ボルヘス&ビオイ=カサーレス監修
〈第七圏〉刊行リスト


1945年にアルゼンチンで刊行開始したミステリ叢書《第七圏》(El Séptimo Círculo)にホルヘ・ルイス・ボルヘスとアドルフォ・ビオイ=カサーレスは連名で一文を寄せ、とくに最初の120点の選書に深く関わったといわれている。連作探偵小説集『イシドロ・パロディ 六つの難事件』(白水Uブックス近刊予定)の合作もある二人は、ともに熱心な探偵小説ファン。
ビオイ=カサーレスはボルヘスと共同で数多くの出版企画に関わったが、回顧録『メモリアス』(現代企画室)では、その内幕話を明かしている。アンソロジー『幻想文学選集』や古典文学を集めた叢書《大全》などが取りあげられているが、ミステリ・ファンの注目はやはりミステリ叢書《第七圏》(1945~)をめぐるエピソードだろう。ちなみにこの叢書名はダンテ『神曲 地獄篇』の「第七圏=暴力者の地獄」から採られている。
編纂に際してとくに二人が直面した大きな問題は翻訳権取得の壁で、クリスティの作品中「唯一私たちの興味を惹くものだった」『アクロイド殺し』は版権の関係で収録できず、二人が惚れ込んだミルワード・ケネディ『救いの死』は、エージェントから「当該作品の版権はすでに司法判断によって売買の対象外とされている」ことを知らされる(当時、主人公のモデル問題で作者は名誉棄損で訴えられていたという)。エラリイ・クイーンやアイルズ、アンブラーの作品、ハメット『マルタの鷹』も版権の関係で収録できなかった。
叢書の第一回配本はニコラス・ブレイク『野獣死すべし』で、これは大きな反響を呼んだが、ボルヘスは必ずしも乗り気ではなく、ジョン・ディクスン・カー『緑のカプセルの謎』やE・C・R・ロラックの作品を推し、一方、ビオイ=カサーレスはリン・ブロックやマイクル・イネスに愛着を感じていた。他にもフィルポッツ、バークリー、エドガー・ラストガーデン(『ここにも不幸なものがいる』)、ジェイムズ・ケイン(『郵便配達は二度ベルを鳴らす』)、リチャード・ハル、アントニイ・ギルバートなどが二人の好みの作家として挙げられ、一方、ハメットやチャンドラーのハードボイルド派やハドリー・チェイスなどへの評価は概して低い(もっともフィリップ・マーロウを嫌ったボルヘスに対して、ビオイ=カサーレスはこの登場人物に魅力を感じていた)。また、英国探偵小説ファンの二人だったが、セイヤーズは好みではなかったらしい。
この叢書は商業的にも大きな成功を収めたが、これに味をしめた版元が古典文学の出版という「冒険的事業」に取り組む意欲を失っていく、という皮肉な結果も招いたという。
ボルヘスとビオイ=カサーレスが選書に深く関与したといわれる最初の120点のリストは下の通り。


1945年
1. ニコラス・ブレイク『野獣死すべし』(1938)
2. ジョン・ディクスン・カー『緑のカプセルの謎』(1939)
3. マイクル・イネス『ある詩人への挽歌』(1938)
4. アントニイ・ギルバート《The Long Shadow》 (1932)
5. ジェイムズ・ケイン『殺人保険』(1943)
6. ミルワード・ケネディ『スリープ村の殺人者』(1932)
7. ヴェラ・キャスパリ『ローラ殺人事件』(1943)
8. ミルワード・ケネディ《Corpse in Cold Storage》 (1934)
9. アントン・チェーホフ 『狩場の悲劇』(1884)
10. リチャード・ハル《My Own Murderer》 (1940)
11. ジェイムズ・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1934)
12. イーデン・フィルポッツ《Mr. Digweed and Mr. Lumb》 (1933)
13. ニコラス・ブレイク『ビール工場殺人事件』(1937)
14. エンリケ・アモリム 《El asesino desvelado》 (1945) ※ウルグアイの作家
15. グレアム・グリーン『恐怖省』(1943)
16. クリフォード・ウィッティング《Midsummer Murder》 (1937)

◆1946年
17. パトリック・クェンティン『俳優パズル』(1938)
18.
ジョン・ディクスン・カー『蠟人形館の殺人』(1932)
19.
アントニイ・ギルバート《The Case of the Tea-Cosy’s Aunt(1942)
20.
ジェイムズ・ケイン《The Embezzler(1943)
21.
パトリック・クェンティン『迷走パズル』(1936)
22. E
CR・ロラック《Black Beadle(1939)
23. ウィルキー・コリンズ『月長石』(1868)
24.
コーラ・ジャレット《Night Over Fitch’s Pond(1933)
25. H
F・ハード『蜜の味』(1941)
26.
マイクル・イネス『学長の死』(1936)
27.
レオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』(1923)
28.
ニコラス・ブレイク『証拠の問題』(1935)
29.
リン・ブロック《The Stoat(1940)
30.
ウィルキー・コリンズ『白衣の女』(1860)
31.
アドルフォ・ビオイ=カサーレス&シルビナ・オカンポ《Los que aman, odian
32.
アントニイ・ギルバート《The Mouse Who Wouldn’t Play Ball(1943)
33.
ジョン・ディクスン・カー『死が二人をわかつまで』(1944)
34.
マイクル・イネス『ハムレット復讐せよ!』(1937)

◆1947年
35. ニコラス・ブレイク『死の殻』(1936)
36.
ジョン・ディクスン・カー『猫と鼠の殺人』(1942)
37.
イーデン・フィルポッツ《They Were Seven(1944)
38. E
CR・ロラック『死のチェックメイト』(1944)
39.
パトリック・クェンティン『悪女パズル』(1945)
40.
ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』(1935)
41.
リン・ブロック《The Two of Diamonds(1926)
42.
イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』(1922)
43.
リチャード・キヴァーン《The Man in the Red Hat(1930)
44.
レイモンド・ポストゲイト《Somebody at the Door(1943)

◆1948年
45. アントニイ・ギルバート《The Bell of Death(1939)
46.
ニコラス・ブレイク『雪だるまの殺人』(1941)
47.
ロバート・プレイヤー《The Ingenious Mr. Stone(1945)
48.
マヌエル・ペイロウ《El estruendo de las rosas(1948) ※アルゼンチンの作家
49.
レイモンド・ポストゲイト『十二人の評決』(1940)
50.
パトリック・クェンティン『悪魔パズル』(1946)

◆1949年
51. パトリック・クェンティン『人形パズル』(1944)
52.
ジョン・ディクスン・カー『剣の八』(1934)
53. R
C・ウッドソープ《The Public School Murder(1932)
54. HF・ハード《Reply Paid(1942)
55.
マイケル・イネス『証拠は語る』(1943)
56. H
F・ハード《Murder by Reflection(1942)
57.
アントニイ・ギルバート《Don’t Open the Door!(1945)
58.
ジェイムズ・ヒルトン『学校の殺人』(1933)
59.
アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』(1929)
60.
ジョン・ディクスン・カー『囁く影』(1946)
61.
パトリック・クェンティン『巡礼者パズル』(1947)
62.
アントニイ・バークリー『試行錯誤』(1937)
63.
パトリック・クェンティン『死への失踪』(1948)

◆1950年
64. ジョン・ディクスン・カー『四つの凶器』(1937)
65.
アントニイ・ギルバート《Lift Up the Lid(1948)
66.
ピーター・カーティス《Dead March in Three Keys(1940)
67.
アントニイ・ギルバート《Death in the Wrong Room(1947)
68.
シドニー・ファウラー(シドニー・ファウラー・ライト)The Attic Murder(1946)
69.
ディテクション・クラブ(リレー長篇)『漂う提督』(1931)
70.
ジョン・ディクスン・カー『盲目の理髪師』(1934)
71.
ドナルド・ヘンダーソン《Goodbye to Murder(1946)
72.
グレアム・グリーン『第三の男・落ちた偶像』(1950)
73.
エドガー・ラストガーテン『ここにも不幸なものがいる』(1947)
74.
カーター・ディクスン『青ひげの花嫁』(1946)

◆1951年
75. クリフォード・ウィッティング《Measure for Murder(1941)
76.
ニコラス・ブレイク『旅人の首』(1949)
77.
マイケル・バート《The Case of the Angels’ Trumpets(1947)
78.
チャールズ・ディケンズ『エドウィン・ドルードの謎』(1870)
79.
シリル・ヘアー《Tenant for Death(1937)
80.
イーデン・フィルポッツ『闇からの声』(1925)
81.
マーティン・カンバーランド《The Knife Will Fall(1943)
82.
マイケル・ヴァルベック《Headlong from Heaven(1947)
83. L
AG・ストロング《All Fall Down(1944)
84.
ウィル・アワスラー《Folio on Florence White(1942)
85.
ヒュー・ウォルポール『暗い広場の上で』(1931)

◆1952年
86. リチャード・ハル《A Matter of Nerves(1950)
87.
パトリック・クェンティン『追跡者』(1950)
88.
バーニス・ケアリー《The Man Who Got Away With It(1950)
89.
エリザベス・イーストマン《The Mouse With Red Eyes(1948)
90.
マーガレット・ミラー『悪意の糸』(1950)
91.
ニコラス・ブレイク『殺しにいたるメモ』(1947)
92.
エドガー・ラストガーテン《Verdict in Dispute(1949)
93.
ノーマン・ベロウ《Don’t Go Out After Dark(1950)
94. ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件』(1941)
95.
マイケル・バート《The Case of the Fast Young Lady(1942)
96.
フェルナン・クロムランク《Monsieur Larose, est-il l’assassin?(1950)
97. ギ・デ・カール『破戒法廷』(1951)
98. マイケル・バート《The Case of the Laughing Jesuit(1948)
99. ヴェラ・キャスパリ《Bedelia(1945)
100.
トマス・ウォルシュ『マンハッタンの悪夢』(1950)
101.
リチャード・ハル『伯母殺人事件』(1934)
102.
アレックス・ライス・ギネス(アレハンドロ・ルイス・ギニャス)Bajo el signo del odio(1953)
103.
ジョゼフィン・テイ『魔性の馬』(1949)
104.
カーター・ディクスン『ユダの窓』(1938)
105.
マーガレット・ミラー『鉄の門』(1945)
106.
アンナ・メアリー・ウェルズ《Fear of Death(1951)
107.
カーター・ディクスン『五つの箱の死』(1938)
108.
ヴェラ・キャスパリ《Stranger Than Truth (1947)
109. C
S・フォレスター『終わりなき負債』(1951)
110.
カーター・ディクスン『魔女が笑う夜』(1950)
111. グレゴリー・トゥリー(ジョン・フランクリン・バーディン)A Shroud for Grandmama(1951)
112.
ジョゼフィン・テイ『歌う砂』(1952)
113.
マーガレット・ミラー《Rose’s Last Summer(1952)
114.
ピエール・ヴェリー《Goupi mains Rouges(1949)
115. J
C・マスターマン《An Oxford Tragedy(1954)
116.
ロバート・パーカー《Passport to Peril(1951)
117.
エリック・リンクレイター《Mr. Byculla(1950)
118.
ニコラス・ブレイク『呪われた穴』(1954)
119.
スタンリイ・エリン『ニコラス街の鍵』(1952)
120.
イーデン・フィルポッツ『灰色の部屋』(1921)