【収録作品】 序/或る精神異常者/麻酔剤/幻想/犬舎/孤独/誰?/闇と寂寞/生さぬ児/碧眼/麦畑/乞食/青蠅/フェリシテ/ふみたば/暗中の接吻/ペルゴレーズ街の殺人事件/老嬢と猫/小さきもの/情状酌量/集金掛/父/十時五十分の急行/ピストルの蠱惑/二人の母親/蕩児ミロン/自責/誤診/見開いた眼/無駄骨/空家/ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海
【付録】 鬼才モリス・ルヴェル(田中早苗)/少年ルヴェル(江戸川乱歩)/『夜鳥』礼讃(小酒井不木)/田中早苗君とモーリス・ルヴェル(甲賀三郎)/私の好きな読みもの(夢野久作)
【解説】 陰鬱な愉しみ、非道徳な悦び――ルヴェル復活によせて(牧眞司) |
際(はて)しのない広い広い野原を、小さな子供が一人ぼっちでとぼとぼと歩いている。もう日が暮れかかって来るのに、どちらを向いても一軒の人家も見えない。とか、闇の夜の森の中をやっぱり一人ぼっちの子供が歩いている。森は深く、家路は遠い、その淋しさ、悲しさ、怖さ、という様なものが、ルヴェルの短篇の随所に漂っている。 ――江戸川乱歩
ルベルはポオの直系の神経を持っている。タッタ今大金を呉れた人が投身自殺をした騒ぎを 「オヤ。又誰か死んだそうな」とトボケて聞いている盲目の乞食。(中略)私はポオとルベルの恐怖、戦慄の美を心の底から讃嘆したい。
――夢野久作
|
鬼才モリス・ルヴェル (抄)
田中早苗
僕はルヴェルが馬鹿に気に入ってしまって、この頃は大馬力で彼の提灯を持ち廻っている。「ルヴェルってそんなに好いものかね」と友人がまぜっかえすと、「いいか拙いか、これを読んでみろ」そういって、僕は彼の短篇集を叩きつける。で、その本は方々をぐるぐる駈持しているうち、可憫そうに、それ等の友人の手垢で真黒になってしまった。(中略)
ポオの怪談を読むと、魂いが真暗になったように慄然(ぞっ)とする。が、ルヴェルのものを読むと、更に新しい戦慄でハッとしないわけに行かぬ。
ルヴェルのは、日本文に訳して僅々二十枚にも充たぬ短いものだが、あれほど多くを考えさせる短篇を読んだことがない。山椒は小粒でもピリッと来る。彼の短篇には、メスで刺すような鋭さがある。それでいて、如何にも仏蘭西式に垢抜けがして、気がきいている。ポオほど博学でない代り、ポオのような飾り沢山なのではなく、簡潔で、真摯で、表現がはっきりしている。いや何よりも、底に万斛の涙を湛えているらしい心意気が気に入った。それがお互いの胸の奥に潜んでいる一層深い或るものへピンと響く。ひいきにならざるを得ないわけだ。(中略)
ところが我々にはまた、まったく平凡に見える日常茶飯的の物事や、行事の間に、思いもかけぬ怪異に出っ会してハッと驚くことがある。そうした怪異を常に発見して我々を驚かせてくれるのは、非凡な鬼才に俟たねばならぬことだ。丑満時に幽霊の出る怪談なら誰にも書けるが、白昼に飛び廻る青蠅や、老ぼれた牝猫や、街頭の乞食が、何の企みもなしに、ふと怪異を行うというような話に至っては、猫にも杓子にも書けるというものではない。今まで馴らされなかった全く新しい恐怖を我々に投げつけるのが、我がルヴェルの独壇場である。(以下略)
◆本書の訳者であり、本邦におけるルヴェル紹介の第一人者である田中早苗が、 「ルヴェル発見」の感動を綴ったエッセイ(「新青年」 大正14年8月号)から抜粋。 |
モーリス・ルヴェル (1875-1926)
フランスの作家。医師として働きながら、ヴィリエ・ド・リラダン〈残酷物語〉の系譜につらなる短篇を新聞雑誌に発表、作家として出発する。人生の悲惨や復讐・殺人・恐怖などをテーマにした作品は、グラン・ギニョール劇場の残酷劇の原作となり、また英訳されて英米でも評判をとった。本邦では、《新青年》
をはじめとする探偵雑誌に好んで紹介され、作家・探偵小説ファンの絶大な支持を集めた。これらの戦前訳を集めた 『ルヴェル傑作集』(創土社、1970)もあるが、絶版となって久しい。 |