改めてクライマックスシリーズを考える


2010年のプロ野球は、千葉ロッテマリーンズが初めてシーズン3位から日本シリーズに進出し、「史上最大の下克上」を成し遂げた。しかしまたぞろ、3位チームが日本一を名乗ることへの異論が散見される。私は、断固としてクライマックスシリーズ制度を支持する。
改めて、その意義を考えてみたい。

@ 借金チームがプレーオフに進出する事態は、メジャーでも起こりうる
現行CS制度は、メジャーのプレーオフを参考に導入されたものである。メジャーでは1リーグを3地区に分け、それぞれの地区優勝チームとワイルドカード1チーム(各地区の2位チームのうちもっとも勝率の高いチーム)がプレーオフに進出する。CSに反対する意見の代表的なものは、「メジャーのプレーオフ進出チームはあくまで地区優勝チーム。ワイルドカードは、他地区の優勝チームより勝率に勝る場合がある。だからプレーオフに進出する権利がある。CSの3位チームは、プレーオフ進出にふさわしい成績とは言えない」というものだ。
だが、これは1つ見落としている。メジャーの各地区は、1リーグを3つに分けたものだ。したがって、いずれかの地区に強いチームあるいは弱いチームが固まってしまった場合、制度上借金チームが地区優勝してしまうことがあり得るのだ。下表は、2000年以降のアメリカン、ナショナル両リーグの上位チームを、地区を分けずに表示したものだ。見れば一目瞭然で、リーグの上位4チームがプレーオフに進出したのは、延べ13回。ほぼ半分だ。両リーグともに上位4チームだけでプレーオフを行ったのは、2002年、2004年および2010年の3回のみ。

POはプレーオフ出場資格。東・中・西は各地区優勝。Wはワイルドカード。◎はワールドシリーズ優勝を示す。

リーグ チーム PO 優勝
2010 ア・リーグ レイズ 96 66
ヤンキース 95 67
ツインズ 94 68
レンジャーズ 90 72 西
ナ・リーグ フィリーズ 97 65
ジャイアンツ 92 70 西
レッズ 91 71
ブレーブス 91 71
2009 ア・リーグ ヤンキース 103 59
エンゼルス 97 65 西
レッドソックス 98 67
レンジャース 87 75
ツインズ 86 76
タイガース(参考) 86 76
マリナーズ(参考) 85 77
ナ・リーグ ドジャース 95 67 西
フィリーズ 93 79
ロッキーズ 92 70
カージナルス 91 71
2008 ア・リーグ エンゼルス 100 62 西
レイズ 97 65
レッドソックス 95 67
ヤンキース 89 73
ホワイトソックス 89 74
ツインズ(参考) 88 75
ナ・リーグ カブス 97 64
フィリーズ 92 70
ブルワーズ 90 70
メッツ 89 73
アストロズ 86 75
カージナルス 86 76
マーリンズ 84 77
ドジャース 84 78 西
2007 ア・リーグ レッドソックス 96 66
インディアンス 96 66
ヤンキース 94 68
エンゼルス 94 68 西
ナ・リーグ ダイヤモンドバックス 90 72 西
ロッキーズ 90 73
フィリーズ 89 73
パドレス 89 74
メッツ 88 74
カブス 85 77
2006 ア・リーグ ヤンキース 97 65
ツインズ 97 66
タイガース 95 67
アスレチックス 93 69 西
ナ・リーグ メッツ 97 65
ドジャース 88 74 西
パドレス 88 74
フィリーズ 85 77
カージナルス 83 78
2005 ア・リーグ ホワイトソックス 99 63
ヤンキース 95 67
エンゼルス 95 67 西
レッドソックス 95 67
ナ・リーグ カージナルス 100 62
ブレーブス 90 72
アストロズ 89 73
フィリーズ 88 74
メッツ 83 79
マーリンズ 83 79
パドレス 82 80 西
2004 ア・リーグ ヤンキース 101 61
レッドソックス 98 64
ツインズ 92 70
エンゼルス 92 70 西
ナ・リーグ カージナルス 105 57
ブレーブス 96 66
ドジャース 93 69 西
アストロズ 92 70
2003 ア・リーグ ヤンキース 101 61
アスレチックス 96 66 西
レッドソックス 95 67
マリナーズ 93 69
ツインズ 90 72
ナ・リーグ ブレーブス 101 61
ジャイアンツ 100 61 西
マーリンズ 91 71
カブス 88 74
2002 ア・リーグ ヤンキース 103 58
アスレチックス 103 59 西
エンゼルス 99 63
ツインズ 94 67
ナ・リーグ ブレーブス 101 59
ダイヤモンドバックス 98 64 西
カージナルス 97 65
ジャイアンツ 95 66
2001 ア・リーグ マリナーズ 116 46 西
アスレチックス 102 60
ヤンキース 95 65
インディアンス 91 71
ナ・リーグ アストロズ 93 69
カージナルス 93 69
ダイヤモンドバックス 92 70 西
ジャイアンツ 90 72
ブレーブス 88 74
2000 ア・リーグ ホワイトソックス 95 67
アスレチックス 91 70 西
マリナーズ 91 71
インディアンス 90 72
ヤンキース 87 74
ナ・リーグ ジャイアンツ 97 65 西
カージナルス 95 67
ブレーブス 94 67
メッツ 94 68


はなはだしいのは2008年ナ・リーグ西地区優勝のドジャースで、「ワイルドカードより下」どころかリーグ全体の8位の成績に過ぎない。
さすがにまだ借金チームが地区優勝したことは現実にはないが、2005年のナショナルリーグ西地区優勝のパドレスの成績は、82勝80敗、勝率.504に過ぎなかった。リーグでは7位。ちなみにこの年、東地区ナショナルズは、81勝81敗の5割でも最下位だった。
さらに1994年には、テキサス・レンジャースが52勝62敗で首位に立っていたことがある。この年はストライキでシーズンが中断したため、公式には地区優勝はなしとなっている。→参考:地区全チーム負け越し

現実問題として、これらのチームがポストシーズンを勝ち上がりワールドシリーズに駒を進めるのは、困難なのではないだろうか。上記のドジャースもパドレスも、地区シリーズであっさりとスイープされて早々に姿を消している。「借金チームが日本一なんて」と、まだ起きてもいないことをあまり心配する必要はないと思う。

A ペナントレースで最高勝率を上げたチームを優勝とするのは、単なる制度に過ぎない
そもそも、ペナントレースで最高勝率を上げたチームを優勝とするのは、「ルールでそう定めているから」に過ぎない。
2001年のセ・リーグでは、勝率でなく勝ち星が一番多いチームを優勝とする方式が採用された。引き分け数の関係で、勝率と勝ち星が逆転してしまい、最多勝利を挙げたチームが優勝できない事態が生じたからである。試合消化の差から「隠れ首位」という現象が起き、わかりにくいと不評で1年で改められてしまったのは記憶に新しい。実際、今年のパ・リーグで勝ち星が一番多いのは2位の西武ライオンズである。これからも、優勝は制度に過ぎないことはわかるだろう。
もちろん、長いペナントレースで最高の勝率を記録したチームがもっとも強いから優勝にふさわしいという意見には、高い蓋然性がある。だがそれなら、日本シリーズはどうだろう。長いペナントレースでリーグ優勝チームを決めたのに、たった7試合で日本一を決定するこの制度に、蓋然性はあるだろうか?現実には、日本シリーズを制したチームを日本一とすることは広く受け入れられている。これまた、そういう制度になっているからだ。


B 選手にもファンにもいいことずくめ
これは私の主観で、ちゃんと統計を取ったわけではない。しかしクライマックスシリーズ導入以降、顕著に減ったものがある。
シーズン終盤の、個人タイトル争いのための敬遠合戦だ。

1984年、本塁打王争いをしていた中日・宇野と阪神・掛布が最終2試合で対戦したが、お互いに10連続敬遠でタイトルを分け合った。最終戦を前に、セ・リーグ会長から敬遠をしないよう警告文が出ていたにもかかわらず無視され、リーグは2人を表彰した。
1982年の首位中日と大洋の最終戦では、大洋・長崎と首位打者を争っていた中日・田尾は5打席全て敬遠された。この試合は、中日が勝つか引き分ければ優勝、もし大洋が勝てば2位巨人が逆転優勝という大一番だった。田尾を無意味に出塁させた大洋は当然のように0対8で完敗し、中日が優勝した。巨人からは抗議もなかったが、これはもはや野球協約で禁じる敗退行為、すなわち八百長だと断ずる声もある。
2001年には近鉄・ローズが王の持つシーズン55本塁打の更新に挑戦し、その王の率いるダイエーから四球攻めにあった。王が指示したわけではなかったとされるが、シーズン後に実際に敬遠を指示した若菜バッテリーコーチが辞任した。
逆に2002年には西武・カブレラが、少しでも多く打席に立つために1番で出場した。
本塁打ばかりではない。1998年、ロッテ・小坂と西武・松井稼が盗塁王を争ったとき。小坂はわざわざスタメンを外れて代走で出場。西武投手は牽制を悪送球した。この悪送球も故意の可能性が高いが、小坂は進塁しない。すると投手は故意にボークを犯して、小坂を2塁に進ませる。ベース上にはショート松井が張り付いたまま。小坂は無理に3盗を試み、アウトになった。

こうした醜態が繰り返されるのは結局、優勝争いから脱落し、勝利へのモチベーションのないチームがプレーするからだ。

「どんな試合でも、野球はチームが勝つためにやるもので、1点を取るための進塁打、1点を守るための連係プレーにはいつでも価値がある。そういう野球本来の普通の形を無視して、個人の数字を追う野球が、ファンやマスコミの間だけではなく、ほとんどの監督やコーチ、選手の間でも正義になってしまっていることが問題なのだ。記録が掛かっているからと特別に勝負を強いたり、勝負を避けさせたりすることは、すでに普通ではない」
石田雄太『こんなプロ野球が見たい』(学陽書房、2003年)224ページ。

これが彼らの常識である以上、改善されることは決してない。組織の自浄作用に期待するのは、百年河清を待つようなものだ。
どうすればよいか?シーズン終盤までどのチームにも優勝争いができるようにすればよいのだ。そうすれば、勝利と関係のない采配、プレーが割り込む余地はなくなる。これは本来ならば、戦力均衡の話である。しかし、ぜいたく税と完全ウェーバー性ドラフトを導入しているメジャーでも、戦力均衡はそう簡単ではなく、どの地区にも常勝球団とお荷物チームがほぼ定着しているのが現状だ。まして日本においておや。
そこで、私はクライマックスシリーズの効用を主張したい。現に2010年シーズン、スワローズのどん底からの大躍進で、大いに盛り上がった。とにかく3位に入れれば望みがあるというなら、下位チームにも闘志がわく。それは選手には緊張を、ファンには感動を与えるはずだ。今年は阪神・マートンがイチローのシーズン最多安打記録を更新したが、敬遠による記録妨害は一度もなかったように記憶する。これは決して偶然ではないと、私は考えている。

C プロ野球が提供すべきは、優れた娯楽である
最後に、そもそもプロ野球の目的は何か?「最強チームを決定すること」ではない。それは手段だ。プロ野球の目的は、「日本国民に優れた娯楽を提供すること」である。
では、プロ野球が提供すべき優れた娯楽とは何か?
1つは超人的なプレーであり、2つめは白熱した優勝争いである。2004年のセ・リーグのように、オールスター前にマジックがつくようなペナントの何が楽しいか。特に昨今のセ・リーグは、1強2弱3問題外という勢力図が定着してしまい、優勝争いの興を削ぐこと甚だしい。優勝の可能性がなくなってモチベーションのないチームのプレーが、誰を興奮させられるだろう。これを解消するには、各チームの戦力均衡を図る必要があるのだが、そう容易ではない。完全ウェーバー性やぜいたく税を導入して経済格差の是正に努めているメジャーでさえ、現実には各リーグにお荷物チームが存在する。球団の戦力造成とはかくも難しいのだ。
そこでその有力な解決策になるのが、クライマックスシリーズだ。3位にまで入れば、日本一の可能性がある。そんな張り合いがあってこそのペナントレースだ。

「野球ではじつにさまざまなことが起きるが、はっきりしているのは、いいことは強いチームの中で起こり、悪いことは弱いチームの中で起こるということだ。強いチームの中では全員で勝つという目的がはっきりしているためにモラルが高く保たれるが、弱いチームの中ではそれがないためにモラルが崩壊してしまうからだ」
海老沢泰久『読売巨人軍の大罪』(講談社+α文庫、2002年)55ページ。