『アニメージュ』人気投票に見るアニメキャラ鼻筋表現の変遷


現在、萌えの文脈にあるアニメキャラは、正面顔のとき鼻筋が描かれない傾向にある。



上の『けいおん!』の絵が典型例であるが、鼻の表現は点が一つ打たれるだけだ。ここではこういう表現技法を「点鼻」と呼ぶことにする。
なぜこうなったのかとの問いに対して一義的には、「それが好まれるからだ」との答えが返ってくる。もう少し踏み込むと、「凹凸が少なくて丸っこい幼児的な造作が可愛いと認識されるからだ」と説明される場合もある。

私は常々、こういう説明に不満を感じていた。好ましく感じられる絵だというのは、好ましいから好ましいと言っているだけのことで何の説明にもなっていない。

かわいさ(cuteness)に関する実験心理学研究のほとんどは、ベビースキーマ(baby schema)という概念に基づいて行われている。オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)は、非力で助けの必要な幼い動物に出会ったときに生じる体験―かわいい(愛くるしい、原語ではherzig)と表現される―について、他とは異質の独特な体験であると考えた。ローレンツは、そのような体験を生みだす対象の特徴を内省によって(実験や観察でなく)検討し、①身体に比して大きな頭、②前に張り出た額を伴う高い上頭部、③顔の中央よりやや下に位置する大きな眼、④短くて太い四肢、⑤全体に丸みのある体型、⑥柔らかい体表面、といった項目を挙げた。これがベビースキーマと呼ばれるものである。
ローレンツは、これらの特徴の数と強度が増えれば、対象が人間であっても動物であっても非生物であっても、よりかわいいと感じられると述べた。また、このような特徴に対する反応は、1歳から1歳半の子供であっても生じるので生得的な本能行動であり、幼い個体の養育や保護に関連していると推測した。

ベビースキーマの数や強度を増やした線画や写真がよりかわいいと感じられることは、その後の実験研究によって繰り返し示されている。しかし、ベビースキーマという名称は誤解を生みやすい。第1に、この説は「幼い動物はベビースキーマを持つので無条件にかわいい」と主張しているわけではない。幼い動物をかわいいと感じるのはその個体の身体的特徴に対する反応だと述べているだけである。また、人間と他の動物ではベビースキーマが異なることも示唆している。幼い動物であっても、人間にとってのベビースキーマの程度が低ければ、かわいいとは感じられない。ローレンツ自身、アカゲザルやヒヒの子供は頬がこけているので、かわいいとは感じられないと書いている。第2に、「幼い個体ほどベビースキーマが多い」と述べているわけでもない。ベビースキーマは幼い動物の形状を計測して得られたものではなく、ローレンツ自身がかわいいと感じる身体的特徴を列記したものにすぎない。実際、ベビースキーマの中には生まれた後に増加していくものがある。例えば、未熟児は正常出産児に比べて目が小さく顔の丸みが少ない。目の丸さ(縦の長さ/横の長さ)も出産直後は少なく、生後半年で急激に増加する。これと並行して、未熟児よりも正常出産児の方がかわいいと評価され、出生直後よりも9~11カ月齢の子供の方がかわいいと評価される。このように、幼いことはかわいいと感じるための十分条件ではない。幼いものが持っている一部の要素がかわいいと感じられるのである。

近年、シャーマン(Sherman)とハイト(Haidt)は、かわいさに対する反応を、社会や個人への関心や福祉と結び付いた道徳感情としてとらえる仮説を提案した。かわいいと感じることは、保護や養育に関係するというより、相手に社会的価値を認め、交流しようという動機づけを高めるものであるという。このとき相手に心的状態を認めるメンタライジング(mentalizing)の傾向が強まる。動物や人工物を人間のように扱う擬人化もメンタライジングの一種である。

まとめると、①かわいさは幼さと直接関係していない。②「かわいい」感情は対象に接近して社会的な関係を持とうとする動機(接近動機)と関連している。
「かわいい」の根底にはベビースキーマがあるという古典的な枠組みは、再考する必要がある。
(以上、入戸野宏「かわいさと幼さ:ベビースキーマをめぐる批判的考察」『VISION』 25(2), 100-104、 2013、日本視覚学会、日本視覚学会2013年冬季大会シンポジウム発表等から引用)

私は専門家ではないのでこの議論にはこれ以上踏み込まないが、「かわいさは接近動機と関係が強い」という仮説は、近年の擬人化キャラの流行や、萌えと性欲が矛盾なく両立することを、うまく説明できるように思う。

さて。なにか物事を論ずるのに、まず最優先されるべきは事実の確認である。
なぜ点鼻が好まれるのかはひとまず置いといて、この傾向はいつからなのか、どんな経緯をたどって点鼻にたどり着いたのかをまず確認しておきたい。
と言って、あらゆるアニメキャラを網羅して調べるわけにもいかずどうすればいいかと考えあぐねていたのだが、あるとき思いついた。
『アニメージュ』の年間人気投票の上位に位置するキャラを調べればよいのではないか。常識的に考えて、キャラデザイン(=キャラの外見)は人気と相関があるはずだ。絵柄の流行は人気に大きく影響されるはずであり、調査の労力も少なくてすむ。
『アニメージュ』の人気投票は1980年2月号のアニメグランプリ第1回に始まり、以後33年(!)に渡って継続している。
本当なら全部調べるべきだが、今回は5年ごとの投票結果を参照し、かつアニメ表現史上重要と思われる作品に限定した。作品チョイスが恣意的であるという批判は免れないが、重要な作品は概ね押さえているのではないかと思う。

念のために断っておくが、「鼻を省略する」という技法そのものは決して珍しいものではない。例えばマンガ家の江口寿史は、かなり初期からこの技法を駆使してモダンなイラストを描いていた。下は『ストップ !! ひばりくん!』(81年連載開始)の扉絵。

    


本稿が問題にするのは、この技法が初めて使われた事例を探すことではなく、「かわいい」「萌える」アニメ絵の文脈において、どのように発展普及していったかの手がかりを得ることである。


1970~80年代

70年代には、アニメ絵はこんな感じだった。






当時流行した劇画調の絵柄であり、実線ですべてを表現していた。しかしこれは迫力がある一方、いささかうるさい表現であり、80年代に入ると劇画ブームの衰退に併せて、より描線が整理され、洗練されていく(注)。ここで「洗練」とは、「より少ない描線で豊富な情報や微妙なニュアンスを伝えること」というほどの意味である。

まず1980年の人気投票結果を下に示す。

1980年2月号
順位 キャラクター 作品
1位  ハーロック  宇宙海賊キャプテン・ハーロック
2位  アムロ・レイ  機動戦士ガンダム
3位  シャア・アズナブル  機動戦士ガンダム
4位  古代進  宇宙戦艦ヤマト
5位  島村ジョー  サイボーグ009
6位  火浦健  野球狂の詩
7位  メーテル  銀河鉄道999
8位  星野鉄郎  銀河鉄道999
9位  セイラ・マス  機動戦士ガンダム
10位  ジョン・シルバー  宝島

80年代前半を代表するアニメーター、キャラクターデザイナーが安彦良和であることに、異論は生じまい。安彦の代表作『機動戦士ガンダム』から、3人がランクインしている。


 








アムロ、セイラ及びシャアの図。なお本稿では、キャラクターをデザインした人物の考え方を重視したかったので、極力設定資料を用い、それが不可能なら作者が明らかな版権画、さらにデザイナー本人が描いた(と思しき)原画を提示したいと考えている。
上の『ガッチャマン』と比べると、必要最小限度まで線が整理されているのがわかる。鼻筋は1本線、鼻の下に影が基本。また、鼻梁の側面に三角形又は半円の線が入るのが大きな特徴である。

80年代前半を代表するキャラデザイナーと言えばもう1人、湖川友謙を挙げておかなければならない。81年の投票に、『伝説巨神イデオン』からコスモ、カーシャ、カララらがランクインしている。

 

 



湖川も、鼻筋の処理に関しては概ね安彦の描き方を踏襲しているが、鼻孔がはっきり見える点に違いがある。
ついでに、人気投票には出てこないが、個人的に『イデオン』と言えばこの人。



以上のように、この時期に描線が整理されて、必要最小限の線でアニメキャラが立体的に見える描き方の基礎が築かれた。

次に、85年の人気投票。84年から、男女別に投票するようになった。

1985年6月号
順位 キャラクター 作品
1位  ダバ・マイロード  重戦機エルガイム
2位  諸星あたる  うる星やつら
3位  シャーロック・ホームズ  名探偵ホームズ
4位  ロディ・シャッフル  銀河漂流バイファム
5位  一条輝  超時空要塞マクロス
1位  ナウシカ  風の谷のナウシカ
2位  ガウ・ハ・レッシィ  重戦機エルガイム
3位  ラム  うる星やつら
4位  早瀬未沙  超時空要塞マクロス
5位  リン・ミンメイ  超時空要塞マクロス



80年代後半の代表として、『超時空要塞マクロス』の美樹本晴彦の絵を挙げる。



  

本作を筆頭に、80年代中盤から後半には、2段影3段影のいわゆる「濃い」絵が流行した。上図は表情設定資料ではないのでやや論拠が弱いのは承知で言うが、眼窩から鼻筋の上部にかけてタッチが入っているのに注目されたい。
そのため、鼻筋を表現する実線の上半分が省略されるようになった。

仮説1
 90年代に入ると段影の流行は廃れ、アニメキャラは実線と控えめな影で表現されるようになる。ところが、鼻筋の上半分の線は省略されたまま元に戻ることはなかった。結果として鼻筋が短縮されたが、観客はそれを問題なく人の顔として受容した。その後、鼻筋の短縮が徐々に進行することになる。



注 ’14.5.12追記
本記事に対して、「ハイネルとコンドルのジョーの絵は完成画面なのに、安彦氏の線画と比較するのは不当」という指摘を頂いた。
70年代の強弱のある描線、荒々しいタッチ、汚しの多用といった劇画調の絵から、マイルドないわゆる「アニメ絵」への変化は今さら論証するまでもないと思っていたのだが、原則として設定画を元に論じるという自分ルールに反するのは事実だし、もっともな指摘なので『ガッチャマン』の設定資料も調べてきた。







いかがだろう。「洗練」という語を使ったのは軽率だったかもしれないが、やはり設定画の段階で『ガッチャマン』の方が『ガンダム』より描線が多くて濃い、という程度は言ってもよいのではなかろうか。
ラフスケッチでこれ↓だもん。



ちなみにハイネル様はこう。



鼻の描線が左右2本あるのと、目尻から頬へかけてのタッチが特徴。

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