江戸川乱歩 「目羅博士の不思議な犯罪」 の謎

小林 晋


 『ミステリマガジン』 №702 (二〇一四年八月号) は恒例の幻想と怪奇特集と江戸川乱歩生誕一二〇周年記念を絡み合わせた企画だった。特に、乱歩の怪奇幻想方面の代表作の一つ 「目羅博士の不思議な犯罪」(以下、「目羅博士」 と短縮表記する場合がある) と、それに影響を与えたとされる海外作品二篇を同時収録して各作品を比較対照できるのは、なかなかのアイディアである。野村宏平・森英俊編 『乱歩の選んだベスト・ホラー』 (ちくま文庫)では 「目羅博士」 とエーヴェルス 「蜘蛛」 を収録しているが、エルクマン‐シャトリアン 「見えない眼」 を加えたうえに、オマージュとも言うべき竹本健治 「月の下の鏡のような犯罪」 も併載されている。
 これら三篇については、新保博久氏が 「乱歩輪舞――江戸川乱歩の連想と回帰」 という評論で論じている。「蜘蛛」 が 『新青年』 一九二八年二月増刊に掲載され、「見えない眼」 の初訳が 『こわい話・気味のわるい話 第一輯』 (一九七四年) 収録の平井呈一による英訳からの重訳まで存在しなかったことを根拠に、「目羅博士の不思議な犯罪」 は 「蜘蛛」 に触発されて書かれたものという従来の説を踏襲している。
 すでに読まれている方もいると思うが、三作品を比較してどのような感想を抱かれただろうか。実際に読んでみればわかることだが、「目羅博士」 の内容は 「蜘蛛」 よりも 「見えない眼」 にずっと近いことは明白である。そのことが以前から指摘されていたことは、新保氏の評論でも述べられている。
 ところが、作者乱歩自身が 「怪談入門」 (『続・幻影城』 収録)の 「4 動物怪談」 の項において

昆虫怪談でほかに思いつくのはドイツの怪奇作家エーウェルスの 「蜘蛛」 という短篇。ホテル階上の同じ部屋の窓の外に、原因不明の縊死者が続出する話。私は嘗つてこれを改作して 「目羅博士の不思議な犯罪」 を書いたが、原作の方は結局蜘蛛の精の為せる業ということになっている。

と述べているため、「目羅博士」 はエーヴェルスの 「蜘蛛」 を原案とした作品という認識が一般的に広まっている。前述の新保氏の評論は乱歩自身の言葉を踏まえたものであることは言うまでもない。
 果たして、事実はその通りなのか、「目羅博士」 と 「見えない眼」 の類似性が際立っているため、筆者は長いこと疑問を抱いていた。というより、「目羅博士」 の原型は 「見えない眼」 だと確信していた。「見えない眼」 と 「蜘蛛」 を読めば、どちらが 「目羅博士」 の原型なのかは一目瞭然である。乱歩当人が述べるようにエーヴェルスの 「蜘蛛」 に触発されて 「目羅博士の不思議な犯罪」 を執筆し、それが 「蜘蛛」 の原型とも言える 「見えない眼」 の方により似てしまった、というのはいかにも牽強付会の説に思える。
 このような時、どう考えればいいのか。
 前提が間違っていると考えるのが普通である。
 すなわち、乱歩は実際には 「見えない眼」 を読んでいたが、そのことを失念し、おそらく本人の勘違いによって 「蜘蛛」 に想を得たと思い込んでいたのではないか、と筆者は考える。「目羅博士」 の原型が 「蜘蛛」 であろうが 「見えない眼」 であろうが、乱歩にとって得失が生じるわけではないので、乱歩が意図的に間違った記述をしたとは考えられない。
 新保氏の評論によれば 「目羅博士の不思議な犯罪」 は 『文芸倶楽部』 一九三一年四月増刊に発表されたという。そこで、およそ一九三一年以前に、乱歩がエルクマン‐シャトリアンの 「見えない眼」 を読むことは不可能だったのか検討してみる。
 乱歩が 「見えない眼」 を読んでいたと仮定すると、どのようなテクストが存在したのかが問題となる。乱歩は英語には堪能だったが、フランス語は読めなかった。そこで 「見えない眼」 の英訳が存在しないかどうか調べてみた。
 エルクマン‐シャトリアンの作品は、発表当時、幾つかが英訳されていたことが知られている。Wikipediaで調べると、出版年から考えて乱歩が読んだ可能性のある短編集は、The Man-Wolf and Other Tales (1876) と Strange Stories (1880) の二冊である。さらに調べると、前者には 「見えない眼」 は収録されていないことが判明。後者は
http://lcweb2.loc.gov/service/gdc/scd0001/2007/20071207001st/20071207001st.pdf
にまるごと D. Appleton 社版 Strange Stories のpdfファイルがアップされており、目次を見ると 「謎のスケッチ」、「親方の懐中時計」、「アブラハムの犠牲」、「三つの魂」、「見えない眼」、「ハンス・シュナプスの遠眼鏡」 の六編が収録されていることがわかった (題名は訳のあるものについては拙訳 『怪奇幻想短編集』 による)。このように、英訳がすでに一八八〇年には単行本として刊行されているので、乱歩が読んだ可能性のあることが判明した。
 さらに検索すると、The Amalgamated Brotherhood of Spooks というHPで The Lock and Key LibraryのModern French Stories (The Review of Reviews. 1909) に収録されているという情報も得られた。一八九四年に生まれ、一九二三年にデビューした乱歩が読んでいた可能性が高いように思われる。この本は所持していないが、その昔、神田神保町にあった東京泰文社で揃いだったかバラだったかを見て手にしたことがある。ああ、あのとき買っておくべきだったか。
 実は、この情報が得られるまでは、より高い可能性として The Strand Magazine などの雑誌に掲載されたものを読んだのではないかと考えていたのだが、これで決まりではないか。
 待てよ。乱歩の蔵書については新保博久・山前譲編著 『幻影の藏――江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』 (東京書籍) があったではないか。乱歩が所持していたら、読んでいた可能性は格段に高まる。早速同書をひもとくと、p.291 のトップに該当書があるではないか。ただし、Modern French Stories との記述はない。よく利用する古書検索サイト Advanced Book Exchange によれば、この叢書はJulian Hawthorne が編集し、The Lock and Key Library: Classic Mystery and Detective Stories の通し題名のもとで、国別に編まれた全十巻のアンソロジーであることが推察できる。『幻影の藏』 の記述では、どの巻なのかわからないのだ。願わくは、どなたか江戸川乱歩邸の蔵書にアクセスできる方に同書の内容を確認していただきたいものである。
 実際に Modern French Stories の巻であれば、それで決まりと考えていいだろう、そうでなかったとしても乱歩が 「見えない眼」 を読んでいた可能性が否定されるわけではない、などと考えていたら、『幻影の藏』 pp.293-294 に同じ編者、同じ出版社による Library of the World’s Best Mystery and Detective Stories が載っていた。こちらは前年の一九〇八年に全六巻が刊行され、全巻揃っている。このシリーズにも 〈フランス・イタリア・スペイン・ラテン篇〉 というのがあって、ひょっとするとこちらに収録されているのかなあと思い、試しにインターネットで検索したところ、なんとpdfファイルがダウンロードできる。早速、該当巻の収録作を調べると、ありました! エルクマン‐シャトリアンは、今度出たばかりの荒俣宏編 『怪奇文学大山脈 Ⅰ』(東京創元社) に収録された 「ふくろうの耳」 (拙訳では 「梟の耳」) とともに 「見えない眼」 と 「蟹蜘蛛」 の三編が収録されている。手がかりは 『幻影の藏』 に呈示されていたのである。
 というわけで、江戸川乱歩が 「見えない眼」 の英訳を所持していたことが確認できた。従来、「目羅博士」 が 「見えない眼」 にかなり類似しているにもかかわらず、乱歩自身の言葉と、当時未訳だったことで乱歩が 「見えない眼」 を読んでいた可能性が否定されていたために、エーヴェルスの 「蜘蛛」 が原型とされてきた。ところが、その前提が崩れたのである。このことは、乱歩が 「目羅博士」 を執筆するにあたって大きな影響を受けたのは 「見えない眼」 であることを示す強力な証拠になる。
 それにしても、自宅にいながらにしてこのような情報が入手できるのだから、凄い時代になったものであるとの感慨を深めたのであった。
                                         (2014.7.21、2014.7.24改訂)

謝辞および追記
 初稿に目を通された新保博久氏から事実関係に関するミスについての指摘を受けて修正した。また、乱歩がフランス語は読めなかった点についても確認していただき、改訂に反映させた。ありがとうございました。
 なお、新保氏からは、乱歩が英米探偵小説文献を集めるようになったのは戦中以降のことなので、英訳を所持しているからといって、必ずしも 「目羅博士」 発表以前に乱歩が 「見えない眼」 を読んでいたとは言えない旨の指摘を受けた。
 本稿の目的は、乱歩が英訳を読んでいた可能性があることを指摘することであり、その目的は達せられたと考えている。実際に読んだかどうかについては、当該の本に書き込みなどが見つかれば肯定されるだろうが、筆者はそこまで期待していない。仮に乱歩が読んでいた証拠が見つかっても、「目羅博士」 執筆以前に読んだことまで確認されるとは限らない。本稿で示したのは、「目羅博士」 執筆時点までに乱歩が 「見えない眼」 を読むことは不可能だったという根拠はなくなったということである。
 『探偵小説四十年』 の 「処女作発表まで」 の 「手製本 「奇譚」」 の項において、

(前略) 図書館へ行っても、探偵小説の洋書などは余りなく、純探偵小説ではポー、ドイル、フリーマンぐらいがせいぜいであった。(中略) 神田の古本屋をあさって、ドイル、フリーマンなどのチープ・エディションや 「ストランド」 誌を買うぐらいのものであった。
 貧乏書生には図書館のほかに頼るところはない。私はそのころ早稲田大学の図書館のほかに、上野、日比谷、大橋の三つの図書館へよく通った。上野、日比谷では洋書を、大橋図書館では翻訳ものを猟ったが、ここには探偵小説、冒険小説などがよくそろっていて、結局翻訳で読んだものが多かったわけである。


とある。また、次の 「最初の密室小説」 では、自作 「火縄銃」 について、

先に記した探偵小説耽読時代、たしか早稲田の図書館で、英文の犯罪実話の本を読み、その中にあった実例の方はフラスコでなくて、歪みのある安物の窓ガラスのふくれた個所が (後略)

と述べていることからわかるように、現実に乱歩は 「探偵小説耽読時代」 における豊富な読書経験から作品のアイディアを得ていた。
 あくまでも筆者の推測だが、この時代に乱歩は Julian Hawthorne 編のアンソロジーによって 「見えない眼」 を読み、後年作家として名を成して高価な原書を買えるようになってから入手したというのが真相ではないだろうか。
                                                   (2014.7.26)



追記その2
 拙文を読まれた真田啓介氏より、探偵小説風のどんでん返しが届けられた。「見えない眼」 には戦前訳があるというのである。そのことは、ROM 74号 (1989年7月2日発行) に掲載された同氏による 「60年前のアンソロジイから」 に述べられているという (筆者は読んでいたはずなのに、すっかり失念していた)。このエッセイで真田氏は乱歩がこの作に 「目羅博士」 の想を得たのではないかと述べている。早速ネットで検索すると、〈世界短篇小説大系〉 というシリーズの一冊 『探偵家庭小説篇』 (大正15年3月、近代社) にエルクマン・シャットリアン作 「見えざる眼」 (木村信兒訳) として収録されている (原題が英語なので英訳からの重訳だろう)。奥付に非売品との記載があり、出回っている部数も多くなかったのではないか、そのために翻訳があることがあまり知られていなかったのではないかと思われる。
 すでに大正12年に 「二銭銅貨」 によって作家デビューを果たした乱歩が 「目羅博士」 を発表したのが昭和6年のことなので、二十年以上前に出版された英文アンソロジーを読んだ可能性よりも、タイミングを考えればこちらの方に分がある。本稿では乱歩が 「見えない眼」 を読んだ可能性を英訳に求めたわけだが、翻訳があったとなると、結果的には筆者が駄文を労するまでもなかったことになる。
 『探偵家庭小説篇』 は森下雨村が序文を書いている (匿名の編者による序文もあるらしい) ので、乱歩が所持しているのではと思って 『幻影の藏』 を調べたが、該当書は見当たらなかった。とにかく、「目羅博士」 発表以前に翻訳があったことは、「見えない眼」 原案説をいっそう補強するものである。ひょっとすると、このアンソロジーは前記 Julian Hawthorne 編の二種類のアンソロジーいずれかを種本としているのではないか。実際、同じ 〈世界短篇小説大系〉 の 『小國現代短篇集 〈附録 作者不明傑作篇〉』 の附録は The Lock and Key Library 第10巻から訳出された旨が記されているというから、その可能性は高そうである。
                                                  (2014.7.31)

                                             (2014.7.28掲載/8.1追記)

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