ルーズヴェルト・ゲームとは、8対7で終わる野球の試合のことである。アメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト(以下FDR)が、もっとも面白い試合は8対7の試合だと言ったことからそう呼ばれる。
と、される。
近年プロ野球ニュースでもこの言葉を使い始めたのだが、私は怪しいと思っていた。なぜなら私は、もっとも面白いゲームは8対7ではなく6対5と記憶していたからだ。
一体どちらが正しいのか?そもそもFDRが言ったというのは本当なのか?FDRはアメリカ史上唯一大統領職を4期、計12年務めた人物で、第二次世界大戦のリーダーでもあるだけに逸話も多い。
ちょっと調べてみた。
Wikiには、『ルーズヴェルト・ゲーム』の項目は池井戸潤の小説タイトルとして立項されており、上記のエピソードは、FDRが全米野球記者協会の夕食会の招待を断る手紙に書いた、としている。出典は『ルーズヴェルト・ゲーム』の後書き。
研究者の鉄則は、何事もまず一次資料に当たるべし。
調べてみてわかったのは、まず Roosevelt Game という言葉は、英語には存在しないらしいということである。Roosevelt Game
でググってみても、ヒットするのはドラマのタイトルとしてばかりだ。
Roosevelt と baseball で一番多くヒットしてくるのは、第2次世界大戦に際して、コミッショナーに対して戦争中でもペナントレースを続行してよいという許可を与えた手紙(Green
Lightと呼ばれる)の件である。
やっぱりデマかと思い始めたら、ようやく件の手紙を紹介したサイトが見つかった。
→ Baseball Prospectus
下が問題の手紙。

確かに、「全米野球記者協会の夕食会の招待を断る手紙」で、「8対7の試合が好きだ」という意味のことが書いてある。しかし全文読んでみると、なんだかニュアンスが違うのだ。
1937年1月25日
親愛なるドーソン様
残念ながら、米国野球記者協会ニューヨーク支部第14回定例夕食会は欠席します。しかしその場にいなくとも、私の気持ちは皆さんとともにあります。野球のみならずフットボール、ボクシング、陸上競技、ゴルフ、テニス、冬にはウィンタースポーツなどなど、参加したり観戦したりすることで人々に身体的、精神的、道徳的に利益をもたらすスポーツ記者の皆さんとともに。
高度に発達したフェアプレイの精神と、異なるスポーツの記事で我々を魅了する能力を有する記者諸君は、アメリカ人の特性たる良きスポーツマンシップに大きく寄与するものです。
こと野球に関して言えば、私は払った金の元を取りたがる類のファンです。1対0で終わるような投手戦の真価を理解しています。しかし告白させてもらえば、もっと大量点を叩き出すようなゲーム‐打者が球場の果てまでかっ飛ばし、野手が奪い合い、人々がベースを走り回るようなゲームが好きです。簡単に言えば、私の考えでは最高のゲームとは、8対7で決着する合計15点以上の得点を、ファンに保証するようなゲームです。
夕食会が、良きスポーツマンシップに値する成功を収めることを祈ります。
敬具
ニューヨークタイムス社 ジェームス・P・ドーソン様
この「最高のゲーム」の game は、「(野球の)試合」ではなく、「競技」と訳すべきではあるまいか。つまり遠回しに、「野球はあまり点が入らないから面白くない。だから今後は招待してくれなくてもいいよ」と言っているのだ。リンク先のサイトは、「招待を断るための無理難題だ」と言っている。ついでに言うと、scramble はアメフトの用語である。
野球というスポーツにおいて、1試合に入る得点は平均すればせいぜい4点前後である。だから5点取るか、相手を3点以下に抑えれば勝つ可能性が高い。8対7という得点はかなりのレアケースで、双方投手陣が崩壊した末の完全な乱打戦である。それが野球の醍醐味とは、普通は思わないだろう。
野球に限らず、FDRという人物はスポーツ全般にあまり興味がなかったらしい。
(グロトン校での)スポーツの成績も、今ではどこでもやっていない課目‐ハイ・キックと呼ばれた男性的でない課目で一度優勝したことがあり、卒業の年に野球チームのマネージャーをしていただけで、大した成績ではなかった。
ジョン・ガンサー『回想のローズヴェルト』清水俊二訳、早川書房、1968年、226ページ。
あのマッチョ大国のリーダーにしては珍しいことである。
そんなわけで、わかったことは2つ。
○ 「ルーズヴェルト・ゲーム」という言葉自体は、池井戸潤の造語である可能性が高い。
○ FDRが「8対7の試合が好き」と言ったのは事実だが、野球を愛し、その魅力を十分に理解した上での言葉とは考えにくい。
したがって、あまりありがたがる必要はなさそうである。少なくとも私は、こんな言葉使いたいとは思わない。
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