翻訳権について




海外の作品を日本で翻訳して出版するには、原則として翻訳 (出版) 権というものを取得しなければなりません。原著者または著作権者と交渉し、アドバンス(前払い金)、印税率、出版期限などの条件を取り決めた契約を交わした上で、翻訳・出版することになります。しかし、ある一定の時期をすぎたものについては、翻訳権の取得は必要でなくなります。シェイクスピアやディケンズなど既に著作権の消滅した古典は言うまでもありませんが、1960年代の作品でも、条件によっては自由に出版できる場合があります。実際には、翻訳権の問題は色々な条件が関与していて複雑なのですが、ここではこうした問題に興味をお持ちの一般読者のために、基本的なところをご説明しておきます

著作権法
 まず翻訳権交渉の前提となるものとして、著作権法というものがあります。それぞれの国では、著作 (文章・絵画・写真・映像など) の権利についての保護規定をさだめています。小説や随筆など、文章による作品についていいますと、日本では作者の死後50年まで、その権利が保護されることになっています。つまり、作者が亡くなっていても没後50年の間は、出版社は著作権者 (ふつうは遺族です) の許可を取り、出版契約を結ばなくてはなりません。それを過ぎれば、出版は自由になります。たとえば江戸川乱歩は1965年に亡くなっていますので、著作権の保護期間が切れるのは2016年になります。

以前はこの保護期間は死後30年でした。著作権法の改定によって、保護期間は徐々に延長されてきています。またこの規定は国によっても違い、イギリスでは現在、死後70年となっています。基本的には、保護期間が長くなるのが国際的な趨勢のようで、近年、日本でも70年にしては、という声があがっているのはご存知のとおりですが、個人的にはそれには少し疑問を感じています。孫や曾孫の代まで著作権が受け継がれることが、はたして本当にいいことかどうか。たとえば著者の死後50年もたてば、それはすでに古典として、社会全体の知的共有財産として考えてもいい時期に達しているのではないでしょうか。なんでも権利が保護されればいい、というものではないような気もします。

ベルヌ条約
 翻訳出版権についてはベルヌ条約という国際条約が結ばれていて、現在、世界の主要な国のほとんどがこの条約に加盟しています。ベルヌ条約は何度か大きな改定を施されてきました。現在では、原則として著作権上保護される期間内の出版物については、翻訳権を取得しなければなりません。その期間は当事国の著作権法で短い方の期間に準じます。つまり、イギリス (死後70年保護される) の本を日本 (死後50年) で翻訳して出すときには、日本の死後50年の基準をあてはめて考えることになります。英米仏など、主要な翻訳対象国の出版物については、著者の死後50年間は翻訳権取得が必要なものと考えて、ほぼ間違いありません。

戦時加算
 ただし日本については、ここでひとつ特殊な事項があって、1941年以前の旧連合国の出版物に関しては第2次大戦中、日本が連合国と交戦していた期間 (1941年12月8日の開戦から対象国との平和条約締結までの期間) を、その間、著作権が保護されていなかったものとして、さらに加算しなければなりません。これを 「戦時加算」 といいます。相手国別に条件が異なり、煩瑣になりますので、ここでは詳しくは触れませんが、戦前・戦中の英米仏など旧連合国の出版物には、死後50年にさらに10年ほど加算しなければならない場合がある、ということだけご記憶ください。

たとえば、ドイルの 『シャーロック・ホームズの事件簿』 (1927) は、ホームズ・シリーズの中でこの短篇集だけ、戦前、改造社が翻訳権を取得して出版していたために (下記の「10年留保」 を参照)、戦後、出版するときに改めて翻訳権の取得が必要になりました。このとき翻訳権を獲得したのは新潮社と早川書房でした。創元推理文庫のホームズ・シリーズに長いあいだ 『事件簿』 だけ欠けていたのは、そういう理由からです。ドイルは1930年に亡くなっていますから、本来なら50年が経過した1981年には保護期間が切れるはずなのですが、戦時加算が適用されるために、日本で翻訳権取得が不要になったのは、それから10年後の1991年のことでした。創元推理文庫版 『事件簿』 はこの年に出ています。

10年留保
 ベルヌ条約にはもうひとつ、現在では主要国のなかでは日本にだけ適用される条件があります。所謂 「10年留保」 です。これを簡単に言うと、

  1. 原著の刊行された時点から10年 (該当する場合には+戦時加算) 以内に、日本国内で正式に契約されて翻訳出版がされなければ、その本の翻訳権は自由使用となる。

  2. その10年以内に翻訳出版されれば、一般の著作権の保護期間だけ、翻訳権も存続される (つまり、死後50年+該当する場合には戦時加算)

ということになります。かつてはベルヌ条約にこの規定があったために、おおざっぱにいえば、原著刊行後10年以内に翻訳が出ていなければ、自由に翻訳出版できる状況にありました。しかし、後の改正でこの10年留保の条項は廃止されました。すべての翻訳著作権は著者の死後50年まで保護されることになったわけです。1971年の著作権法の改正で、日本もこの新しい規定に従うことになりました。

ただし、(ここがポイントですが) この改正では、

  • 1970年以前の出版物に関しては、さかのぼって新しい基準を適用しない。すなわち、1970年12月31日以前に刊行された本については、依然として上記の10年留保が適用され、刊行後10年間、翻訳出版されていなければ翻訳権を取得する必要はない。

という特例措置がとられているのです。

 これはほぼ日本にだけ認められた特例なので、欧米の著者、出版社にはなかなか理解が得られないこともあり、また著作権意識の世界的な趨勢からみて、いつまで存続するかわからない条項ではあるのですが、とりあえず現状では、

  1. 1970年12月31日以前の出版物で、原著刊行後10年 (該当する場合には+戦時加算) 以内に翻訳出版されていないものは翻訳権をとる必要がない。

  2. 1971年1月1日以降の出版物は、著者の死後50年 (該当する場合には+戦時加算) 経過しないかぎり、翻訳権を取得しなければならない。ちなわち現時点では翻訳権取得が絶対条件となる。

ということになっています。

 なぜ日本だけこの特例が認められたかといえば、欧米語から日本語への翻訳の難易度 (たとえば英語から仏語への翻訳と比べれば、その難しさは歴然ですね) や、日本の翻訳出版の事情などを加味してのことだそうです。

クイーンやカーやクリスティーの初期作が数社の文庫から出たり、〈世界探偵小説全集〉 をはじめクラシック・ミステリの企画が翻訳権を取得せずに出すことができるのは、この 「10年留保」 条項のおかげです。ミステリだけではありません。もしこの条項が完全に撤廃されると、1951年以降 (2001年現在) に亡くなった作家のものは、原則として、すべて翻訳権を取得して刊行しなければならなくなります。ヘミングウェイもフォークナーもモームも、あらためて契約を結ぶことが必要になるのです。複数の社から出ているものは混乱が必至ですし、また、その時点で多くの翻訳書が絶版になることは間違いありません。

挿絵は別物
 ただし、上記の10年留保は、翻訳 (文章) に限ってのものです。挿絵などの再録には適用されません。絵については、発表年代にかかわらず、一様に作者の死後50年の保護期間が適用されます。従って、文章の方は翻訳権を取らなくてもよいが、挿絵の方は権利が必要、というケースが現実にありえます。過去にあった有名な例では、『シートン動物記』 の原著挿絵の権利が存続していたために、問題になった事件がありました。こういう場合は、挿絵の収録は断念するか、本文とあわせて権利をまるごと取得するか、しかないようです (挿絵だけの権利を取りたい、といっても、なかなか先方に理解してもらうことは難しいでしょう)。また、写真の著作権、対訳本、翻案など、個々に細かな規定がさだめられていますが、ここでは省略します。また、各国のベルヌ条約に加盟した時期、出版形態などによって条件が違ってくる場合もあります。詳しくは下記の参考文献などをご参照下さい。


参考文献

著者は、海外著作権エージェント、日本ユニ・エージェンシー元代表。上掲書はタイトルにある通り、翻訳出版の現場向けの概説書。戦後翻訳出版の実態については、同著者の 『新・翻訳出版事情』 (日本エディタースクール)、『翻訳権の戦後史』 (みすず書房) が詳しい。著作権については文化庁HPの 「著作権」 ページもご参照ください。