山形浩生が絶賛していると言うので読んでみる気になったのだが、amazonにちょっと変わったレビューがあった。以下引用。
明らかな事実誤認にもかかわらず、「歴史を調べると」と、さも大量の資料に当たったかのように書いてある一節があり、果たして他のデータも十分に信じられるのか、不安に思いました。
事実誤認というのは、「不利な農地が要らなくなった」のまるまる一節です。
「日本で段々畑が広がっていったのは主に江戸時代の初期だと考えられています。」
これ、史実と全く逆です。
平野部での栽培は江戸時代からで、それ以前は平野部は農地としては見向きもされず、専ら耕されていたのは棚田(段々畑)ばかりだったのです。
なぜなら、平野部は耕作不適地だったからです。
江戸時代に入ってからでも長らく、平野部は沼地でした。
それもそのはず、地形的に平らなのですから、雨でも降れば水浸しで、コメを植えてもすべて流されてしまいます。
いつも湿度が高いですから、疫病も発生しやすく、平野部は人の住むところでなかったわけです。
このため、江戸時代までは中山間地に住み、棚田(段々畑)を耕して暮らしていました。
江戸時代に入ってから、灌漑施設と排水設備を作る技術が発達し、平野部を水田に変えることができるようになりました。
「耕作不適地」である平野部で耕作できるようになったのは、この頃からです。
大阪には鴻池新田など、新しく田んぼにした地名が残っていますが、このことからも大阪平野の広大な土地は、江戸時代からようやく水田に変えることができるようになったことを示しています。
#歴史の名高い楠木正成は農民の水利権を決済する頭領でしたが、住んでいた場所は今から見れば中山間地です。楠木軍が敵を撃退した有名な場面が山間地であったのは、このためです。当時はまだ、大阪平野は広大な沼地でした。
平野の方が農地として優れ、中山間地の方が不利な農地であると考えるのは現代人的発想で、江戸時代までは中山間地の方がよほど耕作地に適した土地であったわけです。
筆者は憶測でこの一節を書いたのではないでしょうか。
こうした史実を知っている人間から見ると、112ページの、
「段々畑の歴史を調べると、段々畑を作るほかない山地に行ったのは、他の地に行き場のない人たちだったことが分かります。
典型的なのが平家の落ち武者です。」
という文章を読むと、ずっこけてしまいます。
もしこれが本当なら、江戸時代以前の日本人はすべて平家の落ち武者です。
「段々畑は日本ではだいたい三、四〇〇年の歴史があるのですが」というのも、全く間違い。
「平野での田畑はだいたい三、四百年の歴史があるのですが」が正解。
筆者はどこかで全く逆の思い間違いをしてしまったようです。
これを念頭に置いて少し批判的に読んでみたのだが。
棚田の話が出てくる部分をまるまる引用する。
近年、中山間地といわれる、傾斜地にある水田や畑が放棄されているのもそのため(平野部の生産量が増大したから)です。「中山間地での耕作放棄は、地方の疲弊と農業の衰退を示している」といった話が聞かれますが、条件の良い平地で日本人全員が食べるのに十分なお米が穫れるようになって、あえて山間部で苦労の多い作業をこなしてお米を作る必要がなくなってしまった結果なのです。
地域振興の視点からは大きな問題だと私も思いますが、食料経済という観点から見れば、手間がかかる割に生産の上がらない高コスト地域から順に耕作が放棄されていくのは、自然な現象なのです。
日本で段々畑が広がっていったのは主に江戸時代の初期だと考えられています。
現在、日本の水田では一ヘクタール当たり六トンの米が生産されていますが、当時は一ヘクタール当たり一トン強と、面積当たりの収穫量がはるかに少なかったため、山間の傾斜地のように本来なら条件の悪い場所、農業の用語でいう「条件不利地」でも開墾せざるを得なかったのです。
段々畑の歴史を調べると、段々畑をつくる他ない山地に行ったのは、他の地に行き場のない人たちだったことがわかります。
典型的なのが平家の落ち武者です。
社会的強者やもとからそこで耕していた人たちは平地でも一番条件の良いところを占めていて、反対に平地にいる場所がなくなってしまった社会的弱者というべき人たちは、山に逃れ、その斜面を切り拓いて生きていかざるを得なかったのです。そのようにつくられていったのが棚田であり、段々畑でした。
段々畑は日本では大体三、四〇〇年の歴史があるのですが、戦前までそれが残っていたのは、日本の人口が明治以降急速に増え続け、一方で単収はさほど上がらなかったため、国内の農産物、特に主食である米が不足していたからです。
しかし現在のように化学肥料が普及し、作付面積当たりの収穫量が上がってしまうと、段々畑を耕していた社会的弱者の人たちの食糧も、平地の優良な農地で生産するだけで間に合ってしまいます。すると「何もこんなところで農業をやる必要はない」ということになってくる。これは日本だけではなく、世界的に起きている現象です。
単収の増加による世界的な穀物余りを背景とした、条件不利地での農業放棄。
それによって作付面積が減ってきたことを、「工業化と都市化、砂漠化や農地の荒廃によってどんどん農地が狭まっている」というのは、事実とは異なる説明なのです。
『「食糧危機」をあおってはいけない』110-112ページ。
これだけ。
著者の主張を確認しよう。
この部分で議論しているのは、「都市化や砂漠化で農地面積が減少し、食糧が足らなくなるのではないか?」という疑問である。著者は、世界的に農地に利用できる土地はまだまだあり、現在利用されている農地でも、化学肥料の使用で単位収量の増加が見込める部分が多いから、そんな心配は無用だと論じている。この話の流れのなかで、ついでに山間部の農地放棄の問題が出てくるのである。
「棚田」の話なんてまったくの付け足しなのよ。
なるほど、日本の水田耕作は平地よりも棚田の方が早かった。確かにウィキペディアにもそう書いてある。それで?
言うまでもないが、「Aが誤りである」ということは、「BもCもDも誤り」とはならない。このレビュアー氏の言ってることは、それ自体は正しいかも知れないが、著者の「人口爆発による食糧危機などこない」という主張には何の影響もないだろう。まあ平家の落ち武者云々は蛇足が過ぎる、と私も思うが。
レビュアー氏はさらに2つ追記している。
1つは漁業専門家の疑問。
私も素人考えでちょっと調べてみたのだが、2010年の世界の漁獲量は漁業と養殖合わせて1億6288万トン。
それに対して、穀物(トウモロコシ・小麦・米)の合計24億9360万トン。イモ類7億3580万トン。大豆2億2320万トン。
(矢野恒太記念会『世界国勢図会2011/12年版』より)
魚好きな日本人には想像しにくいが、水産物は世界の食糧需給の中で大した比重を持たない。たびたび引用しているロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』によると、人類の総摂取カロリーのうち魚の占める割合は1パーセント。タンパク質に限っても6パーセントに過ぎないという(同書182ページ)。ましてイギリスの水産物輸入なんぞ、増えようが減ろうがそれこそ何の影響もないんじゃないの。
また、淡水魚は飼料1キログラムで魚肉1キログラムが穫れるとか(川島『世界の食糧生産とバイオマスエネルギー』)。
批判に備えて、でもないんだろうが、著者は本文中でこんなことも書いている。
日本人の思考方法は一つのものを突きつめていくことに偏り、考え方がシステム的でないところがあります。
日本人は「この道一筋何十年で、一芸を極めて」という生き方がすごく好きで、何かというと「何とか道」にしてしまう。
東京大学にも「システム何とか」という学科はたくさんあるのですが、そういう名前をつけておきながら、ある一つの分野の追求をはじめてしまう。日本には職人気質というか、一つのことにのめり込むのを良しとする文化があって、「この道何十年、ついに奥義を極めた」という人が尊敬される。
反対に冷静な多元的な分析は「専門性がない」とあまり好感を持たれない。
「私はこれ一筋」という熱い言い方をする人に対して、システム的なものの見方で分析すると、「評論家」と言われて嫌われます。
「全体のなかで君のやっていることはこのぐらいの重さだよ」と相対化されるのは、日本人はすごく嫌なのです。
私のシステム分析の先生は西村肇先生という、今は東大の名誉教授になった方ですが、その西村先生がその頃大学院生だった私に、「本当に日本人は、周りとの関連で見るという思考法が不得意だよねえ」と嘆いておられたのを、今も覚えています。
第二次大戦中、日本の陸軍参謀本部の作戦課は、現実の情報とその分析を始終軽んじて、自らの信じる世界観で戦い続け、日本を敗戦に導きました。
川島博之『「食糧危機」をあおってはいけない』文藝春秋、2009年、202-203ページ。
これは私の本業の分野とも関係があって、たとえば木村英紀『ものつくり敗戦』(日経新聞社、2009年)にもほぼ同様の指摘がある。
もう1つはオガララ帯水層の件。
それこそ資料の出典が解らないから何とも言えないのだが、「わずか5パーセントの農地」から、「米国の小麦の3割」が穫れる、とは常識的に考えてちょっと信じられない。
どっちかが間違えているのか?なぜそちらを信じるのか?という問題になりそうだ。
検索してみたらこんなのが出てきた。(リンク先PDF。農水省の説明資料)
30ページ目に、オガララ帯水層分布地域の小麦生産量の割合が約30パーセントと確かに書いてあるのだが。
これ、「オガララ帯水層に依存している小麦の生産量」じゃなくて、「オガララ帯水層が存在する州の小麦生産量の合計」じゃないの?上の地図を見ると、ネブラスカ州は確かにほとんど帯水層と重なるが、オクラホマ州なんか西端の一部だけだ。オクラホマ州の小麦は全部ここで生産してるのか?
とまあ、レビュアー氏の言うとおり自分で考えてみました。
ナショナルジオグラフィックも、2008年にグローバル・フードクライシスというキャンペーンを張っていた。
だが実際には、世界の飢餓人口は2009年に10億2300万人で過去最悪だったのが、2010年には9億2500万まで1億人近く減った(『世界国勢図会』)。もちろんまだまだ改善すべき点は多いが、未来は決して暗くなどない。
最後に本書の記述で面白かった点。飢饉など世界史上珍しくもないが、普通、餓死するのは貧しい弱者だけで、富裕階級は何の痛痒も感じなかった。ところが日本では、戦後すぐの食糧統制が非常にうまくいった結果、上から下まで国民全員が飢えた経験を持つに至った。これは世界的に珍しい経験で、日本で食糧危機論が繰り返し取り沙汰されるのはこのためだ、という。
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