極私的再構成HF

『夜の衛宮邸に、少女の姿があった。
「イリヤさん。いるんでしょう?」
少女・・・・・・桜は、縁側に出てきたイリヤに微笑みかける。
「行きましょう。聖杯のもとへ」
イリヤは無言で、素足のまま地面に下りた。
「そこまでよ。イリヤから離れて」
声が響いた。桜が振り返る。
そこに、凛の姿があった。右手を開いて桜に向けている。腕は袖に隠されているが、魔術刻印は既に起動していた。
「・・・・・・姉さん。わたしを捜しに出て行ったんじゃなかったんですか」
「何となくね。こんなことじゃないかと思って張ってたのよ」
「そう。わたしを信用してなかったんですね」
「わたしたちを信用してなかったのはあんたの方でしょ」
「・・・・・・え?」
「だってそうでしょう。あいつは何が何でもあんたを守ると言っていたのに、あんたはそれを信用しなかった。一人で何かできると思いこんで、ここを出て行って。あげくにそのざま?何もかも臓硯の思った通りじゃないの」
「守る・・・・・・?」
桜はいぶかしげに首を傾げ、・・・・・・笑い出した。心底楽しそうに。
「ふふ・・・・・・ははは・・・・・・」
すでにその声は狂気を孕んでいた。凛の目が鋭くなる。
「姉さんは、いつもそう。わたしを見下して、えらそうに、守ってやるなんて。もういいんです、守ってもらわなくても。わたしは十分強くなったんですから。ほら、見てください。わたし、こんなに大きくなったんですよ」
桜の足下から、影があふれ出した。
凛の額に汗がにじむ。
「・・・・・・そう。とっくに、人間やめちゃってたわけね」
口だけは強気だが、ポケットの宝石でさえ今は頼りない。
「これからは、私が先輩を守ってあげます。だから、ねえ。姉さんは、もういらないんです」
影が、いっせいに躍りかかった。
「くっ」
凛はガンドを撃ち放ちながら、桜に向けて宝石を全て叩きつけた。長年溜めに溜め込んだ魔力の全てを解放する。大気が轟然と揺れた。
そして・・・・・・桜は、その全てを吸収していた。
「あ・・・・・・」
なすすべもなく膝をついた凛に、影が覆い被さっていった。



厭な予感に突き動かされて、俺は必死に走っていた。
家に近づくに連れて、不安が現実のものとなっていることを確信する。
「遠坂!桜!」
門をくぐったところで、大声を張り上げる。答えはない。家はしんと静まりかえり・・・・・・まるで、見知らぬ他人の家のようだった。
「藤ねえ!イリヤ!」
答えが返ってこないことを知りつつ、呼びながら廊下を進む。

そして、縁側で、倒れている遠坂を見つけた。

「・・・・・・遠坂!しっかりしろ、おい・・・・・・!」
抱き起こして、愕然とした。あの生命力に溢れはつらつとした少女は、まるで別人のように衰えやつれ果てていたのだ。顔色は紙のように白く、頬がげっそりとこけている。つややかだった黒髪でさえ、輝きを失っていた。端的に言って、それは死相だった。
「・・・・・・士郎・・・・・・」
遠坂は、まだ息があった。
どんよりと曇った目を向ける。
「遠坂・・・・・・何があったんだ?」
「桜が・・・・・・イリヤを、連れて・・・・・・」
最悪の想像は、いつも的中する。
「私の力じゃ、もう・・・・・・太刀打ちできなかった・・・・・・あの影に、魔力を奪われて・・・・・・」
「分かった、もうしゃべるな。すぐ教会に・・・・・・」
遠坂は俺の手を弱々しく握って、止めた。
「いいの、もう。分かってる。間に合わない・・・・・・」
「何言ってる!諦めるな、きっと良くなる!」
俺はそれ以上聞かずに、遠坂を抱き上げた。遠坂は、まるで羽のように軽かった。何か大事なものが、ごっそりと抜け落ちてしまったかのように。
教会へ向けて、走り出す。遠坂が、とぎれとぎれに呟いた。
「士郎・・・・・・もういいから、全て忘れて。この土地を離れて、逃げて・・・・・・」
「しゃべるな」
だが、遠坂は話し続けた。
「私、桜を救いたかった・・・・・・でも、もうだめ。あの子は、力に溺れてる・・・・・・もう、止められない。自分の意志で、魔力を吸い集め、成長してる。あなたでは、勝てない・・・・・・だから、もう・・・・・・逃げて・・・・・・士郎・・・・・・」
「うるさい!黙れ!黙れ!黙れよ!」
遠坂はやっと口を閉じ、俺は走り続ける。



俺は本当は気づいていたのだ。
遠坂が、もう事切れていることに。
それを認めるのが厭で、教会へ向け、走り続けた。』