異貌の19世紀 全6巻

高山宏=責任編集

国書刊行会

◆四六判・上製ジャケット装
◆装丁=高麗隆彦

二つの死闘
R・D・オールティック

魔の眼に魅されて
マリア・タタール

博物学の黄金時代
リン・バーバー

フランケンシュタインの影の下に
クリス・ボルディック

広告する小説
ジェニファー・ウィキー

ヴィクトリア朝の宝部屋
ピーター・コンラッド


※本体価格(税別)表示

ヴィクトリア朝英国を中心とする
19世紀西欧の文化・社会の諸相を、

殺人、新聞、広告、博物学、怪物、疑似科学など
独自の視点からとらえた画期的評論叢書。

新たなる世紀末へ向けて

高山宏

 さまざまに世界終末を囁かれる1999年もいよいよ近い。かつてない質と規模の終りと失楽園の予感に人々は絶望して、刹那の夢に走る。自らの文化の何者なるか、何処に発するが故に今の姿に至るのか、ほとんど知らぬ間に。近代が悪い、近代が終ると人々は言う。では 〈近代〉 についてわれわれは何を知っているのか。実はほとんど何も知らない。

 人々の倦怠の地獄を救うために博物学やオカルト趣味は生じた。酸鼻な犯罪の流行が人々を文学への嗜欲に駆り立てた。犯罪と性、博物学と疑似科学、怪物狂いと商業革命……。看過されてきた意表衝く切り口の輻奏によって、われわれの 〈今〉 をつくった一文化の美と知の逆説の異貌が、ここに次々明らかにされる。失楽園幻想でわれわれを悩ます過去の黄金時代に、人々は既にその 〈今〉、その 〈末〉 を激しく苦しんでいた。狂気はモダーンの 「始めから」 あったのだ!

 絶望するなら、諸君、この叢書を読んで後、絶望せよ!

二つの死闘
Deadly Encounters (1986)

リチャード・D・オールティック 
井出弘之訳

1993年6月刊 2524円 [amazon]

1861年6月、ロンドンの新開は二つの大事件を報じて人々を驚かせた。センセーショナルな話題には事欠かなかった。かたや首都のど真中で勃発した退役少佐と金融業者の血みどろの死闘。背後には美貌の情婦と恐喝事件。かたや遺産目当てにわが子を殺そうとしたフランス貴族。異常な事態にジャーナリズムは沸騰し、大衆の興奮は頂点に達した。事件の推移を克明に追いながら、近代ジャーナリズムの成立と殺人事件が娯楽化していく瞬間をいきいきと描き出した異色の社会史。 

19世紀の有名殺人事件を社会史的・文化史的な側面から取りあげた名著 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 の著者が、今度は2つの事件を集中的にとりあげ、事件の発生から、活字メディアによってそれがいかに報道され、読者大衆がどのようにその記事を消化していったかを、丹念に追跡していく。愛人問題や親子の骨肉の争いと、読者の大好きな 「金」 と 「女」 の話題もたっぷりで、150年前のワイドショーをのぞきみるような面白さだ。

→『ロンドンの見世物』 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』

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魔の眼に魅されて
Spellbound

マリア・タタール 鈴木晶訳

1994年3月刊 2913円 [amazon]

18世紀末、革命前夜のパリに登場した奇跡の施術師アントン・メスメルの催眠療法はたちまち人々を魅了し、その動物磁気説は、物議をかもしながら全西欧にひろがっていった。やがてメスメリズムは、ドイツ・ロマン派において魔術と混淆し、人を呪縛する暗い力の源泉と化す。ホフマン、クライストからバルザック、ホーソーン、ヘンリー・ジェイムズヘ、さらにはカリガリ博士、そしてヒトラーへと受け継がれていく 「魔の眼」 の系譜を辿りながら、擬似科学が時代の精神に与えた影響を跡づける。

ドラキュラ映画などを観ていると、ドラキュラと目があった犠牲者が、恐怖でおののきながらも魅入られたように吸血鬼の命に服従してしまう、という場面がよく出てくる。これが 〈魔の眼〉 だ。強い意志の力で相手を支配する 〈魔の眼〉 の持ち主が登場するのは、なにも怪奇映画や幻想小説の中だけではない。主流文学にも、そして現実世界にも、この恐ろしい力は存在する。メスメルの動物磁気は、いかがわしいエセ科学の代表格だが、彼が開発した催眠療法は、シャルコー、フロイトへと受け継がれ、精神分析の重要なファクターとなる。正統的なものだけをみる歴史学では見えてこないものを、タタールは見事にすくいとっていく。

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博物学の黄金時代
The Heyday of Natural History (1980)

リン・バーバー 
高山宏訳

1995年11月刊 4078円 [amazon] 品切

産業革命が生んだ余暇と、ヴィクトリア朝の啓蒙主義・好奇心が結びついて、19世紀、博物学はファッションと化した。家庭の居間には昆虫や貝、植物のコレクションが所狭しと並べられ、幻燈を駆使した動物学講演や「顕微鏡の夕べ」は大盛況。美しいイラストを満載した博物学の本は飛ぶように売れ、世界各地からもたらされる珍種発見のニュースが、紳士淑女の最新流行の話題となった。この未曾有の博物学の大衆化時代の諸相を、夥しい図版をまじえて描き、19世紀文化史に新たな光を当てた画期的大冊。

荒俣宏の送り出した夥しい著作や図鑑によって、我々にも身近なものとなってきた19世紀博物学の世界だが、学者や探検家の活躍とは別に、もっと俗な、大衆のレベルで、博物学が大流行し、消費されていった過程を、楽しいエピソードの数々で紹介した本。たとえば 「顕微鏡の夕べ」 というのは、紳士淑女を集めて夕食会が行なわれ、食後、皿の上に残った牛の骨を講師 (有名な科学者) が取り上げ、「さあ、みなさん、この骨の断面を顕微鏡でみてみましょう」 と呼びかける。食卓はそのまま科学教室にはやがわり、といった具合。恐竜の骨格の化石を模したレストランをつくったり、テムズ川の水を拡大した映像を幻燈で映し出し、一滴の水のなかにいかに夥しい怪物――微生物がいるかを見せたりと、突飛な思いつきが次々に実現されていった。もちろん、個性派ぞろいの博物学者たちの活躍や、その奇人変人ぶりもたっぷりと紹介されている。

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フランケンシュタインの影の下に
In Frankenstein's Shadow

クリス・ボルディック 
谷内田浩正・西本あづさ・山本秀行訳

1996年4月刊 3107円 [amazon] 品切

生命の秘密に憑かれた科学者が、死体から創造した恐るべき被造物――フランケンシュタインの怪物。フランス革命の影響下に生まれたこの近代の神話は、多くの文学者、思想家によって、19世紀いっぱい、さまざまな変奏を奏でながら書き継がれていった。革命家、産業社会の逸脱者、制御を失った科学、暴徒と化した労働者、植民地の現地人――人々に不安を与えるあらゆるものが、怪物イメージを増幅させていく。創造者を脅かし、破壊する被造物への恐怖を19世紀テクストから抽出する怪物の神話学。

19世紀の英国では、アイルランド独立運動家を 「怪物」 として描いた戯画がしばしば新聞や雑誌の紙面を賑わした。その過激なテロリズムゆえに恐怖と憎悪の対象となった彼らアイルランド人は 「人外」 のイメージを押し付けられ、それによって排除と圧殺が正当化されてゆく。2001年の世界を見ていると、いままた、それとまったく同じことが行なわれているようだ。ビンラディンは、アメリカにとってまさに 「フランケンシュタインの怪物」 ではなかったか。「怪物」 は造られるものなのだ。

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広告する小説
Advertising Fictions (1988)

ジェニファー・ウィキー 富島美子訳

1996年5月刊 2913円 [amazon]

サーカス王バーナムが次々と革命的広告をくりだした19世紀は、ヘンリー・ジェイムズの云うように、まさに 「広告の時代」 であった。文豪ディケンズは、自作朗読や雑誌をフルに利用した広告の天才でもあったし、流行の小説はすぐさま広告に取り込まれ、世紀末の寵児ワイルドまで広告に一役買う始末。モダニズムの作家ジョイスは最新の広告技法を応用して、大作 『ユリシーズ』 を書きはじめる。次々に興味深い話題をとりあげながら、広告と文学の相関関係をあざやかに論じた問題作。

文学、それも 「唯美主義者」 ワイルドや 「前衛」 作家ジョイスのような、「ハイ (高等)」 な文化に属するものと一般に思われているものが、実は 「広告」 という俗きわまりないものと、骨がらみともいうべき密接な関係を有していたことを明らかにしていく痛快な一冊。もともと小説の始まりは、ニュースと宣伝であったわけだし (デフォーをみよ)、《文学》 なんてカッコ付きの、なにか俗世間とは隔絶した 「お高い」 ものと思い込んでいるほうが、笑うしかない誤解なのだが。

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ヴィクトリア朝の宝部屋
The Victorian Treasure House (1973)

ピータ‐・コンラッド 加藤光也訳

1997年3月刊 3500円 [amazon]

「細部の宝庫ではあるが、それは無頓着な全体である」 と、ヘンリー・ジェイムズはヴィクトリア朝の芸術をこう喝破した。ディケンズのグロテスクな登場人物に現れたこうした傾向は、ハント、フリスらの風俗画やラファエル前派、ラスキンの建築論にまで、明白な痕跡を残している。高尚で堅苦しく精密な古典的形式から、猥雑で混沌とした現実、生の豊穣を写し取る手段へと、芸術が変貌していく様を、驚異的な博覧強記で鮮やかに読み解く古典的名著。

19世紀英文学・絵画の理解に決定的な影響をもたらすはずの極めつけの名著。文学や美術のさまざまな話題を取り上げながら、抽象的な議論におちいらず、作品の巧みな引用でテキストの織物を作りあげ、しかも、まるで英文学という庭園を散歩するかのような、悠然たる歩調をくずさない。コンラッドには他にも、『トリストラム・シャンディ』 論、「崇高都市」 ニューヨークを扱った都市論、愛と死の物語としてのオペラ論など、優れた評論書が何冊もある。『エヴリマン版英文学史』 は読物としても面白い話題の大作。
これは入稿途中から実際の編集作業は同僚に担当してもらった)

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