更新履歴と周辺雑記

更新履歴を兼ねて、日記付け。完結していない作品については、ここに書いていきます。

2020年1月16日(木)
最近の映画

ここしばらく、映画をあまり観ていない。
CGだらけのアメコミ映画は基本観ないし(『ダークナイト』を観ておけば十分だ)、ドラマの録画がなかなか消化できないので。
この正月は、良い映画がまとめて公開されたので久しぶりに2日で3本の荒行に出た。この年になるとこれでも強行軍なのだ。若い頃はオールナイト込みで2日で7本観たことがあるが、あれはおすすめしない。

『パラサイト 半地下の家族』
カンヌでグランプリ受賞の、ポン・ジュノ監督の新作。
前作の『スノーピアサー』は今ひとつだと思ったのだが、これは世評以上の面白さ。監督がネタバレ厳禁と再三言っているので詳細は省くが、どうしようもない社会階層の差を象徴するのが「臭い」だというのがうまい。最後に主人公の感情が爆発するきっかけが、思わず鼻をつまんでしまうことなのだ。ポイントは目に見えない、つまりフィルムにうつらないものだというところ。
すなわち映画では表現できないはずのものがキーになっているのである。これがはっきり目に見えるもの、例えば服装だったら陳腐になってしまったろう(ましてや肌の色だったりしたら)。

ところで、『グエムル』を観たときも気になっていたのだが、ポン・ジュノ監督は娘に冷淡である。『グエムル』は怪物にさらわれた娘を救おうと孤軍奮闘する父親の話だったが、結局娘は死に、代わりに息子を手に入れる。本作も似たような展開になる。また、『母なる証明』は息子のために殺人に手を染める母親の話。  
韓国社会の風潮の反映なのか、監督個人の資質なのか。


〇『フォードVSフェラーリ』
世評と逆に、退屈な映画だった。IMAXで観たのにクライマックスのレース中に寝てしまった。
何が退屈って、体育会系の脳筋バカしか出てこない頭の悪い映画だからである。腕と度胸のある奴が勝つ。カーレースってそんな簡単なものなのか?
パンフのインタビューによると、監督はウエスタンをやりたかったらしい。なるほど、現場と経営陣の対立は、カウボーイと東部エスタブリッシュメントの反目と見れば納得できる。だが私が観たかったのは、レースの戦略と駆け引きであり、新車開発のための知恵と工夫なのだ。作中で毛糸による気流観察をしていたが、あんなのは昔からどこでもやっていることである。

たまたま先日、NHK-BSでホンダのF1参戦を扱ったドキュメンタリーを観た。エンジン出力を上げるために回転数を上げたところ、ドライブシャフトが折損する事故が相次いだ。技術陣は、ホンダジェットを作った社内のジェットエンジン技術者にアドバイスを求めた。ジェットエンジン技術者に言わせると、「なぜこれで無事に回っていたか分からない」という代物だったそうで、ドライブシャフトの太さやベアリングの支持位置を改善して問題を解決した。
ジェットエンジン部門を持たない他のエンジンメーカーはどうしているのかという疑問も浮かぶが、これが知的興奮というものである。
この映画にそれはない。
唯一グッときたのは、フォード社長の描写。フェラーリに侮辱され、ル・マンで勝つとぶち上げるときの眼光。初めてレーシングカーに乗せられ、「父にも体験させてやりたかった」と涙する表情。演じたトレーシー・レッツの渋いバイプレイヤーぶりが、本作の救いである。


『ダウントン・アビー』
TVシリーズの消化が終わっていないが、観逃すわけにもいかないので観てきた。たまには大画面で観る吹き替え版も良いものだ。
パンフレットの、時代考証アラステア・ブルースのコメントが面白かった。
昔の人は免疫がなかったから、あまり他人に触れなかったのだそうだ。私は、アメリカ映画が寄ると触るとハグするのが好きじゃないのだが、あれが近代の象徴だったのだな。

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