息抜きの合間の仕事に-
いや仕事の合間の息抜きに、『南極1号伝説』を読んだ。
人呼んでオランダ人の奥さまの歴史・構造・メーカーの苦労、ユーザーの楽しみ、あらゆる面から真摯に調べ上げた労作。
何であれをオランダ妻というのか初めて知った。
17世紀に、当時の世界帝国だったオランダと新興海洋帝国イギリスは世界中で激しく争った。そのため、英語にはオランダ人をけなす表現が多数残っていて、「Dutch」は「けちな」「質が悪い」を意味する接頭語になっているのだそうな。
例えばオランダ人の演奏(dutch concert)は音程の外れた演奏、オランダ人の勘定(dutch account)は割り勘、オランダ人の行為(dutch
act)は自殺、オランダ人の勇気(dutch courage)は酒に酔った勢い、といった具合。そういや日航機事件で有名になったdutch rollもそうか。イギリス人を敵に回すと恐いね。
ついでだが、dutch capはペッサリーのことだそうである。なるほど。
以下、印象的だったところをメモ書き。
業界の最古参オリエント工業社長の言。「少女タイプのラブドール」という新市場を開拓した「アリス」について。
『少女といっても、もちろん子供を性の対象にしているわけじゃありません。生身の人間で身長140cmといえば小学校高学年くらいですが、実際にその年令の服を着せてもサイズが合わない。というのも、スケールは小さいけどプロポーションのバランスは大人だから。つまり「アリス」はグラマーな女性のミニチュアなんです。生身の人間をそのままのスケールで再現するのでなく、現実にはないドールならではのバランス、そして愛らしさを追求してみたということですね』
『等身大ラブドールをシリコンで作ろうとすると、数十kgの原料が必要。これを量産するとトータルで大変な量になる。一度にこれほどたくさん使う業界もないので、相手(注:シリコンメーカーのこと)にとっても悪いビジネスじゃないんですね。
(中略)
いまでこそシリコンは、ホビー用の材料として東急ハンズでも売っています。趣味の人が買ってフィギュアや人形を自作したりするらしいですよ。これは要するにシリコンの原料メーカーが、ラブドールみたいにリアルな造形用の素材として提供するノウハウを蓄積したからでしょう。
(その後シリコンラブドールのメーカーが新規参入してきたが、)こうしたこともみんな、うちが最初にずいぶん投資してシリコンの調合などノウハウを確立していったからじゃないかと思ったりもしますよ(笑)』
2007年の商品に採用した、生身の女性を型取りして原型を起こすライフキャストという手法について。
『ただ型取りしてそのまま製品にしているわけではありません。リアルさが求められる反面、生々しいだけの人形は気持ち悪くて逆に敬遠されますから。そこで型取りした原型にまた手直しを加えて、ラブドールとして適度なリアリティを表現するようにしています』
おお、三次元不気味の谷!
オリエント工業に次ぐ老舗のハルミデザインズは、もともとウレタンの商社だった。ある事情でウレタンの大量在庫を抱えてしまい、何とか消化する方法はないかというので思いついたのがウレタン製ラブドールだったんだと。
『地盤沈下で家が傾いたりするでしょう。ウレタンはこれを元に戻すのにも使われています。家の土台が載っている地面にウレタンの原料を注入して化学反応を起こさせると、発泡して体積が大きくなる力で家がぐいぐい持ち上がるんですよ』
写実的な作風の新興メーカー4woods代表。
『これは人に言えない秘密の趣味だからこそ魅力があるのも事実なんです。1人きりでこっそり何かを楽しむ、一種の背徳感のようなものですね。その意味では性的なことに限らず、何かしら似たような秘密の趣味を持っている人は多いんじゃないでしょうか。
これをすっかりオープンにしてしまったら、楽しみも台なしだと思うんです。自分だけの希少価値、周囲から秘密にする背徳感、分かる人にだけ分かる喜び。それがあるから、一層ラブドールが魅力的に見えてくる。もし国家がお墨つきを与えて「さあみなさんやりなさい」なんてことになったら、楽しみも半減して興ざめしてしまうでしょう。
(中略)
いまのリアルなラブドールが現代の特殊な現象だとは思えないんです。昔から何らかの形で「男の秘密」のような趣味はあったわけですから。それがたまたま、現代の技術でこのような表現になっただけ。むしろ本質は、もともと男性が持っている本能のような気がします』
繊細な造形で定評のあるLEVEL-Dの代表は、フリーランスで広告やイベントの美術を担当していた裏方の造形師だった。
『現実の女性なら身長140cmは相当小さいわけですが、あくまで作っているのはドール。例えば米アビスクリエーションのリアルドールは160cmを超えるものもありますが、数字以上に大きく感じられる。つまり同じ身長の生身の女性とドールとでは、存在感が違うんですよ。
(中略)
例えば「綾苗」は、それまでと違って足をかなり長くデザインしました。また全体に細いんですが、部分的にはグラマラスにできている。実際には存在しないプロポーションなんですが、これもドールとしての魅力を追求した結果です。またディテールのリアリティも、抑えるべきところはあえて抑えるよう工夫してみました』
『ファイブスター物語』のファティマの造形を彷彿とさせますな。
創業20年のブルセラショップの先駆け、「アド新宿」店長(ラブドールのレンタルをしているので登場)。
『生き残った秘訣を聞かれたりしますが、別にそんなものはない。ただうちがずっと同じことをやっているうちに、いつの間にか同業者がわあっと増えて、それからまた減っていった。それだけです。相場もその間にずいぶん上がったり下がったりしましたが、うちはよそに値段を合わせたこともありません。
要するにうちは、客商売としてただ普通のことをやっているだけ。これがもし高級ブランド店だったとしてもやることは同じです。ブランド品でも古いパンツでも、お客様はお客様でしょう?古いパンツだからって買いにくるお客様を変態扱いしてバカにしていたら、誰も来なくなるのはあたり前ですよ。普通にちゃんと接客して、要望を聞いてそれに応える。さっき言ったブルマの材質やゴムの形みたいなことも、ブランド品のバッグの留め金がどうのという話と同じ。細かいリクエストにまできちんと対応できないと、リピーターはついてきてくれないですよね』
これが真のパイオニアの言葉というものか。不覚にもちょっと感動してしまった。
ところでもうだいぶ前だが、映画『空気人形』('09)を観た。
ダッチワイフに魂が宿って、という映画なのだが、何ともヘンな作品だった。
と言うのは、本書で書かれるように昨今まともなラブドールというものはシリコンやウレタン製であって、膨らませて使うのは本当にチープなものだけである。ところが本作は、メーカーやユーザーにちゃんと取材しているらしいのに(製造現場を映したり、車椅子で運ぶシーンがある)、ダッチワイフ=風船という固定観念から一歩も出ようとしないのね。
日本語には生き物(=息もの)という言葉があるから、「呼吸するようになった人形」というアイデアを生かしたかった気持ちは解らんでもないのだが、観念ばかりが先走って現実から乖離したら、誰の共感も得られないでしょうよ。
ペ・ドゥナのおっぱいが拝めるのだけが収穫。
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