更新履歴と周辺雑記

更新履歴を兼ねて、日記付け。完結していない作品については、ここに書いていきます。

2012年8月29日(水)
『籠の中の乙女』

以前町山センセが紹介していた映画だと気づいて、『眠れぬ夜の仕事図鑑』と続けて観てきた。邦題は、間違っちゃいないけどセンスない。原題『DOGTOOTH』の方がずっと良い。
『おおかみこども』に感動しちゃった人はぜひこの映画を観て、家族という制度の奇っ怪さに思いをはせよう。

予告編だとミヒャエル・ハネケ的に神経にキリキリ来る映画のように見えるが全然そんなことはなくて、ほのぼのしたコメディ映画。ただしブラック。流血控えめ。エロ多め。
猫好きは用心。

ところで、配給が彩プロという聞いたこともない会社なのでググってみたら、
http://www.ayapro.co.jp/domestic.html
『虫皇帝』の会社だよ!

よくカンヌで受賞したギリシャ映画なんて買いつける気になったもんだ。パンフレットも気合いが入っていて、駐日ギリシャ大使のコメントもらってくるという斜め上にフルスイング。これがまた、国ごと破産したくせに何でこんなに偉そうなのかという素敵コメント。

というわけで、彩プロが社運を賭けて(推定)贈る『籠の中の乙女』、ぜひ観よう!

2012年8月28日(火)
細田守インタビューの件続き

宇多丸によるインタビューを聞いての雑感。

細田監督が80年代の日本映画で好きなものを挙げていて、そのうちの一本に『となりのトトロ』を入れている。

いわく、「ウェルメイドな映画でなくても面白くて、かつヒットすることが発見」だったそうだ(発言は大意)。

これ、私の感覚とは反対だなあ。
私に言わせると、ウェルメイドな-良くできた(well made)な娯楽映画に限ってヒットしないのがアニメ映画だと思うのだ。
や、具体的には『ストレンヂア』と『いばらの王』のことなんですがね。

以前から『いばらの王』をプッシュしている私だが、この映画の興行収入が『マイマイ新子』どころか『よなよなペンギン』に負けてると知ったときには、絶望的な気分になったぜ。

ひょっとして、アニメファンて映画観る目ないんじゃねえの?


思い出したので追記。
細田監督が、東映出身の自分の作品が東宝で配給されることに感慨深げだったのが印象的。たまたま『仁義なき日本沈没』を読んだばかりだったのでなおさらに。
その映画に、東映の大スター・菅原文太が出演していることもまた意義深い。

2012年8月23日(木)
『ダークナイト ライジング』と細田守インタビュー

町山センセのポッドキャスト。
http://enterjam.com/?eid=5706#sequel
http://enterjam.com/?eid=5747#sequel

前半を聞いていて、珍しくささいな揚げ足取りに終始しているなあと思っていたのだが、後半を聞いてやっぱり感心した。
リアリティレベルの問題にちゃんと言及している。
「キャラクターに魂が入っていれば、多少の矛盾など問題にならない。『ダークナイト ライジング』はそれができていないので、脚本の穴が気になる」
さすがだ。

何となく思い出したのが、宇多丸の細田守インタビュー。
http://www.tbsradio.jp/utamaru/2012/08/84_4.html
http://www.tbsradio.jp/utamaru/2012/08/84_5.html

この中で、雪が草平に正体を明かすシーンで、「なぜもっとリアルな(写実的な)絵にしなかったのか」と聞かれて、細田監督が返事に困っているのだ。
言を左右にした後、ここで演出上力を入れたのはカーテンの揺れ具合とか、正体を明かした後の雪の表情だと説明している。
確かにこのシーンの出来は出色だったけれど、それ聞かれたことに答えてないよね。
これがまさに、リアリティレベル、あるいは抽象度の選択の問題である。

一番わかりやすい、典型的な例は、「なぜ日本のマンガ・アニメキャラはあんなに目が大きいの?」という奴だ。
この質問は、私を非常にいらだたせる。一体何と答えればいいのか解らないからだ。
「解らない奴は観るな」と言ってしまいたくなる。だけど、私の、我々のこの態度はやっぱり怠慢なんだよね。

これをうまく言語化できたら、非オタとの溝が少し埋まるような気がするのだが。


『ダークナイト・ライジング』の話に戻ると、私は町山センセの指摘している点は、「時間の経過と場所の移動がわかりづらい」点を除いてあんまり気にならなかった。原作と『ビギンズ』を知らないからかも知れない。恥ずかしながら告白すると、竪穴から脱出するあたりからはずっと泣きながら観ていた。

町山センセはこの映画をノブレス・オブリージュの話と言っているが、私は少し違う解釈をしている。
それは前作『ダークナイト』まででしてきた話であって、今作のテーマは「ヒーローの引退」だと思う。
つまり、「他人の幸せのために尽くしてきたヒーローが、自身の幸せを得られるか」である。
だからああいう結末になるし、それでいいのだ。このタイトル『THE DARK KNIGHT RISES』はむしろ『THE DARK KNIGHT RETIRES』とした方がふさわしい。

ところで、なぜノーランはこんな穴だらけの脚本を通したのか?『メメント』『プレステージ』『インセプション』と練りに練った構成が命の映画ばかり作ってきたのに。

①時間または予算がなかった
②専門のシナリオアナリストに見せなかった

①はありそうにない。②は、アナリストに見せるとみんな同じような話になってしまうらしいので考えられなくもないが、面白くない。

そこで、こんなのはどうか。
③粗のある脚本で、演出の力技だけでどこまで通用するか試してみたかった


まあまったくの想像だが。


蛇足だが、キャットウーマンのネコミミがゴーグルを兼ねているというギミックが良かった。

2012年8月20日(月)
プロパガンダって恐ろしいね€

WOWOWノンフィクションWで『幻のニュースフィルムが伝える太平洋戦争 ~インドネシアで映画を作り続けた男たち~』を観た。
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/101384/

太平洋戦争中、日本の軍政下にあったインドネシアでは、日本人映画スタッフが派遣されて現地人向けのニュース映画を作っていた。
その足跡をたどるドキュメンタリー。
ニュース映画というのは、要するに日本の大義と連合国の非違を宣伝し、アジアの団結を訴えるプロパガンダである。
完成した映画は巡回上映の形でインドネシア各地を周り、住民の教化策となった。

そのこと自体は事実だし、歴史認識に異を唱えるつもりもないのだが、問題は別にある。

その巡回上映の様子が、再現映像なのだ!
そこに「日本軍はこうして、現地の人々の不満や怒りを自分たちから逸らしていった」とナレーションが被さる!

それをプロパガンダって言うんだよ!

プロパガンダ映画を糾弾する番組がやっぱりプロパガンダになってるというメタな皮肉。恐ろしいというか笑っちゃうのは、作者がそれにまったく気づいていないという点だ。

真面目に考えると、それこそが映像表現の持つ力であり、本質的な問題なのだ。だからこそ観客は絶対に騙されないという気概を必要とする。

蛇足ながら、『UN-GO episode:0 因果論』を観た後だと、なおさらに感慨深い。

2012年8月7日(火)
簡易更新

『009 RE:CYBORG』の実写版予告編を観て激しいデジャブを感じたのだが、やっと思い出した。



あれだ。OVA『機神兵団』の予告編だ。



この頃のOVAって豪快だったなあ。それにつけてもニコニコ動画って凄い。

小学生のころは巻き舌ができなかったので『名犬ジョリィ』が歌えなかった、という余計なトラウマまで思い出した!



なお、今年は夏コミはパス。時間はともかく精神的に無理っぽい。

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