ストレートは変化球である

日本球界には、ストレート信仰と言うべきものがある。いつだったか、清原選手が決め球にフォークボールを投じた投手を口汚く罵ったことがある。ストレートこそが力の勝負であり、客もそれを期待している−という考えが背景にある。

ストレートに、球速表示よりも速く感じる場合がある、というのはよく知られている。「キレがある」とか「伸びる」という奴だ。なぜ、同じストレートに違いがあるのか?

ストレートとは実は、変化球の一種なのだ。そもそも、野球英語にストレートという球種はない。単にファストボールと言う。
そこには「速球」という意味のみで、「まっすぐ」という意味はない。投手の手を離れたボールは、重力に従って放物線を描いて落下する。しかしストレートは、バックスピンをかけられることで、上下の気流の速度に差が生じ、上向きの揚力を得る。(下図参照)

この揚力は、重力に勝るほど大きくはないのでやはりボールは地面に落ちるが、揚力のない場合より落ちにくい。これが、「キレがある」「ホップする」「手元でのびる」という感覚の正体である。

ちなみに、以前Newtonで読んだ記事によると、速度が160km/hでスピンがある程度以上(数字は失念した)なら、計算上は本当にホップする可能性があるとか。

これを裏付ける証言がある。3000本安打の張本勲が、400勝投手の金田正一のボールについて、「速すぎて一瞬止まって見えた」という不思議な感覚を語っているのである(二宮清純「最強のプロ野球論」より)。上図を参照していただきたいが、キレのあるボールはバッターの目から見て上下の落差が少ない。人間の目は、移動しないものについては鈍感である。キレのあるボールは、空中の一点をまっすぐ接近してくるように見えるため、静止しているように感じたのではないだろうか。

以上の議論でお解りのように、ストレートは変化球であり、フォークやカーブと何ら変わることはない。ストレートこそが力の勝負、という思いこみはそろそろ捨てたらどうだろう。

ところで、キレのあるボールを、初速と終速の差が少ないボールと説明することがあるが、私はこれは疑問に思っている。水平方向の速度は、速度に比例する空気抵抗を受けるだけなので、どんな球でも同じように減速していくはずだからだ。

もっとも、野球のボールには縫い目がある。この影響については、まだまだ解析が必要なのだろう。

なお本稿は、ひぐちアサ「おおきく振りかぶって」を大きく参考にしています。

追記(06.4.30)
ロバート・アデア「ベースボールの物理学」(紀伊國屋書店)という本を発見。これと同じ話が載っている。

追記2(06.5.9)
前掲書読了。目からウロコが落ちまくり。もう少し整理するが、とりあえずメモしておく。
・回転によって生じる進行方向に直交する力は、マグナス効果と言い、ベルヌイ効果とは別物。
・野球のボールの速度は、ちょうど周囲の気流が層流から乱流へと遷移する速度域にある。
・層流から乱流への遷移は、ボール表面の状態によって決まり、滑らかなボールよりも凸凹のボールの方が、低速で乱流へ遷移する。
・空気抵抗は、速度の2乗に比例する。
・同じ速度なら、乱流の方が空気抵抗が少ない。
・マグナス効果は、低速の方が強く作用する。

簡単に言うと、「球速は速いがキレがない」のではなく、「速い球ほどキレがない」のである。速い球はマグナス効果の作用が小さく、かつ作用する時間が短いためだ。ただし、打者まで到達する時間が短いので、打ちづらいことに変わりはない。思い出されるのは、ホークスの和田の球だ。球速表示では140kmに満たないのに、非常に打ちづらいと言われる。おそらく、マグナス効果によるキレと、空気抵抗による減速率のちょうど最適のポイントを実現してしまったのだろう。