更新履歴と周辺雑記

更新履歴を兼ねて、日記付け。完結していない作品については、ここに書いていきます。

2011年4月25日(月)
『青い花』最終話

『青い花』観終えた。

で、そのラストカット。
クリスマスの夜、雪の降りしきる思い出の小学校で、ふみは自分の初恋の人を思い出す。そんなふみに、左手を差し出すあーちゃん。



 

その手のひらに、自分の右手を重ねるふみ。
やっぱり。なんと美しい構成!

初見で気がついてたら、もう少し自慢できたんだが。




ところで、DVDをそろえて初めて気がついたのだが。
『青い花』と『化物語』は、ジャケットの背表紙がそっくり。

 

色彩心理的に、見て心地よい配色は似通ってくるんだろうけど、それにしても。

2011年4月21日(木)
映画とテレビの間

昨年来の劇場アニメのラッシュは喜ばしいことなのだが、ちょっと首を傾げることがある。
評判を見ていて、「テレビの延長みたい」という感想が散見されることだ。私には、これがどういう意味なのかよくわからないのだ(テレビ番組の方を見ないせいかもしれないが)。
その根拠らしきものを列挙してみると、こんなのが挙げられる。

@ 動きが少ない
A 見せ場がない
B ディテールの描き込みが少ない
C バストショットや顔のアップが多い
D ビスタサイズの画角を生かしていない
E レイアウトが悪い

映画らしさというのは、そんなことで決まるのだろうか?ざっと以下のような反論を思いつく。

@ クリス・マルケルの中編映画『ラ・ジュテ』はスチル写真の積み重ねに音楽とモノローグを付けただけの映画である。ところがただワンカットだけ、「動く」シーンがある。不注意な人間は見落としてしまうような動きだが、それ故に観客に強烈なインパクトを与える。
肝心なのは動くことではない。その動きが、いかに映画に寄与するかである。
A @とも関連するが、アニメで「見せ場がない」というのはアクションがないというのと概ね等しい(と思う)。映画には『十二人の怒れる男』を筆頭に、室内劇も会話劇もいくらでもある。『裏窓』がそうだし、最近でも、主人公がずっと電話ボックスにいる『フォーン・ブース』とか、甚だしきは主人公もカメラもずっと棺桶の中!という『リミット』という映画がある。しかもこれが面白いのだ。
もちろん、仮にアニメでそういうことをやって面白いか、という問いを立てるのは有効だが、少なくとも「映画らしさの要件」ではないとは言える。
ちなみに、マンガ家の榎本俊二はアフタヌーン連載中のコラムで、「セリフ・アクション」という造語を提案している。研ぎ澄まされたセリフのやりとりそのものが面白い映画のことだ(もちろんケンカしているという意味ではない)。
B そういえば『時かけ』の影なし作画も一部で批判されましたっけね。
C 私のオールタイムベスト『羊たちの沈黙』はアップショットの非常に多い映画だし、カサヴェテスの『フェイシズ』なんかタイトルどおり本当に顔のアップだらけである。映画の父グリフィスがクローズアップという技法を「発明」したとき、演劇しか知らない批評家たちは「役者は全身で演技しているのに写さないなんてもったいない」と批判したそうだ。
D 1960年代以前の古い映画は、4対3のスタンダードサイズが珍しくない。なんたってstandard(標準)と言うくらいだ。それが次第に横長に進化して、シネスコサイズ、さらにはシネラマ上映という奇形を生み、最終的におおむねビスタに落ち着いた。「映画と言えばビスタ」となったのはそんなに昔ではない。逆にテレビも16対9ばかりになれば、それに合わせた画面作りになるだろう。
E 極めて「映画的な」アニメ作りをする山文彦監督は、こんなことを言っている。
「わりと僕、構図のゆるい絵が好きなんで、もうもの凄く決まった構図でこれ5ミリフレームずらしちゃったら違って来ちゃうなっていうような絵を作る人が。僕ああいうのダメなんですよ。
(中略)
なんか緩くって、それで一瞬じゃなくて前後の時間が写し取られるっていう緩い絵の方が好きなんで」
『機動警察パトレイバーWXV』DVD特典絵コンテ集所載のインタビューより。

山監督が好むこういう構図を作るには、「レイアウトマンにもの凄い技量が要求される」のだそうだ。

ついでだが、昨年は劇場アニメの上映時間の長さが話題になることも多かった。
しかし例えば、劇場公開時の『エイリアン2』も137分あった。130分くらいで大作呼ばわりするのはいかがなものか。歴史的には3時間を超える映画も別に珍しくない。逆に短い方では、ジョニー・トーの『ザ・ミッション 非情の掟』は81分だし、フランソワ・オゾンの短編映画『X2000』は8分しかない。もともと映画の上映時間が2時間前後なのは、単に「尻が痛くなるから」という理由に過ぎない。
何をもって映画とするかは、そう簡単ではないのだ。



・・・などということを考えていたのだが、『そらのおとしもの』も劇場版ができるというし、もうどうでもいいや。

2011年4月18日(月)
『青い花』5、6話

最近、『青い花』のDVDをまとめ買いした。BS放送を録画したものがあるので今さらDVDでそろえるのはだいぶ迷ったのだが、日本経済振興と山監督の生活のためと思って。

改めて頭から観返して、やはりシリーズの折り返しである5、6話「嵐が丘」前後編の出来が出色。DVDの解説を読んで初めて気がついたのだが、杉本先輩に想いを寄せる京子が5話で、その杉本が6話で、それぞれ涙する場面がある。

「杉本先輩が好きな相手がふみであることを知り、ミルキィホールの片隅で泣きじゃくる京子。
そして終演後、片想いの相手−各務先生から優しい言葉をかけられ、涙を流す杉本先輩。
普段は「お嬢様」「王子様」を演じる2人が、我知らず流した“涙”。二度とも、偶然その場に居合わせてしまう「泣き虫」ふみは、京子の、そして杉本先輩の涙に心をかき乱されずにはいられない。なぜなら、その涙は演技ではない“心の声”だから・・・・・・」
『青い花』DVD3巻解説より

ここで重要なのは、どちらでも、ふみは当事者の一人でありながら傍観者でしかない、という構図が繰り返される点である。さらに言えば、5話ではふみと京子、6話では杉本とふみが、同じ画面に収められることはない。しかし位置関係を想像してみると、5話ではふみは画面向かって右から京子を、6話では左から杉本を見ていることになる。

 

 

画面の上手下手に関する話は繰り返さないが、三人の立場と、感情の向かう先を表しているようでもある。
さらに、各務先生とふみの立場の差が、この花束の色調の違い−哀しみの青と歓喜の赤−で対比される。

 

 

6話のラストシーンで、杉本はふみに「昔の片思い」を打ち明ける。秘密を告白したことでこの話はおしまい、とばかりに杉本は立ち上がり、ふみに右手を差し出す。ふみはその手を握る。

 

一見和解のように見えるカットだが、ふみも右手を出していることに注意が必要である。
つまり、ふみは手を引かれて立ち上がったとしても、そのまま手をつないで歩き出すことができないのである。つないだ手は、必ずまた離さなければならない。

その重苦しい未来を暗示するのが、部室にぽつんと置き去られたふみの花束。



おそらくは杉本に手渡されることのなかったその花束のカットが、6話を締めくくる。

最後にもうひとつ。以前山監督作品の劇中劇の記事でも紹介したが、本作の中で演じられるのは『嵐が丘』の他に『星の王子さま』と『若草物語』。
そのいずれでも、「別離の場面」が演じられている。

 


13.10.22追記
8話に、回想でこういうショットがあった。泣き崩れる京子を見るふみ。


2011年4月14日(木)
革命ハ未ダ成就セズ

都条例絡みでもう一件。

私は東京都民ではないが、都知事選の結果には絶望的な気分になる。
表現規制の件はさておいても、東京都民の多くが、この震災を天罰だと思っている、少なくともそんなことを公言する外道を自分たちの代表にふさわしいと思っている、ということなのだから。

選挙後の無力感を表明している人々(各界の著名人と言うには微妙なメンツだが)。
http://zeark969.blog38.fc2.com/blog-entry-2455.html

それから、今回の震災に関して、ネット上を飛び交ったデマの分析。
http://news.livedoor.com/article/detail/5477882/

偶然にも、『クーリエ・ジャポン』3月号に、マルコム・グラッドウェル「つぶやきでは革命は起こせない」という記事が掲載された(リンク先は記事の一部。本文は本誌を)。
http://courrier.jp/blog/?p=5979

グラッドウェルは1963年イギリス生まれのコラムニスト。『ワシントン・ポスト』紙のビジネス、サイエンス担当記者を経て、現在は雑誌 『ニューヨーカー』のスタッフライターとして活躍中。これまでの著書はいずれも世界で200万部超の大ベストセラーになっており、邦訳も多い。

近年の組織論では、ネットワーク型組織とヒエラルキー型組織がよく話題になる。ヒエラルキー型組織とは、上意下達のピラミッド状組織。ネットワーク型は、中枢を持たない組織でツイッターやフェイスブックといったSNSはその一種である。学者の間では、この両者はそれぞれに長所短所があり、そもそも目的が違うのだから優劣を論じても無意味というのが定説らしいが、ヒエラルキー型はもう古い、これからはネットワーク型だ、という俗論が世間に流布しがちである。
グラッドウェルの記事は、この俗論を一刀両断する。

いわく、
「インターネットは、そんな弱いつながりの(面識のない人と気軽に友達になれる)力を引き出すことに驚異的な威力を持つ。だが、「弱い絆」から、ハイリスクの社会運動が生まれることはほとんどない」。
マルコム・グラッドウェル「“つぶやき”では革命は起こせない」『クーリエ・ジャポン』vol.76 (2011年3月)49頁。

「(SNSのような)ネットワークの弱点は、組織の活動目的が、人を怯えさせたり、あっと言わせたりすることだったら、それほど目立たない。だが、体制を変えることが組織の目的であり、戦略的に思考しなければならないのなら、それは大問題になる。強力な社会的権威に立ち向かうためには、組織の構造はヒエラルキー型でなければならないのだ」。
同上、50頁。太字は引用者による。

興味深かったのは、草の根市民運動の代表のように思われている黒人公民権運動が、実は、教会を中心とした強固なヒエラルキー型組織によって行われていた、という指摘。すでに研究書も出ていて、社会学者の間では常識らしい。
http://www.amazon.co.jp/Origins-Civil-Rights-Movement-Communities/dp/002922120X/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1302620051&sr=8-2

アルドン・モリス『公民権運動の起源』。残念ながら邦訳はない模様。

上で紹介された流言飛語を見ると、人間というものはつくづく進歩しないものだと思わされる。関東大震災を思えば随分マシになったとも言えるが。

なお、3月号の発売は1月25日だが、記事の執筆そのものは昨年10月。その後のエジプトや中東の政変を受けて反論が寄せられ、筆者が再反論を書く、といった具合にヒートアップしているらしい。

http://courrier.jp/blog/?p=5991

2011年4月12日(火)
似姿

ゲイマンガで有名な、田亀源五郎氏のブログより。
http://tagame.blogzine.jp/tagameblog/2010/03/post_258f.html

ちょうど1年前の、いわゆる「非実在青少年」問題に関する記事。
例の条例そのものは通ってしまって痛憤の極みだが、それとは別に、こんな記述が気になった。以下『 』内リンク先から引用。

『私が海外の、特に欧米のジャーナリストやファンの方と話していて、たびたび受ける質問に、こういうものがある。
「モデルを使ってるの?」
 私の答えは、毎回同じ。
「マンガに関しては、モデルは使っておらず、ほぼ全て頭の中の記憶と想像だけで描いている」
 この質問は本当に多く、中には、私の使っている(だろう)モデルを、自分もモデルとして使いたいから、紹介して欲しいという写真家もいた。
 しかし、日本でこの質問をされることは、ほぼない。せいぜい、日頃マンガに触れる習慣が全くなく、マンガを読む機会があるのはゲイ雑誌上だけといった感じの、主に年配の方から、マンガだけではなくイラストも含めた質問として、2、3回聞かれたことがある程度だろうか。

 で、今回の問題に関して、いろいろ読んだり考えたりしているうちに、ふと、こう思った。
 ひょっとして、欧米と日本では、「絵」に対する感覚が根本的に異なっているんじゃないだろうか、と。

 日本人で、日常的にマンガに馴染みのある人ならば、一般的にマンガを描くのにモデルは使わない、というのが、既に共通認識としてありそうだ。だから、前述の質問をする人もいない。
 ところが欧米だと、写実の伝統が長いこともあって、絵を描くということとモデルを使うということが、日本人が感じるそれよりも、ずっと密接なものとして、意識の奥底に根付いているのかも知れない。』

ジェームス・キャメロンが押井版『攻殻機動隊』を観たとき、井上俊之氏の作画をロトスコープと思い込んだ、というエピソードを彷彿とさせる話である。
実際この記事を読んで、いろいろ合点がいった。例えば海外の人間が日本のアニメを観てよく疑問に思うのが、「なぜあんなに目が大きいの?」「どうして髪がピンクとか緑なの?」だそうだ(もっとも、実際に質問している人を見聞きした経験はないし、今でもこんなこと聞く人間がいるのかどうかは知らない)。
私はこの話を聞くたび常々、逆に「なぜそんなことが気になるんだろう?」と不思議だった。「絵」なんだから、写実的でなくたって何の問題もないではないか。
しかし欧米の人間にとって、「絵とは人の似姿である」さらに進んで「そうあるべきだ」という考えが根底にあるならば、こういう疑問や感想が出てくるのは当然だ。CGアニメの指向性の差−アメリカは実物の再現を目指し、日本ではいかに手描きのテイストに近づけるかに腐心している−も、根本的な原因はここにあるのかもしれない。
陵辱ゲームにしても、「実在のモデル(=被害者)がいる」ということを暗黙の前提と考えているなら、そりゃ問題視したくもなるだろう。

人間自体が神の似姿として作られた、という世界観を持つ文化のなせるわざなのかもしれない−が、話が大きくなりすぎたのでここまで。

2011年4月11日(月)
明治42年のジンジャーエール

最近の勉強から。

ここしばらく、旧日本陸軍経理部が発行していた『陸軍主計団記事』を漁っている。主計というのは、被服、営繕、糧食の調達を担当している部門で、俗に飯炊きと称される。完全な裏方であり、近代軍隊には必要不可欠な機能でありながら、兵科将校からは蔑視される損な役回りであった。
『陸軍主計団記事』は、経理部将校が研究成果を発表する機関誌である。その39号(明治42年12月5日発行)に、ちょっと面白い記述があった。その年7月、大阪で大火があり、陸軍が救護に出動した。
http://umeda.keizai.biz/headline/720/
http://kita-ku.jugem.jp/?eid=316

そこで炊き出しを行ったという記事なのだが、被災者に対して振る舞った物品の中に、握り飯、たくあん、巻き寿司などに混じって「ジンジャーエール36本」という記述があるのだ。

ジンジャーエール? 明治42年に?

気になったので、本業とは関係ないが調べてみた。
ジンジャーエールという飲み物は、1890(明治23)年にカナダ人のジョン・J・マックローリンという人物が発明したものである。
これが改良されて1904(明治37)年にカナダドライ・ジンジャーエールとなる。大阪で被災者に提供されたのはそれからわずか5年後ということになる。
米国に出荷を開始したのが1919(大正8)年、海外で生産を開始したのは1936(昭和11)年というから、勘定が合わない。

その一方日本では、1872(明治5)年に渡航してきた英国人ジョン・クリフォード・ウィルキンソンが、兵庫県有馬郡塩瀬村生瀬で炭酸鉱泉を発見。1890(明治23)年頃に炭酸飲料として販売を開始している。販売当初は「ウヰルキンソンタンサン」という商品名で、アサヒ飲料の公式サイトでは、1904(明治37)年には国内外27カ所に販路を広げているので、先の火事で振る舞われたのはおそらくこれだろう。いつからジンジャーエールを名乗っていたのかは不明だが。

ちなみにサイダーは、1884(明治17)年、兵庫県川西市平野鉱泉の炭酸水を飲料用に売り出したのが最初。三ツ矢サイダーの前身である(森永卓郎『物価の文化史事典』(展望社、2008年)116頁)。
先の火事の記事でも、ジンジャーエールとは別にサイダーの記述が見られ、すでにポピュラーな飲み物だったようだ。

人にも町にも歴史あり。そして炭酸飲料にも。


ついでにもうひとつ。
同じく『陸軍主計団記事』から、昭和8年に行われた関東防空演習の成果報告の一部。

「戦時国土防空の必要に鑑み、我が国内の電気事業は之が連絡統一を図るを要す。
理由
 現在の如く電気事業の経営及び施設に於て割拠式なるは国土防空上頗る不利に付、国内の電気事業就中発電、送電、変電電信及び電話の事業は速に之を連絡統一を図るを緊要と認むるに依る。
尚国内電気事業の連絡統一実現せられんか、国民経済上平戦両時に於ける便益を増大する処甚大なるものあるべきは疑を容れずと信ず」

市村善蔵「関東防空演習に就て」『陸軍主計団記事』283号昭和8年9月 103頁。

要するに、関東と関西で電力の規格が違うのは不便だから統一すべし、という趣旨。80年前から同じこと言われてるよ!

と言うか、占領中に是正されなかったのも不思議だ。日本本土空襲は都市への無差別爆撃が主だったから、発電変電設備には被害がなかったのだろうか?

2011年4月7日(木)
『魔法少女まどか☆マギカ』第1話の繊細な言葉遣い

スカパー!で放送が始まったので、今さらながらに『魔法少女まどか☆マギカ』の第1話を観た。

そこでなぜか強烈に印象に残ったのが、ほむらとまどかのこのやりとりだった。

「鹿目まどか。あなたは自分の人生を尊いと思う?家族や友達を大切にしている?」
「私は・・・・・・大切だよ。家族も、友達のみんなも大好きで、大事な人たちだよ」

何がそんなに引っかかったのか、こうして書き出してみてようやく解った。一見普通のやりとりのように見えるが、よく考えると、まどかはほむらの問いに応えていないのだ(字義としては「答える」が正しいが、ここではあえてこう書く)。

と言うのも、ほむらは大切にしているか、と「行動」を問うているのに対し、まどかは大切である、と「状態」を答えてしまっている。
つまりまどかは、そもそも何を問われたのかが解っていない。

仮にこれが英語吹き替えだったら、Doで問われたことにBe動詞で答えるという、もっとちぐはぐさが露呈したやりとりになるのではなかろうか。試しに英語字幕の入った画像(←婉曲表現)を探してみたが、残念ながら見つからなかった。
むしろ、日本語の持つ曖昧さを巧みに利用してフックを埋め込んだ、見事な台詞回しだ。

ここから読み取れることが2つある。
ひとつは、まどかとほむらの間には決定的な齟齬があるということ。
もうひとつは、まどかはまだなにも行動していないということだ。

したがって、物語の指向も見えてくる。
まどかとほむらの間の溝はいかにして埋められるのか?
そこでまどかは、どんな行動を取るのか?である。

正直言って、虚淵玄脚本という点が少し心配だった。『ブラスレイター』にせよ『PHANTOM』にせよ、アレな出来だったからだ。
しかしこれなら大丈夫(細かく言えばこのセリフ自体が誰の発案かは不明だが)。こんな繊細な言葉遣いを操る作品が、面白くならないわけがない。安心して先を待つ。






・・・・・・それはそうと、本日は職場の新人歓迎会だった。「『ガンダムUC』3巻の発売日なので帰ります」と言えなかった私は、まだまだ修行が足りない。


4月12日追記。
2話を観たら、英語の授業のシーンで受動態と能動態の違いを教えていて、思わずニヤリ。

2011年4月5日(火)
『放浪息子』9話「かっこいい彼女 〜green eye〜」

ずっとハイレベルな作劇を見せてくれていた『放浪息子』だが、9話が特に素晴らしかった。

なかでも印象深いのが、3回登場する歩道橋の場面。

まず1回目。橋の上で修一とよしのが話しているが、ポイントとなるのは、信号と、道路に伸びた右折待ちの車列である。



最初から、右折待ちの車列が伸びている。このことから、もうすぐ信号が変わるだろうという期待、予感を観客に抱かせるのだが、結局このカットでは信号は変わらない。32秒もある長いカットなのに、である。この期待を裏切られたようなもやもやした感じが、修一の割り切れない感情とシンクロする。

続いて2回目。今度は修一だけ。



このときのポイントは、修一の立ち位置。1回目のよしのの位置にいる、というところだ。わざわざカットを割って振り返る−1回目の、よしのが修一を見るのと同じ−芝居を入れるのが効果的。これが、よしののようになりたいという修一の願いを示す。

3回目。ここでようやく、信号が変わる。



これが「女の子の格好で学校に行こう」という修一の決意を表すのだが、すでにとっぷりと日が暮れており、しかも信号が黄色に変わることが、前途多難を暗示する。お見事。

脚本:岡田麿里
絵コンテ:あおきえい
演出:吉川浩司


・・・・・・なのに、なぜか10話の録画を失敗してしまったので、BSの放送が追いついてくるまで最終回はお預け。くっ・・・・・・

2011年4月2日(土)
高畑勲の彷徨

だいぶ前のこと、藤津亮太先生の講義「アニメ映画を読む」で『太陽の王子ホルスの大冒険』の解説を聞いたとき。ホルスが、「故郷を離れた者」だという指摘があった。これを念頭に置いて高畑勲の監督作品を並べてみると、「故郷を離れた者の物語」が共通のモチーフとなっていることがわかる。

『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)
『パンダコパンダ』(1972)
『パンダコパンダ雨ふりサーカスの巻』(1973)
『アルプスの少女ハイジ』(1974)
『母をたずねて三千里』(1976)
『赤毛のアン』(1979)
『じゃりン子チエ』(1981)
『セロ弾きのゴーシュ』(1982)
『火垂るの墓』(1988)
『おもひでぽろぽろ』(1991)
『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)
『ホーホケキョとなりの山田くん』(1999)


より正確に言うと、「故郷を追われた者が、旅の果てに、自分の居場所を見出す物語」である。『三千里』がその典型であるということはすぐわかるであろう。『パンダコパンダ』も、動物園から逃げ出してきたパンダがミミちゃんと家族になるという話だ。『ハイジ』も『アン』も、主人公はまず異物として舞台に登場し、そこを自分の居場所としていく過程を描く話とみれば、その変奏である。

ここで転機となるのが、『火垂るの墓』だ。空襲で生家(故郷)を追われた清太と節子は、親戚宅になじめず放浪の果てに死を迎える。つまり居場所を見つけられなかったのである。このような変化をもたらした原因は、世相の変化にいろいろ指摘できそうだが、そこには立ち入らない。ともあれ、これ以降高畑の混迷が始まる。

次の『おもひでぽろぽろ』は、都会の生まれ育ちで田舎に憧れるOLのタエ子が、休暇で田舎を訪れる話である。ここだけを見れば、「故郷を離れる旅の物語」だが、それが休暇に過ぎない、という点で大きく異なる。休暇が終われば、都会に戻らねばならない。だから、彼女は主体的に自分の居場所を作りだそうとはしない。にもかかわらず高畑は、ラストシーンに至って強引に主人公を休暇先に「移籍」させてしまう。問題はもうひとつある。「里帰り」という言葉があるように、現代日本においても田舎=故郷のイメージは抜きがたく存在する。高畑はそれを積極的に利用したと言っても良いだろう。その結果、本作は「実在しない故郷に回帰する」という奇妙な話になってしまった。賢明な高畑は、それが幻想に過ぎないことに気づいていたはずである。

高畑の苦闘はさらに続く。『ぽんぽこ』についてはもはや言うまでもあるまい。「故郷を追われないように抗う話」である。当然、その戦いは失敗に終わり、故郷は失われ、狸たちはゴルフ場の片隅で細々と生きていく他はない。

故郷を守ることも、故郷に帰ることも、旅の末に新天地にたどり着くこともできなくなった高畑が最後に作ったのが『山田くん』。そこで行われたのは、「いま、ここ」で充足した生活を全肯定することだった。もはやそこに、物語を駆動する何ものも存在しないのは至極当然のことに思われる。これこそ、以降の高畑に監督作がない理由ではあるまいか。

ところで、以上の文脈から外れた作品があることにもお気づきであろう。『ゴーシュ』と『チエ』である。この2作が高畑のフィルモグラフィー上どのような位置にあるのか考察することで、高畑がまだ語りうる物語を想像できるかもしれない。


参考文献
藤津亮太『アニメ評論家宣言』(扶桑社、2003年)
佐藤健志『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋、1992年)

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