90年代はアニメブームが終焉を迎え、ジャンプ原作アニメが多数制作された。投票結果は下表の通りで、傾向が読みにくい。
1990年5月号 | ||
順位 | キャラクター | 作品 |
1位 | 冴羽獠 | CITY HUNTER 3 |
2位 | 早乙女乱馬 | らんま1/2 熱闘編 |
3位 | ラビ | 魔道王グランゾート |
4位 | 孫悟空 | ドラゴンボールZ |
5位 | 迦楼羅王レイガ | 天空戦記シュラト |
1位 | キキ | 魔女の宅急便 |
2位 | 泉野明 | 機動警察パトレイバー |
3位 | 那羅王レンゲ | 天空戦記シュラト |
4位 | 早乙女らんま | らんま1/2 熱闘編 |
5位 | 槇村香 | CITY HUNTER 3 |
私もなじみのない作品ばかりなので、唯一観ている『パトレイバー』を。上はOVA版、下は劇場版。
鼻梁を実線で描くことは、どうしても鼻が鋭角に見えてしまうという欠点を持つ。魔女鼻という言葉もあるように、とがった鼻は冷酷、高慢、狡猾、計算高いといったマイナスイメージを与えやすい。
一方で影をつけることは、光源の位置に左右される。写実主義的リアリズムを獲得しつつあるアニメでは、光源を無視して影をつけることには抵抗がある(注)。そこで、光源が正面にある場合は実線を一切描かず、鼻下の影だけで表現する技法を採用したのが、『劇場版機動警察パトレイバー』シリーズ(89、『2』は93)である。
下図に南雲隊長のご尊顔を示す。南雲は作中で比較的年長のキャラクターであるが、しばしばこういう表現がなされた。
仮説2
『劇場版機動警察パトレイバー』シリーズでは、光源が正面にある場合は実線を一切描かず、鼻下の影だけで表現する技法を採用した。ここで重要なのは、『パトレイバー』における鼻筋の省略は、写実表現の一種だったという点である。ところが後続の作品は、鼻筋を省略してもいいのだと誤解ないしは拡大解釈してしまった。
結果として、光源に関係なく鼻筋を省略する技法が90年代を通じて普及していった。
なお、『らんま1/2』の版権絵(原画:中島敦子)にも点鼻表現が見られるが、表現史上どの程度の影響があったのかは何とも言えない。
95年は次のようになる。『エヴァ』ブレイク直前である。
1995年5月号 | ||
順位 | キャラクター | 作品 |
1位 | 蔵馬 | 幽☆遊☆白書 |
2位 | 熱気バサラ | マクロス7 |
3位 | 飛影 | 幽☆遊☆白書 |
4位 | アデュー | 覇王大系リューナイト |
5位 | ドモン・カッシュ | 機動武闘伝Gガンダム |
1位 | 天王はるか | 美少女戦士セーラームーンS |
2位 | ベルダンディー | ああっ女神さまっ |
3位 | ミレーヌ | マクロス7 |
4位 | チャチャ | 赤ずきんチャチャ |
5位 | 水野亜美 | 美少女戦士セーラームーンR |
90年代の前半は『美少女戦士セーラームーン』('92)。後半は『新世紀エヴァンゲリオン』('95)。この両作品がリードしたと言っていいであろう。
『セーラームーン』の絵柄をたどると、鼻筋が短縮され、やがて点鼻に至る経緯がよく解る。特に、原作者・武内直子はかなり意識的にベビースキーマに則ったデザインをしていたようである。下図は『セーラームーン設定資料集』(1999年10月)に収録された、武内自身の手による月野うさぎの正面顔作画見本である。
頭頂-前髪の生え際-眉-眼の下-あごが4等分されるように、との注意書きがある。結果的に、顔の造作が下半分に収まる。
本書には短編『ぱられるせえらあむ~ん』が併せて収録されているが、99年3月に描かれたこの作品ではもう完全に点鼻になっている。すなわち武内自身、観客の反応を見ながら表現を改良していったのであろう。下図は2つとも只野和子による。
95年の人気投票ではまだ出てこない(96、97年の女性1位が綾波)が、90年代の絵柄の総決算的な位置づけにあるのが貞本義行の手になる『エヴァ』である。
今見るとやや意外に思えるが、シンジ君の正面顔の鼻はカギ状に曲げた実線で描かれる。
鼻筋の描き方は概ね『セーラームーン』を踏襲しているが下図のように、光源が正面にある場合、鼻の下の影だけで表現するという技法が見られる。
左図は一部拡大したもの。いずれも長谷川眞也によるものなので、いわゆる「手クセ」かもしれない。
90年代を代表するデザイナーとしてもう一人、後藤圭二を採り上げておきたい。いわゆる「目の大きいアニメキャラ」は、このあたりが極北であろう。
後述するが、キャラの年齢によって鼻の描き方にやや違いが見られる。このように、90年代を通じて鼻筋の短縮及び省略が進行した。
注 ’14.5.12追記
もっとも、必要ならしれっとリアリズムを無視してしまえるのもアニメという表現技法の強みである。
例えば、『千年女優』('02)で千代子が初めて「鍵の君」と出会うシーン。
光源位置から考えると顔が影になるはずがないのだが、黒くつぶしてしまっている。BSアニメ夜話で本作を採り上げたとき、ゲストの山本晋也監督がこれを「実写では絶対に撮れないカット」としきりに感心していたのをよく覚えている。