【狂人の太鼓】
木版画による小説

リンド・ウォード

国書刊行会


奴隷商人がアフリカから持ち帰った太鼓は一家に何をもたらしたのか。父の教えを守り、書物に埋もれた学究生活を送る男とその家族を次々に見舞う恐るべき死と災厄。強烈な明暗対比と鋭い描線で、20世紀初頭の読書界に衝撃を与えた特異な挿絵画家リンド・ウォードの 〈文字のない小説〉。
グロテスクな想像力にあふれた120枚の木版画で語られるこの 「小説」には、タイトル頁をのぞくと文字が一切存在しない。読者は絵を1枚ずつ丹念に読み解くことによって、主人公に下された過酷な運命をひとつひとつ辿っていくことになる。

◆解説=牧眞司
◆A5変型・上製ジャケット装・264頁
◆日本版タイトル文字=妹尾浩也
◆2002年10月刊 本体2000円 【amazon】
 【bk1】

『SFが読みたい2003年版』 〈ベストSF2002〉 海外篇 第18位

聴け、太鼓の響きを    西崎 憲

リンド・ウォード! その名の魔術的響き。祈りにも似た営為から産みだされた文字のない小説の圧倒的迫力は、まことに類例のないものである。言葉という限界を取り払った故に成ったこの豊かで饒舌な物語の前では、我々はただ黙し、驚嘆し、瞠目するしかない。そして条理も愛も美も越えて、彼方から渉ってくるものにただ耳を澄ますのだ。聴け。存在の際から立ち昇る狂人の太鼓の響きを。


リンド・ウォードの最高傑作――牧眞司

 画集? 絵本? 物語?
 あなたの目の前にある 『狂人の太鼓』 は、きわめてユニークな書物だ。文字テキストに頼ることなく、一連の木版画だけで綴られるストーリイ。一度見たら忘れられない強烈なイメージを繰りだしながら、解釈はあくまでも読者各自の想像力に委ねられている。
 作者リンド・ウォードはこのタイプの本を生涯に6冊残しており、それぞれに技巧と構成が凝っていて、素晴らしい。そのなかでも 『狂人の太鼓』 は、“物語” の奥行き、画面の力強さの点において、最高傑作というべき出来映えだ。(本書解説より)


ライプツィヒで画家修業を積み、世紀末ヨーロッパの雰囲気をアメリカに持ち帰った挿絵画家リンド・ウォードは、〈絵小説〉 と呼ぶきわめて特殊な挿絵本を制作した人物として名高い。アメリカ人である彼は西欧の実験的イラストレーションとケルムコット以来の単色木版調画風に共鳴し、タイトルに活字を用いない挿絵だけの小説を作り上げた。……モダンで鋭いのにどこか野太いウォードは、シュールな夢想に遊ぶアーツィバシェフと並んで米国で文学趣味派の最も愛好するアーティストである。
     
――荒俣宏 『絵のある本の歴史BOOKS BEAUTIFUL』 (平凡社) より引用


◆『狂人の太鼓』 本文より

        

【書評より】

120枚すべてが木版画の小説 『狂人の太鼓』。解釈はご自由に、と言われてじいっと見入っていると暗い暗い、太陽の光すらも暗い絵の中に怪しい星が光る。――吉野朔実氏評(北海道新聞夕刊2月15日)

書店で見つけた瞬間驚倒しそうになった1冊がリンド・ウォード 『狂人の太鼓』。(中略) 冷酷な奴隷商人が暗黒大陸から持ち帰った太鼓。その不吉な叩音が商人一家に呪いをもたらす。なんて、絵で成り立っている物語を言葉で解説することの空しさよ、無意味さよ。とにかく実際現物にあたってほしい。ホント驚くから。――豊崎由美氏評(本の雑誌2003年1月号)

諸星大二郎ファンにもおすすめ。――大森望氏評(本の雑誌1月号)
ひとめ見たら忘れられない特異な絵柄が想像力を限りなく刺激する。――大森望氏評(週刊新潮1月2・9日号 私が選んだベスト5)

それぞれの画面を囲繞する余白の部分に、あたかも活字の幻がわらわらと浮かび上がるかのような錯覚にとらわれるほど、画面が孕む物語性の豊潤さが、一巻の書物の体裁をとることで、よりいっそう強調されている気がする。――東雅夫氏評(bk1イチオシ新着棚)

『狂人の太鼓』 には、受け身の読書からでは得られない刺激がある。禍々しい絵がイマジネーション豊かに語り出す物語に、いっさい予備知識を持たずに想像力と読解力を駆使して、じっくりと読み耽っていただきたい。主体的な読書の愉悦を思う存分味わえるだろう。――笹川吉晴氏評(SFマガジン2003年1月号)

一番想像力を刺激されたのが、文字が一つもない小説、リンド・ウォード作 『狂人の太鼓』 の、120枚の木版画からなる物語。(中略)読む側は想像力をフルに発揮して物語を構築していかなければならない。読み手次第でいくらでも時間をかけられるぜいたくな本。――
産経新聞・寺田俊也氏(12月23日)

読み終えるたび、最初のページに戻ってしまう。きめ細かく版画を眺めることで、物語をより深く読み解けるのではないかと期待するからだ。事実、読むたびに新たな発見がある。これでは睡眠時間が増えるわけがない。――日刊ゲンダイ・仙川環氏評

その他、SFマガジン、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞、北海道新聞でも絶賛!


リンド・ウォード Lynd Ward (1905-1985)
コロンビア大学を卒業後、ドイツへ渡り、グラフィックの印刷技術を学び帰国。『誰がために鐘は鳴る』 『レ・ミゼラブル』 『ベオウルフ』 他の限定本の挿絵を制作する一方、God’s Man (1929) や Mad Man’s Drum (1930) など、木版画のみでストーリーを構成する 「文字のない小説」 を発表。アメリカにおける木版画の主導的作家となる。怪奇幻想ジャンルでは、『フランケンシュタイン』 や、アンソロジー The Haunted Omnibus 収録の60点余の名作怪奇短篇に付された挿絵が有名。現在では多くの美術館がその作品を所蔵している。