更新履歴と周辺雑記

更新履歴を兼ねて、日記付け。完結していない作品については、ここに書いていきます。

2015年3月31日(火)
「クドリャフカの順番」(超ネタバレ)

久々にアニメの話題だというのに、世間は『Gレコ』最終回で盛り上がっているのに、こんな時流を無視した話題で申し訳ない。

『氷菓』をBD-BOXで観返していて、学園祭篇「クドリャフカの順番」をトリックを知った上で見るとちゃんと事細かに描写されているのがわかる。

十文字の狙う校了原稿が置かれている古典部部室に、田名辺が入ってくる。



田名辺に合図を送る奉太郎。



里志の携帯が鳴ったことで、全員の目が入り口方向に集まる。



よく見るとこのとき、田名辺が携帯を手にしているのがわかる。しかし、ちょうど携帯が後方の生徒の学生服と重なって見えづらくなっており、加えて田名辺のすぐ向こうにいる谷の、はだけたTシャツの白に観客の目が奪われてしまう。さらに言えば、ここまで出番の多い谷は観客にも周知の人物なので、観客の注意は田名辺に向かない。



その直後、田名辺の右手が怪しい動き。

  

校了原稿が発火した瞬間、不自然に背を向けている田名辺。



こうした一連の田名部の動向は、原作では描写されていない。奉太郎の合図も、原作では「目配せ」である。

これらが映像化に当たっての工夫なわけだが、これだけで記事にするのは気がひけるのでもう一つ、気付いた点。

このエピソードは、「隔絶した才能を見せつけられた凡人の絶望」が裏のテーマになっている。凡人の一人が田名辺であり、もう一人が里志である。里志が奉太郎の推理を聞いて真相を知るシーンに下のカットがある。
前景に里志、左奥に奉太郎がいるのだが、それぞれの背景に注目。



青線で示したように、前景と遠景でまったくパースが違う。つまりこれが、「奉太郎と里志では立ち位置の次元が異なる」ことを表しているのである。



絵コンテ・演出は石立太一。後の『境界の彼方』監督である。
以前、高雄統子の「エンドレスエイト」演出で似たような技法を紹介した。師匠が共通なのかも、などと想像すると楽しい。

2015年3月29日(日)
紫電改

四国は宇和島の、紫電改展示館に行ってきた。



昭和53年、久良湾内に沈んでいるのをダイバーが発見し、翌年引き揚げられて修復、展示されている。広島出張のついでに行ったのだが、松山へ高速船で1時間半、宇和島まで電車で1時間半、バスで1時間半(路線バスで営業キロ数44キロって初めて見た)、そこからさらにタクシーで10分という地の果てであった。

墜落時の目撃証言などから、昭和20年7月24日の空戦で未帰還になった6機のうちの1機だろうとほぼ特定されている。343航空隊ゆかりの松山へ運ぼうかという案もあったが、その終焉の地を臨む山上に置くのがふさわしかろうとなったとのこと。
日本ではもちろん現存機はこれだけ、世界にも数機しかない貴重な機体である。錆を落として塗装した他は無理に修復せず、損傷もそのままなのでむしろオリジナル性が高くなっている。



プロペラは着水時の衝撃で曲がったまま。昇降舵など羽布張りだった部分は腐食して、骨組みだけになっている。





写真のせいもあるが、主翼前縁の後退角が意外にきつく見える。風防の真ん前に空気取り入れ口が空いている。何かと思って帰ってから調べたら、コクピット空調用の冷風取り入れ口だった。



これは、方向舵の上に無造作に顔を出している修正タブの操作ロッド。こういうディテールがわかるのは本物ならでは。今後プラモデルを見るとき、これが再現されているかどうかで忠実度が判断できる。初期量産型と後期量産型では、このロッドの取り付け位置が左右逆なのだとか。



燃料タンク類。艤装品類はこのように、取り外した状態で別に展示してある。タンクは防弾ゴムで覆われていたが、腐食でゴムがなくなり金網だけが残っていた。なお左上のは燃料タンクではなく潤滑油タンク。燃料タンクと見紛うほどの大きさで、よほど油漏れが酷かったのだろうと想像される。



土産に買ってきた紫電改Tシャツ。展示館は入場無料なので、少しでもお布施をと思って。他に紫電改せんべいとか紫電改ストラップとか売ってた。

2015年3月25日(水)
『機動戦士ガンダム THE ORIGINⅠ 青い瞳のキャスバル』

近藤(勇)は、村正などには興味がない。自分の佩用の刀を松井老人にわたして、
「虎徹です。鑑定(めきき)ねがいたいものです」
「拝見、-」
老人は、ものやわらかな手つきで、刀をぬいた。が、すぐ鞘におさめて、
「眼福でござった」
といった。
近藤はつぎの言葉を期待した。
が、老人はすぐ話題を世間ばなしに移して、ついに刀の批評をもらさなかった。

               司馬遼太郎「虎徹」『新選組血風録』中央公論社、1964年、124-125ページ。
表題作を観た私の感想も、この老人のようなものである。
ついでに、「下請けに亜細亜堂とテレコムと手塚プロダクションが入ったガンダム」というのがなかなか新鮮であった。
2015年3月19日(木)
『アメリカン・スナイパー』

何かと物議を醸しているイーストウッドの最新作観てきた。

主人公クリス・カイルは狙撃兵と言っても、しばしば突入班と一緒に最前線に出て突撃してしまう。海兵隊の狙撃兵というのはああいうものなのか?
正規のドクトリンなのかクリス個人の資質なのか、あるいは戦場で編み出された知恵なのか。

最後の出征で、濃密な砂嵐の中の戦闘シーンが描かれる。昼なお暗く、ろくに目の前も見えない中での乱戦がすさまじい迫力。こんなシーン初めて見た。

クリスは「神、祖国、そして家族のために」人を撃つと繰り返し口にする。信心深いクリスは肌身離さず聖書を持ち歩いている。しかし、(一度観ただけの私の記憶によればだが)実はクリスは、作中一度も聖書を開いて読んでいない

ここに、イーストウッドの密かな悪意を見る。イーストウッドは、いかなる理由があろうと、殺人が神の御心に沿うことなのか?と問うている。答えは明らかであろう。

2015年3月15日(日)
『コペンハーゲン 首相の決断』

最近、スーパードラマTVで『コペンハーゲン 首相の決断』を観ている。『ミレニアム』のヒット以来、北欧発の映画やドラマが紹介されることが多くなってきたがこれもそのひとつ。タイトルからわかるとおり、デンマークの政治ドラマである。
http://www.superdramatv.com/line/borgen/

主人公の女性政治家ビアギッテ・ニュボーは中道左派政党の党首であり、現首相のスキャンダルをきっかけに選挙で地滑り的に勝利を収め、連立政権を組んで首相の座に着く。
政治ドラマと言っても、権力闘争に明け暮れたり腐敗を暴いたりするわけではない。スキャンダルに対応するエピソードもあるにはあるが、多くは予算案を通すための多数派工作であったり、グリーンランドの開発計画を巡る折衝であったり(グリーンランドはデンマークの自治領。グリーンランドを加えた国土面積は日本を上回る)の一見地味な話である。国内外に山積する問題に己の知力と勇気だけで立ち向かうビアギッテ首相に、その家族ら、永年の腹心を務める幹事長、首相のスピンドクター(広報担当補佐官のような役職)、彼と腐れ縁のモトカノジャーナリスト等々、多様な人間模様が展開する。

なお現実にも、デンマークの現首相は女性である。
当然この人がモデルなのかと思ったら、就任は2011年。『コペンハーゲン』の放送開始は2010年である。つまりドラマの方が先行し、現実が後追いしてしまったのだ。
日本での放送が開始されたばかりのシーズン2第1話は、デンマークのアフガニスタン派遣軍が題材。ビアギッテが視察に訪れたさなかにデンマーク軍はタリバンの襲撃を受け、戦死者を出してしまう。世論が撤退に傾く中、ビアギッテはどんな決断を下すのか。
これまた私は知らなかったのだが、デンマークは実際にアフガニスタンに治安維持軍を送っており、2008年に犠牲者を出している。
ドキュメンタリー映画も日本公開されていた。日本語サイトは政治的意図が見え見えで見苦しいが。


『天元突破グレンラガン』で、私が一番感情移入していたキャラが実はロシウだった。ロシウは「指導者の仕事は戦うことじゃない、決断することだ」と言い放ち、前線に出てしまうシモンを見て「なぜ楽な道を選ぶ」と独りごちる。
部下を持ったことのある人なら、共感するはずである。自分が飛び出していって問題が解決するなら、そんな楽なことはない。
リーダーが果たすべき責任とはそんなことではないのだ。ビアギッテは作中で幾度も、厳しい政治的決断を強いられる。

「望まないことでも、やらなければ」。
本作の登場人物は皆、しばしばそう口にする。

こういう作品を観てしまうと、「本当は何がしたいの?」と問うことしか知らない某国のフィクションがどうにも幼稚に見えてしまう。やりたいことをして生きていける幸福な人間などこの世にそうはいないし、万人が納得する答えなど存在しない。それでも、指導者は決断しなければならない。
信念のため、理想のため、世の中のため、よりよい未来のために。

本作の原題は『BORGEN』。「BORGEN」とは、迎賓館、国会議事堂や内閣府、最高裁判所など、デンマークの三権に関する施設がおかれているクリスチャンボー宮殿のニックネームで、「国会」「政府」を指すのにも使われているが、本来の意味は「城」である。
このタイトルは行政府を意味するものであると同時に、国を率いる責任を一身に負って立つビアギッテの姿を差すものでもあり、そして人々が心の内に守り続ける理想を示すものでもあろう。

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