カール・フリードリヒ・アウグスト・グローセ
『守護精霊―C* フォン G** 侯爵の手記より』 梗概 (2)

Carl Friedrich August Grosse, Der Genius. Aus den Papieren des Marquis C* von G**  

 亀井伸治



【第三巻】 (1792年)

 カルロスは、自分がエルミーレとの関係において二度も結社の欺きの犠牲になっていたのだと知る。エルミーレは結社の追尾を逃れ、手元に残っていた宝飾類と引き換えに小さな地所を購入していた。カルロスとの短い結婚によって生まれた一人の子供と手伝いの娘と共に、彼女は平穏にそこを管理していた。グローセは、カルロスの予期していなかった父親としての喜び、簡素だが価値あるエルミーレの家政を詳細に記述する。カルロスは賢者のところに滞在していていた間の幸福を思い出す。彼にとってあの経験は、家族とのこの現在によって一層高められて見える。アルフォンゾも遅れてそこにやって来る。しかし幸せは長くは保たれない。なぜならエルミーレは子供の出産時にまで遡る病気によって亡くなり、子供も母の後を追うからである。読者はまたしてもエルミーレの死――今度こそ本当の死――を聞く一方で、結社が彼女自身の家族の幸福をも破壊していた次第を知る。父の死によりS…伯爵家の長となっていた長兄のエマーヌエルは、ドン・ペドロとフランツィスカを通じて結社に加入した後、自殺していた。カルロスはさらにエルミーレが残した書類から、二人の再会までの間の出来事についての説明を得る。見せかけの毒殺後エルミーレが一族の地下納骨堂で意識を回復すると、そこには結社の使者が待ち受けていた。だが、彼女は二度目の死に至る出来事については何も知らないと言う。カルロスの許に現れたのは実は替え玉であった。また、エルミーレがカルロスから離反するよう、結社がいかに圧力をかけていたかも明らかになる。結社はエマーヌエルの自殺後もエルミーレを支配下に置き、カルロスとの結婚を妨害して、伯爵家の資産を奪取する企みを続けていたのだった。

 しばしの後、カルロスは過ぎ去った幸福の地を去り、スイスを経てドイツへと至る。この小説の始めの部分で描かれた、S伯爵の客人として体験した出来事が続く。結社がこの新たな環境下でもまた極めて活発に動いていることは、すでに明らかであった。第一巻の終わりには、ヤーコプらしい者が二人の隣に住むことになったと記されていた。その続きとして読者はまず、ヤーコプが再び旅立ったことを知る。しかし物語を語り続ける前にカルロスは、結社の不可思議な仕掛けの幾つかがいまや自分には明白になったとほのめかす。と言うのも、彼は 「自然魔術の技法」 についての知識を得るからである。さらに、伯爵の城館の庭園地下に隠された部屋の発見も秘密の解明に寄与する。S伯爵が新たな長い不在から帰還して後、二人は最終的安息を得るため、結社の中心にいる「知られざる者たち」を殲滅すべく全力を尽くすことを決意する。彼らはまずパリに向かう。そこで彼らは企てを続行しようとしている旧友たちと再会する。ところが、彼らはこのフランスの首都での社交生活と気晴らしに現を抜かし、またしても計画は実行されずに終わる。

 読者は間もなく、S伯爵に対し深い反感――それは彼が伯爵の恋敵であったことに起因する――を抱いているドイツ人将校H男爵を知ることになる。ある夕べの集まりで、S伯爵とH男爵も参加していたジブラルタル包囲のことが話題に上る。人々は伯爵に話を振るが、彼は固辞し男爵を指名する。なぜなら、男爵は戦の際に多くの勇気と才能を示したとされていたからである。実は彼がジブラルタルでいかに目立つことがなかったかということを聞き手たちが知っているとは露知らず、男爵は無数の冒険譚をでっちあげる。これに対してついにS伯爵も当時のある話を物語る。ドン・アントーニオというその話の主人公は、聞き手たちにはまさにH男爵のことを指していると分かる。ドン・アントーニオもまた、かつてある集いで自分の武勇を言い立てたと描写されるからである。そこに集まった仲間たちがやっつけたいと願っている、ある城館での幽霊現象が語られるが、それは、いかにドン・アントーニオに勇気がないかを暴露する。幽霊現象は結局、幽霊に対する恐怖を自らの目的に利用しようとした密猟者の仕業であることが明らかになる。さらに仲間たちはドン・アントーニオを完全な笑いものにしようと、夜にある教会で密猟者の幽霊芝居を真似ることにする。人々はドン・アントーニオを教会の中に閉じ込め、さまざまな手段を用いて極度の恐怖を与える芝居を繰り広げる。特筆すべきことはしかし、ここではまた、ドン・アントーニオと同じ見せかけの自信や余裕と実際の振る舞いとの間の乖離が、芝居を仕掛けた一行自体もにも認められることである。それを仲間のせいにすることのできない予期せぬ事態が出来した途端、彼らも戦慄と恐怖に襲われ大混乱に陥るのだ。この場面もパリの聞き手たちの為に愉快に語られるが、語り手のS伯爵も含め自分たちは冷静だと自惚れている人々もまた笑いの種とされるのである。この挿話に続けて、夕べの集まりがお開きになった後に起きた出来事が描かれる。S伯爵はH男爵と同じ住居を借りていたが、帰宅したときうっかり寝室のドアを間違え、H男爵が女家主の愛人でいるところを不意打ちしてしまう。その場面は男爵を巡るグロテスクな喜劇の頂点を形成するが、男爵はこの件で伯爵に決闘を要求し、その結果、伯爵は傷を負ってしまう。

 伯爵の回復に、パリでの社交で知り合ったカロリーネ・フォン・Bという一人の若い婦人がとりわけ関心を寄せる。カルロスもカロリーネに魅かれるが、彼女が友に特別な好意を持っていることを知って、彼自身の期待は消え去る。だが、カルロスに生じた激しい嫉妬は伯爵の断念をもたらす。深く恥じたカルロスは、一端受け取ったこの贈り物を再び友に返す決心をする。にもかかわらず、カロリーネとカルロスの間の関係は親密なものに発展する。二人の間で揺れ動く彼女の最終的な決心は伯爵に有利な結果となる。カルロスは堪え難い状況に置かれ、その状況から彼は旅に出ることで身を引こうとする。S…i 伯爵と二人の従僕と共に彼は馬で鄙びた地方を行くが、その地とパリの様相の違いは彼には貴重な体験となる。この地での主要な出来事としては、ある村の住人たち、特に二人の若い娘との関係がある。娘たちとのことで村全体を騒がせた彼らは、彼女らと結婚するつもりであると弁明し、その為に農場を借りる。だが、戯れの恋が真剣なものに変わりそうになって初めて、彼らは自分たちの行為の意味を認識し、さらに旅を進める。

 続いて読者は新たなカルロスの恋愛を知る。明るい期待に満ちた彼の予感は、その大きな体験が目前に迫っていることを暗示する。カルロスとS…i 伯爵らは、ある老男爵の所領に到着する。以前カルロスがドイツで水死しそうなところを救った若者も男爵と同じ名であった。過去のこの行為を通じて彼らはすぐに男爵の知遇を得、カルロスがその時救出したのはやはり、その後亡くなってしまった男爵の息子であることが判明する。カルロスのきちんとした立ち居振る舞いは、男爵とその娘アーデルハイトに彼の善行を思い出させる。アーデルハイトとはすでに彼らが到着したときに一寸出会っていたのだが、カルロスに鮮烈な印象を与えていた。やがて二人は恋人同士となる。カルロスにとってこのアーデルハイトとの恋は極めて重要な意味を持つものとなる。彼はこれまでにも読者に、結社との関わりを通しての自身の性格の変転を語ってきた。この後のアーデルハイトとの関係の結果はそれを決定的なものにするであろう。夏が幸福な和合の内に過ぎ去ると、彼らは冬を過ごすため、友人たちの誘いに応えてパリに向かう。

 再び友人たち全員が集まっての平安はしかし、S伯爵がアーデルハイトとの付き合いを他の何よりも優先しようとすることによって掻き乱される。友人の恋人への伯爵の関心は、最初は、全体的交友という彼らのサークルの性質から説明される。だが、アーデルハイトに愛を告白するべく密会を請う旨を記した伯爵の紙片を入手するに及んで、ようやくカルロスは自身の名誉が危機に晒されていることを確信する。他の友人たちの忠告にもかかわらずカルロスは密会の場に現れる。騙されたと感じた伯爵は友人の出現に剣を抜こうとするが、カルロスはそれをもぎ取る。同時に彼は背後で待っている友人たちの一人が決闘に干渉してきたある人物と争っているのを眼にする。友人とはドン・ベルンハルトで、打ち負かされそうになっていた。カルロスはそちらへと急ぎ、闘って介入者を剣で刺し貫くが、その敵がアマーヌエルだと気付く。彼はアマーヌエルから仮面を剥ぐ、すると、足下に横たわっているのは何と従僕のアルフォンゾなのだった。



【第四巻】 (1794年)

 この暴露は関係者全員に衝撃を与える。アルフォンゾの命を救おうとするあらゆる努力は無駄に終わる。それでも彼は、死に至るまでにもなお、過去について多くの解明を与えるに十分な力を持っている。多くの重大なことがここで明白になる。アルフォンゾはカルロスの伯父のM伯爵であることが分かる。若い侯爵の生活を統括して彼を優れた人物にし幸福に導くという、カルロスの母との約束が従僕に扮していた理由だった。この秘密の勤めには伯父の毅然たる人格がその前提となっていた。それはまた、彼を結社の首領の地位に就けるに十分なものでもあった。彼は結社について誤解があると言う。内紛によって結社は伯父が制御できなくなり、本来の目的から離れて他の者たちの犯罪の道具と化してしまっていたのだ。ドン・ペドロが伯父に漏らしたところによれば、その者たちの指図でロザーリエはカルロスを堕落させようとし、また競争相手のフランツィスカを排除しようとした。S伯爵はその策略に巻き込まれたのである。結社内での権力を失った伯父は、アルフォンゾに加えてアマーヌエルに二重仮装することによって、カルロスを結社の攻撃から守ろうとした。エルミーレを救い出し、彼女の替え玉を死なせたのも伯父であった。そして彼は、自分の死後も犯罪的な計画を阻止できるように、信頼する者たちを集めて結社を新たに立て直したと語るのだった。カルロスは死の床にある伯父からドン・ベルンハルトを新しい腹心として勧められる。というのもドン・ベルンハルトは結社の本来の目的を正しく感得するからである。

 ドン・ベルンハルトは、結社の文書を読み、その内容に詳しくなって行く。一方、結局アーデルハイトに謝罪することになったS伯爵の行動について人々はいろいろ取り沙汰するが、小さな友情の輪が再びパリでの社交生活に戻るまでにはそう長くはかからない。ここで、アーデルハイトに言い寄るフォン・R氏についてのことが報告される。S伯爵は彼のしつこさをお終いにしようと決心する。伯爵はフォン・R氏の行状を全市に知らしめ、それによって彼を駆逐する計画を立てる。フォン・R氏は、伯爵がそのすべての糸を絡繰る茶番劇の対象となる。

 翌春には全員がS伯爵領にいる。これら既知の人々に、さらに、G…という名の若い作家とその優しい夫人が仲間として加わる。カルロスはG…のお蔭で文学に詳しくなったと語る。G…の著述と生活、彼の読者との関係が談話の対象となる。次いで、いまや結社の精神と意図に精通したドン・ベルンハルトが結社のことに触れるや、それが中心の話題となる。人々はG…が秘密結社に否定的な立場であることを知る。カルロスを通じて詳細に叙述される、G…とドン・ベルンハルトの会話からは、共同体に対する個人の立場についての問いを巡って、二人の対話者の人間性の相違が明確になる。同時にこの会話によって、どんな人間が結社という形態の共同体を肯定し得るか、そしてどんな人間がそうではないのかが示される。

 ドン・ベルンハルトの助言に従って、カルロス、アーデルハイト、そしてドン・ベルンハルト自身はスペインに戻る。カルロスは、母親と彼の過去の運命の舞台にアーデルハイトを紹介する。ドン・ベルンハルトが結社からの連絡を受けるとすぐに三人全員は集合地へと赴く。集まった者たちの入会式は 「エレウシスの秘儀」 を模した神秘的な儀式である。女司祭の役は変容したロザーリエが勤めている。彼らの前に展開する華麗さは、とりわけその祝祭的な行列とそれに付随した歌唱によって宗教的な祭礼を思い起こさせる。人々はいままたドン・ベルンハルトとアーデルハイトに誓いを立てさせる。眼前に開示された驚くべき世界の印象に圧倒されて夢中になったカルロスは、第一巻での予言に対応する形で結社に入る。作品はこれによってひとまずの終わりを迎えるのだった。



【第四巻・第二部】 (1795年)

 1794年に刊行された第四巻の序文の中でグローセは、『守護精霊』 はこれで終わりにするつもりであると語っていた。しかしカルロスの運命はまだ決着していなかったので、彼はもう一度筆を取り上げねばならない。――

 小説が本来ならそこで終わって然るべき祝典が進行する内、カルロスはその雰囲気に魅了されながらも、結社の儀式が自分の元来の資質にはそぐわないということに気付き始める。カルロスの反応とは逆に、アーデルハイトは、結社の他の成員と熱心に交わろうとし、いかに自分がこの共同体の一員だということを感じているかを明言する。彼女のカルロスに対する態度は極めてよそよそしくなる。こうして、自分と結社の間に肯定的な内的関係が成り立たなくなってきたことがカルロスに意識される。この意識にさらに、ドン・ベルンハルトに集中されることになる嫉妬の感情が加わる。夫人に対するカルロスのその後の冷淡な態度によって夫婦間には一層大きな亀裂が生じる。カルロスにのけ者にされたと感じたアーデルハイトは、ドン・ベルンハルトに惹かれ、ついには彼の熱望に屈してしまう。二人は抱擁し合っている時、カルロスに不意を襲われる。ドン・ベルンハルトは殺害され、アーデルハイトは結局フランスの修道院に入れられる。これらの出来事にも関わらず、なおカルロスは彼女との別れを容易く受け入れることができない。二人がもしかしたら再び邂逅し得る時が来るのではとの思いが心に浮かぶ。カルロスはドイツに旅立つが、そこにはS伯爵と共にカロリーネも居る。カルロスへの応待は心の籠ったものであり、伯爵との会話において読者はもう一度、結社がいかに二人に応えるような共同体ではなかったかを知る。親しい交際によって、カロリーネの心には再びカルロスに対する恋情が生じる。伯爵に心を決めた後には、友情がそれに取って代わっていたはずであった。滞在の間に、カルロスには伯爵との友情も一層克明になるので、彼はかつて愛した女性を退けねばならない。決定的拒絶は、カロリーネによって自身の切望の成就が期待されたある密会において告げられる。カルロスは、最初からカロリーネの恋心を知っているその友に密会の約束があることを知らせ、隠れてその目撃者になってくれるよう頼む。カロリーネはカルロスの口から彼女の気持ちを無にする言葉を聞かされ、さらには伯爵が出会いの目撃者であることを知って狂乱する。彼女の状態はゆっくりとしか良くならない、そこで人々は、完全に回復するまで、すでにアーデルハイトがいる修道院に彼女を送ることにする。

 この時期にカルロスはヤーコプの口から、ドン・ベルンハルトの死が一般の注意を惹くところなったことを切っ掛けに結社が解体せしめられ、その際にロザーリエも死んだことを聞き知る。カルロスがスペインを離れる前、ロザーリエは彼ともう一度会い、永続的な友愛の感情を伝えていた。カルロスは彼女の死にひどく心を痛め、S伯爵はこの事でもまた友の残酷な運命を思うのであった。

 これらすべての体験の後、二人の友は一緒にイタリアに旅立つ。カーニヴァルの時期にヴェネツィアに到着した彼らは、気楽な生活と官能的な冒険に耽る。とりわけ、老いた嫉妬深い夫を持つF大公夫人へのS伯爵の関係が詳しく描写される。妻に裏切られたと思い憤慨した大公は伯爵に復讐心を抱く。ヴェネツィアにおける伯爵の生命はこの瞬間から脅威に晒され、そのことは連続して起きるさまざまな小さな事件によってはっきりする。脅迫が感知されるのと同じく、カルロスと伯爵はしかしまた、赤い制服を着た二人の見知らぬ人物がヴェネツィア滞在の間に何度も姿を見せ、彼らを守るようになって来ていることにも気付く。カルロスと伯爵がある夜に人気のない街路で大公の刺客たちに奇襲されて苦境に陥ったとき、そこに急ぎ現れるのもまたその二人の赤い制服の人物たちである。危難を切り抜けた後、彼らはその見知らぬ者たちがカロリーネとアーデルハイトであることを知る。フランスの修道院で一緒になった彼女たちは、男装して密かにカルロスらの後を追い、ヴェネツィアに来ていたのだった。こうして、彼女たちが彼らにとって真の意味での 「守護精霊」 であることが明らかとなって第四巻の続きの部分は終わり、同時に全巻の完結となる。

                                         (2008.5.8掲載)

グローセ 『守護精霊』 (1)
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