藤原編集室の2005年


 2005年、藤原編集室はこんな仕事をしてきた。

2月 フラン・オブライエン 『ハードライフ』 (文学の冒険/国書刊行会)
3月 レオ・ペルッツ 『最後の審判の巨匠』 (晶文社ミステリ)
6月 デイヴィッド・イーリイ 『大尉のいのしし狩り』 (晶文社ミステリ)
8月 柴田宵曲 『妖異博物館』 (ちくま文庫)
   柴田宵曲 『続 妖異博物館』 (ちくま文庫)
9月 ジャック・リッチー 『クライム・マシン』 (晶文社ミステリ)
9月 マイクル・イネス 『ストップ・プレス』 (世界探偵小説全集/国書刊行会)

 1年で7冊は数字的には物足りないが、540頁の大作 『ストップ・プレス』 と、何年も引っぱってきた 『ハードライフ』 をようやく刊行までこぎつけることができた。イネスに関しては、もっと短い、翻訳難度の低いものを、という考え方もあったのだが、「世界探偵小説全集」 という枠組でなければ、この大作を紹介する機会はそうそうなさそうなこと、またこの第4作でイネスは 「何を、どう書いてもいいのだ」 という境地に達したのではないかと思われることを考え、第4期に選んだ。乱歩以来のイネスに対する誤解を解くには、まずこの大冗談小説を、と思ったのである。当然、その後に考えていた 『アプルビイ・エンド』 が他から出てしまったのは誤算だったが、刊行時期が重なったことによって、イネスのファルス・ミステリに注目が集まったのはよかったと思う。次はイネスのミステリの中でもとりわけオフビートな1940年代の作品 『アララテのアプルビイ』 を予定している。

 ペルッツ 『最後の審判の巨匠』 はイネスとは別の意味での異色作。昔から某トリックの先駆的作品として言及されてきたものだが、英訳で読んでみて、抱いていたイメージとまったく違う小説だったのに驚いた。、ものすごく風変わりで、滅茶苦茶面白い幻想ミステリ。単なる歴史的先例というだけなら、わざわざ紹介するまでもない。実際に読んでみないとわからないものだな、ということをあらためて実感した次第。

 『妖異博物館』 は筑摩書房での初めての仕事 (もっとも企画自体はずいぶん以前に決まっていたのだが)。宵曲本はもうすこし追いかけてみたい。

 『クライム・マシン』 の 「このミス」 1位、「週刊文春」 2位、にはびっくりした。得票内訳でもわかるように 「これが今年のベスト1」 という票を集めた結果ではなく、今年面白かったミステリを数冊選ぶのなら 『クライム・マシン』 は入れておきたい、という票が積み重なっての1位/2位獲得だと思う。そして、このように広く浅く支持を集めたことは、ジャック・リッチーという作家に相応しい栄誉でもある。「今年もマニアックなものが上位にきた」 と言う人がいるかもしれないが、リッチーに限っては、マイナーではあるがけっしてマニアックではない。実際、ベスト20のどの作品よりも万人向けの一冊のはずだ。

 その 『クライム・マシン』 が結果的に 〈晶文社ミステリ〉 の掉尾を飾ることになってしまったのはなんとも皮肉なめぐりあわせで、12月初め、「このミス」 発売の直前にシリーズ打ち切りの話があり、各種年間ベストでの 『クライム・マシン』 の好評を複雑な思いで眺めることになった。しかし、これも 「版元の事情」 とあらば致し方ない。フリーでやっている以上、この種の事態にもある程度の覚悟はできている。3年余にわたって17冊、企画・編集についてはほぼ自由にやらせてくれた晶文社には、あらためて感謝の意をあらわしておきたい。(なお、シリーズ既刊分については、従来どおり同社で販売していくので、どうぞご安心を)

 問題は 〈晶文社ミステリ〉 続刊として進めていた企画をどうするか、だったが、幸い、河出書房新社に引き受けてもらうことが決まり、新企画も追加して、2006年秋から新シリーズとして再スタートを切ることになった。〈晶文社ミステリ〉 の実績をもとに、さらに充実したラインナップをお目にかけることができるよう、取り組んでいきたい。

(2006.5.5)

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