―今日は何の日―
【6月】

6月1日
◆1879年のこの日、フリーマン・ウィルズ・クロフツがアイルランドのダブリンで生まれる。鉄道技師として20年以上働いたのち、『樽』(1920)で作家デビュー。大病を得て長期療養を余儀なくされたため、退屈しのぎにノートに書きとめた作品が『樽』の原型となった。その後も1929年に作家専業となるまで鉄道会社で仕事を続けた。クロフツといえばアリバイ破り、足の探偵、という評言が多く、またそれは決して間違ってはいないのだが、初期の『フレンチ警部とチェインの謎』や『紫色の鎌』は冒険小説的な味わいが強いし、『スターヴェルの惨劇』 はオーソドックスなフーダニット、倒叙物の名作『クロイドン発12時30分』『サウサンプトンの殺人』は企業ミステリとしても読める。意外に多様な顔を持つこの作家の再評価にあたっては、紀田順一郎「クロフツとその時代」(創元推理文庫 『シグニット号の死』 解説)が参考になるだろう。
◆1941年のこの日、『銀の仮面』のヒュー・ウォルポールが死去。
◆1959年のこの日、サックス・ローマーが死去。悪魔博士フー・マンチューの作者はオカルト団体〈黄金の夜明け〉団のメンバーでもあり、『骨董屋探偵の事件簿』(1920)では、犯罪現場で真紅のクッションを枕に眠り、夢の中で事件の真相を透視するオカルト探偵モリス・クロウを登場させている。
◆1978年のこの日、ABCテレビの人気ドラマ〈刑事ベレッタ〉が最終回を迎える。


6月2日
◆1740年のこの日、ドナシャン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドが、プロヴァンス地方の侯爵家の息子としてパリで生まれる。人生の過半を監獄と精神病院の中で過ごし、その名前からサディズムという言葉が生まれたが、実生活で彼が犯した罪は、男色や催淫剤の使用、女中の鞭打ちなど、案外に他愛がなく (たとえば15世紀の大貴族で悪魔崇拝者、幼児虐殺者として悪名高いジル・ド・レの所業に比べれば児戯に等しい)、その暗黒の哲学が真にその畏るべき姿をあらわしたのは、『悪徳の栄え』『美徳の不幸』『ソドム百二十日』など、獄中で書き綴った作品においてであった。


6月3日
◆1924年のこの日、フランツ・カフカが結核のため死去。カフカは友人の作家マックス・ブロートに、自分が死んだら未発表原稿をすべて焼却するように頼んだが、ブロートは 「誠実な裏切り」 をもって、その作品を次々に公刊、『失踪者 (アメリカ)』 『審判』 『城』 の長篇が焼却の運命から救われた。しかし、これらの刊本はブロートによって編集されたものであり、1968年にカフカの手稿が公開され、初めてその真の姿が明らかとなった。手稿版にもとづく 〈小説全集〉 (白水社) を翻訳した池内紀の 『カフカの書き方』 (新潮社) は、その創作の実相をあきらかにする好著。
◆1995年のこの日、1970年代ロマン・ノワールの旗手ジャン・P・マンシェットが死去。『眠りなき狙撃者』 (82) から53歳で急逝するまで長篇の発表はなく、沈黙を守りつづけたマンシェットの作品はしかし、1980〜90年代のフランス・ミステリに多大な影響を与えた。
6月4日
◆1937年のこの日、モダン怪奇短篇の絶品「炎天」の作者、ウィリアム・フライヤー・ハーヴィーが死去。8月20日だったら凄かったんだけどね (ピンとこない人は創元推理文庫『怪奇小説傑作集1』をお読みください)。ちなみにアンソロジー『巨匠の選択』(ハヤカワ・ミステリ)で「炎天」を“こんな短篇が書けたらと思う他人の短篇”に選んでいるのは『同居人求む』のジョン・ラッツ。この本での邦題は「八月の熱波」。原題はたしかに“August Heat”なんだけど、これは「炎天」のほうが断然いい。
◆1949年のこの日、コミック・ヒーロー、探偵ディック・トレイシーが18年におよぶ婚約期間をへて恋人テス・トゥルーハートと結婚する。
◆1968年のこの日、大正から昭和初期、その独特の名調子で怪盗ルパンの日本での人気を決定づけた翻訳家、保篠龍緒(本名・星野辰男)が死去。
6月5日
◆1908年のこの日、ジョージアナ・クレイグ、のちのクレイグ・ライスがシカゴで生まれる。馬車の中で生まれた、というのはライスが作家デビューしたあとに捏造された逸話だが、彫刻家の母親は娘が生まれるとすぐに夫 (こちらは画家だった) の待つヨーロッパへひとり旅立ち、ジョージアナは祖母の手で育てられた。幼年期における両親の不在は、彼女の作品に大きな翳をおとしている。
◆1910年のこの日、O・ヘンリー(本名ウィリアム・シドニー・ポーター)が死去。大変な流行作家で、年に50篇以上の短篇を書きまくっていたが、アルコールの助けを借りての執筆は無理を生み、肝硬変と心臓病を併発、病院で孤独な死を遂げる。享年47。
◆1917年のこの日、中島河太郎が鹿児島市に生まれる。『日本推理小説辞典』『日本推理小説史』など、書誌・文献研究の分野で大きな功績があった。かつて創元推理文庫の〈はてなおじさん〉マーク作品は、ほとんどこの人が解説を書いていたような印象がある。本来の専門は国文学で、〈正宗白鳥全集〉の編集に携わり、戦後、柳田国男に師事して民俗学を学んだこともあるらしい。
6月6日
◆1904年のこの日、『家蠅とカナリヤ』『暗い鏡の中に』『歌うダイアモンド』 のヘレン・マクロイが、ニューヨークのクエーカー教徒の家に生まれる。クエーカー教徒は平和主義で知られるキリスト教の一派で、教育程度の高い裕福な階級に属する信者が多いらしい。父親は新聞社の編集主幹、その文才を受け継いだマクロイは早くから文筆活動を開始し、パリのソルボンヌ大学に留学すると、アメリカの新聞の特派員をしながら、評論・詩・小説を執筆した。帰国後、1938年にミステリ作家としてデビュー。1950年には女性として初めてMWA(アメリカ探偵作家クラブ)の会長に就任。ハードボイルド作家のブレット・ハリデイと一時期結婚していたこともある。
6月7日
◆1866年のこの日、怪盗紳士ラッフルズの作者でドイルの義弟でもあったE・W・ホーナングがミドルズバラで生まれる。ラッフルズ同様、ホーナングもクリケットの名選手だった。
◆2015年のこの日、クリストファー・リーが死去。享年93。

6月8日
◆1947年のこの日、『サマータイム・ブルース』(1982)以下のV・I・ウォーショースキー・シリーズで新しい女性私立探偵像を確立したサラ・パレツキーが、アイオワ州エイムスで生まれる。
6月9日
◆1865年のこの日、秘密の愛人エレン・ターナンとともに一週間の休暇をパリですごしたチャールズ・ディケンズは、その帰途、フォークストンからロンドン行きの列車で鉄道事故に遭遇する。ステイプルハースト付近の川で橋桁の取替工事をしていた線路工夫がダイヤを読み違えていたため、列車は線路を外した橋へ突入、客車数両が川に転落して多数の死傷者を出す大惨事となった。別の車輛に乗っていた二人は幸い難をのがれたが、ディケンズは精神的ショックのためしばらく鉄道恐怖症になってしまう。翌年、ディケンズは自身の経営・編集する雑誌《一年じゅう》クリスマス特集号に怪談「信号手」を発表。それは事故を予告する幽霊に悩まされる鉄道信号手の物語だった。
◆1870年のこの日、前日の夕食の席で気分が悪くなって倒れたチャールズ・ディケンズが死去。探偵小説『エドウィン・ドルードの謎』が未完のまま遺された。葬儀はできるだけ簡素に、と遺言状で念を押していたディケンズだが、世間はそれを許さず、その亡骸はウェストミンスター大寺院に葬られ、葬儀には各界の名士が参列。その後数日にわたって、この国民的作家の死を悼み花を捧げる庶民の行列がつづいたという。
◆1973年のこの日、20を超える筆名を駆使し、600冊以上の長篇を執筆した怪物的多作家ジョン・クリーシーが死去。
6月10日
◆1904年のこの日、城昌幸が東京神田に生まれる。高踏派詩人・城左門、『怪奇製造人』の幻想掌篇の作者、「若さま侍捕物手帖」の流行作家、宝石社社長と多くの顔をもつことになる。
◆1979年のこの日、レオ・ブルースが死去。ビーフ巡査部長、キャロラス・ディーンの二人の名探偵を擁して30冊以上の探偵小説を書いたこの作家には、27巻にもおよぶ自伝がある。さまざまな職業に就き、海外を放浪したり、いわれなき同性愛の容疑(当時の英国では犯罪とされていた)で投獄されたりと、波乱に富んだ人生だったようだ。

6月11日
◆1936年のこの日、コナン・シリーズの作者ロバート・E・ハワードが拳銃自殺。最愛の母親が癌で危篤状態に陥ったとき、その死を見届けることに耐えられず、自らの命を絶ったともいう。享年30。数時間後、息子の死を知らぬまま母親も息を引き取った。(ただし、ハワードの死をめぐる逸話には少なからぬ誤解や虚構がまじっていて、アーネスト・ダウスンの詩を遺書がわりに残していた、という有名な話も修正の必要があるらしい。詳しくは新訂版コナン全集『黒い予言者』、中村融氏の解説を参照のこと)
◆2010年のこの日、ドイツ文学者、前川道介が呼吸不全のため京都市内の病院で死去。享年86。《ドイツ・ロマン派全集》(国書刊行会)の責任編集、エーヴェルス『吸血鬼』、シュトローブル『刺絡・死の舞踏』、ぺルッツ『第三の魔弾』、『現代ドイツ幻想短篇集』『独逸怪奇小説集成』など、ドイツ語圏の怪奇幻想文学の翻訳・紹介に尽力。デュレンマットのアンチミステリ的作品 『約束』『嫌疑』の翻訳もある。著書に『ドイツ怪奇文学入門』『アブダカダブラ世界の奇術史』『愉しいビーダーマイヤー』などがある。

6月12日
◆1908年のこの日、日影丈吉が東京で生まれる。
◆1913年のこの日、蘭郁二郎が東京で生まれる。
◆1927年のこの日、『うまい犯罪、しゃれた殺人』『怪盗ルビイ・マーチンスン』 などの軽快なクライム・ストーリーで人気を博し、ヒッチコックのお気に入りだったヘンリー・スレッサーが、ブルックリンで生まれる。
◆1936年のこの日、『好古家の怪談集』のM・R・ジェイムズが死去。生涯独身で、ケンブリッジやイートン校で学究生活を送った。
◆1943年のこの日、ハンス・ハインツ・エーヴェルスが死去。人造人間小説 『アルラウネ』(1911)は第1次大戦下のドイツでベストセラーとなり、『魔法使いの弟子』『吸血鬼』「蜘蛛」などで最も人気のある恐怖作家となった(森鴎外もその翻訳小説集『諸国物語』に「己の埋葬」を収録している)エーヴェルスは、やがてナチスに傾倒。突撃隊員の伝記映画の台本を執筆したりしたが、結局、政治的援助を失い、著書は発禁処分となり、失意のうちに死んだ。
6月13日
◆1893年のこの日、ピーター・ウィムジー卿シリーズの作者ドロシイ・L・セイヤーズが、オックスフォードで生まれる。オックスフォード大学で学位を取得した最初の女性のひとりであり、卒業後は教師、出版社勤務をへて広告代理店に就職、コピーライターとして働いた。その経験は『学寮祭の夜』『殺人は広告する』などの作品にいかされている。
◆1971年のこの日、詩人、日夏耿之介が死去。エッセー集『サバト恠異帖』、モンタギュー・サマーズの著作にもとづく 『吸血妖魅考』がちくま学芸文庫に入り、翻訳「大鴉」「アッシャア屋形崩るるの記」を収めた 『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』も出たが、現在いずれも絶版。
◆1987年のこの日、映画化で有名な 『ローラ殺人事件』(1943)のヴェラ・キャスパリが死去。
6月14日
◆1910年のこの日、柳田國男『遠野物語』初版350部が聚精堂より刊行される。
◆1923年のこの日、ファイロ・ヴァンスがアルヴィン・H・ベンスン殺害事件の捜査に乗り出す。「こうして平民なみに早起きすると、疲れてねえ」という初登場の台詞は有名。
◆1936年のこの日、G・K・チェスタトンが死去。葬儀の日、あまりに巨漢だったために、棺が大きすぎて階段を運び下ろすことが出来ず、窓から外に出したという逸話もあるが、棺が大きすぎたのなら、そもそもどうやって運びあげたのだろう。
◆1986年のこの日、ホルヘ・ルイス・ボルヘスが死去。探偵小説の熱心なファンで、アンソロジーや探偵小説叢書の編者もつとめているが、実作でも、ビオイ=カサーレスとの合作 『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』 ほか、「死とコンパス」 「八岐の園」 「エンマ・ツンツ」 「アベンハカーン・エル・ボハリー、おのれの迷宮に死す」 などの探偵小説仕立ての短篇がある。
6月15日
◆1931年のこの日、社会主義の文芸評論家で、探偵小説の創作、翻訳でも知られる平林初之輔が、出血性膵臓炎のためパリで客死。国際文芸家協会大会に出席するため渡仏中だった。
◆1967年のこの日、鈴木清順の 《殺しの烙印》 が公開される。宍戸錠が凄腕の殺し屋を演じるこの映画は、最初は重要人物の護送任務と殺し屋ランクという 『深夜プラス1』 を思わせる設定ながら、どんどん歪んだ世界に突き進んでいく。この不条理かつスタイリッシュな犯罪映画を観た日活社長は 「わけのわからん映画」 と激怒し、以後10年、鈴木清順は映画界から干されることになる。
6月16日
◆1902年のこの日、平井呈一(本名・程一)が神奈川県平塚市の谷口家に生まれる。二卵性双生児の兄、谷口喜作はどら焼きで有名な上野の和菓子屋〈うさぎや〉店主。生後まもなく日本橋で炭屋を営む平井家に養子に出された呈一は、江戸深川育ちの養家の祖母が寝物語にしてくれた狐狸妖怪の話を聞きながら育った。
◆1996年のこの日、TVシリーズ「事件記者」の脚本で一世を風靡した島田一男が死去。新聞記者や鉄道公安官、警察官を主人公にした推理小説で大衆的人気を博したが、初期の『古墳殺人事件』や『錦絵殺人事件』はヴァン・ダイン風の本格推理。
◆2009年のこの日、『夜明け前の時』のシーリア・フレムリンが死去。享年94。
6月17日
◆1904年のこの日、1940年から41年にかけて、4本の映画でエラリイ・クイーン役を演じた俳優ラルフ・ベラミーがシカゴで生まれる。最初の3作は 『消えた死体』 『ペントハウスの謎』 『完全犯罪』 としてノヴェライズされている (執筆を担当したのは他の作家)。
6月18日
◆1869年のこの日、探偵フレミング・ストーンを創造、80冊以上の長篇を発表したキャロライン・ウェルズが、ニュージャージー州ローウェイで生まれる。『ミステリ小説の技巧』 (1913) はこの種のハウ・トゥー本の最初期のものとされる。
◆1939年のこの日、CBSラジオで 《エラリイ・クイーンの冒険》 が始まる。第1回は クイーン自身の脚本による 「ガムを噛む百万長者の冒険」。毎回、有名人のゲストがスタジオに招かれ、エラリイの謎解きの前に犯人を推理する、という趣向が好評を博した。初期のゲストに劇作家 (ハメット晩年の伴侶) リリアン・ヘルマンもいて、ずばり謎を解いてみせたという。途中でCBSからNBCへ移ったが、1948年に最終回を迎えるまで9年もつづく人気番組となった。なお、このラジオ・シリーズでニッキー・ポーターがエラリイの秘書役で初登場している (小説のほうでエラリイがニッキーと出会う 『靴に棲む老婆』 は1943年刊)。『ナポレオンの剃刀の冒険』 『死せる案山子の冒険』 (論創社) の邦訳がある。
6月19日
◆1829年のこの日、英国ウェリントン内閣の内務大臣サー・ロバート・ピールの警察法案が両院可決、国王裁可を経て発効。中央集権的な近代的警察組織、首都圏警察が誕生する。その本部が設置された場所にちなんで、ロンドン警視庁はやがてスコットランド・ヤードと呼ばれるようになった。
◆1928年のこの日、ノルウェーの探検家ロアルド・アムンゼンが、北極海で遭難したイタリアのノビレ隊を捜索中に行方不明となる。1911年、アムンゼンはスコット隊との競争に勝ち、人類初の南極点到達を成し遂げたが、そのアムンゼンが極点に残したテントの中に第三の探検隊が恐ろしいものを発見する、というジョン・マーティン・リーイの怪奇短篇 「アムンゼンの天幕」 が 〈ウィアード・テイルズ〉 1928年1月号に発表されている。
6月20日
◆1893年のこの日、前年8月4日、マサチューセッツ州フォール・リヴァーで、実業家アンドリュー・ボーデンとその後妻アビーが斧で滅多打ちにされ、殺された事件の犯人として逮捕された次女リジー・ボーデンが、証拠不十分で無罪となる。事件は未解決に終ったが、誰もがリジーが父親と義母を殺したと疑わず、「リジー・ボーデン手斧を取って/母親を四十回滅多打ち……」 という有名な唄が生まれることになる。釈放されたリジーは、17万5000ドルの遺産を姉エマと分け、1927年に亡くなるまで故郷フォール・リヴァーで孤独な人生を送った。ロバート・アルドリッチの映画 《ふるえて眠れ》 には、37年前の惨殺事件の犯人と目されている孤独な老嬢 (ベティ・デイヴィス) が登場するが、あきらかにリジー・ボーデンのイメージが重ねあわされている。近年、この事件に取材したベロック・ローンズ 『リジー・ボーデン事件』 (ハヤカワ・ミステリ)、研究書 『リジー・ボーデン事件の真相』 (仁賀克雄、河出書房新社) も出た。
◆1903年のこの日、ルーパート・クロフト=クック、筆名レオ・ブルースがケント州イーデンブリッジで生まれる。ビールとダーツが大好きなビーフ巡査部長物 (8冊)、パブリック・スクールの歴史教師キャロラス・ディーン物 (23冊) の2つのシリーズがある。
◆1914年のこの日、『夜明け前の時』 でMWA賞を受賞したサスペンスの名手シーリア・フレムリンがケント州ライアーシュで生まれる。
6月21日
◆1894年のこの日、『救いの死』をはじめとする皮肉な味わいの本格物で英国探偵小説黄金時代を彩り、ディテクテション・クラブの中心メンバーでもあったミルワード・ケネディが生まれる。
◆1905年のこの日、オールドミスの学校教師ヒルディガード・ウィザーズが活躍するユーモア本格シリーズが人気を博したスチュアート・パーマーが、ウィスコンシン州バラブーで生まれる。第一長篇『ペンギン・プールの殺人』のほか、多くの短篇が紹介されている。
◆1947年のこの日、日本探偵作家クラブ設立。会長・江戸川乱歩。大下宇陀児、木々高太郎、城昌幸、角田喜久雄、西田政治、延原謙、野村胡堂、保篠龍緒、水谷準、横溝正史が幹事をつとめた。10月に行なわれたクラブ主催の物故探偵作家慰霊祭では、講演のほか、城昌幸作の探偵劇《月光殺人事件》を上演、江戸川、木々、大下、徳川夢声、渡辺啓助らが役者として舞台に上った。
◆1977年のこの日、ホームズ・シリーズの名訳者で、〈新青年〉 の編集長もつとめた延原謙が、急性肺炎により死去。享年84。中西裕 『ホームズ翻訳への道 延原謙伝』 (古書通信社) によると、晩年、高血圧で倒れたあと、9年間ベッドで寝たきりの生活だったが、病床にあっても旧稿の手直しを続け、アンソロジーの計画を立てていたという。
6月22日
◆1856年のこの日、『ソロモン王の洞窟』 『洞窟の女王』 などの秘境冒険小説で19世紀末英国の人気作家となったヘンリー・ライダー・ハガードが、ノーフォークで生まれる。
◆1920年のこの日、『失踪当時の服装は』 (1952) で警察小説に新風を吹き込んだヒラリー・ウォーが、コネティカット州ニューヘイヴンで生まれる。
◆1956年のこの日、『死者の誘い』 『魔女の箒』 のウォルター・デ・ラ・メアが死去。
6月23日
◆1876年のこの日、アーヴィン・S・コッブがケンタッキー州パデューカで生まれる。三人の脱走囚人のたどる過酷な運命の物語 「信・望・愛」 は一読忘れがたい印象を残すが、一般にはユーモア作家として知られていた。また、魚のような半人間が登場する怪奇短篇 「魚頭」 はH・P・ラヴクラフトのお気に入りの作品で、クトゥルー神話への影響も指摘されている。
◆1930年のこの日、アンクル・アブナーの作者メルヴィル・デイヴィスン・ポーストが死去。
◆1959年のこの日、自作の映画化 《墓に唾をかけろ》 の試写の最中に、ボリス・ヴィアンが心臓発作で死去。享年39。
◆2013年のこの日、『地獄の家』 『地球最後の男』 『13のショック』 『激突!』 のリチャード・マシスンがロサンゼルスの自宅で死去。享年87。
6月24日
◆1842年のこの日、アンブローズ・ビアスがオハイオ州ホース・ケイヴ・クリークの貧乏な農家に生まれる。南北戦争の従軍体験から生まれた恐怖と異常心理に満ちた短篇集 『生のさなかに』 で注目を集め、「怪物」 「アウルクリーク橋の一事件」 「カーコサの住人」 「月光の道」 など、怪奇・幻想・残酷・恐怖をテーマにした多くの短篇を執筆、警句集 『悪魔の辞典』 では辛辣かつ皮肉な筆をふるった。1914年、革命運動に揺れるメキシコへ赴き、行方不明となる。怪物が棲むという伝説がある洞窟に入っていって、そのまま出てこなかった、というまことしやかな話もあるらしい。ジェラルド・カーシュ 「壜の中の手記」 は、ビアスがメキシコ奥地で出会った謎の一族の物語。カルロス・フエンテスがメキシコ革命の混乱の中でのビアス最後の日々を描いた 『老いぼれグリンゴ』 は映画化もされた (邦題 《私を愛したグリンゴ》)。山田章博にもメキシコでのビアスを描いた小品がある。
◆1930年のこの日、《肉屋》 《血の婚礼》 《沈黙の女》 など多くのミステリ映画を手がけた映画監督クロード・シャブロルがパリで生まれる。彼が生まれる前、両親が風呂場でガス漏れのため気絶し、病院へ担ぎ込まれたことがあった。流産が心配されたが、半年後、つつがなくクロードが生まれた。『不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話』 (清流出版) は、こうした幼年時代のエピソードに始まり、第一作から晩年の作まで監督作品を縦横に語ったインタビュー本。シャブロルが筋金入りのミステリ・ファンであったこともよくわかる。
◆1938年のこの日、マット・スカダー・シリーズの人気作家ローレンス・ブロックが、ニューヨーク州バッファローで生まれる。
◆1947年のこの日、ワシントン州上空を自家用飛行機で飛行中のケネス・アーノルドが高速で移動する九つの謎の物体を目撃。この事件をきっかけに 〈空飛ぶ円盤〉 騒動が全米を席巻する。全米各地で謎の飛行物体を目撃した人間が次々に怪死を遂げるヘレン・マクロイの短篇 「歌うダイアモンド」 (〈EQMM〉1949年10月号) は、そうした時代背景から生まれた。社会現象としての 「UFO目撃談」 研究に興味を持つ方には、稲生平太郎 『定本 何かが空を飛んでいる』 (国書刊行会)、木原善彦 『UFOとポストモダン』 (平凡社新書) がおすすめ。ちなみにこの6月24日は 「空飛ぶ円盤の日 Flying Saucer Day」 とされているらしい。知ってました?
6月25日
◆1822年のこの日、ドイツ・ロマン派の代表的作家E・T・A・ホフマンが死去。
◆1870年のこの日、スパイ小説の嚆矢ともいわれる 『砂州の謎』 (1903) の作者アースキン・チルダーズがロンドンで生まれる。
◆1903年のこの日、『一九八四年』 『動物農場』 の作者ジョージ・オーウェルがインドのベンガル州モチハリで生まれる。父親は英領インド帝国政府の阿片局官吏だった。ハドリー・チェイスの話題作 『ミス・ブランディッシの蘭』 を取り上げて、その暴力と倒錯性を論じたエッセー 「ラッフルズとミス・ブランディッシ」 も有名。
6月26日
◆1904年のこの日、俳優ピーター・ローレがハンガリーのルジョムベロクで生まれる。《M》 の異常殺人者、《マルタの鷹》 の 「鷹」 を探す謎の男ジョエル・カイロ、《暗殺者の家》 の暗殺団首領、《毒薬と老嬢》 の殺人者の整形を受け持つ医師、《忍者と悪女》 のドジな魔術師と、ミステリ・怪奇映画で様々な役柄を演じ、〈ミスター・モト〉 シリーズでは日本人探偵にも扮している。
◆1905年のこの日、『狂人の太鼓』 他の 〈文字のない小説〉 を創作、『フランケンシュタイン』 などの挿絵でも知られる特異な版画家リンド・ウォードがシカゴに生まれる。
◆1923年のこの日、『小人たちがこわいので』 (1972) など、モダンホラーの先駆的作品を発表した英国作家ジョン・ブラックバーンが、ノーサンバランド州コーブリッジ・オン・タインで生まれる。
◆1931年のこの日、作家・評論家のコリン・ウィルスンがレスターで生まれる。アカデミックな教育をまったく受けずに、独学で様々な分野に亙る膨大な書物を読破、評論集 『アウトサイダー』 (1956) で一躍注目を浴びた。文学における想像力というテーマを扱った 『夢見る力』 (62) では、怪奇幻想文学も俎上に載せ、とくにH・P・ラヴクラフトに注目。のちにクトゥルー物 『ロイガーの復活』 を手がけている。
6月27日
◆1850年のこの日、ラフカディオ・ハーンがギリシアのレフカダ島で生まれる。父親はアイルランド出身の軍医、母親はギリシア人。アイルランドで育ち、父の死後、アメリカに渡って新聞記者となり、1890年に来日。1896年に帰化して、日本名・小泉八雲となる。
◆1942年のこの日、盲人探偵マックス・カラドスの作者アーネスト・ブラマが死去。
◆2018年のこの日、ハーラン・エリスンが睡眠中に死去。享年84。

6月28日
◆1905年のこの日、パリの医師ボーリューが不気味な実験を行なう。殺人犯アンリ・ランギーユがギロチンで処刑された直後、切断された頭部をもちあげ、ボーリューがその名前を呼ぶと、ランギーユの頭部は目を開いて応えたという。頭部が完全に 「死ぬ」 まで、この実験は二度繰り返された。これで思い出すのはヴィリエ・ド・リラダンの 「断頭台の秘密」 だが、この短篇は1888年発表でずっと早い。死の瞬間、生と死の境目はどこにあるのか、という問題はそれまでにも長く議論の対象となってきたのだろう。フランス革命で断頭台の露と消えた化学者ラヴォアジエにも、斬首後十数秒間にわたって、瞬きの合図を送り続けたという逸話がある。
◆1909年のこの日、『あるスパイの墓碑銘』(38)、『ディミトリオスの棺』 (39) などで現代的なスパイ小説のジャンルを確立したエリック・アンブラーが、ロンドンで生まれる。
◆1975年のこの日、TVシリーズ 《ミステリー・ゾーン (トワイライト・ゾーン)》 (1959-64) の名プロデューサーにして脚本家 (番組に登場してホスト役もつとめた) ロッド・サーリングが死去。享年50。
6月29日
◆1921年のこの日、本名で発表したサスペンス小説とサン・アントニオ名義のユーモア・ミステリ・シリーズで、現代フランス随一の人気作家フレデリック・ダールが、リヨンに近郊のブルギヨン=ジャイユで生まれる。
◆1935年のこの日、牧逸馬、谷譲次、林不忘などの筆名を駆使して探偵小説、怪奇実話、時代小説、現代小説、紀行などを書きまくり、大衆文壇の怪物と云われた長谷川海太郎が心臓麻痺により死去。享年35。この年6月15日、山中貞雄の傑作映画 《丹下左膳余話 百万両の壺》 が公開されているが、原作とはまったく違うユーモラスな丹下左膳像に、林不忘=長谷川海太郎は猛抗議、急遽タイトルに 「余話」 が付け加えられたという。
◆2003年のこの日、キャサリン・へプバーンがコネティカット州の自宅で死去。享年96。《赤ちゃん教育》 《フィラデルフィア物語》 《素晴らしき休日》 など、1930年代のスクリューボール・コメディでの溌剌とした暴走ぶりがなんといっても素晴らしい。小泉喜美子がクレイグ・ライス 『大あたり殺人事件』 映画化の架空配役で、ヘレン・ジャスティス役候補として、ジーン・アーサー、キャロル・ロンバートと共に名前を挙げている。
6月30日
◆1860年のこの日の朝、イングランド西部トロウブリッジ近郊、ロード村のロード・ヒル・ハウスで、当家の3歳の息子フランシス・サヴィル・ケントが喉を切られた死体で発見される。このセンセーショナルな殺人事件は国中の注目を集め、スコットランド・ヤードから腕利きのジョナサン・ウィッチャー警部が派遣された。その捜査の過程は、ケイト・サマースケイル 『最初の刑事―ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』 に克明に描かれている。
◆1951年のこの日、パトリシア・ハイスミスの原作をヒッチコックが映画化した 《見知らぬ乗客》 が公開される。原作にないクライマックスの回転木馬のシーンは、クリスピン 『消えた玩具屋』 からの借用と言われている。
◆1966年のこの日、アルバート・キャンピオン・シリーズで人気を博したマージェリー・アリンガムが死去。遺稿 《Cargo of Eagles》 は夫ヤングマン・カーターが完成させて、1968年に発表された。
◆同年同日、1962年から64年にかけて13人の女性を絞殺した 〈ボストンの絞殺魔〉 ことアルバート・デサルヴォの公判が始まる。しかし、物的証拠がなかったため殺人罪では起訴されず、罪名は性的犯罪や強盗罪だった。終身刑となり、73年、刑務所内で刺殺されている。この事件に取材したリチャード・フライシャーの映画 《絞殺魔》 (68) は、デサルヴォを犯人と断定して描いている。
◆1978年のこの日、眠狂四郎シリーズの人気作家、柴田錬三郎が死去。

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