庭球場の情事

南北漢字 作



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1 序章
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歓喜の甲子園初優勝から4度目の夏が過ぎようとしていた。

松平孝太郎は大学の最終学年を迎え、来年の4月からは社会に踏み出さなくてはならない。
大学時代を振り返ってみるが、熱中するものもなく青春時代を謳歌したという感覚はない。
大学に入学してから暫くは野球を続けていたが、相手走者の本塁突入をブロックした際に手首を痛めて、それを契機に野球生活にピリオドを打った。
高校時代のように情熱を傾けることが出来なくなっていて、野球を止めることにも大きな後悔は残らなかった。
それからは、勉学に励むでもなく、他の学生と同じように人生の空白期間と呼ばれるような学生生活を続けていた。
心ときめく魅力的な女性との出会いもなかった。

外は残暑が厳しく、うだるような熱帯夜が続いている。
孝太郎は、冷房の効きが悪い部屋で一人悶々としていた。
いまだに就職先が決まらないのも理由の一つだが、それ以上に心に懸かることがある。
今、見つめている1通の招待状がその原因である。
この招待状は、大学の同じゼミの仲間から取り上げた。

奴の名前は安田という。
安田は金持ちのボンボン息子で、父親が社長を努める中小企業への入社が既に決まっている。
将来は社長の椅子が約束されているらしい。

安田とは単なるゼミ仲間で、そう深い付き合いではなかった。
ただ、体型が孝太郎に似て肥満体なので親近感があるらしく、向こうからよく話しかけてくる。
運動音痴なので、孝太郎のようにスポーツに秀でた者に一種の尊敬の念を持っているらしい。
金持ちなので、孝太郎としては適当に付き合っている。
ゼミの合宿のとき、酒に酔っぱらった安田と2人きりになったとき、この招待状を自慢気に見せつけられた。
その招待状にはこう印刷してあった。

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招待状
 第5回庭球大会を開催致します。
 今回こそは、皆様の期待を裏切りません。
 どうか奮ってご参加ください。
    日  時:8月27日 15:00〜
    出場選手:浅倉 南  (21歳)情智大学
         鮎川 美沙子(20歳)和瀬田大学
                      自由會代表
                       輪田 信一
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安田を問い詰めたところ、彼は和瀬田大学のOB達が主催する「自由會」の会員だということだ。
自由會については、孝太郎も小耳に挟んだことがある。
怪しげな薬を使って女子大生を手込めにするという悪い噂も流れている。
ただ、会員になるには相当な金が必要で、孝太郎とは別世界の話だと思っていた。
安田は、そのなかでも特別VIP会員で、この特別会員だけに今回の招待状が送付されたそうである。
これまでに4回このイベントがあったが、安田は全てに参加したということだ。

夏休みに入ってから、青山にある会員制のテニス倶楽部でこのイベントは行われている。
有名大学のミスキャンパス達と浅倉南がテニスの試合をして、敗者には恥辱の罰が科せられるということだ。
これまでずっと、浅倉は勝ち続けており、会員の間には不満が燻っているらしい。
ただし、このイベントも今回で最終回を迎える。
これまで30万円だった参加費が今回は50万円ということもあって、安田は大いに期待できそうだとにんまり笑った。

孝太郎は怒りをこらえきれなくなった。
上杉達也と浅倉南とは子供の頃からの友人で、それぞれ入学した大学は別だが今でもその友情は続いているものと確信している。
達也は大学を中退して、大リーグで奮闘しているが、ときどき電話で会話をすることがある。
高校時代と同じで、その話ぶりは相変わらず、はにかんだような感じである。
アメリカへ渡ってから1年目の冬に帰国したときに、高校時代の仲間と一緒に激励会を開いた。
「今年はマイナーだが、来年は大リーグで20勝だ」と励ましたものである。
浅倉とは家が近いせいもあり時々道で出会うが、軽く微笑んで、時には色々話かけてきてくれる。
2、3分の立ち話だが、その笑顔で疲れも癒される。
その浅倉がこんなイベントに参加しているとはとても想像できない。

孝太郎は我を忘れて安田を恫喝した。
安田も、これまでの温厚な孝太郎と雰囲気が違うと感じたのだろう。
そして、「これが明らかになったら、父親にも迷惑がかかり会社の信用も無くす。世間から後ろ指を指されて一生過ごすんだぞ!!」
という脅しの文句も応えたのだろう。
しぶしぶその招待状を孝太郎に差し出した。
孝太郎は思った。
自分しかできない。
なんとしても、浅倉を守り抜いてみせる、そして達也を救ってやろう。
そう固く決意するのだった。
アルバイトで稼いだなけなしの50万円と、安田から脅しとった会員証を握りしめ、青山にある会場へ向かった。
そこは、人工芝の室内テニスコートが完備された高級テニス倶楽部で、普段であればとても孝太郎が足を踏み入れるようなところではない。
孝太郎が受付に会員証と招待状そして50万円を渡すと、黒のスーツに身を包んだ案内係が飛んで来た。
疑いの眼は向けられなかった。

孝太郎は小部屋へ通され、そこで、入念に手荷物の検査が行われた。
どうやら、カメラとかビデオ類の持ち込みは禁止されているらしい。
その部屋で、今回のイベント観戦の注意事項を言い渡された。
要は、このイベントをスムーズに進行させてもらいたい。
もし、イベントを妨害するようなことがあったら即座に退場してもらうということである。
そして、このイベントについては一切秘密にしてもらいたい。
このことが守られない場合は、親族を含めて社会的な制裁を加えられるという脅しの文句も付け加えられた。
一応の説明が終わると、目、鼻、口の部分だけが切り抜かれた黒い覆面を渡された。
このイベントの参加者は、世間的にも名の通った家の子息ばかりであり、プライベートに配慮が必要らしい。

孝太郎が覆面を頭からすっぽり被ると、テニスコートへ案内された。
室内のテニスコートではあるが、観客席が100席ほどある。
人工芝の蒼さが眼に染みる。
まだ予定時刻の10分前であるが、既に40人程の黒覆面の男達が席に座って、イベントの開始を心待ちにしている。
3人の黒いスーツの男達が鋭い眼差しで会場を点検していた。
「それではごゆっくりご覧下さい。」
という案内役の言葉に促され孝太郎は指定された椅子へ着席した。
そして、37番と書かれたプラスチック制の番号札を渡された。
「それでは楽しんで下さい。幸運があるといいですね。」
と案内役は言うと、そさくさと次の仕事に取りかかった。

すぐに、赤色のバニーガール姿の女性がにこやかに飲み物を運んできた。
女性は全部で7人いる。
女性達は、全員違った色のバニースーツを着用していた。
どうやら虹の7色のスーツをそれぞれが纏っているようである。
コギャルとか風俗系というよりは、どちらかといえばお嬢様タイプの女子大生という感じの女性達ばかりである。
飲み物を運ぶために会場内を練り歩くと、それだけで艶かしい雰囲気を醸しだす。
孝太郎は、別世界にいるようで落ち着かないのが自分でも分かる。

孝太郎の後から、10人程の男が席に付いたとき、
「皆さんお待たせしました。定刻になりましたので、情智大学の浅倉南選手と、和瀬田大学の鮎川美沙子選手の試合を開始します。
それでは、選手入場です。皆さん、大きな拍手をお願いします。」
という声が聞こえた。
孝太郎は、ハッと頭をあげた。
いつのまにか、場内マイクを持った黒いスーツ姿の男がコート上に立っている。

拍手に迎えられて、2人の女性が入場してきた。
先に入場してきたのは、薄い水色の上着、そしてブルーのスコートに身を包んだ鮎川美沙子であった。
鮎川は、和瀬田大学の体育科学部に推薦枠で入学した女性である。
高校時代からテニスでは有名で、インターハイ優勝などの実績をひっさげて、鳴り物入りで和瀬田大学に入学した。
和瀬田大学入学後、すぐにプロ転向し、現在では世界ランキング100位前後の選手である。
実力は日本で5番目位だが、プロテニス選手の中では一番の美人であることもあり、テレビ等のマスコミにもよく出演している。
孝太郎も名前と顔は知っている。
鮎川は大きな歓声の中を、颯爽と歩いていく。

2人目は、確かに浅倉南である。
聡明そうな瞳を伏せながら、静かに入場してきた。
肩までの少しウェーブがかかった黒髪が、きらきら輝いている。
うつむき加減の頬がやや紅潮していた。
何なの間違いであって欲しいという願いは、儚く消え去った。

純白を基調として、黄色と紺の2本の線が肩先とスコートの裾に入ったテニスウェアを見事なまでに着こなしている。
清楚な浅倉にはとても似合っていた。
半袖のシャツの胸元が優しく膨らみ、膝上30センチのスコートからすらりとした長い脚が伸びている。
日焼けしていない両脚が眩しい。
愛らしい膝小僧が覗けて、足首がきゅっと締まっている。
純白のソックスが可憐さを醸し出している。
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2 回想
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何故こんなことになってしまったのだろうと、南は想う。
全ては、あの忌まわしいビデオテープからだった。

上杉達也とは昨年の年末に結ばれた。
クリスマスの日、1年目のシーズンを終えた達也を囲んで、上杉家で激励会を行った。
1年目のシーズンはマイナーリーグで過ごしたが、体力も付いてきてシーズン終盤には速球のスピ−ドも97マイル(156キロ)を超えた。
地元の新聞でも、来年の新人王候補として大いに期待が掛けられている。
南と達也、そして南の父、達也の両親の5人での激励会であった。
深夜まで、カラオケやプレゼントの交換などで大いに盛り上がり、その日は上杉家で全員泊まることとなった。

次の日の朝、南の父は営業のためそのまま喫茶「南風」へ向かったので、達也は南を家まで送り届けた。
南の家の前まで来ると、
「ちょっとお茶でも飲んでいったら…」
と南が顔を桜色に染めながら声を掛けた。
お互いに恋愛感情を抱いている男女が、2人きりで同じ家の中にいるとどうなるかは2人共よく分かっている。
その日、南のベッドで2人は初めてのときを迎えた。

高校時代に、キスは経験していた。
ディープキス、そして胸への愛撫も大学生になってから許した。
しかし、どうしても最後の一線は越えられなかった。
それは、どちらかというと達也に一歩踏み出す勇気がなかったというほうが正しい。

大学に入った頃は、野球部に所属していたものの高校時代のような情熱を持つことが出来なかった。
その後、大学を中退して大リーグに挑戦したが、南を幸福に出来る自信はまだなかった。
南を人一倍愛してるからこそ、南には幸せになってもらいたいという気持ちが強過ぎた。
それがこの1年である程度自信も湧いてきた。
達也には「女性を抱くからには、1生面倒をみる。結婚するのが前提だ。」という古典的な考えがあった。
それに引き換え、南には高校時代にキスした時から、いやもっと前だったかもしれないが、達也の花嫁になるものと心に決めていた。
もちろん、新田をはじめ多くの男性が自分に好意を寄せてくれている事は分かっていた。
しかし、南には達也以外の男性を受け入れる事など想像さえ出来なかった。

達也はゆっくりと南をベッドに横たわらせ、自分もその横に寝ると、南の髪をかき上げた。
瞳と瞳が互いを見つめる。
「みなみ…」
達也が、ゆっくり唇を重ねていった。

唇を触れ合うだけの淡いキスに始まり、次第に濃厚なディープキスへと移行していく。
お互いが相手の舌を求め、優しく絡ませ合う。
達也の手が南の胸へと移動し、やさしい愛撫が開始される。
「たっちゃん…」
南は、待ち望んでいたかのように、その愛撫を受け止める。
達也は、キスを続けながら、南のブラウスの釦を外していく。
純白のブラジャーが露わになると、その中に手を差し込んだ。
「うぅ…」
一瞬ぴくっと南の躰が震えた。

達也は、美乳を掬い上げるように包み込んで優しい愛撫を繰り返す。
唇はゆっくりと南の躰を降りていく。
透き通るような白い首筋に、唇を這わす。
南の胸は、好きな相手と本当に結ばれるという幸福感に満たされていた。
「ああっ、好きっ…」
ほんのり頬を紅く染め、素直に期待を口にする。

そんな南を見て、達也も愛しさを感じ興奮する。
背中に手を廻しブラジャーのホックを外すと、首筋から唇をさらに下へと向かわせる。
桜色の小さな乳首を口に含む。
「やん…」
南の反応が嬉しく感じられる。
舌で乳頭を転がし、もう片方の乳房をやさしい指使いで愛撫し続ける。

上半身への十分な愛撫を施すと、右手をスカートの中に差し入れていく。
スカートの裾を捲くりあげ、薄明かりの下にそのしなやかな脚を露出させていった。
太腿の内側に手を伸ばし、まるで宝物を扱うように柔らかい愛撫を行う。
そして遂にパンティの上から、神秘の部分をゆっくりなぞっていく。
「んぅ…」
南は、眼を閉じたまま愛しい行為に躰を委ねた。

達也は、下着越しに微かな湿り気を確認すると、南のスカートとパンティを脱がせた。
パンティが裏返り、その下に隠されていた淡く柔らかい恥毛が露わになる。
ベッドに横たわり、恥ずかしげに眼を閉じている南の裸身が眩しい。
白い肌もほんのり朱に染まっていて、なんとも言えない官能美を醸し出している。
達也は、自分も全裸になると、ゆっくり南の上へ躰を重ねていった。
左手は桃乳へ、右手は秘部へと忍び込ませる。
優しい愛撫を繰り返す。

「あっ、あっっ…」
押し寄せてくる妖しい期待感に、南の口から甘い息が漏れ始める。
2人は再び唇を重ね、激しく舌を絡ませ合う。
達也が唇を離し、南の耳元で囁く。
「愛してる…」
「みなみも…」
南が、恥ずかしげに肯いた。

承諾を確認して、達也は南の両脚の間に自分の腰を滑り込ませる。
そして、愛撫でほころんだ南の秘部に、ゆっくりと肉棒の先端を包ませた。
「あんっ…」
南が反応して、細い眉を折る。
もちろん南には初めての経験だった。
ついに訪れたこの瞬間、21年間守り通してきた大切な宝物を愛する人へ捧げることができる喜びに躰が震える。

達也は、少し力をこめて、その狭い秘門の扉を開けようとする。
「うぅ…やっ、たっちゃん…」
南が両手で達也の腕を掴み、きゅっと力を込める。
そんな仕草を達也は素直に愛しいと感じた。
そして、ぐいっと肉棒を南の粘膜へと突き入れていく。
生娘の証を確認した肉棒が、ようやく南の体内へと収まった。
「ああっ、うれしい、愛してる…」
南は、戸惑うことなくその行為を受け止めた。

破瓜の痛烈な痛みよりも、愛する人とひとつになれた嬉しさで胸が満たされた。
「ずっと待っていたの。こうやってたっちゃんが私を求めてくれるのを…。」
心の中で呟いた。
達也も、そんな南の想いを強く感じた。
「みなみ…」
達也にとっても、夢にまで見た瞬間であった。

南の胎内の温もりを感じようと、ゆっくり腰を動かしていく。
「いっ、あはっ…」
南の苦痛に耐える声と切ない喘ぎ声が入り混じり、達也の官能を高める。
ベッドが軋む。
それからカーテンの閉まった薄暗い部屋で、達也と南は互いの体を密着させて愛し合った。
わずか10分間足らずの行為であったが、2人はお互いの愛を心と体で確かめ合った。

白いシーツが、南の処女からの決別を示す鮮血で滲んでいた。
南の涙と真っ赤なシーツの汚れ、感激のあまり南を強く抱きしめた。
「南、ずっと一緒にいようね…」
うっすらと頬に光る涙の跡、達也はそこへ唇を寄せる。
南の躰の温もりが達也を支配し、もう他には何もいらない…そう思った。
「好き、たっちゃん…」
南も達也の厚い胸に抱かれながら、最愛の人のために一生尽くしたいと願った。
幸せの余韻を噛み締めるように、抱き合ったまま甘い接吻が何度も交わさる。
「この時が永遠に止まればいいのに…」
2人にとって、本当に幸せな一時であった。
達也が大リーグのキャンプへ出発する日の、3日前のことだった。
その日、南と達也は新宿のシティホテルで愛情を確かめ合った。
南の父も南の様子からある程度悟ったらしく、
「今日、たっちゃんと食事するから、少し遅くなるかも…」
と俯きながら告げても、パイプを吹かしながら微笑むだけであった。
暫しの別れを惜しむように、時間の許す限り躰を寄せ合った。

そのシティホテルに罠が仕掛けられていた。
そこは、自由會が連れ込んだ女性を手籠めにする為に利用しているホテルだった。
天井には、ビデオカメラが据え付けられている。
乱暴した女性に録画したビデオを見せ、口封じと恐喝の道具に使っている。
あろうことか、その日の達也との行為の一部始終がビデオに納められていたのである。

それを初めて知ったのは、夏休みの始まる少し前だった。
家で英会話の勉強をしていると、「浅倉さん、小包です。」という声が聞こえた。
宅配便からの小包には、「浅倉南様 親展」というシールが張られていた。
差出人は、名前を聞いたこともない会社からであった。

不審に思いながら包装を開くと、ビデオテープと1通の手紙が入っていた。
その手紙には、
「このビデオを見て興味を持って頂いた場合は、7月18日新宿の平成プラザホテルのロビーへお越しください。
興味が無い場合は、廃棄していただいて結構ですが、全国の皆さんへ公開させていただきます。
将来のことを考えて判断されることを願っています。」
とワープロ打ちの文書が綴られていた。

不吉な予感を覚えながら、ビデオテープを再生してみると、その時の様子が録画されていた。
達也の顔も自分の顔も鮮明に映っている。
愛撫されて喘いでいる自分の声も録音されており、耳を塞ぎたくなった。
「いったい誰がこんなことを…」
あまりの衝撃と羞恥に頭の中が真っ白になった。
全身から冷や汗が溢れてくるのがはっきりわかる。

父に相談しようか、警察に通報しようかと迷ったがとうとう出来なかった。
自分のこともあるが、昨日、電話で話をしたときの達也の笑い声が耳に残っている。
達也は、今年からローテーション投手の1人として活躍しており、現在、チームで最高の11勝をあげている。
達也にだけは心配をかけたくなかった。
南の為であれば、何を置いても頑張ってくれたということを、子供の頃からよく知っている。
もし、このビデオが世間に流れたら、達也はすぐにも帰国するだろう。
そうすれば、せっかく掴みかけている達也の夢を壊してしまうことになる。
自分ひとりで解決するしかない。
南はそう心に誓うのだった。

何ともいえぬ心細さを感じながら、南は待ち合わせに指定されたホテルの入口へと向かった。
ロビーでは、深い茶色のスーツに身を包んだスマートな男性が待っていた。
名前は輪田といい、名刺を差し出されると、自由會の代表者ということであった。

落ち着かない表情でソファーに淑やかに腰を降ろす。
不安気な南に向かって、輪田が丁重な口調で切り出した。
「浅倉さん、よく来てくれましたね。興味を持っていただいて感謝しております。」
南は単刀直入に、きっぱりした言葉で質問した。
ここで、弱みを見せては相手の壷に入ってしまう。
「どうすればそのビデオを返していただけますか。お金ですか。」
輪田が口許に笑みを浮かべながら応えた。
「私どもは、色々な企画でお客様に喜んでいただいております。
この度、新しいイベントを開催しますので、浅倉さんにも是非出演していただけたらと思いまして…」

輪田の眼が浅倉の躰を観察する。
紺色のシックなワンピースが、スリムな肢体を流麗に包んでいる。
豊かな黒髪は首の下に届くセミロングで、軽くウェーブがかかっている。
半袖から抜けるような白さの腕がすらりと伸び、両手は膝の上で軽く握られている。
膝上までのスカートから、可愛らしい膝小僧とほっそりした長い脚が伸びている。
愛らしい黒い瞳、長い睫毛、すっとした鼻、きめ細やかな白い肌…。
実物は写真などで見た以上に素晴らしい。
幾分あどけなさを残す端整な顔立ちに、理知的で清楚な雰囲気が醸し出されている。

南は躰を舐め廻されるような視線に悪寒を覚えた。
南も自由會の良からぬ噂を耳にしていた。
精一杯の強がりで応えた。
「私は、ビデオを返却してもらいに来ただけです。そんなことは出来ません。」
凛としてこちらをまっすぐに見つめてくるキラキラ輝く瞳眼がたまらなく魅力的だ。

「そうなれば、残念ですがこのビデオが世間に氾濫することになりますが…。
貴女だけでなく、親戚や友人など多くの人にご迷惑がかかると思いますよ。
特に海の向こうの恋人には、知らせたくないでしょう。
それも、貴女の心ひとつで決まるんですよ。」
南の顔に、動揺の色がありありと浮かぶ。
輪田のほうが一枚上手である。
南がこの場所へ来たことで、もうすでに断ることが出来ないのを見抜いている。

「私にどうしろっておっしゃるんですか…」
心なしか声のトーンが落ちていく。
南の困惑した表情を見ながら、輪田は続けた。
「簡単なことです。私達の会員の前で、テニスをしていただくだけのことですよ。
その会員というのも、有名な会社の社長や政治家のご子息ばかりで、絶対に秘密が漏れるようなことはありません。」
輪田は毒を含んだ薄笑いを浮かべている。
蛇に睨まれた蛙のようである。

南は、呟くように質問した。
「ビデオは必ず返してくれるのですね。」
発した言葉は、南の心が承諾へと向かうことを示すものであった。
「もちろんです、私どもは信用が一番です。」
輪田は余裕を持って応えながら、上着の内ポケットから封筒を取り出した。

封筒の中から3つ折にした紙面を拡げ南の前に置く。
それには契約書と書かれている。
「ちょっとお読みいいただけますか。」
南は、虚ろな瞳で目を通していく。
その契約書の概要は次のようのものであった。

1 自由會は庭球の試合を主催する。
2 庭球の試合は7月30日から毎週水曜日の午後3時から行う。
3 浅倉南は庭球の試合に5回出場する。
4 庭球の試合に敗れた者には、罰則が科せられる。
5 罰則は、風俗営業法に違反する行為であってはならない。
6 5回目の出場後に、自由會が保有するビデオテープを浅倉南に返却する。
7 浅倉南が上記の行為を拒んだ場合には、自由會はいかなる措置をも行うことができる。
南は心細気に質問した。
「この罰則とは、いったい何をすればいいんですか?」
輪田は、南の不安そうな顔を眺めながら応えた。
「まあ、会員の人達も幾分かのお金を出して参加しているので、ただテニスの試合だけという訳にもいかなんですよ。
会員の皆さんを多少楽しませていただければと思いまして…」
その楽しみがどんなものか純真な南にも、ある程度想像がつく。
背中に虫酸が走った。
「そんなこと出来る訳ありません。お断りします。」
辛い提案に語気を強める。

輪田は余裕を持っている。
「私達も、このビデオの販売を断念する訳ですから、浅倉さんにも多少の犠牲を払ってもらいます。
ただし、ここに書いてあるように罰則は試合に負けた時だけですので…。
今回のイベントのお相手は、有名大学のミスに選ばれた人達ばかりですから、浅倉さんの相手にはならないでしょう。
万が一負けた場合でも、ちょっとテニスウェアを脱いでいただくだけです。
風俗営業法に違反するような行為はないですから安心してください。」

「だけど……」
南は理知的な美貌を曇らせ、答えに苦慮している。
風俗営業法がどんなものかは知らないが、売春などの過激な行為が規制されているのは知っている。
「ちょっと、肌を見せるだけで上杉君との幸せな未来が待っている。どうでしょうか、協力して頂けませんか。」
輪田は、恋人を想う女性の一途な純情に巧妙につけ込む。

「…………」
輪田が続ける。
「貴女の決断次第では恋人の夢が壊れてしまうかもしれませんよ。」
電話で話した達也の声が思い出される。
心が激しく締め付けられた。
理不尽な要求だが、もう他に術が無い。
達也に迷惑をかけないためには、輪田の要求を受け入れるしかないのだ。
自分が我慢するしか解決する方法は無いのだと、自分自身に言い聞かせながら、南は念を押した。
「本当にビデオは返してくれるのでしょうね。必ず、お約束いただけるのですね…」
わななく美貌が悩ましい。

「もちろんです。私と会社の信用にかけて誓います。」
輪田は勝利を確信し、満面に笑みをたたえて応えた。
「わ…、分かりました。」
南は搾り出すような声で輪田の提案を受け入れた。
「自分さえ我慢すれば…、保証もない契約だが信じるしかない。」
もう逃げ場がないことを悟って、せめて達也だけには心配を掛けたくないと悲愴な決意をするのだった。

震える手で恥辱の契約書に署名した。
必死の覚悟で署名する姿はいじらしいばかりだ。
そして、輪田が用意してあった朱肉に親指を押し付け、契約書に拇印を押したのだった。



試合の前に5分間程練習が行われた。
鮎川は、さすがにプロテニス選手だけあって、今までの対戦相手とは全然格が違う。
これまでの4回は、輪田が言ったようにミス啓応、ミス蒼学とかの女性達が相手で、容姿は端麗だがテニスのレベルは高くなかった。
高校時代、新体操の練習の合間に、テニス部員の練習相手を務めていた南の相手ではなかった。
テニスが好きだったので、大学に入ってからも同好会に所属していた。
大きな恥辱も味わずここまでこれた。
しかし、今回は相手が違う。
負ければどうなってしまうのだろうか。
できれば逃げ出したかったが、「これで最後よ、頑張るのよ。」と自分を奮い立たせ、試合に臨むしかなかった。

先ほどの男がマイクでルールの説明を始めた。
「それでは、ただ今から試合を開始します。
ルールはこれまでと同じですが、初めての方もいらっしゃると思いますので簡単に説明させていただきます。
通常のテニスの試合と同じですが、サービス側には先に得点として2ポイントが与えられます。
つまり、「30−ラブ」からゲームを始めることになります。
テニスの腕前に差がある場合、あまりにも不公平になるので、このようなルールにさせて頂きました。」

「ゲームを落とした選手には、罰則が与えられます。
この罰則は皆様の目の保養になることでしょう。
そして、試合はどちらかの選手が6ゲーム先取すると終了となります。
その敗者にはさらに厳しい罰則が待っています。
これは今の時点では秘密ですので、皆さん楽しみにしておいてください。」
いよいよ恥辱の試合が開始されようとしていた。


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