出塁率について
打者の能力を評価するには、長らく打率が用いられてきた。しかし、これは本当だろうか。
まず、打球がヒットになるかどうかは、敵の守備陣形に大きく左右される。鋭い当たりでも、野手の正面に飛べばアウトだし、当たり損ねでも、野手の間に飛べばヒットになる。また、打撃の目的は何だろうか。ヒットを打つことでもなければ、もちろん打率を上げることでもない。得点することである。野球は点取りゲームであり、得点しなければ勝てないのだから。打率は、試合の勝敗や局面に関係なく、ヒットを打てば上がるのだから、打者がいかに得点に寄与したかを、必ずしも反映していない。
では、打点はどうだろう。これも欠点がある。打点がつくかどうかは、打順と状況に影響を受ける。投手の後を打つ1番打者に打点がつくことはあまりないだろう。一方、無死3塁なら、打者は内野ゴロでも外野フライでも打点をあげられる。しかし、褒められるべきは打者だろうか。むしろ、出塁して生還した走者の方ではないか。
近年の野球理論は、こうした反省から、得点する能力を基準に打撃の評価軸を2つ設けた。
「出塁する能力」と「走者を進める能力」である。出塁すれば得点のチャンスが増えるし、長打を打って走者を進めれば、より効率よく得点できる。ホームランなら申し分ない。これが出塁率と長打率であり、これらを合計してOPSという指標ができた。
さて、ここまではメジャー球団どこも考えることである。アスレチックスは−正確には、名物GMビリー・ビーンの懐刀である統計アナリストのポール・デポデスタは、この考えをもう一歩推し進めた。OPSは出塁率と長打率の合計であるから、OPSを上げるには、出塁率と長打率のどちらを上げてもよい。しかし、より重要なのはどちらだろう?
デポデスタは、様々な検討の結果、出塁率の方が、それも3倍も重要であるという結論を得た。野球は、27個のアウトを取られるまでは終わらないゲームである。出塁率とは、アウトにならない確率だ。従って、出塁率が高いほど、ゲーム終了の可能性を遠ざける。すなわち、勝つチャンスを失わずにすむということだ。このときから、アスレチックスのフロントは、出塁率を異様に思えるほど重視するようになった。
一般的に、長打率の高い選手、すなわちホームランバッターは出塁率も高いのが普通である。長打力のある選手は、相手投手が警戒するので四球が増えるからだ。そうした選手は、当然打点も多く旧来の評価法でも一流の選手である。従って、彼らの年俸はきわめて高額になる。ところが、アスレチックスは、逆さに振っても鼻血も出ないほどの貧乏チームである。よって、一流選手は雇えない。ではどうするか?その答えが、出塁率の重視である。出塁率は、打撃もさることながら四球を選ぶ能力に大きく左右される。四球数などという地味な成績は、これまで誰も注意を払わなかった。しかし、この能力−選球眼と言ってもいいが、これは完全な天賦の才らしく、大学野球時代に出塁率が高い選手は、プロに入っても同じような成績を示すという。逆に長打率は、プロ入り後に伸ばすことも不可能ではない。逆に言うと、長打率はないが出塁率は高い、という選手もいるのである。そんな選手は注目されないので、年俸が安い。彼らを集めれば、安上がりに得点力の高いチームが作れる−。これが、アスレチックスの戦略である。そんなわけで、アスレチックスには3つの鉄則ができた。
「1 打者はすべて、1番バッターの気構えで打席に入り、出塁を最大の目標とせよ。
2 打者はすべて、ホームランを放つパワーを養え。本塁打の可能性が高ければ、相手ピッチャーは慎重になるので、四球が増え、出塁率が上がる。
3 プロ野球選手になるだけの天賦の才がある以上、打撃は肉体面より精神面に深くかかっていると心得よ。少なくとも、教わることができるのは、精神的な要素のみである。」
出塁率がいかに得点に関わっているか、実例を示そう。(やっとここまできた。)
下表は、2005年のセ・リーグ各チームの成績である。(ベースボールレコードブック2006より抜粋)
打率 | 得点 | 塁打 | 四球 | 盗塁 | 長打率 | 出塁率 | OPS | ||
2005 | ヤクルト | 0.276 | 591 | 2024 | 311 | 65 | 0.402 | 0.323 | 0.725 |
広島 | 0.275 | 615 | 2160 | 357 | 51 | 0.432 | 0.329 | 0.761 | |
阪神 | 0.274 | 731 | 2105 | 523 | 78 | 0.412 | 0.345 | 0.757 | |
中日 | 0.269 | 680 | 2012 | 524 | 101 | 0.409 | 0.342 | 0.751 | |
横浜 | 0.265 | 621 | 2006 | 425 | 37 | 0.401 | 0.328 | 0.729 | |
巨人 | 0.26 | 617 | 2048 | 407 | 38 | 0.41 | 0.321 | 0.731 |
つとに指摘されていることだが、チーム打率がトップのヤクルトは、肝心の得点は最下位である。そして出塁率は下から2番目。特に四球の少なさが際だって目立つ。広島、巨人も出塁率は低いが、その分を長打率で補っていると考えられる。阪神、中日の四球の数は圧倒的である。これだけ走者を余分に出しているのだから、得点が多いのもうなずける。一方、得点とあまり相関が見られないのが盗塁である。中日は盗塁が多いが、阪神はヤクルトとあまり変わらない。
やや話が飛ぶが、マネーボール理論の元では、(アウトカウントを増やしてしまうので)送りバントを滅多にしない。それをもって、本塁打頼みの大味な野球と批判がなされることが多いのだが、ここまで読めばおわかりの通り、出塁率重視とはアウトにならない、つまり打線のつながりを重視した戦略である。一発頼みで振り回す野球とは対極にあるのだ。
以下は蛇足。近年、ゲーム理論による研究から、最強の打者は2番に置くのが一番効率よく得点できる、という結果が発表された。最強の打者に最も多く打席が回るようにすべきだからである(かと言って1番では、投手の後なのでチャンスに回ってこない可能性が高い)。広島のブラウン監督が前田を2番に据えていたのは、この理論が念頭にあったのではないかと思われる。