知られざる巨匠たち 1

「世界探偵小説全集」第1期の月報に連載されたコラム。本邦未紹介の作家や、
過去に邦訳があっても不当に忘れ去られていた作家を紹介。その多くは第2期以降に収録された。
(この頁の原稿は、執筆者および国書刊行会の御好意により再録しています。記して感謝いたします)

ジョン・ロード
屈指のトリック・メーカー 

加瀬義雄

 本格推理小説をもっともたくさん書いた人は誰か?

 答はジョン・ロード (マイルズ・バートン名も含む)。実に140作にものぼると言われる。ミステリ界には多作家が多く、3桁作品の人もたくさんいるが、他はみな非本格物の作家だ。そしてその大半を (バートン名はすべて!) コリンズ社の今はなき名門クライム・クラブ版で刊行したこのロードこそ、巨匠と言わずして何と言おうか。

 今まで内外のあまりに悪い評ばかりが伝えられてきたロードだが、140もの作品があっては、そのすべてが面白いというのはムリというものである。同時にすべてが退屈で詰まらないということもありえないのであり、特にたまたま訳されたホンの1、2冊だけで判断するのはこれはまた早計というものだろう(余談だが同様の悲哀を味わったミステリ作家の何と多いことか)。

 こうした傾向に反旗を翻したのがJ・バザン、W・H・テイラーの A Catalogue of Crime で、実に100冊近いロード/バートンの評を掲げ、その過半数を賞賛した。この位読んで評価を与えられたら説得力もあるというものだ。

実際、世界中にロード/バートンのミステリを好むファン層というものがあるのは確かで、そういう人達が口を据えて言うのが、彼のプロットの秀逸さである。そして不快な言葉や不要の暴力、無用のセックスなどにまったく頼らない本物のミステリだと言い、もうこういう作家は二度と現われないだろうと嘆き、ロードやバートンの本は一体どこへ行ったのか、全然手に入らないと首をかしげているのだ (実際彼の本は英米でもなかなか入手困難で高値を呼んでいる。需要>供給なのだ。これも隠れた人気のなせるわざと言わずして何としよう?)。

 誠にこの作家ほど、犯行方法、事件の舞台・背景の設定の多彩さをみせてくれる人もいないだろう。よくもまあ、と呆れるばかりのトリック・メーカーでもあった。

 さらに、特にバートンの作に見られるイングランドの地方・片田舎の克明な描写の妙もその特色として忘れることはできない。実際、繰返し繰返し描かれる光景の筆力など、これもまた一つの「文学」なのではないかと思わざるをえないのである。ロード評の一つとしてよく指摘される、人間が描かれていない、小説が下手だというのも、確かに一面の真実ではあるが、何も赤裸々な人間を描くのみが果たして文学のすべてだったのであろうか? とりわけ本格ミステリとはそういうものなのか? 問いたいものだ。

 このようにロード/バートンのミステリは、失われた根源的なものを持つ本格ミステリとして、静かなる復権の時を迎えているかのように見える。

 そうした彼の作表作を2、3挙げてみると――ロード名では、たとえば 『見えない凶器』I nvisible Weapons (1938) 【第1期で刊行】、タイトルからして魅力的なこの作品は、ある家の洗面所で、洗面中の男がこめかみを何かで強打されて死んでいるのが発見されるのだが、場所が場所だけに密室状態であるうえに、付近にそれらしい凶器も発見されないという飛切りの謎に加えて、D・カーぱりの意外な凶器に意外な犯人、それに意外な動機でもあるという盛り沢山の内容だ。

また『ハーレー街の死』 Death in Harley Street(1946)では、ある開業医が自らストリキニーネを注射して事切れていたという事件だが、一見専門家の考えられないような不測の事故らしく見えたこの事件も、名探偵の目には、@殺人でもA自殺でもB事故でもない、第四の可能性が存在する、というものなのだ。一体どういうことなのか?

一方バートン名では、『医者殺し』 Murder M.D.(1943) という作品で、性別から性格、その他何から何まで正反対の二人の医師がイングランドの寒村で殺された事件に、思いもよらぬ共通した動機を無理なく創出して、見事な出来栄えを見せてくれる。

 いずれも探偵役としてプリーストリー博士(ロード)、デスモンド・メリオンとアーノルド警部(バートン)が登場するが、この他にも諸家激賞の作品は十指を下らず、枚挙に暇がないほどである。それもいかにもタイトルを見ただけでワクワクしてくるような作品ばかりで、クリスティ、カー、クイーンらと異なり、鉱脈が漁り尽くされていないだけに、まだまだ他にも隠れた佳作が埋もれている可能性は充分にあるといえるだろう。

 なおロードについては、過去に 『プレード街の殺人』 など4作の邦訳があるが、必ずしも出来の芳しいものであったとは言えず、特にあの有名な Detection Club の有力なメンバーでもあったロードが、実際にあった未解決の犯罪を小説化した 『電話の声』 がせっかく邦訳されながら、真の意義を認められることなく見過ごされてしまったことについて、今にして思えば、実に残念であったことも付け加えておきたいのである。

(1994.1)

【books】

  • 『見えない凶器』 ジョン・ロード 世界探偵小説全集7
  • 『プレード街の殺人』 ジョン・ロード ハヤカワ・ミステリ
  • 『電話の声』 ジョン・ロード 東京創元社(絶版)

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