟の中を下っていく。
どのくらい歩いたのか。突然、恐ろしく広い大空洞に出た。辺りはなぜか、ぼんやりと明るい。

そこに、彼女の姿があった。

闇が結晶したような漆黒の甲冑。
やや褪せた金髪。
そして、さびた黄金色に輝く双眸。

「・・・・・・セイバー」
彼女は無言。
「そこを通してくれないか。俺は、桜に会わなければならない」
もちろん、答えはない。かわりに、全身を刮いでいくような鬼気が吹きつけた。相対しているだけで生命が削られ、気力が萎えていくようだ。それはただ圧倒的な、死の気配だった。
「士郎」
ライダーが進み出る。
セイバーが剣を構える。
「援護を、頼みます」
ライダーは、地を蹴った。

速度のライダーと、力のセイバー。
目にもとまらぬ速度で疾駆し、四方から襲いかかるライダーのダガーを、しかし、セイバーは一筋の無駄もなく剣で防ぎきっていた。鋼が打ち合い、火花が散るたびに、ダメージを負っていくのはライダーの方だ。セイバーはほとんどその場を動かず、的確にライダーの刃を弾き返し、その都度傷をおわせていく。致命傷にはほど遠いが、いつかライダーは力尽きる。

俺はただ、じっと機会を待つ。
ライダーは、賭けに出た。
ダガーを投げたのだ。むろんセイバーはたやすく打ち払う。ライダーは丸腰になった。セイバーは一気に踏み込もうとし・・・・・・たたらを踏んだ。
ダガーは陽動。鎖が、セイバーの脚に絡みつき自由を奪っていた。
「・・・・・・!」
セイバーは力任せに鎖を引きちぎる。稼いだ時間は2秒にも満たない。だが、ライダーには十分だった。
その一瞬に間合いを開いたライダーは、隠し持っていた短剣で自らの喉を突いた。鮮血が、虚空に魔法陣を描いていく。宝具を解放したのだ。
セイバーも、剣に魔力を込めた。
「騎英の−」
「約束された−」
魔力の渦が光となって、大空洞に満ちる。ここが、付け目だった。聖骸布を解く。左腕に魔力を巡らせる。
「手綱−!!」
「勝利の剣−!!」
そして俺も、その瞬間に「盾」を展開した。
「ロー・アイアス−!!」

俺1人、ライダー1人ではセイバーの宝具には勝てない。だが、2人の力を合わせれば−!!

光が鬩ぎ合う。左腕が、さらに深く身体を侵食していく。俺はいつか絶叫していたようだった。盾の花弁が1枚また1枚と破られていく。駄目か−!?
そして唐突に、光は消え、俺は透明な力の固まりがぶつかってくる衝撃に、跳ねとばされていた。
「う・・・・・・」
頭を振りながら身体を起こす。
相討ちだった。セイバーもライダーも、地に倒れ伏している。俺はセイバーに走り寄りながら、「ある剣」を投影した。
セイバーに馬乗りになって、その歪んだ短剣を心臓に突き立てる。

あらゆる魔道の契約を無効化する、宝具。
セイバーを覆っていた泥が、まるで爆発したように宙にはじけ飛び、消えていった。

・・・・・・セイバーの甲冑は、もとの白銀の輝きを取り戻していた。
ゆっくりと目を開ける。その瞳は、もちろん深い碧。
「シロウ。私は・・・・・・」
「セイバー。大丈夫か」
セイバーは身を起こし、体をあらためた。
「はい・・・・・・大丈夫なようです。しかし・・・・・・」
「時間がない、話は後だ。一緒に来い。桜を止めないと」
だがセイバーは沈痛な表情で、目を伏せた。
「シロウ・・・・・・私は、あなたを裏切ったのです。あなたとともに戦う資格など、もう・・・・・・」
俺は、声を強めた。
「セイバー!」
「!」
「サーヴァント・セイバーに問う。おまえの主は誰だ」
はっとセイバーは威儀を正し・・・・・・俺の前に跪いて、頭を垂れた。
「我が前に」
「では、おまえの責務は何だ」
「我が主の剣となり盾となって、御身を守り、その敵を討ち滅ぼします」
セイバーは顔を上げた。
「・・・・・・いま一度、お許し頂けるなら」
聞きたいことはそれで十分だ。手をさしのべる。
「許すも許さないもない。・・・・・・力を貸してくれ、セイバー。俺には、おまえの力が必要だ」
「・・・・・・はい。・・・・・・マスター」
セイバーは俺の手を強く握った。

倒れたままのライダーに声をかける。致命傷ではないのはわかっていた。
「ライダー!生きてるか」
「・・・・・・私は、後回しですか。薄情者」
「すまん。動けるようになったら、後を追ってきてくれ。桜は、必ず救い出す」
ライダーは、無言で頷いた。

洞窟を奥へ進む。大空洞は再び、狭い通路になる。
濃密な瘴気は、まるで粘液のように体にまとわりつく。
後に続くセイバーに声をかけた。
「セイバー。大丈夫か?」
「ご心配なく。私は正気です。・・・・・・2度と、不覚は取りません」
「うん。頼む」
そしてまた、空洞に出る。
セイバーと2人、息を呑んだ。足下はまるで地獄の底まで続くかのような奈落。闇に隠れて、底が見えない。そしてその闇の彼方に、丘がそびえていた。頂上に、火山のように光が揺らめいている。禍々しい、としか言いようのない光景だった。
「・・・・・・あそこだな」
「はい」
セイバーの声にも緊張がある。
「シロウ、跳びます。つかまって」
「ああ」
肩を借りる要領で、セイバーにつかまる。セイバーは力を溜めて、跳んだ。目測で4,50メートルはある虚空をセイバーは跳躍して、丘の中腹に着地した。
丘をよじ登った、その頂上に。

桜は立っていた。
虚空を、見つめている。
あの先に、何を見ているのだろう。俺には、闇しか見えなかった。

「桜」
低く、声をかける。桜はゆっくりと首を巡らし・・・・・・嬉しげな顔を見せた。
「先輩?来てくれたんですか・・・・・・」
「・・・・・桜、帰ろう。聖杯なんか、おまえには似合わない。こっちへ来るんだ」
「何を言ってるんですか?もうすぐ産まれるんですよ、この子・・・・・・。先輩も、この子をわたしから取り上げるんですか?」
「桜。そいつは、この世に災厄をもたらすだけの悪魔だ。産まれてきてはいけないんだ。離れろ」
「駄目です。この子がいないと、わたしは・・・・・・先輩を、守れない・・・・・・姉さんに勝てない・・・・・・そう、姉さんが悪いんですよ。わたしから先輩を取ろうなんてするから・・・・・・」
桜は、首を傾げた。
「姉さん?姉さんは一緒じゃないんですか?」
「桜」
「そう、やっと消えてくれたんだ・・・・・・知ってましたか、先輩?わたし、姉さんが大嫌いだったんですよ。昔から、いつもいつも得をするのは姉さん。姉さんは才能に恵まれて、遠坂の家を継いで、いつも光り輝いて。間桐の家に入ったわたしは、こんな目に遭わされて、汚されて、ずっと影の中を歩いてきて。でも、もう終わり。わたし、姉さんに勝ったんです。だって、こんなに強くなったんだもの」
「桜!」
「シロウ、無駄です。下がって」
セイバーが俺を制して、前に出る。
「・・・・・・セイバー?ここに誰も入れるなと言ったでしょう?・・・・・・そう、あなたも、裏切るのね・・・・・・」
「裏切るなどとは、心外だ。本来の主の元に戻ったまで」
「先輩。姉さんがいなくなったら、今度はセイバーさんですか?本当に節操のない人・・・・・・やっぱり先輩も、食べてあげないと駄目ですか・・・・・・?そうですね、そうすれば本当にわたしだけのものにできる・・・・・・」
桜の周囲から、巨大な影が次々とにじみ出る。
「セイバー、あれは・・・・・・」
「シロウ。私の後ろから、離れないで」
「・・・・・・解った」
影がなだれ落ちてくる。
セイバーは魔力を込めた剣で迎え撃つ。
剣が一閃するたびに、影は両断されて消えていく。

「みんな死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ・・・・・・!!」
影の向こうから、甲高い叫びが聞こえる。
俺は、全身が総毛立つのを感じていた。狂ってる。桜は、完全に常軌を逸していた。

影の動きは鈍いし的は大きいし、1体1体はセイバーの敵ではない。だが、あれは膨大な魔力の固まりだ。技も何もない、巨大なハンマーで叩かれるようなものだ。それを倒すには、セイバーも相応の魔力を消費する。剣を振るうたびに、セイバーの魔力は目に見えて削がれていく。しかも相手は無尽蔵に湧いて出てくる。セイバーは息を乱し、額に汗をにじませていた。

だがセイバーは影を切り裂きかき分け、1歩1歩、前へ進んでいる。桜との間合いを詰めている。
あと30メートル。
もう少し。もう少しで、俺の間合いに入る。
あと20メートル。
俺は、手の中の短剣を握り直す。
あと10メートル・・・・・・!

「シロウ、今です!」
セイバーが声を上げると同時に、俺は桜との間の距離を一気に駆け抜けた。
驚きのあまり硬直している桜の胸の真ん中に、ルールブレイカーを叩きこんでいた。



桜は、憑き物が落ちたように・・・・・・いや、実際その通りだろう。
地面にへたり込んでいる。
俺は、桜に背を向けた。
「・・・・・・先輩。わたしを救ってくれないんですか。わたしを、罰してくれないんですか。殺してくれないんですか」
背中で答える。
「おまえを救えるのはおまえだけだ」
「わたしのせいじゃない、わたしが悪いんじゃない・・・・・・!みんながわたしに求めたんじゃないですか!汚れてしまえ、堕ちてしまえって!わたしはその通りにしただけです!わたしは被害者じゃないですか!姉さんも、お爺さまも兄さんも、誰も彼も優しくないから!だから・・・・・・」
「甘えるな。これはおまえがやったことだ。痛みに耐えている限り、おまえは被害者だったろう。だが痛みを忘れるために世界を呪い、他人から奪ったとき、おまえは一線を越えてしまったんだ。おまえが力を求め、おまえが選んだんだ。怪物になろうと決めたんだ。これは、おまえの弱さが、醜さが、浅ましさが招いた結果だ。責任は自分で取れ。罪の重さを抱えながら、生き延びるがいい」
「どうやって・・・・・・どうやって、生きろなんて・・・・・・」
「それを考えるのもおまえの仕事だ」
振り返らずに、歩き出す。
「先輩・・・・・・わたし、先輩が好きだったんですよ・・・・・・」
何よりも聞きたかった言葉。今は、憐れみしか感じなかった。
「生憎だな。食人鬼と愛を語る趣味はない」
もう、語る言葉はない。

俺はセイバーの待つ方へ歩を進めた。背後で、すすり泣く声が聞こえたような気がした。
セイバーは痛ましげな目で、俺と桜を見つめていた。
「・・・・・・意外と、残酷な方ですね。あなたは」
殺した方が、慈悲ではないか?とその目が問う。
「あいつが喰らった数百人と遠坂のことを考えれば、甘すぎるくらいだ」
「そうでしたね・・・・・・ええ」
俺たちは、道を引き返し始めた。
「セイバー。悪いな、あと1つだけつきあってもらうぞ」
「分かっています。全ての元凶を」
大聖杯を、破壊しなければ。
俺たちは今度こそ最後の戦いへ向けて、歩き出す。』