―今日は何の日―
【12月】

12月1日
◆1886年のこの日、アメリカで最も愛されている名探偵 (と、一頃よくそう言われていた) ネロ・ウルフの作者レックス・スタウトが、インディアナ州ノーブルズヴィルで生まれる。安楽椅子派のウルフとそのハンサムな助手アーチ−・グッドウィンの最強コンビが活躍する 『毒蛇』 (1934) 以下のシリーズは、その多くが翻訳されている。ただし、旧 〈宝石〉 や 〈EQ〉 掲載のみで、本になっていないものが多いのは残念。


12月2日
◆1814年のこの日、晩年の10年余を過ごしたシェラントン・サン・モーリス精神病院でマルキ・ド・サドが死去。一族は彼の存在を恥じていたため、墓石には名前すら彫られなかったという。
◆1932年のこの日、NBCで 〈チャーリー・チャン〉 のラジオ・ドラマ・シリーズが放送開始される。
◆1979年のこの日、J・Jおじさんこと植草甚一が死去。
12月3日
◆1857年のこの日、『密偵』 (1907) で二重スパイのジレンマを描き、従来になかったシリアスなスパイ小説の分野を開拓したジョゼフ・コンラッドがポーランドで生まれる。
◆1894年のこの日、ロバート・ルイス・スティーヴンスンが、4年前に移り住んだ南太平洋のサモア島で死去。44歳だった。
◆1926年のこの日、アガサ・クリスティーがサニングデールの自邸スタイルズ荘から姿を消す。それから10日間、著名な女性ミステリ作家の失踪事件に英国中が大騒ぎとなった。結局、ノース・ヨークシャーのホテルで発見されたクリスティーは、「記憶喪失」 に陥っていたと発表したが、事件の真相は、生前ついに彼女の口から明かされることはなかった。
12月4日
◆1872年のこの日(5日とも)、ジブラルタルに向かうイギリスの帆船デイ・グラチア号が、サンタ・マリア島から約590キロの地点で漂流中の船メアリー・セレスト号を発見する。乗り移って調査すると、船には誰もいなかった。嵐や事故にあった形跡はなく、船内はきちんと整理され、食堂のテーブルには食べかけの料理がそのまま残っていた。船長以下、10人の乗員は何処へ消えたのか。
◆1903年のこの日、『幻の女』 『黒衣の花嫁』 など、サスペンス小説の名作で知られるコーネル・ウールリッチ、別名ウィリアム・アイリッシュがニューヨークで生まれる。フランシス・ネヴィンズ・ジュニアの大部な評伝 『コーネル・ウールリッチの生涯』 (早川書房) も邦訳が出た。ウールリッチの作品は映像と縁が深く、ロバート・シオドマク監督の 《幻の女》、トリュフォー監督/ジャンヌ・モロー主演の 《黒衣の花嫁》、ジャン=ポール・ベルモンド主演の 《暗くなるまでこの恋を》 (原作 『暗闇へのワルツ』。《ポワゾン》 として再映画化もされた) などが有名だし、《夜は千の目を持つ》、《妄執の影》、《親分 (ボス)》 (原作 「シンデレラとギャング」)、《くちづけはタンゴの後で》 (原作 『死者との結婚』) といった作もあるが、最高傑作はやはりヒッチコックの 《裏窓》 だろう。そもそも彼がプロの作家になることに踏み切ったのも、ミステリ作家デビュー前に書いていた都会的な恋愛小説 『Children of the Ritz』 (1927) が雑誌の1万ドル懸賞を獲得、《歓楽地帯》 (1929) として映画化されたのがきっかけで、ウールリッチはこれを機に大学を中退してハリウッドに移り、映画脚本や小説の執筆に専念し始めた。日本でも 《死者との結婚》 (高橋治監督)、《夜の罠》 (富本壮吉監督)、《ああ爆弾》 (岡本喜八監督)、《夢一族 ザ・らいばる》(久世光彦監督) などの映画化があり、TVでも 《幻の女》 《黒衣の花嫁》 などがドラマ化された。また、 これも映画になった山本周五郎 『五辧の椿』 が 『黒衣の花嫁』 の換骨奪胎であることもよく知られている。
◆2008年のこの日、SF・ホラー関係のコレクターとして有名なフォレスト・J・アッカーマンが、ロサンゼルスの自宅で心不全のため死去。享年92。アッカーマンが編集を担当した1958年創刊の雑誌 《フェイマス・モンスターズ・オブ・フィルムランド》 は怪奇SF映画のスチールや情報、モンスター・グッズの広告を満載、初版15万部をたちまち売り切った。少年時代のスティーヴン・キングやスピルバーグ、ジョー・ダンテも同誌の熱烈な愛読者だったという。
12月5日
◆1890年のこの日、サスペンス映画の巨匠フリッツ・ラングがウィーンで生まれる。ドイツ・ウーファ映画で 《ニーベルンゲン》 《ドクトル・マブゼ》 《メトロポリス》 《M》 など、数々の傑作・大作を監督し、名声をほしいままにしながら、ユダヤ系の出自のためナチス独裁を嫌って亡命、ハリウッドに渡り (《メトロポリス》 の原作者で、ナチス支持者の夫人テア・フォン・ハルボウはドイツに残った)、《暗黒街の弾痕》 《マン・ハント》 《死刑執行人もまた死す》 《飾窓の女》 《恐怖省》 《スカーレット・ストリート》 《外套と短剣》 《復讐は俺に任せろ》 《条理ある疑いの彼方に》 など、スリルとサスペンスにあふれた作品を撮り続けた。その緻密な演出と強烈な映像効果は、ヒッチコックをはじめその後のサスペンス映画に多大な影響を与えている。
◆1968年のこの日、アンナ・カヴァンがロンドンの自宅で死去。ヘロイン中毒者で、自殺未遂を繰り返していたカヴァンだったが、死因は自然死だった。親交のあったブライアン・オールディスは、『氷』 アメリカ版(1970)に寄せた序文を次のように結んでいる。「この作品は彼女の壮麗な記念碑である。ただひとつ残念なのは、アメリカでの出版受諾の知らせが間に合わなかったことだ。この朗報が届く一週間前に、彼女はヴェネチアン・ブラインドの降りた静まり返った自室で発見された。あの忠実な注射器を傍に置いて。/彼女は氷に対する準備ができていた。残された我々は、この不意打ちに驚くばかりだった。」
◆1992年のこの日、フリッツ・ライバーが死去。
12月6日
◆1927年のこの日、パルプ作家出身で、『殺人のためのバッジ』 『最悪のとき』 『ビッグ・ヒート』 『明日に賭ける』 など、警察小説・犯罪小説の分野で才能を発揮したウィリアム・P・マッギヴァーンがシカゴで生まれる。
◆1933年のこの日、宍戸錠が大阪市に生まれる。小林旭や赤木圭一郎主演の日活無国籍活劇で、キレのいいアクションと絶妙のユーモア・センスをかねそなえた敵役 〈エースのジョー〉 として人気を博したが、鈴木清順のスタイリッシュな犯罪映画 《野獣の青春》 《殺しの烙印》、野村孝のハードボイルド・タッチの快作 《拳銃 (コルト) は俺のパスポート》 など、シリアスな作品でも鮮烈な印象を残している。
12月7日
◆1915年のこの日、リイ・ブラケットがロサンゼルスで生まれる。近年、『非情の裁き』 (1944) の邦訳が出て、異色の女性ハードボイルド作家として再び注目を集めたが、邦訳紹介は 『リアノンの魔剣』 『長い明日』 といったSF・ファンタジーが遥かに先行していた (夫はSF作家のエドモンド・ハミルトン)。チャンドラー 『大いなる眠り』 の映画化 (《三つ数えろ》) に取り組んでいたハワード・ホークスが、『非情の裁き』 を読んで感嘆し、「このを呼べ!」 と叫んで脚本スタッフに迎え入れたのは有名なエピソード。この仕事でホークスの信頼を得たブラケットは、以後、《リオ・ブラボー》 《ハタリ!》 などの脚本を担当する。最後の仕事は 《スター・ウォーズ/帝国の逆襲》 の脚本第一稿だった。
◆2001年のこの日、小松崎茂が死去。享年86。児童物の挿絵やプラモデルの箱絵が、昭和の少年たちに与えた影響ははかりしれない。
12月8日
◆1897年のこの日、医者で、夫の死後、医学知識を生かしたミステリ小説を書き出したジョゼフィン・ベルが、英国マンチェスターで生まれる。40作以上も長篇がある中堅作家だが、邦訳は 『ロンドン港の殺人』 『断崖は見ていた』 の2作。
◆1906年のこの日、《新青年》 掲載の江戸川乱歩 『陰獣』 や横溝正史 『鬼火』 など、怪奇な画風の挿絵で活躍した画家、竹中英太郎が福岡県博多で生まれる。
◆1963年のこの日、フランク・シナトラの19歳になる息子が誘拐され、シナトラは身代金24万ドルを支払ったが、のちに犯人一味は逮捕された。
◆2008年のこの日、『失踪当時の服装は』(1952)他で警察小説に新風を吹き込んだヒラリー・ウォーが、コネティカット州トリントンで死去。享年88。
◆2015年のこの日、小鷹信光が膵臓癌により死去。翻訳家・ミステリ研究家・アンソロジスト。享年79。著書に 『パパイラスの舟』 『ハードボイルド以前』 『私のハードボイルド』 『探偵物語』、訳書に ハメット 『マルタの鷹』、ロス・マクドナルド 『一瞬の敵』、スターク 『悪党パーカー 人狩り』、クラムリー 『酔いどれの誇り』 他、多数。シリーズ監修に 《ブラック・マスクの世界》 全5巻別巻1(国書刊行会) など。
12月9日
◆1973年のこの日、『薪小屋の秘密』 『黒い死』 のアントニイ・ギルバートが死去。その才能は高く評価されながら、性格的にむずかしいところがあって、英国探偵文壇の面々からはあまり好かれてはいなかったようだ。クリスチアナ・ブランドなどは、回想記のなかでかなり辛辣な言葉を発している。ジョン・ディクスン・カーに思し召しがあったギルバートが (注=筆名はアントニイだが女性作家)、カーと親しくつきあっていたブランドに嫉妬して意地悪してたんじゃないか、というのだが、このへんの話になるとどこまで信じてよいものやら。
◆1990年のこの日、ドーヴァー警部シリーズのジョイス・ポーターが死去。
◆2005年のこの日、アメリカのSF作家、ロバート・シェクリイが、ニューヨーク州ポーキープシーの病院で脳動脈瘤破裂のため死去。享年77。奇想天外なアイデアと軽妙なウィット、諷刺に満ちた短篇で1950〜60年代に人気を博したす。エネルギーを食物とする宇宙生命体を描いた 「ひる」 は、バルンガ (ウルトラQ) の元ネタとしても有名。短篇集 『人間の手がまだ触れない』 『無限がいっぱい』 など多くの邦訳がある。
◆2008年のこの日、翻訳者の中村保男が肺炎のため死去。享年76。チェスタトンやコリン・ウィルスン、J・G・バラードなど多くの訳書がある。
12月10日
◆1951年のこの日、『妖怪博士ジョン・サイレンス』 のアルジャナン・ブラックウッドが死去。
◆1954年のこの日、下谷・竜泉寺のバア “アラビク” で 〈ザ・ヒヌマ・マーダー〉 の幕が開く。
◆1981年のこの日、『鑢』 『Xに対する逮捕状』 のフィリップ・マクドナルドが死去。
◆1993年のこの日、『虚無への供物』 の中井英夫が死去。

12月11日
◆1846年のこの日、モーリス・ルブランが北部フランスのルーアンで生まれる。出産に立ち会った医師は作家フローベールの父親だった。
12月12日
◆1893年のこの日、《犯罪王リコ》 《深夜の告白》 など、多くの犯罪映画で活躍した俳優エドワード・G・ロビンスンがブカレストで生まれる。ギャング役で有名な役者だが、フリッツ・ラングの 《飾窓の女》 《スカーレット・ストリート》 では、日常からのささやかな逸脱をのぞんだ結果、窮地に追い込まれていく善良な男を演じて印象深い。
◆1907年のこの日、「海蛇」 「骸骨」 など、怪奇美に彩られた短篇を 《ぷろふいる》 《新青年》 等に発表した西尾正が、東京の本郷、真砂町で生まれる。亀の子たわしで有名な西尾商店の一族の出身で、1949年、42歳で病没。
12月13日
◆1915年のこの日、リュウ・アーチャー・シリーズの作者ロス・マクドナルド、ことケネス・ミラーが、カリフォルニア州ロスガトスで生まれる。最初はジョン・マクドナルド名義だったが、ジョン・D・マクドナルドから紛らわしいとクレームがつき (当時はジョン・Dのほうがビッグ・ネームだった)、「ジョン・ロス・マクドナルド」 と変更、最終的には 「ロス・マクドナルド」 に落ち着いた。ハメット、チャンドラーと共にハードボイルド〈御三家〉 のように云われていた時代もあったが、その作品、とくに 『さむけ』 『ウィチャリー家の女』 『一瞬の敵』 など、中期以降の傑作は所謂 〈ハードボイルド〉 の枠組みで単純に括れるものではない。アメリカ文学のゴシック性、という観点からのアプローチも可能だろう。夫人はマーガレット・ミラー。神経症、娘の非行など、私生活では多くの困難を抱えた一家だった。
◆1972年のこの日、英国の作家L・P・ハートリーが死去。ハロルド・ピンター脚本で映画化された 『恋を覗く少年』 (新潮社、絶版) が知られているが、怪奇小説の分野では、「ポドロ島」 「W・S」 「夜の怪」 など、新感覚の恐怖を盛り込んだ名作短篇を残している。その代表傑作は短篇集 『ポドロ島』 (河出書房新社) で。
12月14日
◆1919年のこの日、二度映画化された幽霊屋敷物の古典 『山荘奇談』 (別題 『たたり』 『丘の屋敷』)、ショッキングな内容が発表当時物議をかもし、掲載誌 「ニューヨーカー」 の不買運動まで起きたという短篇 「くじ」 で有名なシャーリー・ジャクスンが、サンフランシスコで生まれる。魔女めいた、エクセントリックな印象がある作家だが、ユーモアたっぷり (ただし辛子入り) の子育て記 『野蛮人との生活』 『悪魔は育ち盛り』 は愛すべき作品。
◆1995年のこの日、『勇士カリガッチ博士』 の三橋一夫が死去。
◆2005年のこの日、トレヴェニアン、本名ロドニー・ホイティカーが英国西部地方で死去。享年74。長く覆面作家で通していたが、デビュー作 『アイガー・サンクション』(72) 執筆時にはテキサス大学教授だった。『ルー・サンクション』(73)、『夢果つる街』(76)、『シブミ』(79)、『バスク、真夏の死』(83)、『ワイオミングの惨劇』(98)と、一作ごとにスタイルや舞台を変え、趣向を凝らした作品は熱狂的なファンを生んだ。
12月15日
◆1937年のこの日、『黒い霊気』 『見えないグリーン』 のジョン・スラデックがアイオワ州ウェバリーで生まれる。新聞社・出版社共催の短篇コンテストで第一席を獲得した密室物 「見えざる手によって」 でミステリ界デビュー。ミステリ作家としてはパズラー派になるのだが、この人の本領はやはりギャグやパロディ、言語遊戯満載のSFにあるのだろう。邦訳に長篇 『遊星よりの昆虫軍』、短篇傑作集 『蒸気駆動の少年』 (河出書房新社)。トマス・M・ディッシュと合作したトム・デミジョン名義のヘンなミステリ (誘拐された白人の女の子が肌を黒くする薬で黒人にされてしまう) 『黒いアリス』 もある。
◆1947年のこの日、『三人の詐欺師』 (『怪奇クラブ』)、『夢の丘』 「パンの大神」 のアーサー・マッケンが死去。シャーロッキアンのヴィンセント・スターレットは、マッケンの大ファンでもあり、敬愛のあまり単行本未収録作を集めて無断で出版、マッケンの怒りを買ったことがある。
◆1955年のこの日、『彼らは廃馬を撃つ』 のホレス・マッコイが死去。
◆1970年のこの日、フランス・ミステリ界 (ほんとはベルギー人なんだけど) きってのパズラー派、スタニスラス=アンドレ・ステーマンが死去。《悪魔のような女》 の監督アンリ・ジョルジュ・クルーゾーのお気に入りの作家で、ステーマン原作の 《犯罪河岸》 《犯人は二十一番に住む》 では監督を、《六人の最後の者 (六死人)》 では脚色を手がけている。

12月16日
◆1927年のこの日、英国奇想派の最前衛ピーター・ディキンスンが、アフリカのザンビアで生まれる。ピブル警視が登場する 『ガラス箱の蟻』 (68)、『英雄の誇り』 (69) でCWA賞ゴールド・ダガーを連続受賞、早速ポケミスにも収録されたが、ロンドンのニューギニア人コミュニティで起きた事件や、眠り病に冒された子供たちが登場するその作品は、当時、日本ではさっぱり理解者を得られなかった。70年代末から80年代初めにサンリオSF文庫で 『緑色遺伝子』 『キングとジョーカー』 などが翻訳されたあと、児童書の分野を除くとすっかり紹介が途絶えていたが、その後十数年の空白を経て、代表作のひとつ 『毒の神託』 が紹介された。これも特殊な知能をもった猿が登場するキテレツなミステリ。こういうヘンテコな作家がメジャーな場で高い評価を得てしまうのは、さすが変人の本場イギリス。ちなみに顔も魔法使いのお婆さんみたいで、ちょっと怖い。近年、ピブル警視物 『封印の島』 が紹介され、『キングとジョーカー』 も復刊された。
◆1928年のこの日、フィリップ・K・ディックがシカゴで生まれる。
12月17日
◆1907年のこの日、『緑は危険』 『ジェゼベルの死』 など、1940〜50年代に英国本格探偵小説の伝統を継ぐ傑作を発表したクリスチアナ・ブランドがマラヤで生まれる。『チムとゆうかんなせんちょうさん』 などで有名な画家エドワード・アーディゾーニは従兄弟で、のちに児童書 『ふしぎなマチルダばあや』 でコンビを組んでいる。
◆1957年のこの日、クリスマスの買い物をすませて自宅に戻ったドロシー・L・セイヤーズは、二階に上がって寝ようとしたが、飼い猫に餌をやろうと階段をおりてきたところで倒れ、そのまま死亡する。享年64。
12月18日
◆1857年のこの日 (旧暦)、日本探偵小説の嚆矢ともいわれる 『殺人犯』 (1888) の作者、須藤南翠が伊予国 (愛媛県) で生まれる。
◆1870年のこの日、のちにサキという筆名をもちいて、辛辣なユーモアに満ちた短篇で人気作家となるヘクター・ヒュー・マンローがビルマで生まれる。
◆1911年のこの日、ドキュメンタリー・タッチの刑事ドラマ 《裸の町》 (黒澤明の 《野良犬》 など日本のミステリ映画にも大きな影響を与えた) や、《街の野獣》 (原作ジェラルド・カーシュ)、《男の争い》 (原作ル・ブルトン)、《トプカピ》 (原作アンブラー 『真昼の翳』) などの犯罪映画で知られる映画監督ジュールス・ダッシンが、コネティカット州ミドルタウンで生まれる。
◆1913年のこの日、『虎よ、虎よ!』 『分解された男』 のアルフレッド・ベスターがニューヨークで生まれる。
◆1931年のこの日、有名なギャング 〈レッグズ〉 ダイヤモンドがニューヨーク州オルバニーの下宿屋で殺される。
◆1939年のこの日、マイクル・ムアコックが英国サリー州に生まれる。SF雑誌 〈ニュー・ワールズ〉 の編集長をつとめ、英国ニューウエイヴSFの旗手として活躍する一方、〈エルリック〉 シリーズで、ロバート・E・ハワード以来のヒロイック・ファンタジーの系譜に新機軸を打ち出した。
12月19日
◆1942年のこの日、『狼が来た、城へ逃げろ』 『地下組織ナーダ』 『眠りなき狙撃者』 のジャン=パトリック・マンシェットがマルセイユで生まれ、
◆1947年のこの日、『病める巨犬たちの夜』 『おれは暗黒小説だ』 のA.D.G.がトゥールで生まれる。ロマン・ノワールな日。
1970年代フランスの人気作家で、〈セリ・ノワールの若き狼たち〉 と並び称された二人だが、マンシェットは運動歴もある左翼思想の持ち主で、無駄を削ぎ落とした簡潔なスタイルを用い、一方、A.D.G.は極右を自称し、隠語や俗語を駆使した饒舌体と、何から何まで対照的であった。
12月20日
◆1942年のこの日、ロックリッジ夫妻原作の夫婦探偵物ノース夫妻のラジオ・ドラマ・シリーズが米国NBCで放送開始。たちまち人気推理ドラマとなった。
◆1954年のこの日、『学校の殺人』 のジェイムズ・ヒルトンが死去。
12月21日
◆1872年のこの日、午後8時45分、「八十日間世界一周」 の旅を終えたフィリアス・フォッグ氏がロンドンの 〈改革クラブ〉 に到着する。
◆1903年のこの日、警察小説の先駆者でMWAの会長も務めたローレンス・トリートがニューヨークで生まれる。クリーシーよりもマクベインよりも早く警察小説のシリーズを書き始めていた作家だが、近年、ようやく 『被害者のV』 がポケミス入りした。タイトルにアルファベットをおりこむのは 『アリバイのA』 以下のスー・グラフトンの専売特許のようになっているが、トリートのほうが40年近く早い。
◆1909年のこの日、松本清張が小倉市 (現・北九州市小倉区) に生まれる。
12月22日
◆1907年のこの日、保険会社での体験をもとに、苦情処理係ジェファスン・ディマルコを探偵役にしたミステリを執筆、成功を収めたドリス・マイルズ・ディズニーがコネティカット州グラストンベリーで生まれる。この人もそうだが、夫の死後、ミステリを書き始める、というパターンが英米の女性作家にはかなり多いような気がする。
12月23日
◆1880年のこの日、『アンダーウッドの怪』 のデイヴィッド・H・ケラーがフィラデルフィアで生まれる。地下室にいる 「何か」 を怖れる少年の話 「地下室の怪異」、脚が退化してしまった未来人類と先祖返りの健脚族の凄惨な闘争を描く 「健脚族の反乱」 などの代表作のほか、人間の皮を百科事典の装丁に使う話や、犯罪者の身体に巨大蜂の卵を産みつけさせ、生きながら餌とする恐ろしい刑罰の話など、内科医・精神科医が本業だったケラーの怪奇小説・SFには、異常心理を扱ったものやサディスティックな残酷譚が多い。彼もまた祖国アメリカよりもフランスで高く評価された作家のひとり。
◆1971年のこの日、クリント・イーストウッドの 《ダーティ・ハリー》 シリーズ第一作が封切られる。当初、ハリー役の候補にはフランク・シナトラの名もあがっていたが、腕の怪我のために流れたという。

12月24日
◆1906年のこの日、『ミス・ブランディッシの蘭』 でセンセーションを巻き起こしたジェイムズ・ハドリー・チェイスがロンドンで生まれる。ジョージ・オーウェルはエッセー 「ラッフルズとミス・ブランディッシ」 で、チェイス作品の暴力と倒錯の現代性を、一時代前の紳士強盗ラッフルズと対比して論じている。
◆1910年のこの日、『妻という名の魔女たち』 『闇の聖母』 〈ファファード&グレイ・マウザー〉 シリーズのフリッツ・ライバーがシカゴで生まれる。
◆1947年のこの日、『怪盗ゴダールの冒険』 のフレデリック・アーヴィング・アンダースンが死去。
12月25日
◆1885年のこの日、『完全殺人事件』 『100パーセント・アリバイ』 のクリストファー・ブッシュが、英国イーストアングリア地方で生まれる。
◆1899年のこの日、映画 《マルタの鷹》 のサム・スペード役、《三つ数えろ》 のフィリップ・マーロウ役でハードボイルド私立探偵の一般的なイメージを確立することになったハンフリー・ボガートが、ニューヨークで生まれる。
◆1908年のこの日、グロテスク・ファンタジーの傑作 『魔性の犬』 の作者クエンティン・クリスプが、ロンドン南東の町サットンで生まれる。ゲイ・カルチャーの先駆者として有名な人物で、両性具有を題材にした映画 《オルランド》 ではエリザベス女王の役を演じた。スティングの名曲 〈イングリッシュマン・イン・ニューヨーク〉 はクリスプをモデルにしていて、プロモーション・ヴィデオにはクリスプ本人が出演している。
◆1924年のこの日、TVシリーズ 《ミステリー・ゾーン》 (1959-64) の企画・製作・脚本家として知られるロッド・サーリングが、ニューヨーク州シュラキューズで生まれる。ホスト役として自らも出演、「これは別世界への旅です。目や耳や心だけの別世界ではなく、想像を超えた素晴らしい世界への旅。あなたは今、ミステリー・ゾーンへ入ろうとしているのです」 という冒頭のナレーションも有名になった。
◆1931年のこの日、『ハメット』 (1975) でハードボイルド・ジャンルの開拓者を主人公にしたジョー・ゴアズが、ミネソタ州ロチェスターで生まれる。ちなみにゴアズは、1970年、『野獣の血』 でMWA最優秀第一長篇賞、「さらば故郷」 で同最優秀短篇賞という、同年度にエドガー2つ獲得という珍しい記録を持っている。
◆1938年のこの日、『山椒魚戦争』 『ひとつのポケットから出た話』 のカレル・チャペックが死去。
12月26日
◆1897年のこの日、〈日本SFの父〉 海野十三が徳島市に生まれる。
◆1900年のこの日、『一千一秒物語』 の稲垣足穂が大阪市に生まれる。三島や澁澤がタルホ賛を繰り広げているのは 「さもありなん」 だが、「このような文学は即刻叩き潰すべきである」 という菊池寛の言葉は、逆にこの作家の手強さを物語っているように思われる。
◆1917年のこの日、『被害者を探せ』 『探偵を探せ』 『目撃者を探せ』 『七人のおば』 『四人の女』 といった、ひねりを加えたフーダニットで有名になったパトリシア・マガーが、ネブラスカ州フォールズ・シティで生まれる。
12月27日
◆1834年のこの日、イギリスの随筆家チャールズ・ラムが死去。『エリア随筆』 に収められた 「夢の子供」 は哀切きわまる幻想譚、「魔女およびその他の夜の怪異」 はラヴクラフト 「ダンウィッチの怪」 冒頭にも引用された怪異をめぐる名エッセー。発狂して母親を刺殺してしまった姉の看病をしながら、『シェイクスピア物語』 『エリア随筆』 などを書き綴ったラムの生涯については、福原麟太郎の傑作評伝 『チャールズ・ラム傳』 で。
12月28日
◆1907年のこの日、「源氏物語」 の世界を背景にした 『薫大将と匂の宮』 などで知られる岡田鯱彦が東京で生まれる。本業は国文学教授だった。
◆1945年のこの日、シオドア・ドライサーが死去。『アメリカの悲劇』 のテーマはアイラ・レヴィン 『死の接吻』 などにも受け継がれている。
◆1981年のこの日、横溝正史が死去。
12月29日
◆1960年のこの日、『赤毛のレドメイン家』 『闇からの声』 『テンプラー家の惨劇』 のイーデン・フィルポッツ (別名ハリントン・ヘクスト) が死去。

12月30日
◆1865年のこの日、ラドヤード・キプリングがインドのボンベイで生まれる。『キム』 『ジャングル・ブック』 の作者はまた、「獣の印」 「イムレイの帰還」 「幻の人力車」 など、インドを舞台にした怪異譚を数多く残している。「彼等」 は心霊譚の絶品。近年刊行された邦訳短篇集に 『キプリング短篇集』 (岩波文庫)、『祈願の御堂』 (国書刊行会)がある。ちなみにキプリングは1889年と1892年の2回、日本を訪れていて、その見聞記は 『キプリングの日本発見』 (中央公論新社) にまとめられている。新婚旅行で訪れた2回目の旅では 「鎌倉の大仏」 という詩をつくっている。
◆1924年のこの日、『わらの女』 のカトリーヌ・アルレーがパリで生まれる。暗くカタルシスのない結末が多いアルレーの作品は、最初、本国フランスではなかなか受け入れられなかったという。
◆1952年のこの日、オースン・ウェルズがホスト役をつとめたラジオ番組 《Black Museum》 が終了する。番組名はスコットランド・ヤード内にある犯罪博物館――事件の証拠品や犯罪捜査の道具などを陳列した展示室から採られている。
◆1997年のこの日、星新一が死去。前年4月に自宅で倒れ、1年8ヶ月にわたって意識不明の状態が続いていた。
12月31日
◆1828年のこの日、「ダイヤモンドのレンズ」 「ワンダースミス」 「あれは何だったのか」 などの怪奇幻想短篇で知られるフィッツ=ジェイムズ・オブライエンが、アイルランドのリムリックに生まれる。巨額の財産を使い果たしたてアメリカに移住、作家となったオブライエンは、一躍文壇の寵児となり、プレイボーイとしても鳴らしたが、南北戦争が勃発すると北軍に志願入隊、戦闘中に受けた傷がもとで34年の短い生涯を閉じた。『金剛石のレンズ』 (創元推理文庫) はその幻想短篇を集めた傑作集。
◆1916年のこの日、『水平線の男』 (別題 『地平線の男』) のヘレン・ユースティスがシンシナティで生まれる。
◆1927年のこの日、トッド・ブラウニングの幻の作品 《London After Midnight》 が封切られる。《魔人ドラキュラ》 《怪物団 (フリークス)》 で怪奇映画の専門家として有名なブラウニングだが、この作品はフィルムが現存せず、数点のスチール写真しか残っていない、文字通り 「幻」 の作品である。主演は 「千の顔を持つ」 怪優ロン・チャニー。残された資料とスチールからストーリーを再現した本も刊行されている。
◆2008年のこの日、悪党パーカーやドートマンダー・シリーズで人気を博した犯罪小説の巨匠ドナルド・E・ウェストレイクが、休暇滞在中のメキシコで心臓発作により死去。享年75。

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