創土社 〈ブックス・メタモルファス〉その他


創土社は、学藝書林で 《全集・現代文学の発見》 (カルヴィーノ 『不在の騎士』 やジャック・ロンドン 『殺人株式会社』 などを収録したユニークな叢書) を手がけていた井田一衛氏が、1969年に独立して作った出版社である。もともとは学藝書林で既にゲラになっていた中村能三訳の 『サキ選集』 が、事情により出版できなくなったため、それならばと自分で会社を作ってしまったのだという。その 『サキ選集』 を皮切りに、アンブローズ・ビアスや、〈新青年〉の人気作家ビーストン、ルヴェルの選集 (戦前訳の復刊) などを次々に刊行していったが、井田氏としては、とくに怪奇幻想文学の出版を志していたわけではなかった。精神的な意味での 「革命運動」 として、従来の 「日本的精神風土に異質な文化の産物を翻訳という形でぶちこむこと」 を考えていたところ、そのうちに自然と幻想文学系の企画や人が集まりだした。〈ジャン=パウル文学全集〉 の訳者、鈴木武樹とは、中村能三の野球仲間という縁で知りあったというから面白い (鈴木武樹は 〈巨泉のクイズ・ダービー〉 の初代1枠回答者。篠沢教授の前任者でもある)。

1971年には深田甫全訳 〈ホフマン全集〉 を刊行開始、72年のラヴクラフト作品集 『暗黒の秘儀』 から 〈ブックス・メタモルファス〉 叢書がスタートする。スフィンクスのシンボルマークを付したこのシリーズは、ロード・ダンセイニ、ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、エーヴェルスなど、怪奇幻想ジャンルの重要な作品、作家を次々に送り出し、結果的に、70年代の怪奇幻想文学ムーヴメントの一翼を担うことになる。ダンセイニや 『ラヴクラフト全集』 は荒俣宏の最初期の仕事でもある。また、エーヴェルス、マイリンクなど、ドイツ幻想文学の埋もれた鉱脈を次々に翻訳紹介した前川道介らの活躍も特筆すべきだろう。さらに75年には、ドイツ・ロマン派の未だ征服されざる巨人ジャン=パウルの〈全集〉全26巻という壮大な企画を、鈴木武樹全訳でぶちあげている。

 〈ブックス・メタモルファス〉は、実際には四六判・函入という体裁とスフィンクスのシンボルマーク以外には、叢書と他の本との区別が判然とせず、ほぼ同じ体裁・同じ分野でありながら、〈メタモルファス〉の表示のない本も多い。たとえば 『ダンセイニ幻想小説集』 が叢書に入っているのに、同作者の 『ぺガーナの神々』 にはマークがなく、同じフランス幻想作家でも 『ノディエ幻想作品集』 は 〈メタモルファス〉、『ゴーチエ幻想作品集』 は叢書外、といった具合である。刊行時期の違いというわけでもないらしく、この辺の事情はぜひ確認してみたいことの一つである。

 創土社は現在も出版活動を続けているが、近年はアジア物・地方関係書籍を中心に刊行し、翻訳・文芸書からはすっかり遠ざかっている (代表者も交替しているようだ)。〈ホフマン全集〉 は最終第10巻を未刊のまま残し、〈ジャン=パウル文学全集〉 は第1期半ばにして、鈴木武樹急逝により途絶した。1987年の 〈幻想文学〉 誌のインタヴューで井田氏は、上巻のみ刊行のジャン=パウル 『貧民弁護士ジーベンケースU』 については新しい訳者で完結を、他にも 『続・ゴーチエ幻想作品集』、O・ミルボー作品集などを予定している、と発言しているが、その後実現をみることなく15年がたっている。
【追記】 21世紀に入り創土社はクトゥルー神話物などを出版、新展開を見せているが、これは 〈ブックス・メタモルファス〉 とは別の流れと見るべきだろう。

【ブックス・メタモルファス】

暗黒の秘儀  H・P・ラヴクラフト 仁賀克雄訳 72.5
  →再刊・朝日ソノラマ海外シリーズ・絶版
ダンセイニ幻想小説集  荒俣宏訳 72.6
ブラックウッド傑作集 紀田順一郎訳  72.8
  →抄録 『ブラックウッド傑作選』 創元推理文庫
蜘蛛・ミイラの花嫁他  H・H・エーヴェルス  前川道介・佐藤恵三訳 73.7
M・R・ジェイムズ全集(上・下) 紀田順一郎訳  73.7/75.5
  →改訳 『M・R・ジェイムズ怪談全集』 全2巻 創元推理文庫/『五つの壺』 ハヤカワ文庫FT
黒い櫃  クロード・セニョール 井上宏訳 74.3
刺絡・死の舞踏他  K・H・シュトローブル 前川道介訳 74.5
緑の顔  グスタフ・マイリンク  佐藤恵三訳 74.12
モナ・リーザ ・ バッケ男爵他 A・レルネット=ホレーニア 前川道介訳 75.6
ねじけジャネット  R・L・スティーヴンソン 河田智雄訳 75.7
  →『スティーヴンソン怪奇傑作集』 『自殺クラブ』 福武文庫
ラヴクラフト全集T・W 荒俣宏訳 75.8/78.11
  ※本邦初の 「全集」 を謳ったが2冊で中絶 (予定では全5巻)。
吸血鬼  H・H・エーヴェルス 前川道介訳 76.8
ノディエ幻想作品集  広田正敏訳 76.9
魔法使いの弟子  H・H・エーヴェルス 佐藤恵三訳 79.8

※幻の企画 (1979年の出版目録に近刊予定として掲載。実現せず)
デ・ラ・メア選集 日夏響・鈴木説子訳

(その他の幻想文学・ミステリ関連書)
サキ選集 中村能三訳 69.9 ※新潮文庫版を増補したもの
ビーストン傑作集 中島河太郎編 70.3
ルヴェル傑作集 中島河太郎編 70.5
完訳 生のさなかにも アンブローズ・ビアス  中村能三訳 70.12
  →再刊・創元推理文庫
完訳 悪魔の辞典 アンブローズ・ビアス 奥田俊介・倉本護・猪狩博訳 72.1
  →抄録版・角川文庫
完訳 悪魔の寓話 アンブローズ・ビアス  奥田俊介訳  72.12
完訳 ビアス怪異譚  アンブローズ・ビアス 飯島淳秀訳 74.6
この世の王国 アレホ・カルペンティエル  神代修訳  74.10
魔術師の帝国  C・A・スミス 蜂谷昭雄他訳 74.11
ペガーナの神々  ロード・ダンセイニ 荒俣宏訳 75.3
  →再刊・ハヤカワ文庫FT
ゴーチエ幻想作品集  店村新次・小柳保義訳 77.3
スペイン伝奇作品集 G・A・ベッケル 神代修他訳 77.7
コナン・ドイルのドクトル夜話 コナン・ドイル 吉田勝江訳 78.8
今晩はテレーズ エルザ・トリオレ 広田正敏訳 80.3
修道士と絞刑人の娘 アンブローズ・ビアス 倉本護訳 80.4
アンクル・サイラス (上・下) J・S・レ・ファニュ 榊優子訳 80.8/80.10 
琥珀の魔女  ウィルヘルム・マインホルト 前川道介・本岡五男訳 84.5
南半球の発見  レチフ・ラ・ブルトンヌ 植田祐次訳 85.1

(その他の海外文学)
掟なき道 グレアム・グリーン 深田甫訳 71 ※メキシコ紀行
ジェイムズ・サーバー傑作選T・U 鈴木武樹訳 78.7/78.7
ガレッティ先生失言録 池内紀訳 80.7
ラフォルグ全集 全3巻 広田正敏訳 81.7/81.8/81.9
スミスにおまかせ P・G・ウッドハウス 古賀正義訳 82.12
ガルシーア=マルケス全短篇集 山蔭昭子他訳 83.5
ゴルきちの心情 P・G・ウッドハウス 古賀正義訳 83.6
太陽他 ピエール・ガスカール作品集 佐藤和生訳 84.10

【ホフマン全集】 全10巻 深田甫訳  1971〜
 1. カロ風幻想作品集T 76.11
 2. カロ風幻想作品集U 79.5
 3. 夜景作品集 71.11
 4. ゼラーピオン会員物語T(1・2) 82.10/88.7
 5. ゼラーピオン会員物語U(1・2) 90.10/92.5
 6. 悪魔の霊液 93.7 →『悪魔の霊酒』 (ちくま文庫)
 7. 牡猫ムルの人生観 72.9
 8. ちびのツァッヒェス・ブランビラ王女他 71.9
 9. 蚤の親方他 74.2
10. 評論・書簡・日記・評伝 (未刊)

【ジャン=パウル文学全集】 第T期 鈴木武樹訳 1974〜
1. 見えないロッジT 75
2. 見えないロッジU/ヴッツ先生の生涯 76
3. 宵の明星T(未刊)
4. 宵の明星U(未刊)
5. 宵の明星V(未刊)
6. 五級教師フィクスラインの生活 74
7. 貧民弁護士ジーベンケースT 78.11
8. 貧民弁護士ジーベンケースU(未刊)
  ※第2期・第3期とあわせ全26巻別巻1の予定だったが、訳者の死去により途絶。
   以下は幻の2・3期予定。

【第U期】
9.10.11. 巨人
12. 風船員ジャノッツォーほか
13.14. 生意気ざかり
15. カッツェンベルガー博士の湯治旅行
16. シュメルツレの旅行/フィーベルの生活
17.18. 彗星
【第V期】
19. 自叙伝ほか
20. 伝記の楽しみ/紀念祝祭長老牧師
21. 中期物語集
22.23. 美学入門
24. 教育論
25. カンパンの谷/新生/ゼーリーナ
26. エッセイ集
別巻. ジャン=パウル研究

 参考文献

  • 〈幻想文学〉17号 (1987) ※井田一衛インタヴュー「ブックス・メタモルファスという名の革命」
  • 『幻想文学大事典』 国書刊行会

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