更新履歴と周辺雑記

更新履歴を兼ねて、日記付け。完結していない作品については、ここに書いていきます。

2008年4月29日(火)
最近観た映画

「クローバーフィールド」
話題の怪獣映画版「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」も一発芸的な映画だったが、なるほどジャンルごとにこの手があったか。
手持ちカメラによる一人称という技法はさておき、何よりちゃんと「怪獣映画」であることに感動する。つまりそれは巨大さであったり無敵さであったり都市破壊者という属性であったり、かの悪名高い「GODZILLA」できれいに忘れ去られていた部分である。
一方でこれだけは本家に及ばないのが、デザイン。
パンフレットの監督の談話で、デザインについて述べた部分。
「ネヴィル(・ペイジ。デザイナー)のビデオを見て驚いたのは、彼がすべてのものに対してリアルな見解でアプローチしているところでした。存在しない生物を造り出すのに、その肉体的構造や、筋肉組織、骨格などについて説明ができるんです」
「デザインだけを考えるのではなくて、それがどうやって歩くのか、呼吸の仕方は、皮膚はどんな感じで、どういう生活をするのかといったすべてを考え抜いているのです」
大伴昌司の洗礼を受けている我々は、怪獣の腹の中なんてエネルギー袋でもあれば十分なのだが、連中にとってはこれが、巨大生物というものを成立させ得るぎりぎりのリアリズムなのだろう。
我々が怪獣に期待する美しさ、神秘性、そして悲哀を彼らが理解する日は、永遠に来るまい。第一、英語には怪獣を意味する単語がないし。
ところで、盛大にカメラが揺れるので酔う人が多いそうで、劇場係員からあらかじめ、後方の席に座った方がよい、と忠告を受けた。中央やや後ろあたりに陣取って、それかあらぬか私は平気だったが、確かに中座する人が目立った気がする。

「フィクサー」
今さら、大企業や法律事務所が悪いことしているなんて大声で言うことでもあるまいし、役者の演技を楽しむだけが見どころの映画。にしても、今どきトリックとも言えないあのオチはあるまいよ。

2008年4月27日(日)
今 敏監督最新作

TAFで発表された今 敏監督の新作。



すみません、嘘です・・・・・・・・・・・。


この「夢みる機械」は諸星大二郎初期の短編で、主人公の周りの人間全員が身代わりロボットに置き換わり、本体はある場所で願望の通りの夢を見ている、という「カリガリ博士」みたいなお話し。
確かに今 敏監督向きの話ではあるな。

2008年4月20日(日)
祝 「BLOOD+」実写映画化

すみません、嘘です。

でももし実現したら、ジュリアさん役はこの人に決定。
「タロットカード殺人事件」のスカーレット・ヨハンソン。
どうです、これ。





今回このネタをやりたいだけの理由でDVD借りてきたんだけど、ウッディ・アレンって意外にアップを撮らない人なんだな。
ついでにもう一つ。「BLOOD+」は本放送の時から、1話だけが異常に出来が良いと思っていたのだが、演出・絵コンテが今をときめく松本淳だった。なるほど。調べてみたら、1話と最終回だけを直接担当している。まるで総監督。

2008年4月16日(水)
アニメギガ 板野一郎

録りだめておいたのを視聴。

板野サーカスを、@カメラワーク、Aミサイル、B広角レンズのキーワードから説明していて、この番組としてはこれまでにない内容の濃さ。以下、「 」内の発言は大意。

特に面白かったのは、実際に作画してみた「よくあるミサイル」と「板野ミサイル」の比較。

よくあるミサイルは進路変更が急激・鋭角で、逆に噴煙の動きに乏しい。板野ミサイルの方が進路変更が緩やかで自然なのが意外。

「噴煙を動かしてやることで、奥行きが表現できる。(下手くそな板野フォロワーは)巧くできないからやたらとミサイルの数を増やしたりメチャクチャに動かしてみるが、そうじゃないんです。一本でも二本でも、流れがキレイなら板野サーカスになるんです」

動きの激しさ速さばかりに気をとられがちだが、噴煙を動かすことで空間の奥行きを表現するのが、板野サーカスの神髄なのですな。

もう一つは、最新作「ブラスレイター」の演出を、修正前後の絵を見せて解説した場面。

「ミサイルを発射したあと、左下の空間が寂しいから、こうやって噴煙を手前に動かしてやる。噴煙が(画面手前に流れて)はけるのに合わせて、画面奥に(視線を誘導して)爆発させてやる」

アニメーターとは、絵描きと役者と監督とカメラマンと照明さんを合わせたような特殊技能者だと岡田斗司夫氏が言っていたが、板野さんの方法論は完全に演技指導の部類。

でも、板野さんは普通にジャパニメーションて言うんですね。

2008年4月14日(月)
「空の境界 第三章」

だいぶ前の話だが、新宿で観てきました。池袋でも公開していたのだが、そちらはDLP上映。やっぱり劇場公開している時くらいはフィルムで観たい。

パンフレットの奈須きのこインタビューから。太字は引用者による。

−アクションシーンが苦手という作家さんもいますが、奈須さんはとても緊迫感のあるリアルなアクションを描かれますね。
「嬉しいですが、そう珍しいものでもないと思いますよ。アクションというか動きがあるシーンには、書かなければならない嘘と切り捨てなければならない嘘があると思うんですよね。単純な銃撃戦や格闘戦でも全体をすべてきめ細かく描写すればリアルだけど勢いがないし動きが止まって見えてしまう。なので、視点のカメラを合わせるのは主人公だけにしようと。主人公の動きの描写を中心にして、主人公から見て何が起きたかを書こうって当時は考えていました。」

映像の基本、デフォルメと省略。福井晴敏あたりにも言えることだけれど、読んでいて映像が浮かぶ文体というものがある。物語の原体験が映像という世代ゆえか。ちなみに福井は’68年、奈須は'73年生まれ。あ、私も同世代だ。

−観た時に「分からなかった」という感想を抱くところからも楽しめるアニメかもしれませんね。
「僕が『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』を見た頃、小学生くらいだったんでよく分からなかったんです。でも妙に気になるんですよね、あの不思議な雰囲気が。なんだか怖いんだけどもう一回見たい。それで二回、三回と見ていくうちに理解度が上がっていって「これはとんでもない話だぞ」と大ファンになっちゃいました。」

「Fate/hollow ataraxia」のプロットが「ビューティフル・ドリーマー」に似ている、というのは以前から指摘されていたようだが、「下敷きにしている」というのは言い過ぎにしても、影響を受けているのは間違いないといったところでしょうか。



恥ずかしながら、6月24日追記。
実は、本家のテアトル新宿でもDLP上映だった。
池袋のテアトルダイヤが「デジタル上映」とわざわざ告知しているのは、本来この映画館はDLPプロジェクタは持ってないのに、本作の上映のために特に調達したからなんだって。

2008年4月12日(土)
花のキャンパスライフ

お久しぶりです。回線復旧しました。
この春から大学院生となり、給料泥棒ぶりに拍車がかかっております。

さて、いい加減大人になれという世間の風当たりをものともせず、12年ぶりの学生生活を開始したわけだが、毎週山のようにやってくる英語論文を前に、履修要覧をにらみながらブルーになる今日この頃。
手始めに講義のガイダンスを受けて、教授陣から修士論文の書き方をレクチャーされたのだが、その中で印象深かった言葉を2つ。

その1。
「論文を書くことは、音楽を作ったり映画を撮ったり小説を書いたりするのと同様の、クリエイティブな作業。ただ、感性でなく理論に訴えるだけ」

その2。
「優れた論文とは、小さな窓から大きな風景を見るものである」
修士論文は、少なくともその論題に関しては日本で一番詳しい、というものでなければならない。博士論文なら世界で唯一というレベルが求められる。そのためには、広く浅くよりも深く深く掘り下げなければならない。似たようなことを研究している人は必ずいるので、世界最初となると必然的に、テーマが細分化されていく。これが「小さな窓」である。
最近の優れた論文に、民間軍事会社を調べたものがあったという。民間軍事会社というのは読んで字のごとく、軍事業務のサービスをおこなう民間会社、平たく言えば現代の傭兵である。軍務の民間委託は、元々は事務仕事のアウトソーシングといったレベルだったのが、警備や輸送、訓練など次第に関与を深め、近年では占領下のイラクで警備を請け負い悪名を轟かせている会社もある。
国家は、歴史的にその業務を次々と民間に受け渡してきた。鉄道、通信、酒や塩の専売、郵政、警察(駐車違反取り締まりの民間委託とか)。そのうち、これだけは民間には任せられないと言われていたのが、安全保障すなわち軍隊である。民間軍事会社の存在は、その常識を揺るがす。つまり民間軍事会社の研究は、国家から安全保障業務を取り上げることができるのか、もしできるのなら、そもそも国家とは何なのか、という問いに発展するのである。これが「大きな風景」。

なるほど、映画と一緒だ。以前に、こんなことを書いていた

ともあれ、今年度もよろしくお願いいたします。

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