投手の評価


投手の能力は、通常は防御率、勝ち星、抑え投手ならセーブポイントで評価されてきた。勝ち星やセーブの多い投手は、当然年俸が高い。つまり、アスレチックスには雇えない。では、どうするか?

ボロス・マクラッケンという人物がいる。法律事務所に勤めているが、趣味でローティッセリー野球ゲームに没頭した。彼はあるとき、「投手力と守備力をはっきり区別することはできない」とする仮説を読んだ。どこまでが野手の守備の責任で、どこからが投手の責任か、明確に線引きすることが困難で、従って投手の能力を過不足なく見定めることは不可能だ、という趣旨だった。
この仮説に疑問と興味を抱いたボロスは、投手が単独で関わったデータ(与四球、奪三振、被本塁打)と、野手の守備が絡むデータ(被安打、失点)を区別して考えることにした。そして、投手単独のデータのみでメジャーリーグの全投手をランク付けした。
1999年のデータを元にすると、トップ5はランディ・ジョンソン、ケビン・ブラウン、ペドロ・マルチネス、グレッグ・マダックス、マイク・ムシーナだった。
名だたる投手ばかりである。ボロスはこの結果に、新たな疑問を抱いた。「与四球、奪三振、被本塁打だけで投手の実力を評価できるのなら、他のデータには何の意味があるのだろうか?」という疑問である。
さらに調べていくと、同じ投手であっても、被安打率は毎年変動が激しいことが判った。逆に、与四球、奪三振、被本塁打は、年によってあまり増減しない。
一般に、マダックスのような大投手は、打たせて取るのがうまいと言われている。ところが、そういう従来の常識は、実際の記録と一致していない。マダックスやジョンソンが球界でもワースト級の被安打率を記録している年もあるのだ。

ボロスはここから、きわめて大胆な推理を導いた。
ホームラン以外のフェアボールは、ヒットになろうとなるまいと、投手の責任ではない。
ホームランを防ぐことはできる。
三振を取ることも、四球を出さないこともできる。
逆に、投手にできるのはそれだけである。

ボロスは、データを元に、この仮説を間違っている、と証明できるかどうか検討してみた。
しかし、反証どころか、推理を裏付けるデータばかりが出てきた。

仮説の正しさを確信したボロスは、この説を発表した。数多くの研究家が疑問を呈し、間違いを証明しようとしたが、結局できなかった。

この考え方から考案されたのが、DIPS(Defense Independent Pitching Statistics)である。
詳細はこちらを参照。

ところで、この評価基準、どこかで見たことがないだろうか。コントロールがよく四球を出さない、ホームランを打たれない、三振を取れる決め球がある−。

そう、ストッパーの条件と言われる要素である。何のことはない、ストッパーの条件というのは、あらゆる投手に当てはまることだったのだ。

80年代以降の代表的な投手のデータを示す。(「日本野球25人 私のベストゲーム」(ナンバー編)より。DIPSは筆者が計算。ただし、数でなく率で計算しているので、あくまで目安)

四死球率 奪三振率 被本塁打率 DIPS
西本聖 2.13 4.17 0.88 12.69
江川卓 2.26 6.62 1.23 12.73
北別府学 2.18 5.08 1.1 13.88
斎藤雅樹 2.41 6.47 0.75 7.24
上原浩治 1.4 7.96 1.05 5.13
松坂大輔 3.85 8.55 0.73 7.14

与四球の少なさ、奪三振の多さから見て、上原が出色の投手であることが判る。ただし実働年数を考慮すると、80年代以降最高の投手は斎藤雅樹と見て、間違いあるまい。
ちなみに、80年代以降の投手の勝利数ベスト5と防御率は以下の通り。勝利数が、いかに投手の能力以外に依存しているかが、うかがえる。

勝利数 防御率
工藤公康 212 3.35
斎藤雅樹 180 2.77
星野伸之 176 3.64
山本昌 180 3.32
桑田真澄 172 3.53