デイヴィッド・イーリイの奇妙な世界



 かつて 〈異色作家短篇集〉 という伝説的なシリーズがあった。「あった」 というのは少々語弊があって、このシリーズはいまも新刊で手に入る。半世紀近くにわたって版を重ねてきた早川書房のロングセラーである。近年、新編集のアンソロジー3巻を加えて、全20巻の新版が刊行されたのはご存知の通り。とまれ、ジョン・コリアやロアルド・ダール、シャーリー・ジャクスンなど、ミステリやSF、怪奇小説といった単純なジャンル分けでは捉えきれない作家を、〈異色作家〉 というネーミングで (なかば強引に) まとめてしまったのは偉大な発明だった。

この 〈異色作家短篇集〉、元版の小B6判・角背函入のスマートな造本もあいまって、昔からひそかな愛好者が多く、熱心なファンによって 「続刊を出すならこの作家を」 という試案も度々提出されてきた。『壜の中の手記』 が好評を博したジェラルド・カーシュなどはしばしばあげられる名前だが、今回、初の邦訳短篇集が実現したデイヴィッド・イーリイも、その最有力候補のひとりだろう。

イーリイの短篇は1960年代から70年代にかけて 〈エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン〉 〈ミステリマガジン〉 〈EQ〉 などの雑誌にさかんに紹介され、その特異な着想とスタイルは、ミステリ・ファンにはお馴染みのものだった。なかでもMWA (アメリカ探偵作家クラブ) 最優秀短篇賞を受賞した 「ヨットクラブ」 (EQMM1964年7月号訳載) は新鮮な驚きをもって迎えられ、のちにアンソロジー 『37の短篇』 『エドガー賞全集』 にも再録されている。この時代の代表的な短篇作家のひとりといってもいいと思うが、なぜか邦訳短篇集がまとめられることはなかった。長篇も 『憲兵トロットの汚名』 『蒸発』 『観光旅行』 の3作が翻訳されていて、いずれも読み応えのあるものだが、やはり本領は短篇にあるといっていい。

今回刊行される 『ヨットクラブ』 (1968) は、イーリイがもっとも活溌に創作活動を行なっていた時期の作品を集めた第一短篇集である。イーリイを短篇作家として高く評価するアントニー・バージェスは、本書について、「おそろしい高みに達している。デイヴィッド・イーリイは、この最も難しい文学形式において驚くべき才能を有しており、現代アメリカの主要な短篇作家のなかで確固たる地位を占めることを約束されている」 と絶賛した。

この短篇集には、人生に倦んだ成功者たちのひそかな罪深き愉しみを描いてMWA賞を獲得、作家的評価を決定づけた 「ヨットクラブ」 をはじめ、規律を重んじ、理想の教育を掲げる寄宿制の学校のグロテスクな実態が明らかになる 「理想の学校」、発射直前の火星ロケット基地を舞台にした 「カウントダウン」、奇想天外な国家プロジェクトに動員された歴史学者の悩みと、その意外かつ皮肉な展開を追った中篇 「タイムアウト」、自分は神だと信じる男を主人公に、奇抜な着想とナンセンスな味わいが光る 「G.O’D.の栄光」、何か月も一言も口をきかず、互いの存在を無視してきた夫婦の始めた奇妙なゲームが、ついに超自然的な恐怖を呼び寄せる 「夜の客」、小さな町に越してきた夫婦の秘密をめぐって 〈善意の人々〉 の恐ろしさを告発する 「隣人たち」、アメリカン・エリートの傲慢を衝きながらユーモラスなタッチが際立つ 「ペルーのドリー・マディソン」、〈怖るべき子どもたち〉 テーマに強烈なひとひねりを加え、不吉な結末に達する 「日曜の礼拝がすんでから」 など、ヴァラエティに富んだ15篇が収められている。

奇抜な設定、異常な世界を好んで取り上げるイーリイだが、その作品世界はけっして日常からかけはなれたものではない。主人公たちはおおむね、ごく普通の、どこにでもいる人間――「あなたに似た人」 たちである。その彼らが、どこかで、いつのまにか、日常を逸脱してしまう。彼らをとりまく世界は、いとも簡単に不気味で不条理なもうひとつの貌をあきらかにする。

 妄執や欲望から、歪んだ敵意から、あるいは人生への倦怠から、ふとした偶然から、日常生活にぽっかりと口をあけたアンバランス・ゾーンに足を踏み入れてしまった彼らは、二度と元の世界に戻ることはないだろう。かつて不条理な 〈蒸発〉 小説 「ウェイクフィールド」 の結びで、ナサニエル・ホーソーンが警告したように、日常の連鎖から一瞬でも逸脱した人間は、永遠にその持場を失い、いわば 「宇宙の孤児」 となる危険をおかしているのだ。

またイーリイの短篇では、パラノイア的妄想 (「G.O’D.の栄光」)、徹底した管理社会 (「理想の学校」 「面接」)、サイコ (「日曜の礼拝がすんでから」)、核の不安 (「タイムアウト」)、不気味な隣人 (「隣人たち」 「大佐の災難」)、テクノロジーの悪夢 (「オルガン弾き」)、アメリカニズムに対する諷刺 (「ペルーのドリー・マディソン」) など、現代的なテーマが取り上げられている。多くの評者が 「現代の寓話」 と呼ぶ所以でもある。

 この作品集から、マシスンやボーモントなど、異色短篇の作家たちが脚本に参加した同時代のTVシリーズ 《ミステリー・ゾーン》 (1959-64) のいくつかのエピソードを連想する読者もいるかもしれない。あるいは 《ウルトラQ》 きっての異色作 『あけてくれ!』 (67) を。イーリイの描く奇妙な世界は、あるときはユーモアやアイロニーで、あるときはサスペンスや恐怖で味付けしながら、我々の生きるこの世界の歪みや罅われを思いきり、グロテスクなまでに拡大して見せてくれる。あなたも、わたしも、いつその不思議な、すべてのバランスが崩れた世界に、足を踏み入れてしまうかもしれないのだ。

『ヨットクラブ』 (晶文社) 解説から抜粋。イーリイのプロフィールや未訳作を含む全長篇の紹介などは、ぜひ現物をご覧いただきたい。(2003.10)


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