知られざる巨匠たち 7

「世界探偵小説全集」第1期の月報に連載されたコラム。本邦未紹介の作家や、
過去に邦訳があっても不当に忘れ去られていた作家を紹介。その多くは第2期以降に収録された。
(この頁の原稿は、執筆者および国書刊行会の御好意により再録しています。記して感謝いたします)

ミルワード・ケネディ
Detection志向の実力派

真田啓介

 巨匠というほどのスケールはないかもしれないが、たしかな腕とクセ者めいた雰囲気が妙に気をそそる、黄金時代の実力派――ミルワード・ケネディはそんな作家である。

 読者の多くにとってケネディの名は、ディテクション・クラブによるリレー長篇 『漂う提督』 と 『警察官に聞け』 の執筆メンバーの一人としてかろうじて見覚えがあるという程度にすぎないだろう。チェスタトン編 『探偵小説の世紀』 にも短篇が収録されていたぞ、と言う人がいれば相当のマニアである。リレー長篇の担当部分もさほど光る内容ではなかったし (『警察官に聞け』 では作全体を仕切る重要な役をつとめてはいたけれど)、筆者としても格別の注意を払ってはいなかったのだが、しばらく前にオヤと思わせられる発見が二つあった。

 一つは、セイヤーズ編 『探偵・ミステリ・恐怖小説傑作集』 の第2集にケネディの短篇が2篇収録されていることである(米版には1篇のみ収録)。他の作家はみな1篇ずつなのに、なぜケネディだけ2篇なのだろう? セイヤーズは後にエヴリマンズ・ライブラリ版の探偵小説アンソロジーでもポオ以降の厳選された19作の中にケネディの作を採っているから、少なくともセイヤーズがケネディを同時代の重要な作家と見ていたことは間違いない。

 もう一つの発見は、ケネディが筆者の愛するバークリーと親交があったらしいことである。ケネディの Death to the Rescue (1931) 【『救いの死』として〈全集3期〉で刊行】という作にはバークリーにあてた序文が付されており、これに対し3年後にはバークリーが Panic Party にケネディヘの献辞を付けて返礼している。前者の序文は、ケネディの探偵小説観を明らかにしていて興味深い。そこで著者はバークリーが開拓した犯罪心理の探究の方向を評価しながらも、その道をたどれば Detection から離れていくのではないかと疑問を呈し、Detection じたいを物語のモチーフにすることはできないかと問うている。

 そんなことがきっかけでケネディに注目するようになったのだが、そうしてみるとこの作者、タダ者ではない様子なのである。探偵小説は余技で、本業としては官吏の経歴が長く、後にジャーナリストに転じた。1929年から52年までの間に別名義・合作を含めて20作の長篇を発表した。大部分は Detection に主眼を置いた本格探偵小説だが、戦時中の情報局勤務の経験を生かしたスパイ小説などもある。リレー長篇の作からうかがえるように、ディテクション・クラブの初期の中心的メンバーの一人でもあった。その作風はシニカルな視点とひねったユーモアが特徴的で、その点バークリーにも通じるものがあるが、これといったシリーズ・キャラクターを持たなかったせいもあってか、人気作家の列には加われなかったようだ。(とはいっても、大部分の作品がゴランツ社から出版された実績はなかなかのものだが。)これもバークリーと似た点だが、長期間にわたって探偵小説の書評も手がけていた。

 以下、紙幅の許す範囲で代表作と目される2作のあらましをご紹介しよう。先に序文についてふれた Death to the Rescue は、他に類例のない風変わりな作品である。本文は二部からなっており、全体の八割以上を占める第一部は田舎の村の地主エイマー氏の手記である。エイマー氏は村の名士なのだが、自惚れ屋で詮索癖があり、必ずしも人好きのする人物ではない。独身で金とヒマが豊富なのにまかせて探偵のマネ事を始め、かつて一世を風靡した映画俳優が人気の絶頂に突然引退した謎を解こうとする。女性秘書や私立探偵も使いながら調査を進めていくうちに、俳優の過去には二件の殺人事件が絡んでいることが分かってくる。やがて謎はすっかり解かれるのだが、エイマー氏が少しずつ集まってくる手掛かりを元に事件を再構成していく過程はなかなか読みごたえがあり、この第一部だけでも並の探偵小説以上に楽しめる。しかしこの作の読み所は 「別の観点」 と題された第二部で、まず大方の読者の思いも及ばぬ結末が待ち受けているのだ。序文にいうような Detection じたいの興味で読ませる作品であるが、一方でアイルズの作品にも通じるようなおそろしさも感じさせる。

 The Murderer of Sleep (1932) のタイトルは 『マクベス』 からの引用だが、ここでの Sleep は眠りではなく村の名前である。川べりに三軒並んだ貸家に一夏の借り手がついたとたん、夢みるようなのどかな村は連続殺人の悪夢に襲われることになる。関係者にはみなアリバイがあるが、なぜか現場付近にはいつも車椅子に乗った障害者の姿が見られた。彼は自ら立ち上がることも、目撃したことを他人に伝えることもできないのだが……。前作とは異なりオーソドックスな本格探偵小説であるが、キビキビした筆致とユーモアの味付けで描かれたアリバイ崩しの物語は黄金時代の最良の果実の一つといってよいだろう。

(1995.6)

books】

  • 『救いの死』 ミルワード・ケネディ 世界探偵小説全集30
  • 『漂う提督』『警察官に聞け』 ハヤカワ文・ミステリ庫
  • 『探偵小説の世紀』 G・K・チェスタトン編 創元推理文庫

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