今日のあぶく

外山滋比古氏の新刊『日本の英語、英文学』(研究社)をパラパラ見ていて、戦前の日本は海外著作権無視の海賊版天国だった、というようなことが書かれていて、困ったなと思った。
外山氏はもちろん英語学・英文学界の大長老ではあるけれど、著作権の歴史に関してはあまりご存じではないらしい。
戦前と現在では著作権条約の規定自体がずいぶんと違う。外山氏は戦前のベストセラー『風と共に去りぬ』は海賊版だった、と書かれているが、当時、アメリカと日本は明治末に結ばれた日米著作権条約で、翻訳は相互自由と定めていた。つまり、アメリカの出版物の翻訳権を取る必要はそもそもなかったのである。もちろんこれは日本だけの恩恵ではなく、アメリカ側もまた日本の著作物を自由に翻訳できた。従って、日米の間には「海賊版」は存在しようがなかった。昭和13年に三笠書房が出した『風と共に去りぬ』は法的に何の問題もないものである。(ちなみに戦後、昭和24年に復刊された際には、相互翻訳自由の条項はすでに無効となっていたので、正式にマーガレット・ミッチェルの著作権者と契約している)
それではアメリカ以外の国の作品はどうか。国際的な著作権条約であるベルヌ条約に日本も1899年に加入している。当時のベルヌ条約では、翻訳出版に関する規定は現在に比べると格段に緩やかで、出版後10年の間に翻訳権を取得し出版されていないものは自由に翻訳出版することができた。イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の作品の多くは、この規定を利用して翻訳された。これも法的には何の問題もないことである。
もちろん、10年経たずに出してしまい問題になったケースもあり、著作権無視の出版がなかったわけではないが、戦前日本がけっして言われるような「海賊版天国」ではなかったことは、翻訳出版史のオーソリティ、宮田昇氏の近著『昭和の翻訳出版事件簿』(創元社)のくりかえし説くところである。
もちろん海外の作家がすべて、日米の翻訳相互自由や、ベルヌ条約の出版後10年で翻訳自由といった規定に通じていたわけではない。自分の知らない翻訳書の存在を知った時、「海賊版」と思ってしまうことも多かっただろう。また、戦後の出版界自体が、戦前は著作権を無視した翻訳が横行していた、という言説を広めてきたことも事実である。
しかし、いまだにそれを鵜呑みにして、宮田氏の言う「無断翻訳伝説」を信じ込み、流布させてしまうのは、困ったことだと思うのである。

(10.19)

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